目次
はじめに
著:卯月妙子
¥1,359 (2024/07/03 17:00時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この記事で伝えたいこと
どれほど辛い状況に置かれても、どうにか生きていけるかもしれないと感じさせてくれる
人間関係に恵まれている著者のようにはなかなか上手くは行かないだろうけど
この記事の3つの要点
- 25歳年上のボビーを始め、周りにいる「濃い人たち」との普通じゃない日々
- 「首の骨を折らなかったことが奇跡」と言われる顔面着地以降の壮絶な入院生活
- 「ただ日々を生きていること」の素晴らしさみたいなものを感じさせてくれる
決して多くはないだろうけど、著者のような苦しみを抱えて生きている人は社会のあちこちにいるのだと思う
この記事で取り上げる本
著:卯月妙子
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ポチップ
自己紹介記事
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私は普段、コミックエッセイをそんなに読まないので、他と比較することが難しいのですが、著者の実体験が描かれるこのコミックエッセイは、なかなか他に類を見ない存在感を放っていると感じました。
「生きづらさ」を抱える人と関わる機会はあるけど、卯月妙子はちょっと尋常じゃないレベルだよね
決して多いわけではないだろうけど、こういう人は世の中のどこかに確実にいるんだろうなって思った
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1971年、岩手県生まれ。20歳で結婚。しかし程なく夫の会社が倒産し、借金返済のためにホステス、ストリップ嬢、AV女優として働く。排泄物や嘔吐物、ミミズを食べるなどの過激なAVに出演。カルト的人気を得る。その後夫は自殺。幼少の頃から悩まされていた統合失調症が悪化し、自傷行為、殺人欲求等の症状のため入退院を繰り返しながらも、女優として舞台などで活動を続ける。さらに自伝的漫画「実録企画モノ」「新家族計画」(いずれも太田出版)を出版し、漫画家としても活躍。2004年、新宿のストリップ劇場の舞台上で喉を切り自殺を図ったことでも話題に。
この略歴を読んで、本書に興味を失う人もいるんじゃないかと思います。ちょっとさすがに、こんな人の話は読めないぞ、と。一方で私のように、この略歴のお陰で興味を持ったという方もいると思います。そして本書は、そういう人が読むべき本でしょう。前者のような方は、無理して本書を読む必要はないと思います。
基本的に「変人」「ぶっ飛んだ人」にしか興味が持てないから、私はむしろ「面白い」って思った
それでは、非常にざっくりとですが、本書の設定だけ紹介していきましょう。前後半で大きく2つに分かれます。
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前半は、統合失調症と闘いながら舞台女優として活動する著者・卯月妙子が、25歳年上の「ボビー」と出会い、交際を始めるという話です。「ボビー」と呼ばれていますがれっきとした日本人で、その出会いのきっかけから、なかなか変わった関係性までを描いています。前半はまだ、「ちょっと変わった人のちょっと変わった日常を描くエッセイ」ぐらいの感じです。
しかし後半でそのトーンが一気に変わります。なんと著者は突発的に自殺を図り、奇跡的に生還するも、顔面がぐちゃぐちゃになってしまうのです。そうなって以降の、著者の生活や葛藤、周囲の人との関わりなどが描かれます。
前半も、なかなかぶっ飛んだ雰囲気だったけど、後半に入ってからさらにギアが上がった感じするよね
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ボビーの凄まじい存在感
先程書いた通り、前半は著者とボビーの関わりがメインで描かれていきます。
著者はとにかく、ボビーのことが大好きで、ずっと一緒にいたいと思っています。そのことが言動の端々から分かるし、当然ボビーもそれを理解しているわけです。
一方でボビーは、もちろん著者のことが好きですが、躊躇もあります。自分が25歳も年上であるということも気になるし、美しい彼女にはもっと付き合うのに相応しい人がいるんじゃないかとも感じてしまうのです。友人としては良い関係ですが、彼女との交際についてはなかなか踏ん切りをつけることが出来ないでいます。
これだけであれば、年の差恋愛の悩みという感じでしょうが、それだけではありません。2人とも、突拍子もなく「発動」してしまうのです。
