目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:佐藤究
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
「国家」も「お金」も、私たちの「幻想」が生み出した概念であり、人間が消えれば同時に無くなってしまうものでしかない 「少数の人々が抱く幻想」によっても容易に社会は規定され得るという事実 衝撃の設定と、計算されつくされた混沌によって読者を翻弄する物語
その凄まじい想像力によって、非現実的な世界をリアリティを持って現出させる魔術に驚かされた
自己紹介記事
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著者は本作で江戸川乱歩賞を受賞し小説家デビューした 。新人のデビュー作には大抵、どこか粗削りの部分が見えるものだが、『QJKJQ』にはそれが無い。最初から完成されている と思う。同じ著者の『Ank : a mirroring ape』という小説にも度肝を抜かれたが、その片鱗はデビュー作から存在していた というわけだ。
この記事では、『QJKJQ』の核となる部分には一切触れない 。なので、本書を未読の方がこの記事を読んでもネタバレにはならないだろう。とはいえ、未読の方は、私の記事なんか読まずに、すぐ本書を買って読んでほしい 。その凄まじさに、圧倒されるはずだ。
ネタバレにならないように記事を書くつもりだが、本書においては「幻想の共有」が重要な要素 だと言っていい。そこでこの記事では、本書に登場するある一文を起点として、「幻想」やその共有について、私が考えていることを書いていきたい と思う。
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そんな彼が、「正当な物理的暴力行使の独占を要求する共同体 」と呼んだものが「国家 」である。
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では、私たちは一体何を「国家」と呼んでいるのだろうか ? 例えば、目の前にリンゴがあれば、それを「リンゴ」と呼んでいると分かる 。物理的な実体の有無が問題というわけではない。例えば虹。虹はリンゴのような物質ではなく、現象につけられた名前だが、虹を見れば、それを「虹」と呼ぶことができる。
しかし私たちは、「国家」に対して同じことはできない 。何かを指して「あれは国家だ」と呼ぶことは不可能 なのだ。要するに「国家」とは、「人間が作り出した幻想 」でしかないのである。目を凝らしても、「国境線」が目に見えるわけではない。私たちは、「そこに国境がある」「それを境に国が分かれている」という「幻想」を共有しており、そのことによって初めて「国家」という概念が成り立っている にすぎないのである。
そしてこれは「国家」に限る話ではない 。そのような様々な「幻想」によって、世の中は成り立っている のだ。「お金 」に価値があると考えていること、「病気 」という括りによって正常と区別すること、「お盆」「正月」といった季節の区切り を設けていること。こういうものはすべて「幻想」であり、私たちはそういう「幻想」を共有することで社会を成り立たせている。
「幻想」かどうかの判断は、シンプルに「人間がいなくなれば消えてしまうものが『幻想』 」と考えればいいだろう。「リンゴ」や「虹」は、人間の存在に拘わらず存在し続けるはずだ 。一方、「国家」「お金」「病気」「季節」などは違う。これらは、人間がいなくなれば消えてしまうものでしかない。人間がそう思い込むことによって社会の中に存在する概念でしかなく、まさに「人間の存在に依存したもの 」というわけだ。
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中には、「人間がいなくなっても、お金は残るじゃないか」と反論したくなる人もいるかもしれない 。確かに、物質としての100円玉や1万円札は残るだろう 。しかし人間がいなくなれば、それらはただの「金属の塊」「特殊な紙」でしかない。それらに「お金」としての価値を感じ取る存在はいない のだ。
この議論は正直微妙なポイント であり、例えば「リンゴ」や「虹」にしたところで、人間がいなくなれば、「名前を付けるほどの価値を感じ取る存在はいない」と言える 。というか、物事に名前をつけるのは人間だけのはずなので、大きく捉えれば「人間が名前を与えたものはすべて『幻想』」という解釈も可能 だろう。しかしそこまで範囲を広げてしまうと、なかなか面白い議論にならない。私が言いたいことのニュアンスはなんとなく伝わると思うのでこれ以上詳しく説明はしないが、こんな風に「人間がいなくなれば消えてしまうもの」を「幻想」と捉えることで、社会がいかに「幻想」によって成り立っているのかが理解できる のではないかと思う。
「少数派が信じる幻想」が世の中を規定することもある
恐らく誰もが、「お金」の価値を信じているだろうし、「国家」の存在も認めているだろう 。日常生活の中でそんな風に意識する機会はほとんどないかもしれないが、「お金に価値があると思いますか?」「国家は存在すると思いますか?」と聞かれれば、ほとんどの人が「Yes」と答えるに違いない。
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では、「ビッグバン」はどうだろうか ? 「ビッグバン」というのは、「大爆発によって宇宙が始まった」という仮説 のことである。
