目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:平田オリザ
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 本書の内容はあまりにも多岐に渡るので、この記事では「教育現場におけるコミュニケーション教育」に焦点を絞った
- 「教室に『他者』がいない問題」と、「コミュニケーション能力が人格に関係すると認識される問題」について
- 日本的な感覚だけに囚われず、「分かり合えないこと」を前提にしたコミュニケーションにも視野を広げるべき
ほぼ全ページをドッグイヤーしてしまったほど、書かれている内容に刺激を受けた1冊
自己紹介記事
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物凄く面白い作品だった。本書では、著者自身の経験を起点に、様々な形で「コミュニケーション」の話題が取り上げられる。その一部を挙げてみよう。
- 社会や企業で求められがちな「コミュニケーション能力」への違和感
- 著者が教育現場で実践してきた「演劇的メソッド」
- 自身が教授として勤める大阪大学での演劇的教育の実践
- 医療現場や子どもたちとの会話などにおける様々な実例
- 「演劇における言葉」の論考と、演劇が「社会で求められるコミュニケーション能力」の育成に役立つ理由
- 「コミュニケーションをデザインする」という試み
講談社のPR誌での連載をまとめたものということもあって、恐らくその時々の興味・関心などをリアルタイムで取り込んでいたのだと思う。散漫と言えば散漫かもしれないが、むしろ私は「『コミュニケーション』を軸に、よくここまで多様に話題を広げられるものだ」と感心させられた。
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さて、著者の中心的な関心は、まえがきに書かれているように、
コミュニケーション教育に直接携わる者として、そこに感じる違和感を中心に書き進めてきた。
である。つまり、本書の核心には「違和感」が存在するというわけだ。日常生活の中で、「コミュニケーション」に対して何らかの「違和感」を抱いてしまうという人は、本書の記述の何かには間違いなく関心を持てるだろうと思う。
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さて、普段から私は本を読む際に、良いと感じた文章に線を引き、そのページの端を折る(ドッグイヤーする)のだが、本書はほぼ全ページをドッグイヤーしてしまった。それぐらい、ほとんどの内容に惹かれたし、感心させられたというわけだ。しかし、そのすべてを紹介するわけにはいかないので、この記事では、「教育現場におけるコミュニケーション教育」に絞って内容に触れたいと思う。本書の内容の中で、最も紹介しやすく、さらに最も本質的な話だと感じたからだ。「学校教育」の話は、本書の話題の一部でしかないので、全体を知りたいという方は是非、本書を読んでいただきたいと思う。
学校教育における、「異質な他者がいない」という大問題
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著者の認識はシンプルに、
いまの子どもたちは競争社会に生きていないから、コミュニケーションに対する欲求、あるいは必要性が低下しているのではないか。
という文章に集約されるだろう。ここで言う「競争社会」は決して、社会のことだけを指すのではない。例えば本書では、一人っ子の家庭内でのこんなやりとりが例示される。子どもが「ケーキ!」と言うだけで、親がそのままケーキを出してしまうというのだ。本来なら、「ケーキがどうしたの?」と問うことがコミュニケーションに繋がる。しかし、一人っ子が多くなったため、親が子どもの言葉を、子どもが発した内容以上に汲み取ってしまうことが多くなっているという。まさにこれも、「コミュニケーションに対する意欲の低下」を象徴する話と言えるだろう。