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著者は統合失調症を患っているので、その病気を背景に感情の浮き沈みが発生してしまいます。ボビーは、本書を読む限りなんらかの精神疾患を持っているわけではなさそうですが、性格的に「頭に血が上ってしまう人」なのでしょう。そんなわけで、お互いに、よく分からないタイミングで喧嘩が始まったり、理解不能なやり取りが展開されたりするのです。なかなか一筋縄ではいかない関係性だと分かるでしょう。
その場にいたら、ちょっと「面白い」とか言ってられない気はする
ボビーについては、「乱交が好き」というなかなかな情報もさらっと示されるわけですが、しかしトータルで捉えた時、ボビーは男気のあるなかなかの人物だと感じます。著者は正直、病気のせいでかなり「ぶっ飛んで」しまっているわけで、そんな著者とここまで正面から向き合えるというのは並大抵のことではないでしょう。恋愛云々とは関係なく、人間としてフラットに関われている姿にはちょっと惚れ惚れします。なかなかボビーのようには振る舞えないという人の方が多いでしょう。
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また前半では、著者とボビーの関わりに加えて、その周囲の人との関係も描かれます。著者と母親の関係性、ボビーの会社での出来事、2人が行きつけにしている飲み屋での話などが描かれるわけですが、彼女たちの周りにいる人もまた非常に濃いです。もちろん、著者とボビーがあまりに突き抜けているので、作中ではそうでも無さそうに感じられるかもしれませんが、私たちの日常の中にいたら、「ぶっ飛んでるなぁ」と感じる存在感だと思います。
そんな、とにかく「濃い」人たちが繰り広げる日常が描き出されていきます。
歩道橋からの飛び降りという衝撃な展開から始まる後半
そして後半は、あまりに衝撃的な描写から始まります。なんと著者は、かなり謎めいた、脈絡を一切感じさせない展開から、唐突に歩道橋から飛び降りてしまうのです。彼女は顔面から地面に着地。首から下がほぼ無傷だったことも、首の骨が折れなかったことも奇跡的だと言われました。その後、9時間にも及ぶ大手術の末、どうにかこうにか命を繋ぎ留めるのです。
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この展開はちょっと唖然っていうか、嘘でしょって感じだったなぁ
「ポーン」って感じであっさり身を投げ出す感じには驚かされた
後半では、そんな壮絶な自殺未遂をした著者が、入院中に様々な妄想に取り憑かれながらも、なんとか少しずつ回復し、どうにか社会復帰を果たすまでの日々が描かれます。
まず凄いと感じたのは、「入院中の妄想をマンガにしている」という点です。例えば本書では、とんでもない状態で病院に運ばれてから明確に意識が回復するまでの間に、著者がどんな妄想に囚われていたのかが描かれています。もちろん、妄想というのはもの凄く主観的なものなので、その時に本当にそのような妄想に囚われていたのかはなんとも言えません。ただ、「著者の感覚」としてはこのようなものだったのだろうし、私としては、「統合失調症を患う人が囚われる『妄想』の一例」を知れたことは非常に興味深いものでした。
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以前、松本ハウスの『統合失調症がやってきた』を読んだけど、ハウス加賀谷の「妄想」もなかなか凄かった
「スナイパーに命を狙われてる」っていう妄想から逃れられなかったらしいよね
また、前半でも人間の優しさは様々に描かれていましたが、後半ではさらにそれが増量して描かれている感じがします。特に、著者の母親が凄いと感じました。
著者が統合失調症を発症したのは小学5年生の時です。母親はそんな病気を抱える著者とかなり長いこと関わってきました。だからある意味では接し方を心得ていると言えるのかもしれません。ただそうだとしても凄まじい振る舞いだと感じます。とにかく著者の前では、なんの心配もないかのように明るい雰囲気を醸し出すのです。
もちろん、本書は基本的に「著者目線」の作品なので、著者の目の届かないところで母親がどんな気苦労を抱えているのかは分かりません。ストレスを抱えていないなんてことはあり得ないでしょう。そういう中でも、「ストレスなど一切無いんじゃないか」と感じさせるような振る舞いができるのは見事だと思います。時に「優しさ」は誰かの負担になってしまったりするものですが、そんな風に感じさせることなく著者と関わる母親の頑張りには驚かされました。
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「こんな私に優しくしてくれる」っていう感覚は、結構人を追い詰めるからね
