目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ビョーク, 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ, 出演:デヴィッド・モース, 出演:ピーター・ストーメア, 出演:ジャン=マルク・バール, 監督:ラース・フォン・トリアー
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
今どこで観れるのか?
2022年6月に国内上映権利が終了しました。私が調べた限りでは、現状、配信も無さそうです。
この記事の3つの要点
- 「ビョーク主演」という情報さえも知らずに『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を観た感想
- 「ミュージカルシーン」が楽しければ楽しいほど、セルマの現実の辛さが浮き彫りになるという見事な構成
- 「母の愛」という言葉は好きではないが、そう言いたくなってしまうセルマの愛情とその功罪
セルマのような人ほど幸せに生きてほしいと心の底から強く願ってしまった
自己紹介記事
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名作だということだけ知っていた映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、もの凄い作品だった
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私は、8年ほど前から映画を観始めた。しかも、映画館限定で。それ以前は、ほとんど映画を観る機会がなかったこともあり、いわゆる「名作」と呼ばれる作品を全然観ていない。自分なりに理由があって「映画館で映画を観る」ことにしているので、たまたま過去の名作が劇場公開されでもしない限り、観る機会がないのだ。
そんなわけで、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が劇場公開されると知って、これは観なければと思った。公式HPによると、日本での上映権が2022年6月で終了したとのことで、私にとっては観る最後のチャンスだったと言っていいだろう。
映画を観る前に知っていたことは限られている。「映画史に残る傑作であること」「胸糞悪い作品であること」ぐらいだ。あと、タイトルから「目が見えないダンサーの物語」だと想像していた程度である。
「胸糞悪い作品だ」ということは知っていたので、その点には驚かなかったが、やはり、前情報を一切持たずにこの映画を観ていたら、とんでもない衝撃を受けていただろうと思う。改めて、こういう名作と「名作であるという事実」を知らずに出会う方法がないものかと感じてしまった。
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映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の内容紹介
視力が徐々に衰える病を抱えるセルマは、シングルマザーとして一人息子を育てている。視力がかなり衰えているにも拘わらず、危険な作業を伴う工場で働いているのは、少しでもお金を貯めようとしているからだ。セルマの病気は遺伝性であり、息子のジーンにも受け継がれてしまっている。息子はまだその事実を知らない。セルマは、ジーンが13歳の誕生日を迎えたら手術を受けさせるつもりだ。その手術代を工面するために彼女は、「チェコにいる夫にお金を送っている」と嘘をつきながら、必死にお金を貯めている。
セルマとジーンが住んでいるのは、ビル・リンダ夫妻が自宅の敷地に有しているトレーラーハウス。セルマが仕事をしている間は、ビルとリンダがジーンの面倒を見てくれるので安心だ。また、同じ工場で働く年上の親友キャシーには、生活の様々な場面で助けてもらっている。
セルマは工場で「目が見えないこと」を告げていない。操作を誤ったら怪我を免れない作業も多々あるが、セルマは目が見えているフリをしているのだ。同じように、彼女が生きがいにしているミュージカルの稽古場でも、周囲にそれを告げていない。仕事でも稽古でも様々に支障は出ているが、なんとかごまかしながら奮闘している。
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そんなある日、セルマはビルから驚くべき話を聞かされた。彼女はビルのことを、「多額の遺産を受け取った裕福な人」と認識していたのだが、実は妻のリンダが浪費家で、今まさに家が銀行に差し押さえられている状態だというのだ。セルマは、普段大変お世話になっているビルの悩みを聞いたことで、自身のとある秘密を明かしてしまうのだが……。
色んな点に驚いたが、「ミュージカル映画」だったことに一番ビックリした
最初に驚かされたのは、撮り方がドキュメンタリー映画のような感じだったことである。カット割りこそ明らかにフィクションだったが、手持ちカメラで撮った手ブレが酷い映像はとてもドキュメンタリー映画的で、そのことが作品のリアリティを高めていると感じた。というか最初は、「フィクションだと思っていたが、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は実はドキュメンタリーだったのだろうか?」とさえ感じたほどだ。主演のセルマを演じているのが、世界的歌姫のビョークだという事実を知っていればそんな勘違いなどするはずもないのだが、「セルマを演じているのがビョークであること」も「ビョークという世界的歌姫のこと」もまったく知らなかった私には、ドキュメンタリー映画なのかもしれないという思考も一瞬よぎった。とてもリアル感の強い映画だと思う。
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また、映画が始まってしばらくの間、セルマとジーンは姉弟だとばかり思っていたので、途中でセルマが母親だと知ってメチャクチャ驚いた。映画を観た後ネットで調べてみると、この映画の撮影時のビョークは30代前半だったようだ。もっとずっと若い人だとばかり思っていた。
しかし、何よりも驚いたのは、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』がミュージカル映画だったことだ。「胸糞悪い映画」という情報だけは知っていたので、そんな作品が「ミュージカル映画」だとは想像していなかったのである。
そもそも私は、ミュージカル映画が得意ではない。大絶賛されていた映画『ラ・ラ・ランド』は観たが、役者が唐突に歌って踊るシーンがどうしても受け入れられず、好きになれなかった。歌って踊る必然性をどうしても感じられないし、私には「歌や踊りの方がより感情を強く伝える」という感覚もないので、ミュージカル映画はどうしても「許容できないもの」という分類になってしまう。
しかし、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はミュージカルシーンも受け入れられた。その理由は、歌って踊ることに必然性を感じられたからだ。「楽しく歌い踊ることで、セルマの『厳しい現実』がより強調される」という効果をもたらしているのだと思う。
