【面白い】映画『ラストマイル』は、物流問題をベースに「起こり得るリアル」をポップに突きつける(監督:塚原あゆ子、脚本:野木亜紀子、主題歌:米津玄師、主演:満島ひかり、岡田将生、ディーンフジオカ)

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「ラストマイル」公式HP
いか

この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ

この記事で伝えたいこと

「ポチった後の世界」についてリアルに考えさせる物語で、とても興味深かった

犀川後藤

役者の演技も見事で、エンタメ作品としても楽しめる1作に仕上がっている

この記事の3つの要点

  • 「これだけの犠牲の上に成り立っている『注文したモノが翌日届く世界』」を、私たちはまだ維持したいだろうか?
  • 「届いた荷物が爆発する」というのは決して絵空事ではないと思う
  • 満島ひかり・阿部サダヲらの見事な演技と、米津玄師が語っていた「廃品回収車のアナウンス」のエピソード
犀川後藤

あらゆる要素が塚原あゆ子・野木亜紀子の元に集約されたことで生み出された極上の世界観が見事だった

自己紹介記事

いか

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

シェアード・ユニバースでも話題になった映画『ラストマイル』は、「役者の演技」も物語のベースとなる「物流問題への斬り込み」も見事な、見応えのあるエンタメ映画だった

とても面白い映画でした。作品全体としては「分かりやすいエンタメ」という感じなのですが、「『誰にでも関わりがある物流』に潜む様々な問題」にかなり真正面から斬り込んでいて、そういう点でもかなり見応えがある作品だと思います。

犀川後藤

舞台がほぼ「物流倉庫」とか「配送現場」に固定されているのに、よくもまあここまで面白い作品が作れるものだなって感じたわ

いか

何となく「物語が生まれる場」としては馴染みにくい気がするもんね

また本作は「シェアード・ユニバース」でも話題になりました。私は本作『ラストマイル』が紹介される際に初めてこの単語を知りましたが、「異なる作品同士の世界観が共有されている物語世界」というような意味だそうです。映画『ラストマイル』の場合は、テレビドラマとして放送された『アンナチュラル』『MIU404』と同じ世界線で展開される設定になっていて、両作に登場した役者たちが本作にも出演しています。ドラマも映画も、「プロデューサー・監督:塚原あゆ子 脚本:野木亜紀子」であり、「シェアード・ユニバース」の構想は映画企画が始まる前から存在していたと、テレビ番組の中で紹介されていました。日本ではまだそこまで知られていない手法という感じがするので、この点も新しかったなと思います。

ただ私は、『アンナチュラル』も『MIU404』も観ていません。「観ていません」と書くと少し正確さを欠くのですが。「年末年始に、人気ドラマを3日ぐらいで一気に再放送する」みたいなやつで、どちらの作品も途中の何話かだけ観たことがあります。なので、「誰が出ているのか」や「何となくの設定」ぐらいは知っているのですが、それ以上のことは分からない状態で本作『ラストマイル』を観ました。それでも十分楽しめたのですが、以下の記事はとにかく、「テレビドラマを観ていない人間の感想だ」ということを理解した上で読んでもらえたらと思います。

映画『ラストマイル』の内容紹介

11月24日金曜日、ブラックフライデーの初日。舟渡エレナはまさにこの日、国内の物流の約4割を担う、15万平方メートルもの敷地を有する巨大物流センターにセンター長として配属された派遣社員700人が常時働く、アメリカ資本のショッピングサイト「DAILY FAST」(デリファス)の倉庫であり、ブラックフライデーの期間にはその数が800人に増員される。

事件は、そんな一大イベントの初日に起こった。アパートの一室で、爆破事件が発生したのだ。警察の捜査により、「デリファスが発送した荷物が爆破した可能性が高い」と考えられ、倉庫の責任者であるエレナの元へと警察がやってくる。ブラックフライデーのクソ忙しい時に、警察の相手もしなければならなくなったのだ。

しかしそもそも、一体どこで爆弾が入れられたというのだろうか?

