目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
「どうすればよかったか?」公式HP
VIDEO
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
今どこで観れるのか?
公式HPの劇場方法 をご覧ください
この記事の3つの要点
公開初日の早朝にチケットを確認した時点でほぼ満席だったため、口コミが発生する以前から話題になっていたことが分かる 「姉が統合失調症を発症した」「両親がその事実を認めようとしない」という家族のややこしさを切り取った本作はどのように生み出されたのか? 「共に医師・科学者だった両親は、なぜ姉を医者に診せなかったのか?」という矛盾が様々な形で炙り出される
「どうすればよかったか?」という問いを観客はきっと、自分事として持ち帰ることになるだろう
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
公開以来、どんどんと上映の規模を拡大していった注目のドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』は、「統合失調症になっただろう姉」を巡る、衝撃的な家族の物語である
まず何よりも、劇場が満員だったことに驚かされた
本作『どうすればよかったか?』は、公開当時は4館からスタート したのだが、その後上映館は100館以上に拡大した 。ミニシアター系の映画としてもドキュメンタリー映画としても、異例の集客・興行収入を記録している そうだ。
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そんな映画を私は、公開2日目に観に行った 。そしてその時点で既に満員だったことが、私にはとにかく衝撃的だった のだ。映画館に「◯時の回は満員です」と貼り紙がされていた ので、満員だったことは間違いない。200席ぐらいあるだろう座席が埋まっている光景 には本当に驚かされてしまった。
なにせ、ドキュメンタリー映画である。私自身は普段からドキュメンタリー映画を観に行くが、フィクションの映画よりもお客さんが入っているなんてことはそうそうない 。「映画を観に行く」という場合、やはりフィクションの映画を指していることの方が多いだろう。だからまずは、「ドキュメンタリー映画なのにこんなにお客さんが入っている」という事実に驚かされてしまった のだ。
さらに、満員になるスピードも早かった 。先述した通り私は公開2日目の土曜日に観に行ったのだが、前日の金曜の朝に翌日のチケットを確認しておこうと思って劇場のHPを覗いてみた ところ(通常は、映画を観る当日にチケットをオンラインで買うようにしている)、既に5席程度しか残っていなかった のだ。だから、本当に久しぶりに、最前列で映画を観ることになった 。
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「映画を観たお客さんの口コミが広まって、徐々に話題になっていった」というのならまだ理解できる が、私がチケットを確認した金曜朝の時点ではまだ映画公開前だったわけで、そもそも口コミの広がりようがない 。だからこの点も本当に不思議だった 。一体本作のどの要素が、これほどお客さんを集めることに繋がっていたのだろうか?
さらに、本作『どうすればよかったか?』の話題を周りの人から耳にする機会も多かった 。私には「映画友達」みたいな人はほとんどいない ので(多少はいるが、ドキュメンタリー映画を観るという人はいない )、映画以外の形で関わりがある人の話なのだが、そういう「普段映画をそこまで観ていないだろうし、映画の情報を追ってもいないだろう人」の口からも本作のタイトルを聞く機会が多かった のだ(どの人も、実際に観たというわけではなく、タイトルを知っているだけ だったが)。
本作と比較的近いタイミングで公開されたドキュメンタリー映画で言うと、「和歌山毒物カレー事件」を扱った映画『マミー』は、色々あって公開前にネットニュースになっていたし、そもそもの題材が強いので、劇場が満員だったことにもさほど驚きはしなかった 。しかし本作『どうすればよかったか?』は、監督である藤野知明が自分の家族を撮影したという、実にミニマムな作品 なのだ。また、彼の家族は北海道に住んでいるので、「藤野家と関わりのある人が劇場に大挙していた」なんてこともないはず である。
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だから本当に、本作『どうすればよかったか?』の大ヒットは、私にはとても不思議に感じられた のだ。もちろん、とても良いこと である。ドキュメンタリー映画を好んで観ている人間からすれば、「話題になっているから」みたいな理由だとしても、ドキュメンタリー映画に触れる人が増えるのは嬉しい 。ただそれはそれとして、「分かりやすく”引き”があるわけではない家族ドキュメンタリー映画が、公開前からどうしてここまで話題になっていたのか?」については、その背景を知りたい ものだなと思う。
