【壮絶】救命救急を扱う映画『アスファルト・シティ』は、「命」に関する重要かつ不謹慎な問いを突きつける(主演:ショーン・ペン、タイ・シェリダン)

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 私は「死んでもいい命はある」と考えている
  • ただし、「『死んでもいい命』かどうかを『人間』が判断していいのか?」については慎重に考える必要があるだろう
  • さらに、「ミスは責められるべきだろうか?」という問いについても考えてみたい

本作の内容にはほぼ触れていないが、本作が突きつける問いを擬似的に体感できる記事にしたつもりである

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

救命救急の最前線をリアルに描き出す映画『アスファルト・シティ』では、不謹慎だが無視できない難しい問いが突きつけられる

観ながら、「なるほど、そういう話になっていくのか」と感じていた。あらかじめ展開を予想していたわけではないものの、とても意外な展開だったのだ。さらに、映画の最後に表示された文章も実に印象的で、色んな意味で凄まじい仕事だなと感じさせられた。

近年、救急隊員の自殺が急増している。
その数は、殉職者数を上回るほどだ。

何がどうなってそうなるのか、全然想像もつかないかもしれないが、本作を観終えた後だと「なるほど」と感じられるんじゃないかと思う。そして私はこの文章を読んで、非常に嫌な捉え方ではあるものの、「なるほど、自殺せずに残った者が救急隊員として働いているってことか」みたいに考えてしまった。というか、「本作『アスファルト・シティ』を鑑賞する上では、そのように理解している方が状況を捉えやすい」と言っておこうか。予告編や映画の冒頭からはまるで想像もつかなかった展開であり、さらに、思いがけず深い問いが突きつけられもして、ちょっと驚かされてしまった

さて、私は普段からなるべくネタバレを避けて感想を書いているし、今回も「ストーリー展開」という意味でのネタバレはしないつもりだ。ただ、「私がこの記事に書いたことをネタバレだと感じる人はいるかもしれないな」とは思う。本作で描かれている状況からはなるべく遠ざかるような書き方をするつもりだが、「何も知らずに鑑賞したい」という方は、これ以降の私の文章を読まない方がいいだろう。

「死んでもいい命はあるか?」という問いについて考えてみたい

それではしばらくの間、「死んでもいい命はあるか?」という問いについて考えたいと思う。これは、本作『アスファルト・シティ』を鑑賞する上で避けられない問いである。というわけで、まずは「厳密な議論」から始めることにしよう。

「死んでもいい命はあるか?」という問いに対して「厳密な議論」をするのであれば、日本人は全員「YES」と答えざるを得ないだろう。何故なら日本は「死刑制度」を容認している国だからだ。そういう国の構成員であれば、「『死んでもいい命はある』という考えに賛同している」と受け取られても仕方ないだろう。もちろん、「死刑制度には反対なので、その現状を変えるべく行動を起こしている」みたいな人はその限りではない。ただ、私のように「死刑制度には反対だが、特にこれといって何か行動しているわけではない」みたいな人間は「死刑を消極的に容認している」のだし、「『死んでもいい命はある』と考えている」とみなされても仕方ないと考えている。

しかし私は別に、そんな「厳密な議論」をしたいわけではない。なので死刑制度に絡めた話はここで終わりにして、その上で、もっと日常的なレベルの話をしたいと思う。そして私は、日常レベルで考えたとしても「死んでもいい命はある」と考えているというわけだ。

さて私には、なにかに付けて思い出される事件がある。父親(母親の再婚相手だっただろうか)からの虐待によって幼い女の子(5歳ぐらいだったと思う)が命を落としてしまった事件だ。この事件では確か、女の子は風呂場で冷水を浴びせられたり、まともに食事を与えられなかったりという状況だったのだが、父親はとしてはどうやら「何らかの行動に対する罰」と認識していたようである。

で、その事件の裁判で、「女の子が父親に宛てて書いた嘆願書」みたいな文章が証拠として提示されたようで、その内容がニュース番組の中で読み上げられていた。正確な文面は覚えていないが、女の子は父親に向けて、「これからはもっと良い子になります。◯◯はもっとちゃんとやるし、△△はもうしません」みたいなことを拙い字で書いていたのだ。「5歳の女の子にそんな文章を書かせていた」という事実を含め、あまりの状況のやるせなさに、私はそのニュースを見ながら泣いてしまったのを覚えている。あれほどの怒りを覚えた事件報道は久しぶりだった。

この事件は「あまりにも」なものだが、しかしそこまでいかないにしても、日々様々な事件が報じられるし、その中には「どう想像しても同情の余地などないだろう」みたいな事件もある。そういう悲劇に触れる度、私は「こいつは世の中から消えるべきだ」とはっきりと感じるし、まさに「死んでもいい命」だと思う。