デリファスの物流センターでは、厳重なセキュリティが敷かれている。「ブルーパス」と呼ばれる派遣社員の場合、倉庫内に持ち込めるのは「メガネ」「メモ帳」「ペン」のみ。悪意を持った人物がいたとしても、倉庫内の商品に爆弾を仕掛けることなど出来ない。また、発送する商品は、ロットのまま倉庫に格納してから開封する仕組みになっている。そのため、倉庫外の人間にも爆弾を仕掛ける余地などないのである。

となれば、デリファスの配送を一手に引き受けている配送会社「羊急便」で爆弾が入れられたのだろうか? 警察も初めは、彼らトラック運転手の事情聴取を行っていた。普通に考えれば、最も疑わしいからだ。しかし、誰に聞いても何も出てこない。口をついて出てくるのは不平不満ばかりである。「休憩もまともに取れない」「1個運んで配送料はたった150円」「再配達は1銭にもならない」と、過酷過ぎる労働環境に現場は疲弊していたのだ。さらにこの爆破事件によって、「発送するすべての荷物をチェックする」という仕事まで追加されてしまう。関東局局長である八木は、この状況に疲弊しきっていた

その後も、デリファスから発送された荷物ばかりが爆発する。しかし、マスコミの報道ではしばらくその事実は伏せられていた。そんな事実が周知されれば大損害を被るデリファスへの配慮、そして社会の混乱を避けることが目的だ。とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。だからエレナたちは、警察とは別に自分たちでも原因追究を始めることにした。

その過程でエレナは、ネット上のある動画に目を留める。それは一見、デリファスのブラックフライデーを予告する動画のようだったが、何かがおかしい。調べてみると、絶妙に似せた偽広告であることが判明した。恐らく、爆破事件の犯人が何らかの意図で作成したものに違いない。そしてその動画を見つけた流れで彼女は、事件発生前に書かれたツイートも発見した。なんとそこには「1ダースの爆弾」という文言が記されているではないか。

となると、爆弾は12個も仕掛けられているのだろうか

この情報を重く見た警察は、「センター内のすべての商品を差し押さえる」という決断を下すのだが……。

私たちは「便利さの追求」を止めることが出来ない

本作『ラストマイル』の物語は基本的に、「爆破事件の真相究明」をベースに展開されていきます。ただ、それはどちらかと言えば「補助輪」といった印象になるでしょう。本質的には「日本の流通の現実と、そこで働く者たちの葛藤」が核になっており、「それらが『爆破事件』を補助輪にしながら炙り出されていく」という構成になっています。

いか

「物流」の観点から「爆破事件」を捉えるなら、「スムーズな流れを淀ませるもの」って感じだろうね

犀川後藤

だから、「物流は精緻に構成されているが故に、何かが起こるとすぐに機能不全を起こす」ってことが伝わりやすくなる

さてそんなわけで、本作では「物流」に焦点が当てられるのですが、私は正直、あまりネットでモノを買いません。別に「ネットでモノを買わないから、自分には関係ない」なんてことを言いたいわけではありませんが、少しこの辺りの話にお付き合い下さい。

私がネットでモノを買わないのは、「現物を見て買いたい」とか「リアルの店舗を応援したい」みたいな理由からではなく、単に「物欲がほとんどない」だけです。そういう意味で言えば、舟渡エレナと共にこの問題に対処する梨本孔に近いかもしれません。また、物欲云々に関係なく「消耗品」は必要になるわけですが、それも、「別に近くのスーパーで買えばいいよなぁ」みたいに思ってしまうので、「ネットで」という発想にはあまりならないのです。

もちろん、まったく使わないなんてことはなくて、均せば月1回ぐらいの頻度にはなるでしょうか。そしてネットで何か買う時は、割と毎回「こんなに安くて成立するんだろうか?」と感じます。「送料無料」が当たり前の世の中にあって、さらに商品の値段も異常に安いと、「何がどうなってこの金額が成立しているんだろう?」という気分になるのです。もちろんそれは、本作における「ラストマイル」(これは元々「顧客にモノ・サービスが到達する前の最後の接点」を指す言葉)を担う「羊急便」に皺寄せが行っているからこそであり、本作を観て改めて「もう少し健全な世の中になった方がいいよなぁ」と感じました。

犀川後藤

でも心理学的には、「無料」が「有料」になるインパクトは大きいらしいから大変だわ

いか

「100円が110円になる」のと「0円が10円になる」のとでは、「値上げ幅は同じだけど、後者の方がインパクトが大きい」ってなっちゃうよね

もちろん、実際にはなかなか難しいだろうと思います。というのも、世の中は「『便利さ』を求めて”進化”していく」からです。

私は基本的に、「『便利なもの』に依存したくない」という感覚を強く持っています。「便利さ」に慣れてしまうと、その「便利さ」が失われてしまった場合にストレスが大きくなるだろうと思っているからです。なので私は、あらゆる物事を「ちょっと不便」ぐらいのところに留めておく方が安全だろうと考えることにしています。先程の、「0円から10円」より「100円から110円」の方が心理的ダメージが少なく感じられるのと同じような感覚でしょうか。そういうスタンスで、私は「依存している状態」をなるべく作らないように意識しているのです。

