目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:宮沢りえ, 出演:池松壮亮, 出演:大島優子, 出演:田辺誠一, 出演:近藤芳正, 出演:石橋蓮司, 出演:小林聡美, クリエイター:大角正, 監督:吉田大八, プロデュース:池田史嗣, プロデュース:石田聡子, プロデュース:明石直弓, Writer:早船歌江子
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この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
「お金に目が眩んだ」のではない。「『ニセモノ』で『スキマ』を埋めようとした」のだ
安易に「スキマ」を埋めようとすると、結局足を踏み外してしまうことになる
この記事の3つの要点
- 梨花にとって「大金を奪うこと」そのものに価値があったわけではない
- どれほど真面目に、堅実に生きていても、些細な日常のズレが非日常を呼び寄せてしまう
- 「自分は梨花のようにはならない」という決意が大きく揺らいではずだ
「予想外の展開は起こらない」からこその「緊迫感」が観客を支配する凄まじい映画
自己紹介記事
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もの凄い緊迫感が続く映画でした。アクションも爆発も、殺人も地球の滅亡も起こらず、ある意味で非常に”日常的”な物語なのに、心を引き絞られるような緊迫感を抱かせる作品に、驚かされてしまいます。
「物語がどう展開するのか予想できる」からこその緊迫感でもあるよね
「たぶんこうなるんだろうけど、そうはならないでくれ」という祈りと共に観てる感じが凄くあった
「手触りのないお金」だからこそ人生を狂わされてしまった「妻」
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主人公の梅澤梨花は、どこにでもいるような女性と言っていいでしょう。勤務先の銀行で大金を扱っているという点は少し特殊ではありますが、しかし元々は専業主婦で、銀行の仕事はパートから始めています。普段の生活も堅実で真面目で、夫婦の生活は少し冷めてしまっていますが、それも一般的な家庭とそう大差ないはずです。特別な生活を送っているわけでも、特に注目すべき点が見つかるわけでもない、「普通」の女性だと思います。
この映画は、そんな彼女が銀行から大金を横領してしまう物語です。
「お金に目が眩んだ」と表現するのは簡単ですが、そんな風にシンプルに捉えることには少し抵抗を感じます。梨花が奪ったお金は「手触り」のないものでした。それは彼女にとってほとんど「数字」でしかなかっただろうと思います。何か「実感」と共に存在するお金だとしたら、梨花は手を伸ばそうとはしなかったのではないかと感じるのです。
「お金に目が眩んだ」と言う場合、「お金」の方こそが主役であるように感じられますが、この映画はそんな印象を与えません。その「お金」は「ニセモノ」だからです。梨花は、「お金そのものの価値」に目が眩んだわけではありません。その「ニセモノのお金」が「代替物」になると気づいてしまったからこそ、横領という犯罪に手を染めてしまったわけです。
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梨花は最後まで、「お金そのものの価値」を重視しているようには見えなかったね
「代替物」として適切だったってだけで、たぶん「お金」じゃなくても良かったんだろうな、って感じする
じゃあ彼女にとって、その「手触りのないお金」は何の「代替物」だったのでしょうか。
それは「スキマ」だと言えます。彼女の内側で少しずつ広がった「スキマ」を埋めるために、手近にあった「お金」に手を出してしまったのです。不幸なことに彼女には、「スキマをお金で埋められるはず」と感じた原体験がありました。つまり、「スキマがあり、それを埋めたいと感じていたこと」「スキマはお金で埋められるという感覚があったこと」「目の前に『ニセモノのお金』があったこと」、この3点が交わってしまったがために、彼女は盛大に足を踏み外してしまうことになるのです。
だからこの物語は、「お金に目が眩んだ」ではなく、「『ニセモノ』ではスキマは埋められない」こそが核となるのだと私は感じました。そしてこう捉えることで、この映画は「私たちの物語」になると言えるでしょう。
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観客が抱く「自分は違う」という感覚と、それが裏切られる展開
少し脱線しますが、以前「犯罪が起こった際、犯人の『動機』を皆が知りたいと感じる理由」を説明する文章を読んだことがあり、なるほどと感じたことを覚えています。そこには、「自分とは違うと思いたいから」と書かれていました。犯人の動機を知ることで、「自分はそんな動機を抱くことはない、だからあんな犯罪に手を染めはしない」と考え安心したいのだ、という思考になるのだそうです。私は犯罪者の「動機」にさほど関心が無いので実感はできないのですが、言われてみれば納得できる話だと感じました。
この映画の観客はきっと、同じような「祈り」を抱くのではないでしょうか。冒頭から、梨花は「どこにでもいる女性」という風に描かれます。さらに映画は、誰もが当然そう展開すると予想できるほど、「梨花が横領に手を染める」ことが明らかな描かれ方がされるのです。つまり観客は、「梨花のようなどこにでもいる女性が、横領という犯罪に手を染める」と理解した上で映画を観ることになります。