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セルマはずっと苦しい状況にいる。先述した通り、シングルマザーであり、失明することが分かっており、息子もまた同じ病気を患っていることが判明しているのだ。息子をなんとか救うために働き詰めにならなければならないが、しかしそれ故にジーンに寂しい思いをさせてしまっていることが心苦しい。そんなセルマに想いを寄せる男性が現れるのだが、恋にうつつを抜かしている状況ではないと踏みとどまる。また、視力が衰えていると周囲に伝えていないことも、様々な不都合を引き起こしてしまう。
セルマのような生き方を強いられれば、誰だって「やってられない」と感じてしまうだろう。
そんなセルマが唯一現実を忘れられるのが、空想に耽っている時間だ。そう、この映画における「ミュージカルシーン」は、「セルマの空想」なのである。
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そして、その「空想の世界」が楽しければ楽しいほど、現実のセルマの「辛さ」が引き立つ。というか、現実が辛ければ辛いほど、セルマの「空想」は楽しさを増すと言うべきだろうか。
ミュージカル映画を受け入れられないのは、歌って踊る意味が分からないからだが、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の場合、楽しく歌い踊るほどに、逆説的にセルマの「苦しさ」が際立つ。この構成は、セルマという女性の人生を描き出すのに実に効果的だと私は感じた。ただ陽気に踊っているのではなく、「空想の世界で登場人物たちを楽しく踊らせなければ耐えられない」というセルマの切実さが滲み出る場面なのだ。
また、自身もミュージカルの稽古に参加しているセルマは、ミュージカルが好きな理由について、
ミュージカルでは悪いことは起こらないから。
と語っている。私は、物語の中では悪いことも起こってほしいと思うタイプなので、それ故にミュージカルを受け入れがたいとも言える。しかし、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の場合は、「『悪いことが起こらないミュージカルの世界』に逃げ込む以外に打つ手がない」という描写として組み込まれるため、嫌悪感もなく、むしろ「必要な要素」であるとさえ感じられた。
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「ミュージカルシーン」の使い方が非常に効果的で、とても良かったと思う。
「母の愛」という言葉は嫌いだが、セルマが息子に向ける愛情は素晴しいと思う
私は「母の愛」という言葉が好きになれない。
それは決して、「母親が子どもに愛情を抱くなんて当たり前だ」と思っているからではない。むしろ逆で、「子どもに愛情を抱けない母親だっているはずだ」と考えているからだ。
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そんなわけで私は、「母の愛」を過度に賛美するような風潮はどうしても好きになれない。それは、「愛情深い母親」を称賛する一方で、「愛情を持てないと悩む母親」に「失格」の烙印を押す言説でもあると思う。とてもモヤモヤする。
子どもに愛情を抱いていようがいまいが、「子どもを無事に育てている」という事実だけで親としては十分すぎるほど役目を果たしているはずだ。「母の愛」などということを言い出すから、子育てがしんどくなり、社会がギスギスしていくのではないだろうか。
しかし一方で、「確かにこれは『母の愛』としか言いようがない」と思ってしまうような、比類のないと感じるほどの愛情深さの存在に触れることもある。それは、「母親たる者、子どもにこれぐらいの愛情を向けるべき」と押し付けがましい「母の愛」ではなく、「こんな愛情を与えるなんて誰にもできない」と感じさせるような「母の愛」だ。
そして私には、まさにセルマがそのような「母の愛」を体現しているように感じられる。その生き様は「凄まじい」としか言いようがない。
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その一方で、セルマの生き方を称賛していいのか悩む自分もいる。
この映画は、「最低最悪」と言うしかないラストへと突き進んでいくのだが、そんな未来を回避できる可能性は十分にあったのではないかと私は思いたい。つまり私は、「『あまりにも深すぎる愛』を与えようとしたばかりにセルマの人生は歪んでしまった」と考えているのだ。セルマが「最上」を目指しさえしなければ、ラストの「最悪」は回避できたのではないか。そんな風に感じてしまう。
もちろん、セルマに非があるなどと言いたいわけではない。すべては、セルマの周囲の人間が悪い。だからこそやるせないし、胸糞悪いと感じてしまう。
誰だって、穏やかで実りある人生を歩む権利を持っているはずだ。そしてだからこそ、セルマのような人間こそ報われてほしいとも思う。残念ながら現実はそうはなっていない。そんな現実に絶望を感じてしまうことも多い。
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出演:ビョーク, 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ, 出演:デヴィッド・モース, 出演:ピーター・ストーメア, 出演:ジャン=マルク・バール, 監督:ラース・フォン・トリアー
ポチップ
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映画の中でセルマは、「目が見えないことなどおくびにも出さずに奮闘する強い女性」として描かれるが、「セルマを最悪へと引きずり込む出来事」以降は、「絶望に押し潰されそうになる女性」という描かれ方に変わっていく。しかし彼女の中には、「自分のことなどどうなってもいいが……」という感覚がはっきりと存在する。だからこそ、後半の「絶望に押しつぶされそうなセルマ」もまた、その生き様から「強さ」を感じさせられるのだ。
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さて、「物語を完結させる」というメタ的な役割も有していると思うので仕方ないと理解しているつもりだが、「2056ドル10セント」を巡る後半の展開の”お粗末さ”にはやはり苛立ちを覚えてしまう。映画に対してではなく、登場人物に対してだ。そのような”苛立たしい”展開にしなければ、物語にピリオドを打てないのだと理解はできるが、それを理解してもなお、セルマの周囲にいる者たちの”無神経さ”にはイライラしてしまう。
あらゆる”最悪”が降りかかり、どん底にいるセルマが、そんな”無神経さ”に接してなお、自らの意志を失わずに気丈に振る舞う様には、心を引き絞られるような悲しみを感じてしまった。
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繰り返しになるが、本当に、セルマのような人ほど報われる社会であってほしいし、そういう社会にしていくためにできることがあるならやりたいとも思う。
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