いか

色んなサービスをスマホにまとめすぎないようにしてるしね

犀川後藤

その方が便利なのは分かるけど、「スマホを無くしたら終わる」みたいな状態はリスキーすぎるからなぁ

ただ、私のように考える人は決して多くはないでしょう。また、世の中は基本的に「あらゆることを『便利』にする」ことで発展・進化していくのだろうし、安全でそれなりに豊かな社会を生きている私たち日本人は特に、「『便利さ』で差別化する」という方向にしか進んでいけないとも思います。「電車が遅延しない」とか「コンビニにあらゆるサービスが集約されている」みたいな状態は日本特有と言われますが、そういう部分に膨大なコストを掛けることで、私たちの「便利な生活」は成り立っているというわけです。

そう、本作『ラストマイル』で描かれているのは決して「物流」の問題だけではなく、より広く捉えるなら、「膨大なコストを掛けて組み込まれた『便利さ』に慣れた社会はどう進むのか?」という問いも投げかけていると言えるでしょう。今までは、そのコストを消費者が負担しない(負担していると意識させない)形で成り立ってきましたが、あらゆる社会変化によってそれが難しくなってきています。そうなった時に私たちは、「コストを払う」か「便利さを失うか」の選択を迫られることになるでしょう。

いか

欧米は「値上げに対する忌避感」が日本より少ないって聞くから、この点はあまり問題にならないんだろうね

犀川後藤

「日本では、ガリガリ君を値上げする際にCMを打った」って話が、欧米でちょっと話題になったことがあるらしいし

そして本作は、「私たちは、まさにその一歩手前にいる」という現実を突きつける作品と言えるのではないかと感じました。

決して荒唐無稽とは思えない展開の物語

さて、ネタバレはしませんが、本作で提示される「爆破事件の真相」を知ると、「やろうと思えば誰でも同じことが出来るんじゃないか」と感じるのではないかと思います。もちろん、観れば分かる通り「完全犯罪」は不可能です。捕まることは間違いないでしょう。ただ最近では、「闇バイト」による「どう考えたって逮捕されるじゃん」と感じるような強盗が増えています。なので、「実行役が捕まることを想定した犯罪計画」は十分に想定出来るでしょう。

犀川後藤

色んな事情があるんだろうし、手口も巧妙なんだろうけど、やっぱり私は、「高額報酬に釣られて応募するなよ」って感じちゃうなぁ

いか

そんな割の良い仕事なんて、犯罪以外であるわけないからねぇ

というか、そんな面倒なことをする必要もありません。というのも、最近では「メルカリ」のような個人間のやり取りが当たり前になっているからです。「捕まることを覚悟している」のであれば、「メルカリ」で爆弾入りの荷物を送れば、「無差別の爆破事件」などいつでも起こせるでしょう。だから、「届いた荷物が爆発する」というのは全然絵空事ではないと感じました。あるいは、「爆弾」だと犯罪になってしまいますが、「盗聴器」ならどうでしょう日本の場合、「盗聴行為」自体は犯罪にはならないので、「GPSと盗聴器を付けた荷物を発送し、受け取った人の部屋を盗聴する」なんてことを愉快犯的にやっている人は既にいるんじゃないかとも思ったりします。

ただ同時に、「自分の家に届いた荷物に何かおかしなことが起こっている」なんて考える人はほとんどいないでしょう。この点についてはある人物が、「自分には(爆弾が)当たらないと思ってる。正常性バイアスだよ」みたいなことを口にする場面があります。確かにその通りだなと感じました。

いか

「正常性バイアス」は、「自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりする心理的な特性」のことだね