「宇宙はビッグバンで始まったと思いますか?」と聞かれて、躊躇なく「Yes」と答える人はどれぐらいいるだろうか 。「そんな風に言われていますよね」「たぶんそうなんだろうって思ってます」ぐらいの感覚が一番近いのではないかと私は思う。それは「信じる」というほど強いものではないだろう。多くの人が、「特にそれを信じているわけではないが、しかしそうなのだと思っている 」ぐらいに捉えているはずだ。そして、これもまた、社会における「幻想」 と言っていいだろう。
ではそもそも、「ビッグバンによって宇宙が始まった」と信じているのは誰なのか 。それは「科学者 」である。これはつまり、「科学者という、決して多数派とは言えない人たちの『幻想』が『当たり前』のものとして受け入れられている 」ということを意味するだろう。この指摘は、「気象予報士 」や「特派員 」などに対しても当てはまると思う。「明日は雨が降る」「この戦場で3人亡くなった」というような主張を、私たちは「当たり前のもの」として受け入れている。自分では天気図が読めないし、外国の戦場の状況など見れないのに、「こうである」と言っている人の主張を割と簡単に信じる のだ。
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つまり、状況さえ整えば、私たちは「少数の人たちが信じる『幻想』も同じように受け入れ、共有する 」のである。「銀行が破産するかもしれない」という噂話が本当に銀行を倒産させてしまう「取り付け騒ぎ 」は有名だし、現代であれば、ちょっとしたツイートからデマが広く拡散することは頻発している 。それらはすべて「幻想の共有」と言えるし、世の中は益々「『多数派に属するわけではない誰か』が信じる『幻想』」が大きな影響力を持ち得る時代になっている と思う。
だからこそ、この物語は荒唐無稽ではない と私は感じる。
『QJKJQ』を読むと、「そんなことあり得ない」と感じるかもしれない し、どう感じてもそれは自由だ。しかしそのような捉え方は、「人間は『幻想』に塗れた社会で生きている」という事実を適切に認識していないだけ にも感じられてしまう。
「幻想」に塗れた社会において、私たちは様々な事柄に「意味」を見出す 。例えば、「赤いライトが点灯している」という状況においては、私たちは「止まれ 」というメッセージを受け取る。まさにこれも「幻想の共有」だ。そして、多くの人が同じ「幻想」を当然のものとして共有しているが故に、「幻想を共有している」という事実にさえ気づかない 。
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となれば、私たちの社会が『QJKJQ』の世界のようになっていたとしても、私たちはその事実に気づけないのではないか ……。
そんな、現実が解体されていくような経験を味わうことになる者たちの物語 である。
佐藤究『QJKJQ』の内容紹介
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市野亜李亜。17歳の高校生 。普段からスマホの電源は入れず、防犯カメラに映らないように行動している。
何故なら、殺人鬼 だからだ。
人気の無い寂しい路地で男が声を掛けてくる。男が運転する車でドライブ。そのまま、キスを受け入れる。そして、ベストの内ポケットからペーパーナイフを取り出し、男の喉を切り裂く 。家に帰った亜李亜は、母からこんな風に声を掛けられる。「どうして部屋でやらなかったの?」
家には<専用部屋>があり、家族みんなで使っている 。人を殺すための部屋だ 。母は若い男を連れ込み、シャフトで殴って殺す。兄は若い女性を引き込み、顎の力で喉を噛み切って殺害する。父が人を殺している姿は、一度しか見たことがない 。しかし、その光景はあまりに衝撃的だった。抜き取った血を口から飲ませて死に至らしめていたのだ。
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そう、市野家は全員が猟奇殺人鬼 なのである。そんな秘密を抱えながらも、ごくありふれた家族のように日々生活をしている 。
そんなある日、亜李亜は驚くべき光景を目にしてしまう 。さらに続けて、まったく理解不能な状況が現出する 。父親の視線の変化から、長い間気づかずにいた秘密を知ってしまった。父親を問い詰める。その答えは、彼女には理解出来ないものだった 。
誰でも目の前のものを見ずに生きている。現実を他人に教えられても信じない。それで結局、自分で向き合うこととなる。
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大混乱に陥った亜李亜は、とにかく家から離れ、現実を理解しようとする 。しかし、その一歩目から盛大に躓いてしまった。なんと彼女は、自分の住民票の写しを見ることが出来ない のだ……。
佐藤究『QJKJQ』の感想
冒頭でも書いた通り、とにかくとんでもない作品 だった。「新人のデビュー作にしては凄い」なんてレベルではなく、小説として果てしなく魅力的 だと言っていい。本当に凄まじい才能 だと感じた。
上述の内容紹介を読んでも、なんのこっちゃさっぱり分からないだろう 。分からないように書いているのだから当然だ。とにかく本書は、何も知らないまま読んでほしい 。読み始めてしばらくしてから現れる果てしない混沌。混沌を分け入るようにして少しずつ手に入る情報。それらを繋ぎ合わせることで現出する認めたくない現実。そういったすべてがもたらす衝撃を、是非体感してほしいと思う。
私は、本書の「現実が解体されていくような展開」も凄く好き だが、それ以上に感心させられたのが、「アカデミー」と呼ばれる存在 についての描写だ。この点についても詳しく触れないが、私はこの「アカデミー」の実在を100%否定することは難しい と感じた。もちろん、普通に考えれば「アカデミー」など存在するはずがない だろう。しかし、本書で説明される「アカデミー」の存在理由については、理解できるとは言わないまでも論理的には成立すると感じるし、この考え方に賛同する人がいてもおかしくはないとも思う。であれば、それを理念として掲げる人物がどこかの時代に存在し、行動に移したと考えることも、そこまで大きな飛躍ではない だろう。
