【絶望】映画『少年たちの時代革命』が描く、香港デモの最中に自殺者を救おうとした若者たちの奮闘

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

出演:マヤ・ツァン, 出演:ユー・ジーウィン, 出演:スン・クワントー, 出演:レイ・プイイー, 出演:トン・カーファイ, 監督:レックス・レン, 監督:ラム・サム, Writer:ダニエル・チャン
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この記事の3つの要点

  • 香港では当時、政府への抗議の意思を示したある男性の自殺をきっかけにして、若者の自殺が急増していた
  • デモに加わるのを止めて、自殺するかもしれない少女を探す決断をしたリーダーと、彼に向けられる不信感
  • デモに参加する若者たちが抱える様々な葛藤も映し出される

「オピニオンリーダー」でも「最前線で闘う者」でもない「ヒーロー」がいたのだと、この映画を観て初めて知ることが出来た

自己紹介記事

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記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

香港デモの最中、自殺者を救うために奮闘した若者たちの実話を基にした映画『少年たちの時代革命』が描く、民主化運動の”裏側”

とても良い映画だった。本作は、実際にあった出来事をベースにして紡がれるフィクションである。

さて、私は本作をドキュメンタリー映画だと勘違いして映画館に行った。いつものことだが、観ようと思っている映画についてほぼ何も調べないようにしているので、時々こういうことが起こる。冒頭の早い段階で、「ドキュメンタリーじゃなさそうだ」と感じたのだが、しかし100%の確証は持てなかった。というのも作中には、恐らく実際のものだろうデモの映像が挟み込まれており、それが作品に上手く馴染んでいたからだ。また、『時代革命』というタイトルのドキュメンタリー映画を観ていたこともあって、なんとなくその姉妹編みたいなイメージを持ってもいたのだと思う。

途中からフィクションだと確信を持てるようになったわけだが、いずれにせよ映画で扱われているのは、「香港民主化運動の背景で実際に起こっていた、若者たちによる『自殺未遂者の救済』」である。ストーリーそのものは創作だと思うが、実際行われていたことを作品に取り込んでいるというわけだ。

映画『少年たちの時代革命』の内容紹介

2019年6月、1人の香港人男性が、政府に対する抗議の意味を込めて自殺した。まさにここから、香港民主化運動は一層の激しさを増していくことになる。そして同時に、男性の自殺に触発されたのか、香港では若者の自殺が増えていった。本作で描かれる状況の背景には、このような社会情勢があったというわけだ。

YYとジーユーは、共に香港に住む18歳の少女である。ゲームセンターにあるUFOキャッチャーでぬいぐるみを取る様子をSNSにアップするような、ごく普通の女の子だ。民主化運動で揺れる当時の香港は、大きく「穏健派」と「勇武派」に二分されており、名前の通り、前者は穏やかに、そして後者は武力を用いて状況に立ち向かっていた。そして、YYもジーユーも穏健派だと言える。

YYはある日、自殺した男性の慰霊碑が置かれている場所まで出向き、手を合わせた。彼女は、香港に1人で住んでいる。父親は中国で働いており、離婚した母親はイギリスで暮らしているのだ。

さて、7月21日のこと。この日、デモに参加していた勇武派の多くが逮捕されたのだが、その混乱に巻き込まれるような形でYYとジーユーも拘束されてしまう

人助けなんてしてないで逃げてれば、私たちは捕まらずに済んだ。

YYはジーユーからそんな風に非難されてしまった。確かにその通りなのだが、そんな風に言われたYYは辛かっただろう。またジーユーは、今の香港の状況を憂え、父親とも相談した上で、香港以外のどこかに留学する決断をした。捕まったことでYYは、親友と離れ離れになることも決まってしまったのだ。

一方、勇武派であるナムと、勇武派の後方支援を行う恋人のベルは、他の仲間たちと共に日々デモなどの闘いに明け暮れていた。彼らもまた7月21日に逮捕されており、有志で協力してくれている弁護士からは「しばらく行動を控えるように」と言われてしまう。しかしナムはもちろんそんな言葉に耳を傾けるつもりなどなかった。釈放されるや、再び最前線へと飛び出していくのである。

そんなある日、ナムは仲間が運転する車から降り、近くにいた少女の元へと駆け寄った。YYである。彼らは短い会話を交わし、「気晴らしに」と言ってナムがお菓子を差し出して別れた。しかしその後、YYの消息が分からなくなってしまう。彼女のSNSには、別れを示唆するような意味深なメッセージが投稿された