犀川後藤

「絶対起こる」って言われている「南海トラフ巨大地震」に本腰を入れて対策できないのも同じような感じ

エレナがセンター長を務める倉庫では、品目だけで3億アイテムの商品が存在します。1アイテムにつき複数の在庫を抱えていることを考えると、商品数で言えばもっと膨大な数になるでしょう。そして「その中の”たった”12個に爆弾が仕掛けられている可能性がある」というわけです。宝くじ1等の当選確率は約1000万分の1らしいので、「作中の物流センターから発送された商品が爆発する確率」は「宝くじ1等に当たる確率」より低いと言えそうです。であれば、「自分のところに届いた荷物が爆発するわけがない」と考えるのも、まあ当然の心理と言っていいでしょう。

その一方で、人間には「『利益が得られる不確実性』よりも『損失を被る不確実性』の方を高く見積もる」という性質もあります。これもまた当然でしょう。宝くじの場合は当たらなくても「残念!」で済みますが、爆弾入りの荷物を開けてしまったら最悪死に至ります。「正常性バイアス」は働きつつも、「もしかしたら……」という可能性を捨てきれないのもまた人間というわけです。

いか

その「もしかしたら……」が行き過ぎちゃったパターンが「0リスク思考」だよね

犀川後藤

「悪いことが起こる可能性が少しでもあるなら許容できない」って感覚は、時に社会を歪ませるから難しい

そんなわけで、本作で描かれている状況は観客にとっての「自分ごと」でもあるだろうし、本作が「社会問題」を扱いながら共感度の高い物語に仕上がっている理由とも言えるでしょう。ちなみに、本作の監督である塚原あゆ子が「流通をテーマに物語を作る」と思いついたのは4年前だそうです。そしてその発想を脚本の野木亜紀子に伝え、本作の物語が生まれました4年前と言えばコロナ禍初期の頃であり、コロナ禍の真っ最中ほど「巣ごもり需要」が活況ではなかったはずです。また本作が公開された2024年は「時間外労働規制」が始まった年でもあります。「物流の2024年問題」とも言われていますが、ただこれも4年前にはまだ顕在化していなかったはずです。「4年前に思いついたテーマが2024年の公開時に上手くハマっている」わけで、本作はそういう意味でも絶妙だなと感じます。

さて、「配送ドライバーの問題」は実感しやすいと思いますが、「物流センターの問題」はなかなかイメージしにくいでしょう。本作では、その現実もかなりリアルに描き出されていました派遣社員は徹底的に管理されており、「遅刻や欠勤」だけでなく「効率の悪さ」なども計測され、マイナスポイントが付与されます。そうやって全体の効率を底上げしようとしているわけです。また、常時700人の派遣社員が働く巨大センターにも拘らず、センター長を含め社員は9名のみです。これも効率化のためだろうし、9人であらゆるトラブルに対応しなければならないわけで、大変だろうなと思います。

いか

本作ではそこに「爆破事件」が絡んでくるんだから余計しんどいよね

犀川後藤

自分が働いてたら「マジでやってられねぇ」って感じになるだろうなぁ

また、デリファスでは成果主義もなかなかえげつなくて、本社は「デリファスから発送された荷物が爆発している」という状況をもちろん認識していて、その上で成果を求め続けるのです。私なんかは、「大事件が起こってるんだから、ちょっとはしょうがなくない?」と思ってしまいます。ただ、この物流センターでは常に「稼働率」が可視化されるようになっており、「稼働率が10%下がると1億円の損失」となるらしいので、やるしかないという感じなのでしょう。いやはや、ホントに大変です。

そしてやはり私は、こういう現実を知ることで、「こんな負担を強いてまで『注文したモノが翌日届く社会』を維持したいのだろうか?」と感じてしまいます。作中で配送ドライバーの1人が、「昔は『家まで荷物が届く』なんて奇跡だった。そう、俺たちは奇跡を起こしているんだ」と自らを鼓舞するように言っていましたが、本当にその通りでしょう。そんな「奇跡」が「当たり前」みたいになっている社会は、どこかおかしい気がしてしまうのです。

ちなみに本作『ラストマイル』では、エンドロールの最後に普段見かけないような注意書きがありました。「心の悩みは1人で抱えず、誰かに相談してほしい」というような内容の文章が表示されるのです。その文面が作中のどの描写とリンクするのかは観れば理解できるでしょう。ただ、そういう状況を扱った作品は他にもあるわけで、だから、「敢えてこのような文言を入れ込んだこと」に制作側の強い想いを感じました。いやしかしホント、”仕事なんか”のせいで「心の悩み」を抱えさせられる世の中は嫌だなと改めて思います。

