目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:ヨリス ライエンダイク, 翻訳:田口俊樹, 翻訳:高山真由美
¥2,050 (2021/06/30 06:29時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 特派員は、「現場から情報を伝達する」だけの人?
- 複数の情報の切り取り方の中から、我々のイメージに合うものだけが選ばれる
- それ自体がニュースになるべき独裁政治や占領は、なぜ報道されないのか?
普段見ているニュースの受け取り方が大きく変わることになるでしょう
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本書について、著者自身このように表現している。
同業者たちとも面白いやりとりや対決があった。同業者はたいていこう言う。オーケー、きみの本の内容を一分で説明してくれ。私はこう答える。あるひとつの状況を一文で説明するのは不可能である、ということを書いた本だよ。
すべてのメッセージはメディアによって報道された瞬間に歪められる、というメッセージを込めて本を書いたら何が起こったか? そのメッセージもまた歪められてしまったのである。
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これらの引用から、なんとなく本書の主張をイメージできるだろうか。本書では、「報道の限界」を示そうとしているのだ。
著者は、オランダの新聞の特派員としてアラブ諸国に駐在した経験を持ち、後に『ジュナリスト』誌のジャーナリストオブ・ザ・イヤーに選ばれた人物だ。本書では、アラブ諸国駐在時の経験から「報道」が孕む矛盾や限界について触れ、また、「報道」に乗らない情報にこそ本質的な価値があることを示そうとする。
特に外国の出来事などは、報道を通じてしか知りようがないのだが、報道の限界をきちんと理解することで、「我々が普段触れている情報は、一体何なのか」が分かるようになるだろう。それは、世界をよりよく見るための眼鏡を手に入れるようなものではないかと思う。
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その上で著者は、真摯にこう書いている。
だから、私もまた読者を操作しているのだということを、どうか心に留めておいていただきたい。避けられないことではあるのだが、私としては正直に言っておく必要があるだろう。
特派員は、ただの「報告員」でしかない
著者は大学などでジャーナリズムについて学んだ経験はなく、ただアラビア語ができるというだけの理由で新聞社から声がかかったのだろう、と書いている。そして、特派員としてアラブに派遣された彼は、報道の現実を知って驚かされる。
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著者が最も驚いた点は、次の文章に集約されている。
それまでは、特派員というのは歴史的瞬間の目撃者だと思っていた。何か重要な出来事が起こったときにはそれを追いかけ、なりゆきを調査し、報道するものだと思っていた。が、私は事件を調べにいったりはしなかった。それはもうずっとまえになされていた。私は現地リポートをするために向かうだけだった。
どういうことか分かるだろうか?
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著者は、アラブ諸国に駐在してはいたが、初めのうちは自ら取材することはなかった。取材は別の誰かが既に行っていた。世界のいくつかの通信社が世界中のあらゆる国の記者を配置しており、彼らこそ歴史の目撃者なのだ。
そして、ほとんどの新聞・テレビ・雑誌は、通信社から送られてくる情報をただ選ぶだけ。別にそれなら、オランダにいたってできる。
では、特派員とは何をする人物なのか?
それは、「この情報は現地から届いたものですよ」とアピールすることだ。アラブの情報を、オランダのスタジオから報じても味気ない。だから、現地にいる特派員に、「現地で取材した情報ですよ」という風を装って喋ってもらうのである。
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特派員は残念ながら、歴史の目撃者ではなかったのだ。
「ほとんどの情報は報道に乗らない」という現実
それだけではない。結局報道に乗せることができるのは、「世の中のイメージを補強する話」だけだとも指摘する。
現地に行くまえの私には、中東について明らかに先入観があった。大半はメディアから仕入れたものだ。ひとたび現地に到着すると、その先入観が現実に取って代わられた。そして、その現実はメディアがつくった絵よりはるかに一貫性がなく、はるかにわかりづらかった。
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当然だが、中東に関して著者は、メディアから仕入れた情報しか知らなかった。しかしそれは、もの凄く偏った情報だということが、現地に入って分かったという。まあそれはそうだろう。特に著者が駐在していた当時のアラブ諸国は、紛争などでゴタゴタしていた。単純な図式で捉えられる方がおかしいだろう。しかしメディアは、分かりやすさを優先し、単純な図式を押しつけようとする。
特派員だった私は、あるひとつの状況についていくつかの話をすることができた。しかし、メディアはひとつを選ぶしかなく、その際に選ばれるのはたいてい広く行き渡ったイメージを補強する話だった。
次第に自ら取材をするようになり、様々な情報を得るようになっても、結局、報道に乗るのは、「私たちがイメージする中東」に沿った情報だけだ。現地で特派員として過ごす中で、それが仕方のない現実だということも理解できるようにはなる。こうしなければ、日々の報道は回っていかないのだ。しかしそれでも著者は、このやり方が正しいとは思えなかった。
私の記事ではアラブ世界でのポジティブな体験は隠されてしまっていた。それだけでなく、ご多分に洩れず、アラブは異質で悪質で危険であるというイメージを広めてしまっていた。ニュースというもののありようと考えると、旗を燃やしスローガンを唱える”怒れる人々”について書くことはできても、カメラの外で何が起こっているかを読者に伝える余地はなかった。
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ニュースを見る側には、報道に乗った情報だけがすべてであるように感じられる。それしか情報が見えないのだから、当然だ。一方、情報を流す側は、物事を捉える様々な視座を提供できるのだが、短い時間の中で今起こっていることを的確に伝えるためには、「大多数の人が抱いているイメージに情報を寄せる」しかない。
この葛藤に、著者は直面する。
今までのところ、自社の用語選択の理由をウェブサイトなどで説明している組織は、大手メディアの中にはひとつもない。(中略)同様に、ある問題をなぜ報道するのか、いかに報道するのかといった選択についての説明もまったくない。
メディア側としては、あまりに当たり前すぎて説明するまでもない、と考えているのかもしれない。しかし、果たしてそれで良いのだろうか?
