目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:高瀬 毅
¥713 (2022/06/29 20:28時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 長崎に住む人でさえ、「かつて長崎にも『原爆ドーム』が存在していたこと」を知らない
- 「浦上天主堂」の解体に関わる3人の重要人物と、彼らの「理解できない言動」
- アメリカという国の恐ろしいまでの強かさに驚愕させられる
知らなかった事実が満載のノンフィクション。こんな歴史があったのかと驚かされた
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長崎にも、原爆被害を後世に伝える遺構が残っていた。しかし現在、その遺構は失われてしまっている。広島では、世界中から訪れた人たちに「原爆の悲惨さ」を伝えるシンボルとして今も残り続ける「原爆ドーム」は、どうして長崎からは消えてしまったのだろうか。
その真実を追うノンフィクションだ。
本書を書くきっかけとなった出来事と、「浦上天主堂」の存在について
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私は当然ながら、本書で初めて「浦上天主堂」の存在を知った。名前を聞いたのも初めてだと思う。そもそも私は、「長崎には原爆の爪痕を残す遺構が存在しない」という事実さえ知らなかった。そしてこの「浦上天主堂」こそ、長崎で「原爆ドーム」として残るはずだった、キリスト教の大聖堂なのである。
しかし現在、その建物は残っていない。ネットで調べてみると、「カトリック浦上教会」という聖堂が、旧称である「浦上天主堂」として一般的には知られているそうだ。しかし現在の建物は、原爆投下時に存在していたものではない。原爆投下によって崩壊した浦上天主堂は、「歴史の証人」としての役目を果たす前に取り壊されてしまったのだ。
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何故そんなことになってしまったのか。そこには、「浦上」という土地の歴史が関係している。詳しくは後で触れるが、「浦上」は「隠れキリシタンの聖地」だったのだ。
著者はあとがきで、「自分が大人になるまで『浦上天主堂』の話をしてくれる人は周りに1人もいなかった」と書いている。もちろん、「原爆投下によって倒壊した浦上天主堂」の存在を知っている地元民もいるはずだ。しかし、「広島の原爆ドーム」と並ぶ存在になるはずだった「浦上天主堂」は、世界どころか日本でもほとんどその存在が知られていない。私も、本書を読まなければ、一生その存在について知ることはなかっただろう。
本書で描かれるのは、そんな「浦上天主堂」の数奇な運命を辿る実話である。
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著者が本書を書こうと思い立った直接のきっかけは、NBC長崎放送に勤める友人が貸してくれた1本のドキュメンタリーだった。その内容がまさに、「原爆によって半壊し、悲惨な姿のまま廃墟になった浦上天主堂が戦後取り壊された理由」を解き明かそうとするものだったのである。そのドキュメンタリーを観た時点で、著者は既に「浦上天主堂」という名前だけは耳にしていたのだが、具体的なことはほとんど何も知らない状態だった。そこで、廃墟となった浦上天主堂の写真を見てみることにした著者は、そこで天啓を受けたように「この歴史について調べなければならない」と思い立ったのだという。
そしてなんと、著者の取材により、アメリカの遠大な計画が明らかにもなっていく。本書を読むと、アメリカという国家の強かさに驚かされてしまうだろうと思う。
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山口大司教は、当時の長崎大司教区のトップだった人物だ。そして恐らく彼が、「廃墟となった浦上天主堂の行く末」の”表向きの決定権”を持つ人物だったはずだと本書では推定されている。
アメリカは長崎に原爆を投下したわけだが、しかし浦上を狙っていたわけではない。いくつものちょっとした要因が積み重なった上での偶発的な決断だったのだ。そもそもアメリカには、わざわざ浦上を目標にする理由がない。何故なら、浦上天主堂が建てられていた場所は、江戸時代に隠れキリシタンを弾圧していた庄屋が所有していた土地だからだ。
江戸時代にキリスト教が弾圧されたことはよく知られているだろう。その中でも長崎の隠れキリシタンへの締め付けは厳しかった。2018年に、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に認定されたが、隠れキリシタンたちがその地に残した様々な文化が歴史遺産として保存されるに至るほど、隠れキリシタンへの弾圧が厳しかったのだと想像することができると思う。