「『統合失調症を発症したと思われる姉とその家族』を映し出す映画」が生まれた理由と、藤野家についてのざっくりした説明
さて、本作『どうすればよかったか?』の中心にいるのは、監督・藤野知明の姉・雅子 である。というわけでここからはしばらく、「姉の発症と家族の対応」、そして「それに違和感を覚えた監督がカメラを回し始めるまで」の流れについて書いていきたい と思う。
姉は医学部に通っていた のだが、4年生で行う解剖実習に失敗した頃から、妄想のような主張をし始めるなど少しずつおかしくなっていった という。そして監督は自ら調べ、「姉はどうやら統合失調症を発症したようだ」と認識する に至った。もちろんこれは、治療が必要な病気 である。
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しかし、両親は姉を医者に診せようとしなかった 。というか、「姉が統合失調症を発症したのかもしれない」という事実そのものを認めようとしなかった のだ。そして驚くべきことに、両親は共に研究者 なのである。自宅にはなんと「蛍光顕微鏡」や「オシロスコープ」などがあり、冷蔵庫は最下段以外すべて薬品など研究に使うものが入っていた。父親は医学部を卒業した後に病理医 となり、母親も同じ大学で研究を続けていた という。つまり、彼らは一般的な人と比べて、科学や医学に関する知識を圧倒的に持っていた というわけだ。
そしてそんな2人が揃って、姉の統合失調症を認めなかった のである。どこの誰に相談したのか結局監督には分からなかったようだが、両親からは「医者が言うには何の問題もない」と説明された そうだ。もちろん、姉を病院に連れて行ったわけではない 。医者に診せていないのだから、この時点ではまだ統合失調症かどうかの確定していなかった わけだが、少なくとも監督の目には治療が必要に思えた 。しかし両親は、頑なにそれを拒んだ のである。
まだ学生だった監督は、どんどんおかしくなっていく姉の様子を見ながら、「夜が明けるのが怖い」という感覚を日々抱いていた と話していた。朝が来ればまた、「堂々巡りの1日」が始まってしまう からだ。この表現には、「訳のわからないことを口にする姉への対応」だけでなく、「聞く耳を持たない両親の説得」みたいな意味も含んでいる のだろう。そして、そんな1日が始まってしまうことが日々憂鬱だった そうだ。
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さらに、当時はまだ統合失調症について詳しくなかったこともあり、監督は「姉が暴れて、自分に襲いかかってきたらどうしよう」みたいなことまで考えていた という。もしそんな状況になれば、自分の身を守るために反撃するしかない 。でも、それでも落ち着かなかったら? やはり殺すしかないのだろうか? そんなことまで考えていたと話していた。彼にとってはリアルな想像 だったのだろう、その後監督は「精神疾患を持つ親族を殺した場合の罪」について調べ、その結果「割に合わないから止めよう」という結論に至った のだそうだ。そんな思考に行き着いてしまうほど追い詰められていた のである。
そんなわけで彼は、両親を説得できないまま実家を離れる ことになった。神奈川県にある会社に就職が決まったのだ。監督は、「実家から離れられれば別にどこでも良かった 」と言っていた。姉とも両親とも話が通じない生活は、もう限界だった のだろう。そしてそのタイミングで彼は、初めて「おかしくなった姉の様子」を記録する ことにした。1992年のことである。映像ではなく音声のみ だが、この時の感覚について監督は、「このまま何もしなければ何の記録も無くなってしまう 」と説明していた。そして本作『どうすればよかったか?』は、その時に録音した音声から始まる のだ。監督の記憶では、姉に最初の発作が出始めたのが1983年だった そうなので、姉はこの録音の時点で既に10年近く放置されていた ことになる。
監督はその後、お金が貯まったこともあり映像の専門学校に入学 、そのタイミングでカメラも購入した 。そして2001年から、実家に帰省する度に家族を撮影する ことにしたのである。自分たちにカメラを向ける息子について両親は「インタビューの練習のための撮影」みたいに考えていた そうで、そんなことが続く内に「息子がカメラを回すこと」を当たり前のように受け入れていった のだと思う。
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そして、2021年頃まで機会がある毎に撮り溜めた素材をまとめたのが本作『どうすればよかったか?』 なのである。実にミニマムな家族ドキュメンタリー であり、繰り返しになるが、だからこそ、どうしてこれほど話題になっているのか不思議だった のだ。
さて本作では、冒頭で2つの注意が表示される 。正確なものではないが、ざっくり以下のような内容だ。
本作には、姉が統合失調症を発症した理由を究明する意図はない。
また本作では、統合失調症という病気についての説明もしない。