その感覚は私も理解できるから、自分の振る舞いも気をつけているつもり
母親については、サラッともの凄く気になる描写がなされていて、メチャクチャ驚いたのですが、本書ではそれについて詳しく触れられていません。あの話、結局どうなったんだろうなぁ。
また、後半ではボビーの出番がかなり少なくなってしまうのですが、それでもやはりボビーの凄さは際立っています。彼は何でもないことのように、顔面がぐちゃぐちゃになってしまった著者を、以前と変わらないような雰囲気で愛するわけです。前述した通り、色々問題のある人物ではありますが、やはり総合的には「ボビーすげぇ」ってなると思います。実はボビーの方にも色んな出来事が起こっていて、それが回り巡って著者にも関係してきたりするわけですが、そういうことも含めて、ボビーの包容力みたいなものの凄さを感じさせられました。
こういう「”人間愛”に溢れた人」って、やっぱり凄いなって思っちゃうよね
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前半でも後半でも感じることですが、とにかく本書には「凄まじい人」しか出てきません。全体を通じて、「普通」に見える人は、医者や看護師ぐらいかもしれません。類は友を呼ぶとはよく言いますが、やはり似たような人が集まってくるのでしょう。「変人好き」な私としては、そういう日常にちょっと憧れがあったりもします。ま、実際に関わったら、「ちょっと私には濃すぎる」ってなるのかもしれませんが。
必死に、真剣に生きている人たちの姿は素晴らしい
本書は、「著者やその周囲の人たちのぶっ飛んだ感じ」がとにかく全面に目立つ作品ではありますが、読んでいると、「必死に、真剣に生きている人って素晴らしい」という感覚にもなるのではないかと感じます。
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私も、普段から「社会人に向いてない」って感じる機会が多くて、どうにかこうにか生きてるって状態だわ
「普通のこと」が難しく感じられる人って、やっぱり一定数いるもんね
本書で描かれる人たちは、特別何かを目指しているわけでもなく、何かをしようとしているわけではありません。そういう人たちが、とにかく毎日を必死に生きているという真剣さに読者は打たれるのではないでしょうか。「何かがある人生」に惹かれてしまう気持ちはもちろんあるのですが、「何もない人生」もこれほど豊かになるのだと気付かされたような気がします。
もちろん著者の場合は、周りの人に恵まれていたから上手くいったという面もあるでしょう。重度の統合失調症を抱えながら、著者のように”楽しく”生きていくことは、一般的にはなかなか難しいだろうと思います。著者のような精神疾患症を抱え、社会で絶望しながら生きている人たちもきっとたくさんいるでしょう。彼女は、非常に運が良かったのだと思います。
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ただ、運だけで説明するのも違うように感じました。やはり著者には彼女なりの魅力があり、周りの人はそこに惹きつけられているのだと思います。正直なところ、著者の何が「魅力の核」となっているのか、明確に言語化することは難しいのですが、その「何か」が本書の魅力にも繋がっているのだと感じました。
私も、かつて自殺を試みたことがあります。住んでいたアパートの屋上から飛び降りようとしたのですが、どうしても出来なかったのです。そんな経験もあったので、著者が歩道橋から何の躊躇もなく飛び降りた場面にはなおのこと驚かされました。しかし同時に、「どうなっても生きていけるものなのだなぁ」という希望を抱かせてくれると言ってもいいでしょう。
それ以来、「最終的に死ねばいいや」っていう発想を止めたわ
それまでは、そう考えることで色々乗り切ってた部分もあるから、かなり考え方を変えなきゃいけなくなったよね
先程書いた通り、やはり著者は出会う人に恵まれたのだろうし、辛い状況にいる人が皆、社会の中で居場所を確保しながらある程度の穏やかさを持って生きていけるとは思っていません。ただ、この著者のような「あまりに壮絶な人生・日々」を経験していたとしても、まだ立ち直れる可能性が残っていると感じられることはとても大きいと言えるでしょう。
絶望を明るく描き出すことで、そんな希望も与えてくれる作品ではないかと感じました。
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著:卯月妙子
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