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そんな隠れキリシタンを弾圧していた人物が所有していた土地にキリスト教の聖堂を建てる。それは、隠れキリシタンにとっては非常に大きな意味を持つことであり、その点はキリスト教の世界でも理解されていた。だから、わざわざそんな地をピンポイントで狙って原爆を投下するはずがないのだ。
山口大司教は浦上出身であり、だからこそ、浦上天主堂を同じ場所に再建することへの強いこだわりがあったはずである。つまり、「そのためには、半壊した浦上天主堂が邪魔だった」と考えた可能性があるというわけだ。さらに、アメリカからなんらかの”圧力”もあったのではないかと推察できる状況も存在した。自身の希望に加えてアメリカの思惑を汲み取った上で、山口大司教は「解体」の判断を下したのかもしれない。そんな可能性が示唆されていく。
永井隆は、「浦上の聖者」と呼ばれた人物である。昭和天皇やヘレン・ケラー、ローマ教皇まで彼の元を訪れたというから、どれだけその名が轟いていたか想像できるだろう。当時の長崎において、彼の存在感はとても大きなものだった。故に、「解体」の決定にも間接的に関わっているのではないかと考えられているというわけだ。
永井隆は長崎医科大学物理的療法科部長の肩書きを持つ医学博士だった。そんな人物が一躍時の人となった理由は、『長崎の鐘』という彼の著作にある。長崎の被爆について詳細に書かれた記録であり、当時大ベストセラーとなったのだ。
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これだけの話なら、彼が重要な人物とされる理由は無いように思えるだろう。しかし、当時の日本が占領下にあったことを忘れてはならない。当然、すべての出版物はGHQの検閲を受けることになる。最終的に『長崎の鐘』は出版され、だからこそ永井隆は時の人となった。しかし、原稿を読んだ占領軍の評価は真っ二つに分かれたそうだ。そして最終的に、「ある条件付きなら」という合意の元、出版に至ったというわけである。
ここにも、アメリカの影が見え隠れするというわけだ。
田川務は、当時の長崎市長である。苦学の末に弁護士となり、その清廉潔白な仕事ぶりが評価されて市長に推された彼は、原爆投下直後から「浦上天主堂を保存する意向」を示していた。当初から市長がこのように主張していたのだ。そのままであれば「浦上天主堂」は「原爆ドーム」として残されたことだろう。
しかしある時期を境に状況が大きく変わった。
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長崎市は、世界で初めて「姉妹都市」という形でアメリカのセントポール市と友好関係を結ぶことが決まる。そしてその記念式典に参加するために、田川務はアメリカを1ヶ月ほど外遊することになった。しかし、帰国した市長は、何故かそれまでの主張を一変させ、「浦上天主堂を保存しない」と方向に舵を切ったのだ。そしてそのまま、「浦上天主堂」は解体されてしまうのである。
やはり、アメリカの関与があったと考えたくなる出来事だろう。
本書は、この3人を主軸に据えながら、「長崎の原爆投下」に関わる様々な事柄を解き明かしていく。アメリカの国立公文書館にも足を運び、「長崎とキリスト教の関係」「浦上に原爆が投下された事情」「戦後の浦上天主堂の命運を決した流れ」などについて、日本人のほとんどが知らないだろう事実を明らかにするのである。
残っていれば間違いなく世界遺産に認定されただろう「浦上天主堂」は、やはり、「アメリカがキリスト教ゆかりの地を爆撃した証拠」として記憶されることを恐れて取り壊されてしまったのだろうか。
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3人の様々な言動には驚かされる
山口大司教、永井隆、田川務の3名は、言い回しこそ異なるものの、大体似たような主旨の発言を様々な場面で繰り返している。それが、「長崎に原爆が落とされたのは神の啓示だ」というものだ。
この発言には非常に驚かされた。原爆投下から何十年も経過しているなら違った受け取り方になるかもしれないが、彼らは原爆投下の直後と言っていい時期にそのような発言をしているのだ。3人とも被爆者であり、身内を原爆で喪っている。原爆の被害もまだ生々しく残っている真っ最中に、「神の啓示」などと発言するのは、いくらキリスト教が根付いた土地柄だと言っても許容されるものではないと感じてしまう。
また本書には、田川務がアメリカ外遊中にメディアに語ったとするコメントが様々に引用されるのだが、その中にも耳を疑うような発言が散りばめられている。非被爆都市の人間が理解不足から口にしているならまだ分からなくもないが、被爆した都市の市長の発言としてはちょっと理解できないものが多かった。もちろん、田川務の「心変わり」の背景に何があったのか、それは分からない。しかし、「浦上天主堂の行く末」はともかくとしても、「被爆都市の長としてのあり方」については、どんな理由があろうとブレてはいけないはずだと感じてしまった。