いか

表現が難しいけど、みんなもう少し「適当」に仕事すればいいのにね

犀川後藤

「仕事」より「人生」の方が大事なのは明らかだからなぁ

役者の演技がとにかく素晴らしかった

さて、ここまで書いてきた文章からだと、どうしても「シリアスな物語なのか?」という印象になるかもしれませんが、まったくそんなことはありません。扱っているテーマ自体はかなりシビアですが、作品全体としてはかなりポップで軽やかに展開していくのです。この辺りのバランスもとても良かったなと思います。

本作『ラストマイル』において、そのバランスを絶妙な形で取っていたのは、舟渡エレナを演じた満島ひかりだと言っていいでしょう。「『仕事がメチャクチャ出来る女性』という雰囲気を随所に醸し出しながら、それでいて大体ずっとふざけている」というなかなか難しい役柄を、見事な空気感で演じていたと想います。作中には、シリアスになりかけるシーンが幾度もあるのですが、その度に、満島ひかりが役柄を通じて発する「陽」のオーラが、作品全体を軽やかな雰囲気に保っていたように感じました。

いか

勝手なイメージだけど、「満島ひかりの素に近いキャラクター」みたいな印象もあるよね

犀川後藤

満島ひかりが実際に企業でバリキャリやってたら、あんな感じになりそうだもんなぁ

また、全体的にゆるっとした雰囲気をまとうキャラクターだからこそ、時折垣間見せる真剣な雰囲気にハッとさせられたりもするでしょう。岡田将生演じる梨本孔と「カスタマーセントリック(すべてはお客様のために)」という企業理念について議論していたシーンや、ある人物とWEB上で話している時にふと口をついて出た「むしろ笑える」というセリフなどは、場をぎゅっと引き締めるのに有効だったなと思います。そしてそういうシーンが要所要所にあるからこそ、「単に浮ついているだけのキャラクター」という印象にならずに済んでいるのでしょう。

また、演技の話で言えば、羊急便の関東局局長・八木竜平を演じた阿部サダヲもさすがでした。「羊急便は配送の仕事をデリファスに依存している」という設定のため、彼は舟渡エレナからの”無理難題”とも思える要求を断ることが出来ません。ただ、人員もコストも常にギリギリでやっている羊急便としては、特に「爆破事件」に対処するための要求はあまりにもキツすぎるものでした。「デリファスからの要求は飲まざるを得ない」が、「現場にこれ以上負担を強いるのもまた難しい」というわけです。その凄まじい「板挟み」状態には、見ているこっちもしんどくなってしまうような雰囲気さえありました

ただ、阿部サダヲが凄いのは、「誰が見たって分かるくらい明らかにヤバい状況にいる」というその深刻さはちゃんと伝えつつも、同時に、「どことなく愉快な雰囲気」を醸し出していたところです。だから、阿部サダヲが登場するシーンはシリアスにはなりすぎません八木竜平は「配送の現場がいかに大変で深刻な状況にあるか」という現状を伝える存在でなければならないわけで、そういう雰囲気は絶対に必要です。そしてその上でさらに、「悲哀を含んだ面白さ」みたいな要素を入れ込むことで緩急のバランスを取っている感じのする演技で、ホントに凄いことやってるなと思います。

犀川後藤

こういう雰囲気を出せる役者って、あんまり多くない気がする

いか

普通は「シリアス」と「ファニー」を両立させられないからね

あと、かなり後半のシーンなので具体的なことは書きませんが、容疑者の1人が「あること」をする直前に「本当に死にそうな顔」をしていて、その表情もとても印象的でした。これは私の勝手な受け取り方ですが、その表情は「悲壮感」よりも「解放感」の方が強い印象があって、「すべてを諦めた上で覚悟を決めた人の顔」に見えたのです。この人物は「ほとんど登場しない」と言っていいぐらい出演シーンが少ないのですが、私の中ではこの表情がとても印象的で、「良い演技するなぁ」という感じでした。

米津玄師が語っていた話と、その他の感想

さて、本作は「シェアード・ユニバース」を採用していることもあり、「『アンナチュラル』『MIU404』の主役たちが端役で出演している」ことも特徴的です。もちろんこれは、「監督と脚本家のタッグに対する信頼が篤いからこそ」なのだろうし、「この2人の作品ならどんな役でも出ますよ」みたいな役者が多いんだろうと思います。それは何となく三谷幸喜や宮藤官九郎の作品に近い印象があって、そういう信頼を勝ち得ている人たちだからこそ作り出せたのだろう”豪華な”世界観でした。

