目次
はじめに
著:読売新聞水戸支局取材班
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ポチップ
この記事で伝えたいこと
どんな家庭からでも金川真大が生まれうる
うちの子は大丈夫、と思っていると危ないかもしれません
この記事の3つの要点
- 「つまらない世の中」で生きていかなければならない息苦しさ
- 子どもが発している「サイン」に、親は気づけない
- 死刑を望む者に、死刑判決を下していいのか? という議論
金川真大が投げかけた大きな問いに、私たちは真剣に向き合わなければならないでしょう
この記事で取り上げる本
著:読売新聞水戸支局取材班
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金川真大は、「つまらなさ」を背景に、どの家庭からも生まれうるのだと『死刑のための殺人』は示唆している
本作『死刑のための殺人』の記者が共感を示す「どうしようもない『つまらなさ』」
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この作品は、「土浦連続通り魔事件」と呼ばれる殺人事件の犯人・金川真大を取材したノンフィクションだ。そして、その取材を担当し、本書の執筆にも関わった記者が、本書の中で金川への「共感」を示す文章がある。
私には彼が感じただろう、つまらなさが実感として分かる。それは、私と同世代か下の世代が感じる、独特の閉塞感だ。成熟しきった日本で、多くのことはやり尽くされている。それでも、先進国の地位を維持し続けるには成長しなければならない。他国や他人に取り残されないように、どんどん価値を上げ、多くのことを同時にこなし、競争を勝ち抜かなければならない。現状維持は後退を意味する社会だ。「もう、成長はこの辺でいいだろう」という考え方は許されない。でも、そんな社会に適応できる若者ばかりではないし、皆、成長は頭打ちだと、うすうす感じている。
成長しない日本を生きる。そんな閉塞感の中で、彼は現実に希望が見いだせず、早々に降りる道を選んだのだろう。もちろん、自殺願望を募らせ、最終的に殺人という手段を選んだのは許されないことだ。弁護するつもりは全くない。
でも、彼が感じたつまらなさに共感できる人は、世の中にたくさんいると思う。彼のつまらなさの根源は、日本の社会を覆う閉塞感にある。何不自由のない生活を送っていても、心は満たされない。希望が見いだせない社会だ。
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私も、記者のこの感覚に大きく頷いてしまう。
そう、私たちは、圧倒的につまらない世の中を生きざるを得ないのだ。
当然だが、私も記者と同じく、「もちろん、自殺願望を募らせ、最終的に殺人という手段を選んだのは許されないことだ。弁護するつもりは全くない」という気持ちでいる。どれだけつまらなさを感じていようが、他人に危害を加えたり、あまつさえ殺してしまうなど言語道断だ。
しかし、金川という人間が起こした行為そのものは一旦脇に置き、彼の内側に”存在していただろう”感覚だけ抜き出してみれば、同時代を生きる人々の内側にも相似形のものを見つけることができるだろうと思う。
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だからこそ、本書を、そしてこの事件を「他人事」と切って捨ててはいけない。「自分は殺人なんかしない」と、もちろん誰もが思っているだろう。そして、実際にしない人がほとんどだ。しかし、金川と同じ感覚を持っているのであれば、決して否定はできないはずである。
彼と同じ行動を絶対にしない、とは。
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殺人犯と実際に面会し、事件を詳しく調べた記者自身が、こう言っている。自分が金川と違う人生を歩めているのであれば、それは「運が良かった」ということだ。決して、実力や努力だけでそうなっているのではない。私も、自分が金川のようになっていた可能性は、結構リアルに思い浮かべることができる。
「何を甘いことを言っている」。そう批判する人も多いかもしれない。でも、私は希望が見いだせない若者たちを単純に批判できない。何不自由のない生活は幸せとイコールではない。なぜ、豊かな国であるはずの日本で、毎年3万人前後の人が自ら命を絶つのか。そして、なぜ若年世代の自殺率が上昇傾向にあるのか。私は、その現実は希望を見いだしにくい日本の社会のあり方と無縁ではないと思う。飽和状態にある、と分かっていながら成長を求められるのは、若者にとってつらいことだ。たまたま職を得た人も、一度脱落したら敗者復活はできない、という恐怖と戦いながら毎日生活している。そんな社会で希望を持てるのはよほど才能があるか、運のいい人たちだけだろう
世の中は厳しい。特に、安全な場所にいる人間は、自分が安全地帯にいることが努力のお陰だと思っていて、安全地帯にいられないのは努力が足りないからだ、と考えるから余計にややこしい。そういう人が発する「もっと頑張れ」という言葉は、もう誰にも届かない。
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そんな世の中になっているのだということを、まず理解しなければならないのだ。
金川真大が事件を起こすに至った「死刑になるため」という動機
金川が起こした事件の概要を整理しておこう。ポイントとなるのは、「死刑になるために殺人事件を起こした」という点だ。
金川は2008年3月19日に茨城県土浦市で男性を一人刺殺し、4日後の3月23日に荒川沖駅周辺で無差別に人間を殺傷、逮捕される。