あるいは、もう少し違う話をするなら「安楽死」を挙げてもいいだろう。私は安楽死に賛成で、何なら早く法制化してほしいと思っているくらいだ。病気などで生きていくのが辛く感じられる人もいるし、あるいは精神的な苦痛から生きているのがしんどく思えてしまう人だっている。そしてそういう人にとって、「死」はある種の「安らぎ」になり得るだろう。先程とはまったく違う理由ではあるが、安楽死を望む人もまた「死んでもいい命」だと言っていいと思う。

これが私の基本スタンスである。

「死んでもいい命」があるとして、それを人間が判断してもいいのだろうか?

ここまでの主張に納得できないと感じる人もいるだろう。「私はそうは思わない」みたいな感想を抱くのも当然だと思う。もちろんそれで全然構わないのだが、ここからの話は「死んでもいい命はある」という前提で進めるので、私と意見が合わない人はある種の思考実験だと思ってついてきてほしい

さて、「死んでもいい命はある」のだとして、1つ大きな問題が残る。「『死んでもいい命』かどうかを人間が判断してもいいのか?」だ。次はこの点について考えてみたいと思う。

私の基本的な発想は、「『システム』が判断するならOK」である。「システム」というのは別にAIなどのことではなく、「人間の集合」みたいに言えばいいだろうか。結局「人間が決めている」ことに変わりはないのだが、私が重視しているのは「『個人』の判断ではない」という点だ。

例えば、「死刑制度」は無くした方がいいと私は思っているのだが、しかし「『システム』によって判断されている」という点は悪くないと思う。「刑法」を作ったのも「裁判」を行うのももちろん「人間」だが、しかしその過程で様々な人間の判断が含まれる。あるいは「司法制度」というシステムには「判例」が存在し、過去の判断から逸脱するような決定にはなりにくい。そんなわけで、「最善ではないかもしれないが、不合理とは言えない」ぐらいには言えるのではないかと思う。

そしてやはり私は、「個人がその判断をすること」には反対だ。この話でいうと、「相模原障害者施設殺傷事件」が思い浮かぶ。知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で入所者を次々に殺害した植松聖は、「意思の疎通が行えない重度な障害者は不幸だから死ぬべきだ」と考えて犯行に及んだとされている。まさに「個人が『死んでもいい命』かどうかを判断した事例」と言っていいだろう。

他人を見て「あいつは不幸だ」みたいに感じるのは別に自由である。好きにすればいい。しかしその判断を元に命を奪うとなれば話は別だ。いやそもそも「どんな理由であれ人の命を奪ってはいけない」のだが、一旦その事実は無視しよう。仮に「不幸なら殺していい」のだとしても、「不幸かどうか」など他人に判断できるはずがないのだから、やはりそんな理由で命を奪っていいはずがない

というわけで、ここまでの話をまとめると、私の結論はこうなる

「死んでもいい命」はあるが、それは「システム」によって判断されるべきで、「個人」に決定権はない。

私はこんなことを考えながら本作を観ていた

映画『アスファルト・シティ』の内容紹介

NYの消防局で救急救命隊員として働き始めた新人のクロスは、大混乱だった最初の出勤日、まったく身体が動かなくなってしまった銃撃戦の現場に放り込まれ、多数の傷病者を前にして、ほとんど何も出来なかったのだ。

その後クロスは、優秀だと評判のラットとバディを組み、夜のNYを奔走する。そんな彼らが駆けつけるのは、まさに「社会問題のるつぼ」と言っていいような現場。オーバードーズで倒れていた女性を搬送中、彼女から「病院なんかに連れて行くな!」と罵倒を浴びせられる。あるいは、ならず者集団のリーダー格らしき人物を担架で運んでいる時には、子分たちが「絶対に助けろよ!」と救急隊員に詰め寄りつつ、搬送の邪魔をするような動きをしていた(マジで意味が分からない)。さらに、店主が通報したのだろう、寒さを凌ぐためにコインランドリーで仮眠をとっていたホームレスの女性(体調に問題はない)の相手もしなければならないのだ。マジでクソみたいな日々である。

クロスは医学部への進学を目指しており、勉強時間を確保しながら金も稼げるからと救急救命隊員を選んだ。医学部を目指しているぐらいだからもちろん「人を助けたい」という想いは持っているし、ろくでもない人間ばかりの現場でも、常に目の前の患者の命を救おうと奮闘していた。しかし、彼の”高潔な理想”が打ち砕かれるような現実ばかりが視界に入り、クロスは次第に疲弊していく

そんなある日のこと。明らかに夫からのDVによって怪我したのだろう女性の手当をしている際、近くにいた夫が「転んだだけだ」「何も聞かずに治療しろ」と邪魔ばかりしてくるのに我慢ならなくなったラットが手を出し、そのまま謹慎処分を食らってしまった。こうしてクロスは別の隊員とバディを組むことになったのだが……。

「ミスをしたこと」に対して「罰」が与えられるべきだろうか?