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全体的に、永井隆と田川務の言動には、違和感ばかりが募ったという感想だ。もちろん、被爆していない人間がとやかく言うことえはないのかもしれないが、それにしても、「被爆者の立場でどうしてそんな言動ができてしまうのか」と不可思議に感じることが多かった。
一方で、山口大司教に関して言えば、まだ理解できないこともない。彼の中心には、「浦上天主堂があった場所に、聖堂を再建したい」という強い気持ちがあった。その理由は、先程も触れた通り、その地が「隠れキリシタンを弾圧していた庄屋の土地」だったからだ。浦上の歴史を知っていればこそ、なおのことその点にこだわりたくなる気持ちは分からないでもない。
しかし部外者の感覚としては、「『原爆ドーム』として遺構を残しつつ新たな聖堂を建てる」という選択肢もあったはずだ。やはりそうならなかったのは、何らかの形でアメリカの意向が強く働いていたからだろうと邪推してしまった。
当時、見えない場所でどんなことが行われていたのか分からないが、表に見える部分では「違和感」が散見していたと言える。しかしそれでも、結果として「浦上天主堂」が解体され、長崎に原爆の記憶を呼び覚ます遺構が無くなったことで、「隠れキリシタンの土地に原爆を投下した」という認識は薄れていったに違いない。それがアメリカの戦略だとするなら、彼らにとっては正しかったと言えるのだろう。
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「アメリカ」という恐ろしい国
本書では、当然のことながら「長崎の原爆投下」や「浦上天主堂」などを起点に調査が始まった。しかしその過程で、「姉妹都市」や「フルブライト留学」の話に行き着く。この記事では、それらがどう関係するのか具体的には触れない。しかし本書を読めば、「アメリカという国の恐ろしさ」を痛感させられるのではないかと思う。
先程、「『姉妹都市』の仕組みは、長崎市とセントポール市が世界初」と書いたが、まさかこの「姉妹都市」が、アメリカの遠大なる戦略の一部だとは誰も想像しないだろう。「姉妹都市」という仕組みの背景について想像したことがある日本人はほぼいないと思うが、「単なる友好都市としての結びつき」ではない、アメリカの強かな戦略がそこには含まれているのだ。それは「フルブライト留学」についても変わらない。何も考えずに「有益なもの」として理解している様々な事柄が、実はアメリカにとって大きな意味合いを持っているということが明らかにされていくのである。
さて、「浦上天主堂」の解体にアメリカの意向が強く影響していたのだとして、先程も触れた通り、それによって「隠れキリシタンの土地に原爆を投下した」という負の印象を薄れさせることに成功した。戦略通りなのだとすれば見事である。しかしその一方で、そのことが長崎を「劣等被爆都市」にしてしまってもいると感じた。
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「怒り」を以って核廃絶を訴える広島とは対照的に、長崎は「祈り」と共に訴えていると言われている。もちろんその理由の一端は、キリスト教が根付いた土地であるという点にある。しかし、核廃絶への訴えに積極性を感じさせる広島に対して、長崎が「劣等被爆都市」と呼ばれてしまうのは、広島のような「原爆ドーム」を有していないことも大きいのだろうと感じさせられた。
私たちはもちろん、原爆の歴史を忘れるべきではないし、今後も語り継いでいくべきだ。しかし同時に、「浦上天主堂」に関わる背景を知ることによって、「アメリカという国の恐ろしさ」も理解すべきなのだと思う。「浦上天主堂」の解体がアメリカの望み通りだったとするなら、「『敗戦国』が『戦勝国』に強要された」というだけではない、「アメリカという国の強かさ」が如実に発揮された事例なのであり、大国の恐ろしさを実感させられた。
そしてきっと、私たちは今もそんな「アメリカ」と対峙しているはずだ。日本も「強かさ」を持たなければ、きっとまた「浦上天主堂の解体」のような事態が起こってしまうことだろう。その点を意識して諸外国と関わっていく必要があるというわけだ。
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そしてきっと、このような歴史は他にも山ほどあるのだと思う。そう感じさせられた、知らないことが満載のノンフィクションだった。
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