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少子化の影響は学校にも及んでいる。既に地域によっては、小学1年生から中学3年生まで、1学年30人1クラスだけの「クラス替えが存在しない学校」が多くなっているという。子どもの数が少ないから仕方ないのだが、この状況は必然的に、子どもたちの「コミュニケーションへの意欲」を低下させることになる。例えば先生から、「太郎君、今から3分間スピーチで何か喋って」と言われても、太郎君には喋ることがない。その理由を著者は、シンプルにこう書いている。
表現とは、他者を必要とする。しかし、教室に他者はいない。
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確かにその通りろう。9年間もずっと同じメンバーで授業を受けているのだから、必然的に「他者」がいなくなってしまうのである。どれだけ「技術」や「テクニック」を教えたところで、そもそも「意欲」が生まれないのだから、「コミュニケーション」に対して気持ちが向かうはずがないと著者は指摘しているのだ。
しかし、そういった「伝える技術」をどれだけ教え込もうとしたところで、「伝えたい」という気持ちが子供の側にないのなら、その技術は定着していかない。では、その「伝えたい」という気持ちはどこから来るのだろう。私は、それは、「伝わらない」という経験からしか来ないのではないかと思う。
いまの子どもたちには、この「伝わらない」という経験が、決定的に不足している。
ここまでの話で大体理解できると思うが、本書における「コミュニケーション」とは、「異質な者とも関われること」を意味している。仲間内でワイワイ騒ぐようなことではなく、「他者といかに関係を築くか」に焦点が当てられているというわけだ。
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著:平田オリザ
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著者の先の指摘に対しては、なるほどと感じないだろうか。そしてこの指摘は学生だけではなく、私たち大人にも関係してくる。私たちも、容易に「他者」を排除できる生活を送れるようになっているからだ。
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SNSが発達したお陰で、「趣味趣向や価値観が合う人」と関わりを持つことが容易になった。しかしそのことは当然、「他者」と関わらなくて済むことも意味する。私たちは、「価値観や感覚がなんとなく合わない人」との関わりを極力排除できてしまうし、だからこそ「コミュニケーションへの意欲」を失いつつあるはずだと思う。「伝わらない人」との会話をさっさと諦めてしまえる世界では、「コミュニケーションへの意欲」は育ちようがないからだ。
また、仕事においては「リモートワーク」が定着しつつある。もちろん、リモートワーク特有の問題も出てきているだろうが、職場に行かずに済むことで、「他者とのコミュニケーションをしなくて良くなった」と感じている人もいるのではないかと思う。であれば、ますます意欲の低下は避けられないはずだ。
「コミュニケーション能力」が問題となる場合、一般的にテクニックや言動などに言及されることが多いように思う。しかしそうではなく、まず「コミュニケーションに対する意欲が存在するのか?」を問うべきだという著者の指摘は、シンプルながら本質を衝くものと言えるだろう。
ちなみに、以前読んだ瀧本哲史『武器としての交渉思考』でも、「異質な他者と関わることの重要性」が指摘されていた。全体の内容は「交渉のテクニック本」なのだが、一方で、「なぜ交渉すべきなのか」についても熱く語られている。そして、「異質な他者と関わる手段としての『交渉』」にこそ大きな意味があると指摘するのだ。
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私は常に、「共感」よりも「異質さ」に関心を持っているので、この点は軽々とクリアしていると言っていいと思う。この記事を書いている時点で、私は39歳だが、今私が日常的に関わっている友人は、ほぼ全員30歳を越えてから知り合った。この事実は恐らく、私の「『異質さ』を求める感覚」によるものだろうし、自分としても、「『異質な人』とコミュニケーションを取りたい」という意欲を自覚している。
皆さんは「異質な人」と関わっているだろうか?
