目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ノエル・ツツォル, 出演:ペテル・オンドレイチカ, 出演:ジョン・ハナ, 出演:ボイチェフ・メツファルドフスキ, 出演:ヤツェク・ベレル, 監督:ペテル・ベブヤク
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「ホロコースト」という現実を世界がどのように知ったのか、考えたことなどなかった
- 公表に7ヶ月も逡巡したほどの信じがたい現実だ
- 脱走した2人も、彼らを手助けした者も、「生き延びること」が目的ではなかった
今も世界のどこかで知られざる「残虐さ」が存在しているはずだ。私たちはそれを、知ろうとしなければならない
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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アウシュビッツを含むドイツ軍の強制収容所でユダヤ人が大量虐殺された、いわゆる「ホロコースト」のことは、当然誰もが知っているだろう。あまりに悲惨なこの歴史的惨劇を繰り返さないために、後世まで語り継がれるべきだ。
しかし確かに、「どのように世界はホロコーストを知ったのか?」について理解していなかったと、この映画を観て感じた。実は、強制収容所を命がけで抜け出し、詳細な記録を世界に向けて公表した者たちがいたのだ。
それまで私はなんとなく、こんな風に考えていた。ドイツ軍がユダヤ人を虐殺している事実は世界も知っていたが、戦争中だったこともあり、すぐには対応できなかった。ドイツが降伏したことでようやく、現実的な対処が取れるようになった、と。
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この解釈は、半分ぐらいは当たっている。映画でも、ユダヤ人を捕らえて強制収容所に送っているという噂は連合国軍に届いていたと描写されるのだ。
ただ、その実態についてはほとんど理解されていなかった。
確かにそれは、想像してみれば当然だろうと思う。私たちは「ホロコースト」が起こったことを歴史的事実として知っているし、だからこそ、「これほど残虐な行為が人間の手によって行われた」という恐怖を感じることができる。しかし、「ユダヤ人の大虐殺が行われている」という事実を知らなければ、まさかそんなことを人間が行うとはとても想像できないと思う。連合国軍がどのように解釈していたのかに関する描写はほとんどなかったが、恐らく、「収容所に送り、強制労働をさせている」ぐらいに考えていたはずだ。それにしたって酷い話ではあるが、それならまだ、人間が想像可能な範囲の行為だろう。
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だからこそ「確実な証拠」が必要だったのだ。
実際に強制収容所を抜け出したのは、ヴァルターとアルフレートの2人。彼らは収容所内で「記録係」を務めており、いつ誰が亡くなったのかを含め、詳細なデータを持っていた。彼らはその証拠を連合国側に届け、世界に公表してもらうべく命がけで脱出を試みたのだ。
彼らの情報がなければ、連合国が行動を起こすのはもっと遅かったことだろう。映画では、脱走した2人の情報のお陰で、ハンガリー系ユダヤ人12万人がアウシュヴィッツに送られずに済んだと説明されていた。もちろんこれは、彼らが成した分かりやすい功績にすぎない。彼らがいなければ、ドイツ軍による横暴がその後も続いたことは間違いないだろう。
誰もが知っているだろう史実に、これほど衝撃的で、恐らく広くは知られていないだろう事実が存在することに驚かされた。
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この映画で問われることは、現在の我々にも当てはまる
映画の中である人物がこんなことを口にする場面がある。
大事なことは、これを知った今、何をするかだ。
この言葉は、映画を観ている我々にも直接的に突き刺さることだろう。
私たちが生きる世界では、ロシアがウクライナに侵攻した。信じがたい暴挙であり、国際社会も様々な形で反応している。「スマホが存在する初めての戦場」とも言われているそうで、ウクライナ側からのSNSを通じた様々な情報が拡散され、多くの人が行動を起こしているというのが現状だ。
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しかしすべての出来事が、社会の注目を広く集められるわけではない。
たとえば、中国のウイグル自治区の問題は、何故かテレビの報道番組ではあまり特集されないように思う。私自身、詳しく理解しているわけではないが、中国がウイグル自治区に住むウイグル人を「再教育」と称して閉じ込め、酷い扱いをしているという疑惑だ。以前テレビで特集されていた際には、実際に拷問を受けたという方が、その悲惨な実態を赤裸々に語っていた。ホロコーストほどの残虐さではないかもしれないが、ウイグル人の方々が置かれている状況は似たようなものと言っていいだろう。
あるいは、日本の難民問題も挙げられる。以前私は『東京クルド』という映画を観て、初めてその実態を知ったのだが、「難民をまったく受け入れる気がない日本」の酷すぎる対応には驚かされた。
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日本国内の問題だが、私と同じように、そんな現実を知らなかったという方はもの凄く多いだろうと思う。
もちろん、世界中には様々な問題が存在するし、そのすべてに対して行動できるわけではない。目にしたこと、耳にしたことに反応することも大事だが、「今もどこかで、広くは知られていないけれども酷い状況に置かれている人がいるかもしれない」という視点を忘れてはいけないとも思う。
大事なことは、これを知った今、何をするかだ。
ホロコーストが起こった世界から、現代へと投げかけられる問いに、私たちはどう答えるべきだろうか?