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逮捕後の金川の発言は注目された。「死刑になるために殺人を犯した」と主張したからだ。そんな動機は前代未聞だった。
金川は繰り返し語った。人を殺したかったわけではない。社会に恨みがあったわけでもない。仮に、何人殺しても死刑にならないのであれば殺人なんかしなかった。
ただ、できるだけ多くの人を殺さなければ死刑にならないからやったまでだ、と。
これが事件の概要である。
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取材班は、いつもの事件取材とはまったく違う動機で金川への取材を行っていた。それは、
「申し訳ないことをした」
言葉でなくてもいい。そんな気持ちが彼の心に生まれることを本気で願い、行動を起こした。それはもう、取材を超えていた
私にできるのは、金川に贖罪の心を芽生えさせることではないか。そんな思いが日増しに強くなっていった
という言葉に表れている。
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金川は、「人を殺すことは悪ではない」「世の中の人間は常識に毒されている」「人を殺すのは蚊を殺すようなもの」など、普通では考えられない主張を繰り返した。取材班は、何度も金川への面会を行い、その度に彼の異様な思想を聞かされることになる。
そして記者たちは次第に、「どうにかして彼の考えを変えられないだろうか」と思うようになる。先程の引用の通り、もはやそれは「取材」と言えるものではなかった。
彼らは知りたかった。金川の思想はどのように生まれたのか。その考えは本心からのものなのか。そして考えた。彼の考えを変えさせることはできないのか、と。
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死刑執行の際、記者の一人がこういう感想を漏らす。この思いこそが、記者たちを取材へと駆り立てた動機であり、本書ではそんな、「金川真大」という大きな問いに答えようとする者たちの姿が本書で描かれている。
「世の中がつまらないから死にたい」というのが、極限に要約した金川の動機だ。「殺人を犯して死刑になる」という手段を選択肢した是非はともかくとして、「世の中がつまらないから死にたい」という動機の部分は、共感できてしまう人が多いはずだ。
だからこそ、自分は大丈夫だ、自分の周りの人はそうならない、などと思わない方がいい。
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異様な家族関係と、サインに気づけない親
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金川には、妹が2人、弟が1人いる。彼らの家族に対する発言を拾い上げてみよう。
(上の妹)母親のことが嫌い。一生、自分の声を聞かせたくないから、筆談で会話している
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(下の妹)家族にも、合う、合わないがある。きょうだいとは、縁を切りたい
(弟)家族の誰かが死んでも、さみしいとはおもわない。今、付き合っている彼女が死んだら、さみしいかもしれない
家族の誰かが殺人犯になったことをきっかけに家族がバラバラになる、というのは容易にイメージできるが、金川家の場合違う。金川が殺人を犯す以前から、このような兄弟関係だった。捜査員の一人は、家族同士がお互いの携帯電話の番号を知らず、他人が同居しているような雰囲気だったと、その驚きを語っている。
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私も20代の頃は、父親以外の家族の連絡先を知らなかった。また最近はそうでもないが、昔は家族に対する”理解できなさ”を強く感じていたので、正直、金川の妹や弟の発言がそこまで奇異には感じられない。しかしやはり一般的には、「家族関係が崩壊している」と捉えられるだろう。
では、両親の方はどう感じていたのか。
(母)きょうだい仲は、悪くないと思っていた。子ども同士、仲良くさせるのに、苦労することはなかった。子どもは母である自分のことを分かってくれているし、自分も子どものことを分かっている、と思っていた。
(父)(事件までに、家族が抱えていた一番大きな問題は何だと考えていましたか?と問われ)
特に深刻な問題があるとは思っていませんでした
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親と子でここまで認識が異なるものなのか、と感じるだろう。そしてここにこそ、「どんな家庭からでも金川真大が生まれうる」と私が考える理由がある。
それは、「子どものサインに親は気づけない」からだ。
子どもたちは、明らかに「良くない兆候」を示していた。上述の通り、上の妹は筆談のみで会話していた。また、上の妹と下の妹はある時期から一切会話を交わさなくなり、他にも、家族関係が崩壊していることを示す予兆めいたものが表立って分かる部分に現れている。
しかし、両親はそのことに気づかなかった。少なくとも、「気づかなかった」と証言している。
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両親の言葉をそのまま信じるならば、「子どものサインに親は気づけない」ということになるだろう。