こういう作品の場合、医師や専門家などが登場し、「統合失調症の説明」や「一般的な治療方針」などが語られるみたいなパターンもある 。しかし本作には、そういう要素は一切無い 。映し出されるのは基本的に家族だけ で、「家族以外の人」が何人か映り込むことはあるものの、全体としては、「父・母・姉を監督が撮影する」というパターン である。表現が適切ではないかもしれないが、本作は「ホームビデオを繋ぎ合わせたような作品 」であり、そしてそんな作品が多くの観客を惹きつけ、観た者に色んなことを考えさせている というわけだ。なんとなく、「そんな作品が大ヒットしている社会は健全ではないか 」とも感じさせられた。
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さて、本作を観ながらまず感じたことは、「環境が姉の症状を悪化させたに違いない 」ということだ。その「環境」は、平時であれば「恵まれたもの」と言っていい と思う。何にせよ、「金銭的に不自由はなさそう 」だからだ。両親が医師・研究者であり、姉も医学部に入学した。また、統合失調症を発症しただろう姉は、その後働くことなくずっと家にいる わけで、彼女を養えるだけの経済力もある 。藤野家では、両親が姉の治療を拒み続けていたのだから、障害年金などの公的支援を受けていなかったはず だ。にも拘らず「働かない姉が家にいる」みたいな状態が40年以上続いても、恐らく経済的には問題なかった のだと思う。実家暮らしとは言えそれなりにお金は掛かるはずで、何にせよ藤野家には「金銭的余裕があった」と考えていいはず だ。
そして、平時であれば素晴らしかっただろうその「環境」が、病気を患った姉にとっては不幸にも悪い形で作用してしまった と言っていいと思う。金銭的余裕が無ければ、何らかの形で公的支援に頼らざるを得なくなり、その過程で恐らく医師による診療が必要になる はずだからだ。
さて、「姉にとって不幸だった」と書いたのには根拠がある。実は2008年頃、つまり発症したと思われる時点から25年後のことだが、姉はようやく医師の診療を受けた のだ。その頃、母親に認知症の症状が見られたため監督が医師に相談 したところ、「姉をすぐに入院させ、母親は父親が自宅で面倒を看るように」とアドバイスをもらった という。そしてその話を受けて父親に相談し、父親の了承を得て姉は入院する ことになった。すると、その入院中に合う薬が見つかったとかで、なんと3ヶ月で退院できた のだ。
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そして驚くべきは退院後の変化 である。入院前の姉は、話しかけても反応が返ってくることは稀 で、普段は家のどこかに静かに座りこんだまま動かず、そして時折、突然スイッチが切り替わったみたいに意味不明なことをスラスラとまくしたてる 、みたいな感じだった。しかし退院後は、料理をするくらい活動的になったし、また撮影している監督にピースをするなど行動が多彩になった のだ。私には本当に、別人と言ってもいいぐらいの変化 に見えた。
この変化はもちろん投薬によるもの なので、となれば当然、「もっと早く治療を受けさせていれば状況はまったく違ったはず」と考えるのが自然 だろう。この1点だけからでも、「両親の判断は間違っていた」と断言出来る と考えている。
しかし何にせよ、両親の対応には本当に驚かされた 。例えば両親は、姉が勝手に家から出ないようにと、自宅の玄関の内側に南京錠を付けた ほどである。というのも一度、姉が家を抜け出して1人でNYに行ってしまった ことがあるからだ。そういうことを防ごうと考えての対策なのだが、やはり方向性がズレている としか思えない。ちなみに、この時期は母親が足を悪くしていたこともあり、母親と姉は共に、前年の11月22日からその映像が撮影された9月25日までの約10ヶ月間、一歩も外に出なかった そうだ。なかなか常軌を逸している だろう。そしてこれは、明らかに「監禁」と言っていい はずだ。まあ、両親は「そんなつもりはない」と否定していた が。
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そんな異常さが随所に映し出される作品 なのである。
「なぜ姉を医者に診せなかったのか?」という大いなる矛盾をそのまま提示する作品
さて、そんな「異常さ」は色々とあるのだが、本作で最も異常なのはやはり「なぜ姉を医者に診せなかったのか?」という点 だろう。これに関して本作では、監督が母親・父親それぞれと議論する場面が映し出されていた 。
監督がまず行ったのが、母親との話し合い である。彼には恐らく、「母親を味方につける方が先決」という判断 があったのだと思う。本作を観れば理解できることだが、姉に関する決定は、基本的にすべて父親が行っている 。つまり、イカれた判断をしている父親を直接説得するよりも、まずは母親を取り込んでおくべきだと考えていた のだと思う。
