目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
監督:リントゥ・トーマス, 出演:ミーラ
¥2,000 (2024/09/28 19:52時点 | Amazon調べ)
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この記事の3つの要点
- 私にはどうしても、「カースト制度」も「部落差別」も意味不明なものにしか感じられない
- 「女性記者」としての八面六臂の活躍と、「ダリットの女性」として生きることの困難さ
- ジャーナリズムがまともに機能しないインドにおいて、「カバル・ラハリヤ」が民主主義の健全化に与える影響は大きいのではないだろうか
「動画配信を中心に運営する」と方針を変えた2016年以降の彼女たちの闘いの軌跡が映し出されていく
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
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インド最下層のカーストにいる女性たちが新聞社を立ち上げた!映画『燃えあがる女性記者たち』が描き出す「メディアの可能性」
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何がどうしてそうなったのか、興味深いとは感じないだろうか?
私にはどうしても「カースト」の存在が理解できない
詳しく知らないとしても、「カースト制度」のことは耳にしたことがあるだろう。歴史の授業でも習うはずだ。インドには紀元前からカースト制度が存在し、4つの階層に区分けされている。しかし実は、その4つのカーストにさえ入らない「階層外」という扱いを受ける人たちがいるのだ。彼らは「ダリット」と呼ばれ、「不可触民」扱いされる。たぶん、日本で言う「穢多非人」みたいなものなのだと思う。そのように考えると、本作で描かれる女性たちの日常は、日本の「部落差別」の問題にも通ずるものがあると言えるだろう。
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しかし、似た部分はあるだろうが、やはりまったく違う。インドの差別の方が苛烈なのである。ダリットの中でも特に女性の扱われ方は酷いそうで、「暴力は日常茶飯事」だと本作に登場する女性は語っていた。
そんなダリットの女性たちが新聞社を立ち上げたというのである。名前は「カバル・ラハリヤ」、「ニュースの波」という意味なのだそうだ。2002年に、ウッタル・プラデーシュ州で週刊の新聞としてスタートした。ウッタル・プラデーシュ州というのはインドでも4番目に大きな州で、人口はインド国内でも最大だという。また、本作ではインドの国政選挙の様子も映し出されるのだが、その中で「ウッタル・プラデーシュ州での勝敗がインド全土に影響を及ぼす」とも説明されていた。
そしてそんな州で彼女たちは存在感を強めていったのである。映画のラストで触れられていたが、なんと「カバル・ラハリヤ」の支局が州外にも置かれるようになったそうだ。カースト最下層の逆襲といったところではないだろうか。
しかしそもそもだが、私にはどうしても「カースト制度」がピンと来ないのだ。それは別に「遠いインドの話だから」というわけではない。例えば私は「部落差別も意味が分からない」と感じている。以前、『私のはなし 部落のはなし』という、部落差別をかなり詳しく扱ったドキュメンタリー映画を観たのだが、それでも私には全然ピンと来なかったのだ。
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日本の部落差別の場合はどうやら、「生まれた地域が『部落とされる場所』か否か」で差別されるかどうかが決まるようである。しかし、私には「何それ?」としか感じられない。「生まれた場所」なんて、その人個人の属性とはまるで関係がないだろう。そんなもので良し悪しが判断されるなんてたまったものじゃない。そんな意味不明な差別をしている奴らは全員暇なのかとさえ思う(別に「していい差別がある」なんて言いたいわけではないのだが)。
そして同じようなことを「カースト制度」に対しても感じてしまうというわけだ。本作はインドで作られた作品なので、「当然みんな知っているもの」としてカースト制度については深く触れられない。「階層外のダリットという立場の人がいる」という情報だけは最初に字幕で表示されたが、それぐらいである。他に作中で「カースト制度」が言及されていた点としては、「ジャーティ(出自のこと)が同じ相手でないと結婚出来ない」「ダリットだと知ると、空室でも部屋を貸してくれない」ぐらいだったと思う。
一方で、作中にはこんなやり取りもあった。ある女性記者が、ジャーティを聞かれた場合の対処について語ったものだ。彼女は、まず相手のジャーティを聞き返すことにしているのだという。そして、「『バラモン』なら『私もバラモンよ』と答える」みたいなことを言っていたのだ。その際、相手がどのような反応を示すのかには触れられていなかったが、それで話が済んでしまうのであれば、「結局その程度のことでしかない」のだろう。もちろん、結婚といった話になれば自己申告だけでは通用しないのだろうが、日常生活においては、「見た目で『ダリット』だと判断される」みたいなことはたぶん無いのだろうと思う。
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だからこそ、そんな差別が今も続いているという事実に、私は驚愕させられてしまうのだ。本当に、意味が分からない。
また、彼女たちは記者なのだから当然、様々な人に話を聞きに行く。作中では特に言及されなかったが、彼女たちが主に取材しているのは、恐らくカーストが低い人たちだと思う。「辛い境遇に置かれている人たちの声を代弁する」という使命を掲げているのだろう。しかし、事件が起これば警察に話を聞きに行くし、選挙となれば政治家にインタビューもする。恐らくだが、そういう「権力者」はカースト最上位の「バラモン」であることが多いだろう。そして不可触民であるダリットでも、そんなバラモンと普通に話せるのだ。
もちろん、彼女たちの取材にまともに対応しない人もいる。しかし、警察や政治家がつれない対応をするのはどの国でも大差ないだろう。「『ダリット』かつ『女性』だから」とは言えないように思う。そして、ダリットの女性記者と普通に話す権力者もいるわけで、そういう様子を見ていると、より一層カースト制度のことが分からなくなる。日本の場合、士農工商穢多非人と区分されていた時代は、「武士」と「穢多非人」が会話を交わすことなど恐らく許されなかったのではないかと思う(正確なことは知らないが)。しかしインドではそうではない。だったら「カースト制度」は一体何のために存在するのだろうか?