「コミュニケーション教育」は「人格教育」ではない
では続いて、「『人格教育』としてのコミュニケーション教育」の話に触れていこう。著者の問題意識は、こんな文章に集約されている。
日本では、コミュニケーション能力を先天的で決定的な個人の資質、あるいは本人の努力など人格に関わる深刻なものと捉える傾向があり、それが問題を無用に複雑にしていると私は感じている。
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学校教育に関わる著者は、「コミュニケーション能力の欠如」が「人格の問題」として捉えられている状況に違和感を抱く。例えば、理科の実験やリコーダーが不得意だからと言って、その人の人格に問題があるという捉え方はされない。しかし、「コミュニケーションが不得意」となると何故か、「人格に問題がある」と見られてしまうのだ。この状況が「おかしい」という点については、すんなり理解してもらえるのではないかと思う。
運動能力や音楽センスなどに生来の優劣が存在するように、コミュニケーション能力にも生まれつきのの差異が存在すると考えるべきだと著者は指摘している。要するに、「『口下手』な人は一定数存在する」というわけだ。普通に考えれば、これは当たり前のことだと思う。しかし学校教育においてはどうしても、「コミュニケーション能力の欠如=人格の欠陥」と捉えられてしまうし、この点については恐らく、社会に出てからも変わらないだろう。
このような認識にこそ、そもそも問題があるのではないかと著者は指摘しているというわけだ。
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また、エレベーター内で他人に話しかけるかどうかの違いから、著者はこんな風にも書いている。
さて、では、エレベーターの中で見知らぬ人と挨拶をするアメリカ人は、とてもコミュニケーション能力が高くて、私たち日本人はコミュニケーション能力のないダメ民族なのだろうか。私は、どうも、そういう話ではないような気がしている。
アメリカは、そうせざるをえない社会なのではないか。これは多民族国家の宿命で、自分が相手に対して悪意を持っていない(好意を持っているのではなく)ということを、早い段階でわざわざ声に出して表さないと、人間関係の中で緊張感、ストレスがたまってしまうのだ。一方、本書でも繰り返し書いてきたように、私たち日本人はシマ国・ムラ社会で、比較的のんびり暮らしてきたので、そういうことを声や形にして表すのは野暮だという文化の中で育ってきた。
パッと見の印象では、「誰にでも話しかけるアメリカ人は陽気」「エレベーター内で沈黙してしまう日本人は陰気」というイメージになるかもしれないが、これもまた、「コミュニケーション能力」と「人格」とを結びつけるような発想と言っていいだろう。実際には、「アメリカ人はコミュニケーションを取らざるを得ない」だけかもしれず、だとすれば「人格」とは何の関係もないことになる。しかしそれでも、私たちはどうしても「コミュニケーションの良し悪し」を「人格」と連動させて考えてしまうのだ。
このような状況を踏まえて著者は、学校教育が担うべき「コミュニケーション教育」について、次のように書いている。
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コミュニケーション教育に、過度な期待をしてはならない。
ペラペラと喋れるようになる必要はない。きちんと自己紹介ができる。必要に応じて大きな声が出せる。繰り返すが、「その程度のこと」でいいのだ。
ゴールや目標の設定がそもそも間違っていれば、どんな教育も意味をなさないだろう。「コミュニケーション」というと、「誰にでも話し掛けられるし、仲良くなれる」という、アメリカ人のようなスタイルが理想であるように思われがちだが、そうである必要などまったくない。むしろ、ゴールラインはもっと低く設定すべきではないかと著者は訴えているのだ。
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「コミュニケーション教育」を学校が担わなければならない理由
その一方で著者は、「コミュニケーション教育は学校が担うべきだ」とも考えている。
しかしそもそもだが、何故わざわざそのような主張をしなければならないのだろうか。それは、著者自身が批判にさらされることがあるからだ。平田オリザは大阪大学で、演劇をベースにした大学院生向けのコミュニケーション教育を行っている。その過程で、「遊んでいるだけではないか」「大学院は教養を身につける場であるべきだろう」といった批判が耳に入ってくるのだという。著者は自身の経験として、「教育現場でコミュニケーション教育を行うこと」に対する批判を受け止めているというわけだ。
さて、その中に、「コミュニケーションなど、昔は現場で学ぶものだった」という批判もあるという。家庭や社会など様々な場面で「コミュニケーション」を学べるのだから、「教育」なんて形で提供する必要があるとは思えない、という意見だ。