いか

塚原あゆ子と野木亜紀子の2人は、TBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』でまたタッグを組んだよね

犀川後藤

観るつもりはなかったんだけど、その事実を知って「観てみるか」って思うようになったわ

そしてその”豪華さ”は、主題歌を担当した米津玄師に対しても言えるでしょう。米津玄師は、『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろした『Lemon』でその存在が広く知られるようになり、『MIU404』でも『感電』という印象的な曲を作ったわけで、そう考えれば、本作『ラストマイル』の主題歌を米津玄師が担当するのも自然な流れです。ただ、『Lemon』『感電』を発表した時とは、「米津玄師」という存在の大きさがまったく違います。これはもちろん偶然でしかありません。ただ、「物流」をテーマにした作品を絶妙なタイミングで公開できたのと同じように、「テレビドラマ時代から米津玄師に曲を書いてもらっていた」という点もまた、ある意味で「先見の明」という感じがします。

さて、米津玄師をテレビで見る機会はあまりありませんが、『ラストマイル』の番宣という意味合いもあったのでしょう、公開直前に、米津玄師がかなり色んなテレビ番組に出演していて驚きました。全部追えているかは分かりませんが、私は米津玄師にも興味があるので、彼が出演した番組は結構観たと思います。そして彼が話していたエピソードの中で、『ラストマイル』の主題歌『がらくた』に関する話が実に興味深く感じられました。歌詞の中に、「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても 構わないから 僕のそばで生きていてよ」というフレーズがあるのですが、これに関する話です。

米津玄師は子どもの頃から、何故か廃品回収車のアナウンスが気になっていたそうで、中でも「壊れていても、構いません」というフレーズが妙に耳に残っていたといいます。そしてふとそのことを思い出して、『がらくた』の歌詞に組み込んだと言っていました。歌詞のこの部分は特に、本作『ラストマイル』が伝えようとしているメッセージの本質を絶妙に衝いている感じがあって、米津玄師の「共感度」の高さには驚かされてしまいます。主演の2人、満島ひかりと岡田将生も、『がらくた』を聞いた感想として、「米津さんは、撮影中に私たちが感じていたことがどうして分かるんだろう?」みたいなことをテレビで言っていた記憶があって、凄いものだなと思いました。

犀川後藤

個人的には、『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)に出演した米津玄師が曲作りの話なんかを色々語ってたのがメチャクチャ興味深かった

いか

それに米津玄師って、「普段からメチャクチャ色んなことを考えてるんだろうなぁ」って喋り方をするからその点も良いよね

さて他にも、「物流センターの撮影は一体どこでやったんだろう?」と感じました。「すべてセットを組んだ」としたらそれはあまりにも規模がデカすぎるし、かと言って、実際の物流センターは24時間稼働していたりもするだろうから、「撮影のために借りる」というのもまた難しいような気がします。この点についてはWikipediaにいくつか記述がありました。物流センターの撮影は8ヶ所ほどの施設・セットを組み合わせているそうです。また、「トラスコ中山」が実際に稼働している物流センター2拠点を撮影のために貸し出してくれたそうですが、「作中の一部のシーンがネックとなって、撮影を許可してくれた企業は『トラスコ中山』のみだった」みたいにとも書かれていました。いやホント、本作はとにかく「物流センターの撮影」が最大のネックだっただろうと思うので、協力してくれる企業が見つかったことも幸運だったと言えるでしょう。

さて最後に1つ。具体的には触れませんが、「洗濯機」があんな形で絡んでくるとは思っていなくて、そういうところも良かったです。恐らく、私が気づいていない部分にも色々仕掛けがあるだろうし、細部に渡って作り込まれているんじゃないかと感じました。

最後に

エンタメ映画としてもシンプルに楽しめるし、社会問題に斬り込んでいく作品としても見応えがあると思います。なんとなくですが、「アニメやマンガ原作以外の日本映画で久々の大ヒット」という感じがしました。こういう作品が出てくると「映画を観よう」という気分が底上げされて、業界全体としても良い循環になるような気がします。

さらに、本作で突きつけられる「問い」について皆で真剣に考えて、「ポチった後の世界」を少し想像しながらネットで買い物をするのも大事じゃないかと思いました。

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