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独裁政権下における、問題のややこしさ
さらにこの問題は、報じる国が独裁政権である場合に、余計にややこしい問題として立ち上がってくる。
ある国では、ジャーナリスト一人につき一人の秘密警察がつく。秘密警察の監視下でなければ、取材どころか何一つ行動もできないのだ。
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また独裁政権下では、密告者が周囲にはびこっているので、仮に取材ができても、市民が本心を口にしている保証はない。
後年、バグダット陥落後、あるイラク人女性がBBCに語ったところによれば、フセイン政権下での彼女の暮らしは「アタマの中に誰かがいて、何かを言おうとするたびに危険がないかどうかチェックしている感じ」だったそうだ。
しかしこれらは決して、問題の本質ではない。著者は、独裁政権下での取材を通じて、当初はまったく想像もしていなかったことに気づかされる。それは、
アラブ世界では、独裁政治それ自体が報道すべき最も重要な事柄なのだ。
ということである。
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どういうことだろうか。
例えば、狭い檻に閉じ込められたホッキョクグマをイメージしてほしい。狭い檻の中では、ホッキョクグマは野生にいる時とはまったく違った行動を取るだろう。イライラしたり、落ち着きなく歩き回ったりするかもしれない。
さてここで、檻を映さずにホッキョクグマだけをカメラに収めるとしよう。すると見る側は、「ホッキョクグマはイライラして落ち着きなく歩き回る生き物なのだ」と感じるだろう。「狭い檻の中に閉じ込められている」という情報が伏せられていれば、それがホッキョクグマの一般的な性質として受け取られて当然だ。
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これと同じことが、独裁政権下では起こっている。
多くのメディアは、「独裁政権下で何が起こっているのか」を報じる。しかしそれは、狭い檻を映さずにホッキョクグマだけを撮っているようなものだ。そうやって捉えた人々の姿は、本来のものではない。「独裁政権下」という「狭い檻」を映していないからだ。
しかし情報を受け取る我々は、そんなことまで考えて報道を見ない。テレビに映った人々を見て、「中東の人ってこういう感じなんだ」と思うだけだ。
だからこそ著者は、「独裁政治こそ報じるべきだ」と書く。しかしそれは、やはり簡単ではない。
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私たちの知っている形でジャーナリズムが存在しうる独裁国家は、もはや独裁国家ではないのである。
何を見せられて「いない」かは知りようがない。
確かにその通りだろう。
何か「変化」が起こらなければ報道には乗らないという難しさ
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その後著者は、イスラエルに移住し、占領の現実を知ることになる。
そこで著者は、「占領」という事実がなぜメディアで取り上げられないのかを理解する。これは、独裁政治が報じられない理由にも通じるものがある。
何か日常から逸れた出来事があり、検証可能な情報が手に入れば、それはニュースになる。しかし、ニュースでありつづけるためには問題に足がなければならない。問題そのものが動き続けていなければならない。
つまり、報道とは「変化」を伝えるもの、ということだ。
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何か変化が起これば、それを取り上げ報じることはできる。しかし、「占領」というのは継続した状態であり、変化ではない。だからこそ、「占領状態」はメディアで取り上げられないのだ。
例えばこんなケースが紹介されている。パレスチナがイスラエルを「攻撃」したことでイスラエル人の犠牲者が6人出た時は、「中東の緊張は高まっている」と報じられた。一方で、イスラエル人による「暴力」でパレスチナ人が15人亡くなった際は、「中東は比較的平穏な時期」と扱われたという。「攻撃」は変化だから報じる価値があるが、占領下における「暴力」は変化ではないから取り上げられないということだ。
ここには、広報能力の高いイスラエルと低いパレスチナ、という違いも大いに関係しているようだが、いずれにせよ、「報道が切り取ったものを、そのまま受け取ってはいけない」ということはきちんと理解しておかなければならないだろう。
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ニュースを報道するメディアには視聴者に対し、自分たちが追っているのはあくまで”ニュース”であるという注意を促す必要がある。(中略)それでも、ジャーナリストには、あなたが眼にしているものは”例外”であって”通常のこと”ではありませんよと確実に視聴者に知らせる責任がある。
ニュースを見る際にはこのことを頭に留めておきたいと思う。
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本書はアラブ諸国の話をベースにしているが、どの国にも当てはまる「報道」の現実について切り取っていると感じる。カメラは確かに、目の前で起こっている現実を切り取っている。しかし、カメラに映っていない部分まで含めた時、その「切り取り方」が正しいのかどうかは、情報を受け取る側にははっきりとは分からない。
「報道には限界がある」ということを理解し、自分が受け取った情報の外側に、報道には乗らなかったどんな枠組みが存在しうるのかまで想像しておかなければ、我々は世界を捉え損ねてしまうだろう。
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メディア・マスコミ・表現の自由【本・映画の感想】 | ルシルナ
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