さて、ネタバレをせずに何か書こうとすると、どうしても抽象的な話にならざるを得ないのだが、もう1つ、本作を観ながら考えていたことについてやはり抽象的に書いてみたいと思う。それが「『ミスをしたこと』に対して『罰』が与えられるべきだろうか?」である。

というわけでいきなりだが、映画『ハドソン川の奇跡』を取り上げたいと思う。奇跡的な出来事として有名だろう「ハドソン川に不時着して乗客乗員全員を救った」という実話を基にした作品だ。しかしこの物語には、実はあまり知られていない(少なくとも日本人は知らないだろう)ドタバタがあった「『ハドソン川に着水する』という機長の判断は本当に正しかったのか?」という点が議論されていたのである。

というのも、後に行われたコンピュータシミュレーションによって、「残りの燃料でも十分近くの空港に辿り着けたはず」という結果が出たからだ。ハドソン川への着水によって機体は使えなくなるし、当然保険会社も絡んでくる。なので、もしも「本当は空港まで辿り着けたはずなのに着水を選んだ」のであれば、「むしろそれは過失ではないか」というわけだ。

さて、この物語がどう決着するのかには触れないが、私は映画『ハドソン川の奇跡』を観ながら、「仮にそれがミスだとしても、『緊急の状況下において即座の判断が求められた結果としてのミス』であれば責められるべきではない」と感じた。そして私は、医療ミスに対しても同じ同じように考えることがある。もちろん、技量の低い医師や適切な知識を持たずに判断する医師がいたりもするはずなので、「すべての医療ミスを見逃せ」などと言いたいわけではない。ただ中には、「全力で努力したが結果的にミスになってしまった」みたいなことだってあると思う。そしてそういう場合は、「ミスした」という事実そのものは責められるべきではない気がしている。

人間である以上「まったくミスしない」なんてことはあり得ないし、しかもそれが「瞬時の判断を必要とする緊急時」であればなおさらだと思う。まあ、法律には詳しくないが、「過失」と認定されるには「明らかな不備があった」みたいな要素が前提になるのかもしれない。ただそういう法律的な話とは関係なく、「社会からの非難」みたいなものに晒されてしまうケースもあるだろう。事情もよく知らないまま、「『ミスをした』という事実」だけをあげつらって批判する人はたくさんいるような気がする(そういう世の中は本当に嫌だなと思う)。

もちろん、例えば医療ミスであれば、被害を受けた当人やその家族は怒りややるせなさを抱くだろうし、そういう場合に「『誰かのせい』にでもしなければやってられない」みたいな感覚になったりもするだろう。だから、当事者が「ミスした人」を非難するのは許容されるべきだと思っている。しかし今の世の中では、「全然関係ない人が『ミスした人』を寄ってたかって責め立てる」みたいなことが起こってしまうそういう社会はホントにクソだなとしか思えないし、嫌な世の中になってしまったなと感じる。

というわけで、作品の内容に直接言及した記述はほぼしなかったが、本作『アスファルト・シティ』の感想はこの辺りで終わりにしようと思う。本作には、「救急救命隊員が置かれているしんどい現実」と「アメリカの社会問題」がとにかく詰め込まれており、なかなかに重たい。そしてその上で、中盤辺りから「考え応えのある問い」が突きつけられる展開となり、思った以上に惹きつけられてしまった

最後に

最後に、実にどうでもいいことを1つ。字幕で「死ぬ時は死ぬ」と表記された際、登場人物は「Go away anyway.」と言っていた気がするのだけど、まず「『Go away anyway.』って面白い響きだな」と思った。そしてその上で、ふと、「『死ぬ時は死ぬ』って日本語はなんかメッチャ変だな」とも感じたのだ。日本語の場合、「遊ぶ時は遊ぶ」とか「食べる時は食べる」みたいな言い方を普通にするが、よく考えると変な表現だよなぁ。何かが省略されているのかもしれないが、じゃあ本来の文章が何なのか、イマイチよく分からない。という、本当にどうでもいい話である。

本作は、「命」を巡る様々な現実と理想について考えさせる物語だし、「救急隊員の自殺」という驚くべき事実を背景にもしているわけで、多くの人が関心を持つべき問題だなと感じさせられた。

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