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ただ、母親はやはり「パパがNOと言っていることは出来ない」というスタンスを最後まで崩さなかった 。監督は母親に対して、「2人には問題解決能力がない 」「『何の問題もない』と言っているその医者に会わせてほしい 」とかなり強めに詰め寄る のだが、母親はどうも自分で判断することを放棄している ようだ。「父親の判断にすべて従う」というわけである。結局、その話し合いでは何も進展しなかった 。
その後、長い長い年月が経った後、監督は父親と姉の件について話をする 。そしてその際に監督は、「『姉が病気だ』と認めることを恐れていたんじゃないか?」と父親に突きつけていた 。それに対して父親は意外なことを口にする 。「俺はそんなことないけど、ママはそういう気持ちが強かったかもしれない 」みたいなことを言っていたのだ。そこで監督がさらに、「じゃあ、母親の希望を叶えるために姉を治療から遠ざけたってこと?」と聞くと、父親は頷いていた ように私には見えた。
こんな風に、両者の言い分は真っ向から食い違っている 。そしてそういう矛盾を本作はそのまま提示している というわけだ。「徹底的に『事実』を積み上げることで、そこに否応なしに生まれてしまう『矛盾』が掬い取られている 」なんて風にも言えるだろうか。
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作中では、「監督がその時々でどのように感じていたのか」が、ナレーションや両親とのやり取りによって提示されている 。しかしそれらも、「意見」としてではなく「事実」として組み込まれている と捉えるのが正しいだろう。監督の感覚は、観客の解釈を狭めるものとしては機能しない 。少なくとも、私はそのように受け取った。監督の感覚はあくまでも、「家族の一員として自分はこう感じてきた」という意味での「事実」の提示でしかない のだ。だからこそ、本作で映し出される家族の姿をどう捉えるのかは観客に委ねられている と言っていいと思う。
そして『どうすればよかったか?』というタイトルもまた、まさにそのような意図を込めて付けられたのではないか と考えているのである。
医師・科学者だった両親は、なぜこんな「愚かな判断」をしたのだろうか?
正直なところ、「どうすればよかったか?」という問いに対する答えは全然難しくない 。何故なら、「姉を医者に診せ、薬を処方してもらい、必要なら入院させる」だけ だからだ。実にシンプルである。しかし、そこには「両親」という大きな壁が存在した 。だからこの問いはむしろ、「”両親に対して”どうすればよかったか?」と受け取るべき だと思う。そしてその場合、その問いに答えることはとても難しい と言えるだろう。
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本作が興味深いのはまさにこの点 である。両親は科学を生業とする人 だった。当然、「科学を信じている」はずだ 。そしてそんな両親が「姉が統合失調症を患った」という事実を認めようとしなかった のである。このギャップはどうして生まれたのだろうか?
カメラに映る両親は、ごく普通の人に見えた 。そしてだからこそ恐ろしい なと思う。彼らがもっと、「モンスターペアレント」みたいなヤベェ奴として描かれていたのであれば、「こんな毒親だったらこの状況も仕方ない」と納得できた だろう。しかし、少なくとも映画で切り取られていた彼らの日常からは、そんな雰囲気を感じることは出来なかった 。
さて、本筋とは少し離れた話をするが、精神疾患の1つとして「代理型ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれる状態 が知られている。まずは「ミュンヒハウゼン症候群」について説明する が、これは「自ら病気だと偽り、周囲からの同情を集めようとする精神疾患 」のことを指す。「病気の時にお母さんが優しくしてくれたから、元気なのに仮病を使ってしまう」みたいな状態の延長線上にあるような精神疾患 というわけだ。そして「代理型」の場合は、「親が子どもをわざと体調不良にさせるなどし(親子関係に限るものではないが)、その看病に献身することで、周囲からの同情や評価を得ようとする精神疾患」 である。
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そして、両親と姉の関係性も、もしかしたら「代理型ミュンヒハウゼン症候群」で説明がつくかもしれない と感じたりもした。ただ本作で映し出される限り、両親は姉の存在を周囲に吹聴している感じがないので、「周りからの同情・評価」ではなく、むしろ「自己認識・自己肯定感」みたいな部分と関わるのかもしれない 。まあその捉え方が正しいのかはともかく、「無理やりそんな風にでも解釈しないと両親の振る舞いに説明がつかない 」と感じるのだ。技術的に可能ならば、彼らの頭の中身を無理やり取り出すみたいな形で、両親が一体何を考えていたのか知りたい ものだなと思う。