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非常に珍しく、「エンドロール」が印象的な映画だった
私は、基本的に映画館で映画を観ると決めているし、エンドロールを観終わってから席を立つことにしている。しかしやはり、特に外国の映画だと、エンドロールの時間は退屈だなと感じてしまう。文字だけではなく、映像を入れ込んだエンドロールなら多少興味も湧くが、だからと言ってそこまで面白いと感じるものはない。
だから、映画のエンドロールに感心させられたことは意外だった。
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映画の冒頭で、ジョージ・サンタヤーナの、
過去を忘れる者は、同じ過ちを繰り返すものだ。
という言葉が引用される。そしてエンドロールでは、映画冒頭のこの言葉を改めて意識させるような演出がなされるのだ。
エンドロールの間、音声も流れる。その音声は、ここ最近の世界各国の大統領・首相などの演説だ。トランプ元大統領の台頭がきっかけだったのか、世界中で「移民排斥」「自国優先」「差別助長」といった風潮が強まった。そして、そのような主張を臆面もなく口にする国のトップの演説が、エンドロールのバックで流れるのである。
これは「世界はこれからますます酷くなる。ホロコーストのような出来事が起こってもおかしくない」という示唆だろう。そしてまさに、「自国優先」を全面に掲げたロシアがウクライナに侵攻した。すわ第三次世界大戦かと感じている人も多いのではないだろうか。
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ホロコーストは過去の出来事だ、と捉えていると、私たちは再び過ちを繰り返すことになるだろう。私たちは、ホロコーストが起こった世界と地続きの今を生きているのだと認識すべきだと思う。
そのような示唆を与える、非常に印象的なエンドロールだった。
映画『アウシュビッツ・レポート』の内容紹介
アウシュビッツ強制収容所にいたヴァルターとアルフレートは、命がけで脱走を果たし、今何が起こっているのかを世界に知らしめた。彼らが持ち出した詳細な記録を元に作成されたのが「ヴルバ=ヴェツラー・レポート」であり、これがいわゆる「アウシュビッツ・レポート」と呼ばれている報告書である。このレポートが、ドイツ軍の残虐な行いを世界に知らしめる契機となったのだ。
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スロバキア系ユダヤ人である2人は、アウシュビッツ強制収容所で遺体の記録係をさせられていた。収容所では日々多くの人が死に至る。その情報を記録していくのだ。
強制収容所に送られたユダヤ人は、「最初の任務は名前を忘れることだ」と言われ、番号で呼ばれることとなる。丸刈りにされ、消毒液を浴びせられ、それからひたすら労働、最後にはガス室に送られてしまう。
1944年4月7日、2人は脱走計画を実行に移す。彼らは、収容所内の絶対に見つからないだろう場所に隠れ続け、状況が変わるのを待った。その夜、作業後の点呼で、29162番と44070番の2人がいなくなっていることが判明する。2人が見つかるまで、彼らと同じ9号棟の囚人を極寒の野外で直立させ、居場所を吐かせようとするのだが、誰も口を割らない。
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一方、数日間隠れ続けた2人は、頃合いを見て収容所を脱出、人目につかないように国境を目指した。寒さと怪我に苦しめられながらも、彼らは、自分たちを脱出させてくれた仲間たちのことを思い、体力の限界を超えながらも、どうにかスロバキアまでたどり着く。
それから、スロバキアの有力者に彼らが記録した「真実」を託し、世界に公表してほしいと訴えるのだが……。
映画『アウシュビッツ・レポート』の感想
凄い映画だった。まったく知らなかった史実が描かれているし、壮絶な状況下で残酷な決断を迫られる者たちの奮闘には心を掴まれる。ホロコーストがいかに異次元の出来事であるかを再認識させられた。