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そのような批判に対して著者は、こう反論する。
こうして時代が変わった以上、あるいは、こういった少子化、核家族化の社会を作ってしまった以上、私たちは、これまでの社会では子どもたちが無意識に経験できた様々な社会経験の機能や慣習を、公教育のシステムの中に組み込んでいかざるをえない状況になっている。
先程触れた通り、子どもたちは「コミュニケーションへの意欲」が低下している。そしてその背景には核家族や少子化の影響があるというのである。昔は確かに、家庭や社会で「コミュニケーション」のいろはが学べたのかもしれない。しかし、今はそのような機能が失われてしまっているため、教育がそれを担わなければならないというわけだ。
さらに著者は、次のような話を展開する。
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著者は、「日本が有している独特なコミュニケーション文化は尊重されるべきだ」と書いている。それはそうだろう。欧米人のコミュニケーションが正解なわけでも、日本人のコミュニケーションが間違いなわけでもない。
しかしやはり、日本のコミュニケーション文化が「少数派」であることもまた確かだ。そして、そのことは真摯に自覚し、「多数派」の理屈を理解すべきだというのである。
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その上で、多くの人が感じているのは、擁するに、「日本もそうも言っていられない社会になってきた」ということではあるまいか。そして、少なくともコミュニケーション教育に関わる人間は、この「そうも言っていられない」という点を、きちんと分析し、問題を切り分けていく必要がある。「TPPもくるし、いろいろたいへんだ、ワッハッハ」といった居酒屋談義で済ますのではなく、私たちが培ってきたコミュニケーション文化の、何を残し、何を変えていかざるをえないのかを、真剣に考える必要がある。
日本の中だけで生きていけるのであれば問題ないかもしれないが、今後ますますそうではない社会がやってくるだろう。だからこそ、学校がコミュニケーション教育の役割を担うことが重要になってくる、と指摘するのである。
では、「コミュニケーション教育」が学校で行われるとして、どういう目標を設定すべきだろうか? 著者は次のように問う。
心からわかりあえることを前提とし、最終目標としてコミュニケーションというものを考えるのか、「いやいや人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が、どうにかして共有できる部分を見つけて、それを広げていくことならできるかもしれない」と考えるのか。
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当然著者は、後者のスタンスであるべきだと考える。そしてそれは、島国日本においてはある種の「痛み」を伴う。
私たちは、シマ国・ムラ社会に生きている。そしてそれ故、「相手が自分と大きくかけ離れた価値観を持っていたりはしない」という前提で、「阿吽の呼吸」や「野暮」といった日本独特のコミュニケーションを発達させてきた。それはそれで、文化として残るべきだろう。しかしこのような日本的コミュニケーションは、「人間は分かり合えない」という前提を持っている相手には通用しない。独自の文化を持っていることは誇っていい。しかし、残念ながら「少数派」でしかない私たちは、「人間は分かり合えない」という前提で行われるコミュニケーションの世界に踏み出さなければならないというわけだ。
さて、そのような世の中の変化に、学校教育はどのように向き合うべきなのだろうか。著者は「日本語を学ぶ」という意味で「国語」の授業も「コミュニケーション教育」と捉えているが、国語教育が抱える問題点を以下のように指摘している。
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日本語教育に関わる多くの教員が、自分の使用するテキストを「自然な日本語ではない」と感じている。
この指導法は、主に以下の二つの点で間違っていると私は思う。
一つは、表現という、極めて主観性の強い事柄について、あらかじめ固定された言語規範を示し、あたかもそれだけが正解のように強要してしまう点。
もう一つは、これまで述べてきたように、その言語規範自体が、まったく根拠のない、また現実に話される日本語の話し言葉ともかけ離れた、間違った概念に基づく「架空の話し言葉」に拠っている点。
私たちが英語を学ぶ際、「これはペンです」などの「日常的に使わないだろう会話」がテキストに載っていることに違和感を覚えたりもするだろうが、同じようなことが国語教育においても起こっているというわけだ。確かにそれでは、教育が果たすべき役割を担うことは難しい。
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「国語」という科目は、使命を終えた