もしかしたら、自殺するのかもしれない

そのように考えた彼らは、デモの最前線へ繰り出そうとしていた予定を変更し、協力してくれるソーシャルワーカーと共に、香港の街中からYYを探し出そうとするのだが……。

監督が映画化を決めた理由と、最小限にしか説明がなされない構成

冒頭でも触れた通り、本作は、香港民主化運動の最中に自殺者を救い出すために結成されたボランティアの捜索隊に着想を得て制作された作品である。

私が観た回は上映後に、監督とナムを演じた俳優によるトークイベントが行われ、その中で監督が、本作を制作しようと決めたきっかけについて話をしていた。彼はボランティアの捜索隊の存在を民主化運動の際に知り、実際に自らその活動に加わったこともあるのだという。香港民主化運動についてはこれまでにも様々な形で情報が伝えられてきたものの、やはりどうしてもその多くが、主義主張を明確に口にするオピニオンリーダーや、デモの最前線で闘う者たちの話が中心になりがちだった。そんなわけで監督は、世間的に広く認知されているとは言い難いこの捜索隊の話ももっと知られていいはずだと考え、本作の制作を決めたのだそうだ。

私は、香港民主化運動についてのドキュメンタリー映画を何本か観ており、先に名前を挙げた映画『時代革命』以外にも、『理大囲城』『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』を鑑賞したことがある。それもあって、正直なところ、「香港民主化運動については割と知っている」みたいな気分になっていた。

そんな私の思い込みをあっさり打ち破ってくれたという意味でも本作を観て良かったなと思う。「映画を何本か観たぐらいで状況が理解できるはずもない」と改めて思い知らせてくれたというわけだ。もちろん、知らないことはまだまだたくさんあるはずである。世の中の問題に対しては、「せめて知ることぐらいは努力しよう」と普段から考えているので、機会があればまた、香港民主化運動に関する何かに触れてみたいと思う。

さて本作は、説明らしい説明がほとんど無いまま展開していくので、しばらくの間、登場人物たちが置かれた状況を捉えるのが少し難しかった。例えば作中には、「真っ黒な画面を背景に、文字だけがカタカタと入力さる場面」がある。しかし、私はしばらくの間、この描写が一体何を意味しているのか分からなかった。その後、「YYがSNSに書き込んだメッセージ」だと気づいたのだが、その時まで私は、「何故彼らが『YYが自殺しようとしていること』に気づいたのか」について理解できていなかったのである。他にも全体的に説明が少なく、私のように何も知らないまま観に行くと、状況の把握に少し手間取るかもしれない。

私が状況をそれなりにきちんと理解できるようになったのは「ソーシャルワーカーが登場して以降」である。そしてその後、「みんなでYYを探そう」という話でまとまった辺りからは、展開が大分シンプルになっていった。

若者たちが抱く様々な葛藤

「みんなでYYを探す」と決まった後は基本的に、ひたすら人探しをする流れになるわけだが、その合間合間に「YYを探している者たちが抱いている様々な葛藤」も描かれる

まずそもそも、「YYを探す」というのはほぼナムの独断だ。ナムは理由を言わなかったため、他のメンバーは「何故ナムがそこまでYY探しに没頭しているのか」が理解できずにいる。もちろん、1人の少女の命は大事だ。しかし、YYが自殺を考えていると確定したわけではない。そして、勇武派である彼らにはそれぞれ、デモ最前線における役割分担がある。それらを放り出してまでYY探しをしなければならない理由が分からないのだ。

また恋人のベルも、ナムが熱心にYYを探そうとする理由を知らずにいる。だからそこには恐らく、「ヤキモチ」も含んでいるのだろう、複雑な感情が見え隠れすることになるというわけだ。

ナムの真意については映画の最後の最後で明かされるため、仲間たちはその理由がまったく理解できないままナムの決断についていくことになるし、それは物語を追う観客にしても同様である。そんなわけで彼らの間では随時、内紛のような言い争いが発生してしまう。

特にナムに厳しく当たるのが、ナムを兄貴分として慕っており、ナムがいるという理由でデモに参加しているルイスである。ナムのことを慕う気持ちに変わりはないものの、彼は「ナムが可愛い女の子のためにメンバーを振り回している」と考えており、そのスタンスに納得できない思いを滲ませ続けるのだ。

一方、仲間の中には、母親を投身自殺で亡くした者もいる。ドライバーを務める兄と、後方支援に従事する妹の兄妹だ。彼らは今も母親の死に負い目を感じている。だから、ナムの真意を理解できてこそいないもののYY探しに積極的になってくれるし、メンバー全員をYY探しに向かわせるという意味でも重要な存在なのだ。

さて、メンバーには様々な背景を持つ者がいる。例えば15歳のバーニズムの父親は警察官だ。しかしそんな父親のことを、彼は「ブラック警察」と呼び忌み嫌っている。体制側に協力していることを苦々しく思っているのだろう。当然、デモに参加していることは親に内緒にしており、「友達の家でゲームをする」と嘘をついて家を出ているという。印象的だったのは、彼がある場面で次のように口にしていたことだ。