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「現実的にそんなことが可能なのか」と聞かれればなんとも答えようがない 。しかし、人類はこれまでも「不可能としか思えないようなこと」を数多く実現させてきた 。ピラミッドの建設から月面着陸まで、頭の中で想像しているだけなら間違いなく「無理だ」と結論が出るようなことを成し遂げてきているのだ。だから、「アカデミー」についても、決して「不可能」だとは断言できない だろう。そして、こんな荒唐無稽な存在を、一定以上の「リアリティ」を持って現出させてしまう著者の力量 に驚かされた。
さて一方で、本書においてはその「アカデミー」の存在が、「小説としての是非」の議論になった という。つまり、「『アカデミー』なんてものを作品に登場させることは正解だったのか否か 」という視点だ。単行本の巻末に載っていた江戸川乱歩賞の選評でも、選考委員の多くがこの点に触れている (文庫版にも選評が載っているかは分からない)。
私は別に、そのような疑問を抱かなかった 。「『アカデミー』を登場させるか否か」よりも、「そういう材料をいかに調理するか」の方が重要だと私は感じる。そして本書は、まさにその調理の方法が絶妙だった 。「アカデミー」の扱いが下手であれば台無しだっただろう。しかし見事な手さばきで、リアリティの欠片も持ち得ないような存在をリアルな存在として描き出しており、その見事さに圧倒されるばかり だった。
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この記事を読んでも、『QJKJQ』についてはほぼ何も理解できないだろう 。それで構わない。「なんか凄そうだな」と感じていただけたのであれば、是非読んでみてほしい。きっと度肝を抜かれることだろう 。
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2巻までしか読んでいないが、ヨネダコウのマンガ『囀る鳥は羽ばたかない』は、「ヤクザ」「BL」という使い古されたフォーマットを使って、異次元の物語を紡ぎ出す作品だ。BLだが、BLという外枠を脇役にしてしまう矢代という歪んだ男の存在感が凄まじい。
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日常の中で「無限」について考える機会などなかなか無いだろうが、野矢茂樹『無限論の教室』は、「無限には種類がある」と示すメチャクチャ興味深い作品だった。「実無限」と「可能無限」の違い、「可能無限」派が「カントールの対角線論法」を拒絶する理由など、面白い話題が満載の1冊
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美術界史上最高額510億円で落札された通称「救世主」は、発見される以前から「レオナルド・ダ・ヴィンチの失われた作品」として知られる有名な絵だった。映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』は、「芸術作品の真正性の問題」に斬り込み、魑魅魍魎渦巻く美術界を魅力的に描き出す
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2019年に起こった、逃亡犯条例改正案への反対運動として始まった香港の民主化デモ。その最初期からデモ参加者たちの姿をカメラに収め続けた。映画『時代革命』は、最初から最後まで「衝撃映像」しかない凄まじい作品だ。この現実は決して、「対岸の火事」ではない
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我々が馴染み深い「仏教」は「大乗仏教」であり、創始者ゴータマ・ブッダの主張が詰まった「小乗仏教」とは似て非なるものだそうだ。『講義ライブ だから仏教は面白い!』では、そんな「小乗仏教」の主張を「異性と目も合わせないニートになれ」とシンプルに要約して説明する
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『14歳からの哲学入門』というタイトルは、「14歳向けの本」という意味ではなく、「14歳は哲学することに向いている」という示唆である。飲茶氏は「偉大な哲学者は皆”中二病”だ」と説き、特に若い人に向けて、「新しい価値観を生み出すためには哲学が重要だ」と語る
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言わずと知れた大ベストセラー『サピエンス全史』は、「何故サピエンスだけが人類の中で生き残り、他の生物が成し得なかった歴史を歩んだのか」を、「認知革命」「農業革命」「科学革命」の3つを主軸としながら解き明かす、知的興奮に満ち溢れた1冊
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【感想】飲茶の超面白い東洋哲学入門書。「本書を読んでも東洋哲学は分からない」と言う著者は何を語る…
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哲学・思想【本・映画の感想】 | ルシルナ
私の知識欲は多方面に渡りますが、その中でも哲学や思想は知的好奇心を強く刺激してくれます。ニーチェやカントなどの西洋哲学も、禅や仏教などの東洋哲学もとても奥深いも…
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