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だとすれば観客は、「自分は梨花のようにはならない」と感じたいはずです。梨花には何か特別な部分がある、何かおかしな点がある、だから横領してしまったのだ、と実感させてほしいだろうと思います。
映画を観ながら感じていた緊迫感には、観客のこういう「祈り」の圧みたいなものも含まれていた気がする
昔観た『パッセンジャー』って映画でも似たような雰囲気を感じたよ
出演:ジェニファー・ローレンス, 出演:クリス・プラット, 出演:マイケル・シーン, 出演:ローレンス・フィッシュバーン, 出演:アンディ・ガルシア, 監督:Morten Tyldum, プロデュース:Stephen Hamel, プロデュース:Michael Maher, プロデュース:Neal Moritz, プロデュース:Ori Marmur
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しかし、観客のそんな「祈り」は届きません。どれほど梨花の日常が具体的に描かれようとも、それは「ありきたり」を逸脱するようなものではないからです。「大金を扱っていること」を除けば、梨花とそう大差のない生活を送っている人は世の中にたくさんいると思います。そして、そんな「ありきたり」の延長線上に「横領」があると実感させられるのです。
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観客は、「ありきたり」から「横領」までがそう遠くはないのだと理解できてしまいます。「横領」と聞くと、自分の日常とは大きく断絶しているように感じられるかもしれませんが、無数の「日常」の足し算の結果、「非日常」が導き出されてしまうこともあるわけです。
映画の冒頭では「妻」だった梨花は、そこから「女」となり、さらに「犯罪者」へと突き進んでいきます。「妻」から「女」、「女」から「犯罪者」への移行があまりにもスムーズなことに驚かされるでしょう。そしてその移行には、「日常の中の些細なズレ」が関係してきます。初めは「些細なもの」でしかなかったズレが、様々な化学反応を経て大きくなり、ついに自分自身では制御できないものへと変貌してしまうのです。
誰もが「スキマ」を抱えながら生きているだろうと思います。そして、目の前に大金はないとしても、その「スキマ」を埋める「代替物」となり得る何かはあるかもしれません。しかしそれが何であれ、「『代替物』で『スキマ』を埋めても幸せにはなれない」とこの映画は突きつけます。
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「SNSでの承認欲求」なんかもきっと「代替物」だろうね
手軽に得られてしまうだろうけど、結局「スキマ」は埋まらないよなぁ
あまりにも日常すぎる日常から、あまりにも非日常すぎる非日常へとスムーズに移行してしまう梨花の姿を目にすることで、私たちは、「つまらなさ」「虚しさ」とどのように向き合っていくべきか、改めて考えさせられるのです。
映画『紙の月』の感想
先述した通り、観客はかなり早い段階で「梨花が銀行のお金を奪う」と理解できます。そういう意味でこの映画は、「予想外の展開」などまったく起こらないと言っていいでしょう。そして、予想した通りの物語が展開されるのに、そのことが観客の心をざわつかせるという、非常に特異な作品に仕上がっていると感じました。
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その感覚を強める最大の要因は、「梨花の日常」をとにかくリアルに細密に描き出していることにあるでしょう。まず、梨花という女性が、どれだけ真面目で仕事熱心で悪意のない人間なのかが描かれます。しかしそんな梨花の日常にも当然「不満」「やるせなさ」はあるわけで、それが「スキマ」という形で彼女の内側にぽっかり空いているのです。
その「スキマ」を広げるものとして非常に重要なのが「夫婦関係」なのですが、この点は少し後で触れることにしましょう。
「スキマ」は少しずつ大きくなっていき、彼女は誰もが持っているだろう「些細な出来心」で、普段とは違う振る舞いをしてしまいます。梨花は真面目に生きてきたので、この「些細な出来心」は案外大きく彼女を揺さぶったのでしょう。夫との生活への不満から、「これぐらいいいよね」という感覚はさらに少しずつ広がっていきます。この物語においては「不倫」さえ「日常」に含めてしまっていいと思いますが、そんな風にして、「どこにでもいる普通の女性」が少しずつ「非日常」に近づいていく様が淡々と描かれていくのです。
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タバコとかギャンブルみたいに、「これぐらい大丈夫」って始めても止められなくなっちゃうことあるよね
梨花は自分がそんなことをしちゃうなんて想像もしてなかったよね、きっと
最終的に行き着く先が「横領」だという点を一旦無視すれば、梨花の歩みは、誰しもが共感してしまうものだろうと思います。つまり私たちは、いつでも梨花になり得る世界を生きていると言えるし、だからこそ、この物語を他人事だと楽観視してもいられないはずです。