大人はすぐに意見を変える。だったら僕は大人になんかなりたくない。

これは恐らく、当時香港に住んでいた多くの若者の気持ちを代弁した言葉なのだと思う。彼が「YY探し」のことをどう捉えていたのか、はっきり分かるシーンはなかったのだが、そのような背景を持つ人物だからこそ余計に、「デモの最前線で闘いたい」という気持ちが強かったのではないかとは感じた。

さて、「YY探し」を主導するのがナムなので、物語はやはりナムとその恋人ベルの話が中心になっていく。そんな2人がそれぞれどのような状況にいるのかは中盤以降で具体的に描かれるのだが、冒頭でも少し示唆される。「薄暗い部屋で寝起きするナム」と「高級そうな住宅で優雅に過ごすベル」という描かれ方から、2人の間に格差があることが理解できるのだ。公式HPの登場人物紹介欄に書かれているので触れてもいいと思うが、ナムは大学受験に失敗し建設作業員として働いており、一方でベルは香港の名門である中文大学の学生でイギリスへの留学予定がある。2人の間にこのような格差があるという事実も、状況を余計にややこしくする要素だと言えるだろう。

また、決してメインになるような描写ではないものの、「デモに関わっていない者たちの反応」も興味深かった。例えば、たぶんルイスの父親だと思うのだが、

親中で何が悪い。金儲けの方が大事だ。

と、中国寄りであることを正当化するような発言をしていたり、あるいは、後方支援として見張りを行っていたベルが通行人から、

犯罪だよ、こんなこと良くない。

怒られたりする場面が描かれる。香港では恐らくこのように、「若者たちがよく分からないけど暴れている」みたいにしか民主化運動を捉えていない人もいたのだと思う。

あるいは、皆で食事をしている時に、デモの様子を映し出した食堂のテレビに向かって

子どもたちがアメリカ人からお金をもらって暴れてるよ。みんな死んじゃえばいいのに。

と、聞こえよがしに口にする者さえいた。よほどの悪意がこもった発言と言っていいだろう。

香港民主化運動においては、若い世代が多く立ち上がったということは知っていたし、古い世代がその動きにあまり同調しなかったこともなんとなく理解していたつもりだ。しかし、ここまであからさまに非難されていたとは想像もしていなかったので、そういう描写にも驚かされてしまった。そりゃあ、一筋縄ではいかないわけだ

トークイベントで語られた様々なエピソード

トークイベントでは監督が、撮影中の苦労についても語っていた。民主化運動を扱った作品だけにやはり、撮影期間中に警察から尋問されることもあったそうだ。しかし監督は、一番大変だったのはその点ではないと言っていた。

最も苦労したと語っていたのは、屋上でのシーン。撮影期間中はコロナ禍で外出制限がかかっていたこともあり、そもそも「撮影のために貸してもらえる屋上」を探し出すのに一苦労だったそうだ。どうにかイギリス人から借りられたが、撮影予定日に台風がやってきて大雨が降ってしまった。そのため、撮影を予備日にズラしたのだが、なんとその予備日に、前回よりも遥かに大型の台風が直撃したのだという。もう後にはズラせなかったため、そのまま撮影を強行、どうにか撮り切ることが出来たと語っていた。そのお陰と言うべきか、鬼気迫るシーンに仕上がっていたように思う。

トークイベントでは観客からの質問も受け付けていたので、私は、「監督や出演者が逮捕される危険性はないのか?」と聞いてみた。香港で民主化運動を扱った作品を作ることは容易ではなく、映画『時代革命』の監督もかつて、「逮捕されることも覚悟の上」みたいな話をしていたことがあるからだ。

そして監督は、「確かにその可能性もある」と口にした。監督も出演者も、そのような危険性を認識した上で映画制作を行っていたのだろう。その上で監督は、さらに続けて次のようなことも言っていた。

映画制作は、1人であれこれ考える時間を長く取る必要がある。それこそ、牢獄に閉じ込められているような時間を過ごすようなものだ。だから、実際に逮捕されて数年間刑務所に入ることになったら、その間に数本の素晴らしい脚本が書けるだろう。そう考えれば、決して悪くない。

もちろん、冗談を交えたユーモアだと思うが、とても興味深い受け答えだと感じた。

出演:マヤ・ツァン, 出演:ユー・ジーウィン, 出演:スン・クワントー, 出演:レイ・プイイー, 出演:トン・カーファイ, 監督:レックス・レン, 監督:ラム・サム, Writer:ダニエル・チャン
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最後に

役者の演技を含め、「映画として優れているのか」と聞かれればなんとも言えない。ただやはり、「香港民主化運動という圧倒的リアル」を背景にしているせいか、最後まで観させられてしまった。実話をベースにした物語やドキュメンタリーに触れる度に毎回感じることではあるが、このような事実を知ろうとすることはやはり大事だなと改めて思う。

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