それでは最後に1つ 。本作では「姉が統合失調症になった原因究明はしない」と言及される わけだが、作中でそれらしき理由を示唆する場面が1箇所だけあった ように思う。既に「解剖実習で失敗したことを機におかしくなった 」という話には触れたが、ずっと成績優秀者として生きてきた姉は、その解剖実習の失敗のせいで留年してしまった のである。
監督は、「この時に姉は恐らく、『それまで失敗なんてしてこなかった自分が上手くいかなかったのには、何か理由があるはずだ』と考えるようになった 」と捉えているようだ。そして姉が導き出した結論が、「仏様への信仰が足りない」だった のである。そしてそういう発想を踏まえてのことなのだろう、その後姉は占い的なものに傾倒していった という。だとすると、「『エリートの躓き』みたいなものが統合失調症の発症に繋がっていった」と考えるとしっくり来る かもしれない。いやもちろん、専門家でもなんでもないので、まったくの的外れかもしれないが。
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最後に
そんなわけで、本作『どうすればよかったか?』は、かなり様々な要素が組み合わさることで生まれた作品 だと言っていいと思う。まずは「姉の発症 」と「両親の否認 」があった。そして「監督が映像の専門学校に通い始め、カメラで家族を撮り始めたこと 」や「働かない姉を養うだけの経済的な余裕があったこと 」などが重なったため、こうして「普通にはカメラに収まることのないだろうリアル」が保存されることになった というわけだ。なかなか類を見ない作品なんじゃないか と思う。
本作で映し出されるのはもちろん「特異的なケース」に過ぎない が、ただ、「家族の誰かが突然、介護やケアを必要とする状態に陥る」みたいなことは誰の身にも降りかかる ことである。だからこそ、「どうすればよかったか?」という本作の問いかけはすべての人に向けられている と言っていいし、観た人がその問いを自分事として受け取っているからこそこれだけ話題になっている のだとも思う。
多くの人に見てほしい、実に興味深い作品 だった。
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【あらすじ】塩田武士『罪の声』が放つ、戦後最大の未解決事件「グリコ・森永事件」の圧倒的”リアル感”
戦後最大の未解決事件である「グリコ・森永事件」では、脅迫に子どもの声が使われていた。私はその事実を、塩田武士『罪の声』という小説を読むまで知らなかった。では、続く疑問はこうだろう。その子どもたちは、今どこでどんな風に生きているのか?その疑問に答える、凄まじい小説だ。
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【実話】ポートアーサー銃乱射事件を扱う映画『ニトラム』が示す、犯罪への傾倒に抗えない人生の不条理
オーストラリアで実際に起こった銃乱射事件の犯人の生い立ちを描く映画『ニトラム/NITRAM』は、「頼むから何も起こらないでくれ」と願ってしまうほどの異様な不穏さに満ちている。「社会に順応できない人間」を社会がどう受け入れるべきかについて改めて考えさせる作品だ
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【感想】映画『朝が来る』が描く、「我が子を返して欲しい気持ち」を消せない特別養子縁組のリアル
「特別養子縁組」を軸に人々の葛藤を描く映画『朝が来る』は、決して「特別養子縁組」の話ではない。「『起こるだろうが、起こるはずがない』と思っていた状況」に直面せざるを得ない人々が、「すべての選択肢が不正解」という中でどんな決断を下すのかが問われる、非常に示唆に富む作品だ
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【感想】映画『窓辺にて』(今泉力哉監督)の稲垣吾郎の役に超共感。「好きとは何か」が分からない人へ
映画『窓辺にて』(今泉力哉監督)は、稲垣吾郎演じる主人公・市川茂巳が素晴らしかった。一般的には、彼の葛藤はまったく共感されないし、私もそのことは理解している。ただ私は、とにかく市川茂巳にもの凄く共感してしまった。「誰かを好きになること」に迷うすべての人に観てほしい
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【感想】是枝裕和映画『ベイビー・ブローカー』は、「赤ちゃんポスト」を起点に「正義とは何か」を描く
韓国に多数存在するという「赤ちゃんポスト」を題材にした是枝裕和監督映画『ベイビー・ブローカー』は、「正義とは何か」を問いかける。「中絶はOKで、捨てるのはNG」という判断は不合理だし、「最も弱い関係者が救われる」ことが「正義」だと私は思う
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【感想】殺人事件が決定打となった「GUCCI家の崩壊」の実話を描く映画『ハウス・オブ・グッチ』の衝撃