それでは、梨花の夫婦生活について少し触れることにしましょう。私は男ですが、梨花の夫の振る舞いには違和感を抱きました。しかし一方で、「夫の振る舞いの何が悪いのか理解できない男もいるだろう」と感じもします。その絶妙な描写が見事だと思いました。
梨花にとって夫の振る舞いは、「夫に注意・指摘するほどのもの」ではないし、「他人に愚痴るほどのもの」でもありません。ただとにかく、2人の価値観は噛み合わないのです。これは、夫が悪いわけでも、梨花が悪いわけでもありません。とにかく、相性の問題だと言っていいでしょう。
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「梨花が夫の望む言動をしないことについて『どうしてそんな当たり前のこともやらないの?』という雰囲気を出す」あるいは、「夫には理解できない梨花の感覚について『どうして?』と不思議そうに問う」みたいな言動が、少しずつ梨花を蝕んでいきます。明らかに夫には悪気がないし、「夫の振る舞いは悪いのか」と聞かれたら答えは難しいのですが、とにかく梨花にとっては「気に障る」としか言いようのないやり取りが続くことになるわけです。私は結婚しているわけではないので実感こそありませんが、しかし、この映画で描かれる夫婦生活はとてもリアルなものに感じられました。
たぶん、こういう形で「不満」を貯めている奥さんって多そうな気がする
「指摘するほどじゃない」からこそ、どう対処したらいいか分かんないよね
「梨花が横領に手を染めること」はかなり早い段階から明白ですが、同時に、この夫婦の関係が破綻することもまた時間の問題だと感じるでしょう。いずれにしてもこの映画は、そのような「当然の結末」への道程がじっくりと描かれるので、「いつ崩壊するのか」という緊迫感に支配されることになります。
すべてが「非日常」に感じられるホラーやサスペンスなどとは違い、すべてが「日常」でしかないのに恐ろしい恐怖が押し寄せてくるという点で、非常に特異な作品だと感じさせられました。
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出演:宮沢りえ, 出演:池松壮亮, 出演:大島優子, 出演:田辺誠一, 出演:近藤芳正, 出演:石橋蓮司, 出演:小林聡美, クリエイター:大角正, 監督:吉田大八, プロデュース:池田史嗣, プロデュース:石田聡子, プロデュース:明石直弓, Writer:早船歌江子
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最後に
犯罪者である梨花を擁護するつもりはありませんが、しかしやはり、「誰もが梨花になり得る」という感覚を観る者全員が抱くのではないかと感じました。梨花が行き着いてしまったのに似た奈落は、私たちの日常にも開けていて、運悪く足を取られてしまう可能性を容易にイメージできると思います。
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まさに梨花は「自分の分身」のようなものと言っていいだろうし、この映画はまさに「あり得るかもしれない人生」を描き出していると感じました。
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ムロツヨシ演じる田母神が「お人好し」から「復讐の権化」に豹変する映画『神は見返りを求める』。「こういう状況は、実際に世界中で起こっているだろう」と感じさせるリアリティが見事な作品だった。「善意」があっさりと踏みにじられる世界を、私たちは受け容れるべきだろうか?
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Chim↑Pomというアーティストについてさして詳しいことを知らずに観に行った、森美術館の「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」に、思考をドバドバと刺激されまくったので、Chim↑Pomが特集された「美術手帖」も慌てて買い、Chim↑Pomについてメッチャ考えてみた
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【家族】映画『そして父になる』が問う「子どもの親である」、そして「親の子どもである」の意味とは?
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映画『夜間もやってる保育園』によると、夜間保育も行う無認可の「ベビーホテル」は全国に1749ヶ所あるのに対し、「認可夜間保育園」は全国にたった80ヶ所しかないそうだ。また「保育園に預けるなんて可哀想」という「家族幻想」も、子育てする親を苦しめている現実を描く
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【傑作】濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』(原作:村上春樹)は「自然な不自然さ」が見事な作品
村上春樹の短編小説を原作にした映画『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)は、村上春樹の小説の雰囲気に似た「自然な不自然さ」を醸し出す。「不自然」でしかない世界をいかにして「自然」に見せているのか、そして「自然な不自然さ」は作品全体にどんな影響を与えているのか
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