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ただし、当然のことながら、それは彼女たちが自ら勝ち取った状況であるとも言える。「記者」というのは元々(というか今も)カースト上位の職業であり、そのため、2002年に彼女たちが新聞社を立ち上げた時には冷ややかな目で見られていたそうだ。もちろん今だって、そういう視線が完全に排除されたなんてことはないだろう。しかし、2016年の状況を撮影した本作の中で女性記者の1人は、「14年掛けて、概念を覆してきた」と語っていた。彼女たちの活動は、単に「名もなき人々の声を届ける」というだけに留まらず、多くの人の意識改革をももたらしてきたというわけだ。
女性記者たちの奮闘、そして「女性であること」の苦労
本作の撮影が何をきっかけに決まったのかは分からないが、映画の舞台となっている2016年が「カバル・ラハリヤ」にとって大きな転換点になった年であることは間違いない。というのも、それまで紙媒体で出し続けてきた新聞を、WEB(映像)に切り替える決断をしたからだ。詳しくは分からないが、恐らく紙の新聞を無くしたわけではないと思う。ただ、それまでまったくやってこなかった「映像配信」に力を入れて取り組むようになったというわけだ。
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本作は「スマホを配る場面」から始まる。後に局長へと昇進する、本作ではメインで描かれる主任記者ミーラが、「スマホなど触ったことがない」という者を含む女性記者たちにスマホの使い方をレクチャーするのである。そんな「ゼロから動画の撮り方を学ぶ者」もいる中で動画配信にチャレンジするというわけだ。
本作では時折、「撮影時点におけるYouTube動画の総再生回数」が画面の端に表示されるのだが、ある時点で1億5000万回を超えていた。この数字がインド国内でどれほどの規模なのか分からないが、少なくとも日本のYouTubeの総再生回数基準で考えれば、結構インパクトのある数字ではないかと思う。
そしてそれは単なる数字ではない。現実に影響力を与えているのだ。彼女たちは、「感染症が蔓延しているのに医者がいない村」や「まったく舗装されていない道路」など、「生活者目線の困り事」を抱えている人の取材もしているのだが、取材の後ですぐに医者が来たり道路工事が行われたりすることもあった。また、「不名誉なことだから」と被害者がなかなか被害を申告しないレイプ事件において、取材から僅か1週間で容疑者が逮捕されたことだってあるのだ。このように「現実にプラスの影響を及ぼすこと」こそが、メディアが持つ最大の強みだし果たすべき役割だと私は思う。
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さて、本作では「カバル・ラハリヤ」の女性記者たちを取り上げるわけだが、全体として「ダリットの“女性記者”として生きることの不自由さ」についてはあまり深堀りされなかったと思う。彼女たちは、カースト最下層とは思えないほどパワフルに、障害など何も存在しないかのように熱心に取材をしていたのだ。
しかしその一方で、「ダリットの”女性”として生きることの不自由さ」については様々に語られていた。
彼女たちはそもそも、「働くこと」について家族からの理解が得られない。「女性記者として働くこと」ではなく、そもそも「働くこと」に難色を示されるのだ。彼女たちは夫から、「夫がいるのに外で働くのは変だ」「女が夜遅くまで仕事をしているなんて、外で何をしているか分からないじゃないか」みたいな視線を向けられていた。主任記者であるミーラの夫はもっと直接的に、「役に立つことを優先すべきだし、何よりもまず家事をすべきだ」と口にする。「女性は家庭を守るべき」という考えを当然のように突きつけられるのだ。
この辺りの感覚は日本もだいぶ遅れているとは思うが、インドのそれは「前時代的」と言っていいレベルに感じられた。しかし、本作に登場する女性たちは強い。ある記者は夫に向かって、「あんたのことは捨てても、仕事は捨てない」と言い放っていた。いいぞいいぞ!