GUCCI創業家一族の1人が射殺された衝撃の実話を基にした映画『ハウス・オブ・グッチ』。既に創業家一族は誰一人関わっていないという世界的ブランドGUCCIに一体何が起こったのか? アダム・ドライバー、レディー・ガガの演技も見事なリドリー・スコット監督作
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【衝撃】洗脳を自ら脱した著者の『カルト脱出記』から、「社会・集団の洗脳」を避ける生き方を知る
「聖書研究に熱心な日本人証人」として「エホバの証人」で活動しながら、その聖書研究をきっかけに自ら「洗脳」を脱した著者の体験を著した『カルト脱出記』。広い意味での「洗脳」は社会のそこかしこに蔓延っているからこそ、著者の体験を「他人事」だと無視することはできない
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【葛藤】正論を振りかざしても、「正しさとは何か」に辿り着けない。「絶対的な正しさ」など存在しない…
「『正しさ』は人によって違う」というのは、私には「当たり前の考え」に感じられるが、この前提さえ共有できない社会に私たちは生きている。映画『由宇子の天秤』は、「誤りが含まれるならすべて間違い」という判断が当たり前になされる社会の「不寛容さ」を切り取っていく
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【日常】「何もかも虚しい」という心のスキマを「異性」や「お金」で安易に埋めてしまうのは危険だ:映…
「どこにでもいる普通の女性」が「横領」に手を染める映画『紙の月』は、「日常の積み重ねが非日常に接続している」ことを否応なしに実感させる。「主人公の女性は自分とは違う」と考えたい観客の「祈り」は通じない。「梅澤梨花の物語」は「私たちの物語」でもあるのだ
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【家族】映画『そして父になる』が問う「子どもの親である」、そして「親の子どもである」の意味とは?
「血の繋がり」だけが家族なのか?「将来の幸せ」を与えることが子育てなのか?実際に起こった「赤ちゃんの取り違え事件」に着想を得て、苦悩する家族を是枝裕和が描く映画『そして父になる』から、「家族とは何か?」「子育てや幸せとどう向き合うべきか?」を考える
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【矛盾】その”誹謗中傷”は真っ当か?映画『万引き家族』から、日本社会の「善悪の判断基準」を考える
どんな理由があれ、法を犯した者は罰せられるべきだと思っている。しかしそれは、善悪の判断とは関係ない。映画『万引き家族』(是枝裕和監督)から、「国民の気分」によって「善悪」が決まる社会の是非と、「善悪の判断を保留する勇気」を持つ生き方について考える
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【情熱】映画『パッドマン』から、女性への偏見が色濃く残る現実と、それを打ち破ったパワーを知る
「生理は語ることすらタブー」という、21世紀とは思えない偏見が残るインドで、灰や汚れた布を使って経血を処理する妻のために「安価な生理用ナプキン」の開発に挑んだ実在の人物をモデルにした映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』から、「どう生きたいか」を考える
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【葛藤】子どもが抱く「家族を捨てたい気持ち」は、母親の「家族を守りたい気持ち」の終着点かもしれな…
家族のややこしさは、家族の数だけ存在する。そのややこしさを、「子どもを守るために母親が父親を殺す」という極限状況を設定することで包括的に描き出そうとする映画『ひとよ』。「暴力」と「殺人犯の子どもというレッテル」のどちらの方が耐え難いと感じるだろうか?
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まさか「ゾンビ映画」が、私たちが生きている現実をここまで活写するとは驚きだった。映画『CURED キュアード』をベースに、「見えない事実」がもたらす恐怖と、立場ごとに正しい主張をしながらも否応なしに「分断」が生まれてしまう状況について知る
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【誤り】「信じたいものを信じる」のは正しい?映画『星の子』から「信じること」の難しさを考える
どんな病気も治す「奇跡の水」の存在を私は信じないが、しかし何故「信じない」と言えるのか?「奇跡の水を信じる人」を軽々に非難すべきではないと私は考えているが、それは何故か?映画『星の子』から、「何かを信じること」の難しさについて知る
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