本書を読んだ私の感触では、父親は他者への共感力がちょっと低い人物であるように思う。しかし、母親は違う。母親について多く語られるわけではないが、母親は子どもたちのことをちゃんと考えているし、大事に育てたいと思っている善良な人物に感じられる。しかし、そのような意思を持っている母親が、明らかに兆候があったように感じられてしまう家族の危機に気づかなかったのだ。
その理由までは分からない。ただ単に気づかなかっただけかもしれないし、薄々気づいてはいたが、その問題に直面する勇気がなかったかもしれない。あるいは、直面してしまえば自分の子育てが間違っていたと突きつけられることになり怖かったのかもしれない。
それに、仮に母親が子どものサインに気づいていたとして、じゃあ金川は殺人を犯さなかったかといえれば、その保証もない。親に全責任を負わせる意図は、私にはない。
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繰り返すが、私が言いたいのは、「どんな家庭からでも金川真大が生まれうる」ということだ。そして本書は、「だから油断するなよ」と忠告を与える作品と捉えるべきだと私は思う。
金川家は異常だった、と捉えるのは簡単だ。殺人犯を生み出した家なんだから異常に決まってる、と考えたくなる気持ちも理解できるつもりだ。しかしそれでは、「第二の金川真大」の誕生を防げない。金川は確かに異常だっただろう、金川家も異常だったかもしれない、しかし決して特別なわけではない。その認識こそが、次の悲劇を避ける可能性を高めるのではないだろうか。
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弁護士の一人は、「死刑を望む者に死刑を与えることは、金ほしさに犯罪に手を染めた者に金を渡すようなものかもしれない」という発言をしている。確かに、理屈としてはその通りだと感じるし、「金ほしさに犯罪に手を染めた者に金を渡す」ことが間違っているなら、金川への死刑も間違っていると判断されるかもしれない。
しかし当然だが、遺族は極刑を望む。当たり前だろう。極刑なら納得できるということではなく、少なくとも極刑に処さなければ納得できないということだ。遺族感情とすれば、最低ラインとして極刑は譲れない、ということになる。
また、法律の整合性の観点からも、死刑しかありえない。刑罰というのは、国家による暴力だからこそ、公平性みたいなものが担保されるべきだろう。「被告が死刑を望んでいるから、望んでいるものを与えないために死刑を止める」という判断をすれば、他の事件との整合性が取れなくなってしまう。
だから結局、金川には死刑が宣告される。
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しかし、記者の次のような感覚は、事件に関わった多くの人の中にあっただろう。
本当に彼の思い通り、死刑にしていいのか。何とか生きる苦しみを味わわせることはできないのか。そんな思いが次第に強くなっていった
死刑が「刑罰」として意味を持つのは、「死にたくない」という思いがあるからだ。そういう意味では、金川に対する死刑判決は、「刑罰」としての意味をなさない。これが意味を持つためには、金川に「死にたくない」という感情を芽生えさせるしかないのだ。
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このように、事件の取材としてはありえない動機によって突き動かされた記者たちの奮闘の記録としても、本書は実に興味深い。
さて最後に、「確実に死ぬために死刑を選択した」という金川の決断に対する私の感想を書いて終わろう。
実に頭が悪い、と思う。
そもそも死刑というのは、執行時期が完全に他人に委ねられている。そしてそれは、法務大臣の判断次第だ。数年で執行されることもあれば、十数年掛かることもある。自分ではどうにもならない。確かに「いつか死ぬ」ことは間違いないが、死刑囚の中には、死刑執行の前に病死する者もいる。それほど執行まで時間が掛かっているということだ。金川には、この辺りの予備知識がなかったのではないかと私は考えている。
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この辺りのことは、ちょっと調べたり考えたりすれば分かりそうなものだ。だから私は、金川のことを「頭が悪い」と感じた。どのみち他人を犠牲にすることを厭わないのであれば、誰かに殺してもらえば良かったのだ。実行した者が逮捕され罪に問われるリスクはあるが、2人の命を奪い、7人に重症を負わせるよりはだいぶマシではないだろうか。
本書を読んでも、私は、金川真大という人間に対する関心はあまり強く持てなかった。それはやはり、頭が悪いと感じてしまった部分が大きい。しかし本書は、金川真大という人物を中心に、その周囲で奮闘する人間に強く惹かれる作品だった。特に、事件記者の本分を逸脱していると言わざるを得ない記者たちの有り様はとても興味深かい。
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著:読売新聞水戸支局取材班
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世の中はますます複雑に、分かりにくく、そしてつまらなくなっている。私たちはそんな時代をなんとか生きていかなければならない。
金川が起こした行為には共感など一切できないが、その行為に至る道筋には重ね合わせられる部分が多くある。だからこそ、金川が投げかけることになった大きな問いに、我々は真剣に向き合っていかなければならないのだと感じさせられた。
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