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印象的な場面はとても多かったが、2つ触れてみたいと思う。
まずは、「2人が強制収容所を抜け出した目的」について。もちろんそれは「アウシュビッツの現実を世界に知らせること」である。しかし、彼らはさらにその先を考えていたのだ。2人がある場面で告げた言葉には、正直驚かされた。この記事では具体的には触れないが、彼らの提案があまりにも「普通ではない」からこそ、「そんな提案をせざるを得ないほど尋常ではない世界なのだ」ということが伝わってくる。
冒頭で、2人の脱走を手助けした人物が、
俺たちはもう死んでいる。生きている者たちの心配をしろ。
と口にするのだが、初めこのセリフの意味が理解できなかった。しかし、彼らの提案を聞けば意味が分かる。「いかに生き延びるか」という問いを捨てざるを得ない世界であり、だとすれば「いかに死ぬか」に焦点を当てるしかない、ということになるだろう。そのあり得ない決断に、ホロコーストの異常さが垣間見えた。
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もう1つ印象的だったのは、2人の話を最初に耳にした赤十字職員のウォレンの反応だ。彼はドイツからの情報を鵜呑みにしており、「赤十字は状況を好転させている」と考えていた。しかし2人の報告は、赤十字のしていることがまったく何の意味も成していないことを突きつけるものだった。「信じたくない」と感じてしまう気持ちは分からないではない。
しかも、2人の口から聞かされたのは、同じ人間が行っているとは信じがたい鬼畜の所業なのである。「信じて下さい」と言われて「はいそうですか」とはなかなか受け取れないだろう。もちろん2人もそのことを理解しており、だから詳細な記録を持って脱出した。しかしそれでもウォレンは、「そんな話、信じられない」という反応になってしまう。
ウォレンの立場を想像してみると、そのあまりの責任の重さにたじろぐだろう。2人の証言が正しければ、当然それは世界に訴え、ドイツの所業を止めさせなければならないだろう。しかし、もし彼らの話が嘘、あるいは誤りだったら? 世界に大誤報を撒き散らした人物という汚名が生涯ついてまわるだろう。
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躊躇するのも当然だと思う。
結果として、2人の証言・記録は報告書にまとめられて公表された。しかしそれは、2人が証言した日から7ヶ月後のことだったという。もっと早く公表されていればより被害は抑えられていたはずだ。しかしそう感じる一方で、「よく公表したものだ」という感覚にもなる。ウォレンの立場からすれば、目の前にあるのは「どこの誰とも知れない2人が持ち出したと主張する記録」だけなのだ。ホロコーストは確かに事実だった。しかし、それが事実だとはっきり認識されるまではやはり、「こんなことが現実であるはずがない」と考えたくなってしまうはずだ。
ヴァルターとアルフレートの2人が勇敢だったことは言うまでもないが、ウォレンもまた素晴らしかったと讃えたいと思う。
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出演:ノエル・ツツォル, 出演:ペテル・オンドレイチカ, 出演:ジョン・ハナ, 出演:ボイチェフ・メツファルドフスキ, 出演:ヤツェク・ベレル, 監督:ペテル・ベブヤク
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過去の出来事だとはいえ、「ホロコーストが起こったのと同じ世界で生きている」という事実にぞっとしてしまう。そして今も、世界のどこかで、私たちの想像を絶する残虐さが存在しているのだろうという想像に絶望する。
大事なことは、これを知った今、何をするかだ。
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