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別の女性記者は、「独身を通すつもりだったけど、結婚した」みたいな話をしていた。理由はシンプルに、「家族からの圧力をかわせなかったから」だそうだ。インドでは今も、女性が結婚しないままでいると「本人や家族に何か問題があるのでは?」という風に見られてしまうという。一昔前の日本も同じような感じだっただろう(あるいは今も、地方ではそのような感覚が強く残っていたりするのだろうか?)。その話をしていた女性は恐らく、「自分が悪く見られているだけ」だったら耐えられたはずだ。しかし、自分が結婚しないことで、例えば「娘の給料が惜しいから結婚させたくないんだ」というように、家族が悪く見られてしまう状況に我慢できなかったのだと思う。ホントに、酷い話である。
このように本作では、「女性記者がどんな取材をしているのか」ということ以上に、「女性記者はどのように生きているのか」という点に関心が向けられているように思う。彼女たちが取材している現実もそりゃあ酷いもので、世界に広く知られるべき事実だと思うが、しかしやはりそれらは「まあ、インドだしな」みたいな受け取られ方になってしまう可能性もあるだろう。しかし女性記者たちの人生については、国や境遇こそ違えど、「私もそういう辛い状況にいる」みたいに共感しやすいのではないかと思う。
今も世界中には、差別に苦しんでいる様々な人たちがたくさんいるはずだ。しかしその中でも、「インド最下層カーストであるダリットの女性」というのは、かなりしんどい境遇にいると言えるのではないだろうか。そしてそんな彼女たちが「真っ当な民主主義」のために奮闘している姿を観ることで勇気づけられる人もいるだろうと思う。
彼女たちの挑戦は、インドの民主主義をどのように変えるだろうか?
映画の最後の方で、ミーラが次のようなことを言う場面がある。
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私たちはいずれ、このような問いを突きつけられるだろう。報道が抑圧された過渡期に、一体何をしていたのか、と。
私たちはそれに、胸を張って答えることが出来る。権力の座にある者の責任を問い続けた、と。
これは、インドの国政選挙における報道の現実を踏まえての発言だ。具体的には本作を見てほしいが、「一般的なメディアはまともに機能していない」のである。民主主義国家とは思えないような報道ばかりがなされる中で、彼女たち「カバル・ラハリヤ」は自信を持って「民主主義を体現した」と主張できるというわけだ。ミーラは本作の最初の方で「ジャーナリストは民主主義の源」とも言っていたが、まさにその通りだろう。
「革命」というのは常に、「下にいる者が上にいる者をひっくり返す」という形で起こるわけだが、まさに彼女たちも今、「インドの民主主義の革命途上にある」と言っていいのだと思う。
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さて、毎年発表されている「報道の自由度ランキング」というものがある。世界各国の報道の「健全さ」をランキングしたものだ。2023年のデータを見ると、日本は全180ヶ国中68位。正直、先進国の中でこの順位はかなり低いのだが、インドはもっと低い。なんと161位である。164位のロシア、167位のイラク、175位のシリア、179位の中国などと大差ないというわけだ。
インドは今、人口で中国を抜いて世界一となり、また生産年齢人口が多いこともあって、世界経済において大きなインパクトを有している。しかしその一方で、ジャーナリズムの「健全さ」はかなり低い。つまり、まともに民主主義が機能していないわけで、そんな国の土台はかなり脆いと言えるのではないかと思う。
そんな中、州外にも支局を置くことが決まった「カバル・ラハリヤ」は、「インドの民主主義」を変革するメディアとして非常に重要な存在になるかもしれない。彼女たちが未来のインドをどのように牽引していくのか、非常に楽しみである。
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最後に
本作は、「弱い立場にいる者でも強く生きられる」みたいな話としても捉えられるだろう。しかし私はいつも、「どんな立場にいる人も、無理して頑張る必要はない」と考えている。「弱い立場にいても、彼女たちみたいにやれることはあるんだから頑張ろう!」みたいな話に受け取られてしまうと、社会がどんどん窮屈になってしまうと思っているのだ。
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しかしその一方で、「境遇に関係なく強く生きられる人は凄い」と思うし、だから本作に登場する女性記者たちに対しても素晴らしいと感じている。この記事もそのようなニュアンスが伝わるように書いたつもりだが、もしも私の文章が「頑張らないとダメだ」みたいな受け取り方をされているとしたら残念だなとも思う。
頑張っている人のことはいくら称賛してもいいが、その称賛が「頑張れていない人を責めるもの」にはならないでほしい。心から、そのように感じている。
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