では、国語教育はどうあるべきだと著者は考えているのか。本書には、なかなか刺激的なこんな1文がある。
私自身は、もはや「国語」という科目は、その歴史的使命を終えたと考えている。
そう言って著者は、かつて訪れたことのあるスイスの例を挙げる。スイスの小学校では、「科目」という概念がほとんどなくなっているという。様々な教育が横断的に行われているのだ。スイスと同様に日本でも、「科目」という枠組みを越えた横断的な教育が必要だと著者は考えているが、残念ながらそうすぐに変わりはしないだろう。そこで著者は、せめて「国語」を、「表現」と「ことば」に分けるべきだと主張している。とにかく、抜本的な改革を行う必要があるというわけだ。
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もしこれを国語の授業でやるとするなら、きちんと書く、論理的に話すといった従来の国語教育を、抜本的に解体しなければならない。要するに無前提に「正しい言語」が存在し、その「正しい言語規範」を教員が生徒に教えるのが国語教育だという考え方自体を、完全に払拭しなければならない。そうして、国語教育を、身体性を伴った教育プログラム、「喋らない」も「いない」も表現だと言えるような教育プログラムに編みなおしていかなければならない。
このことはまた、すべての国語教員が、「正しい言語」が自明のものとしてあるという考え方を捨てて、言語というものは、曖昧で、無駄が多く、とらえどころのない不安定なものだという覚悟を持つということを意味する。
少し私自身の話をしよう。私はとにかく、「国語」の授業が大嫌いだった。というのも「試験問題に『正解』が存在する」という事実に納得ができなかったのだ。私は未だに、「物語の読解に『正解』が存在する」という考え方が理解できないでいる。小説ではない、論説のような文章であれば「正解」が存在してもいい。しかし「物語」の場合、まず最初に教えるべきは、「物語はどのように捉えても自由」ということではないかと思うのだ。しかし「国語」の授業では、「ある範囲内の解釈」だけが「正解」で、それ以外が「不正解」であるかのように教わる。そのような教育はむしろ、「想像力」や「多様性」の障害になってしまうのではないかとさえ思う。子どもの頃からこのような明確な考えを持っていたわけではないが、少なくとも「これは明らかに間違っているよなぁ」という意識は持っていた。
先の著者の指摘は「国語教育全体」に対するものだが、基本的には同じことを言っているはずだ。それが教育として行われる以上、試験を行い評価をつけなければならない。それ故に「正解が存在する」という発想にどうしても流れがちだが、それでは本質的に重要な部分が抜け落ちてしまう。だからこそ著者は、「正解は存在しない」という立場を教育現場が率先して取れるかどうかが重要だと指摘しているのだ。子どもの頃から「国語」に違和感しか抱けずにいた私には、とても納得できる主張だった。
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本書『わかりあえないことから』は2012年に発売された本である。発売から10年が経過した2022年現在、学校教育がどう変わったのか私には分からない。しかし、日本の教育現場が悪くなることはあれど、短期間で急激に良くなることはあまり期待できないだろう。恐らく、2012年当時とさほど変わらないのではないか。であれば、著者の指摘は今でも通用すると言えるだろう。
私たちは、「分かり合える」「共感できる」ことに強い価値を見出しがちだ。そして、それが実現できるだけの環境も整っている。しかしそのことが、「分かり合えないこと」を前提とすべき「コミュニケーション」においては障害になってしまう。そのような問題意識を多くの人が持つことによってしか、状況は変わらないのだろうと感じさせられた。
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著者は最後に、こんなことを書いている。
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演劇人として学校教育に関わった著者だからこそ捉えることができた違和感を起点に、「ことば」や「コミュニケーション」について深く突き詰める本書は、教育に限らず、社会で生きる私たちにも大きく関係するものだと言っていい。多くの人が漠然とは感じているかもしれないモヤモヤについて、明快に言語化されている作品とも言えるだろう。大いに刺激される一冊だ。
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大人になって様々な本を読んだことで、「子どもの頃にこういう考えを知れたらよかった」「学校でこういうことを教えてほしかった」とよく感じるようになりました。子どもの…
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