目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:内田 樹
¥880 (2023/09/23 21:20時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「サル化する世界」では「(今の)自分さえ良ければいい」という言動がはびこる
- 外国語を学ぶ理由とは? 母語を掘り下げる重要性とは?
- 「分かりやすい結論」を求めるのではなく、「逡巡しためらう知性」が必要だ
内田樹の主張は、主張内容そのものに納得できないとしても、論理展開や主張の進め方が見事だと感じます
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内田樹が『サル化する世界』に著した「思考のための言葉」「思考のためのためらい」
『サル化する世界』の「サル」は「朝三暮四」がモデル
本書は、内田樹が様々なテーマを縦横無尽に駆け巡りながら、「日本の問題」を深堀りしていく作品だ。内田樹の作品を読む度に感じることだが、私は内田樹の考えが結構好きだなと思う。「主張そのもの」も面白いが、当然すべての主張内容に賛同できるわけではない。しかしそうだとしても、「状況を捉える視点」「思考の際の始点」「掘り下げる際の深度」など、「考える際のスタイル」全般に惹かれてしまう。こんな風に思考を展開できる人になりたいといつも感じてしまうのだ。
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さて本書では、政治・労働・社会・教育・歴史など様々な話題が展開されるが、それらにざっくりと「ある種の愚かさ」を通底させている。そしてその「愚かさ」を象徴する存在として、「朝三暮四のサル」を登場させるというわけだ。
「朝三暮四」の由来となったのは、このような故事である。中国の宋にサルを飼っている狙公という男がいた。彼は餌を節約するために、サルたちに「朝3つ、夕方に4つ与えよう」と提案したところ激怒されてしまう。そこで、「だったら、朝4つ、夕方に3つ与えよう」と言ったところ、サルたちは大喜びした、という話だ。
「朝三暮四」は一般的に、「目先の違いに囚われて、結果的には同じだと理解できないこと」という意味で使われる。
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内田樹はこの故事成語を持ち出し、現代社会を生きる人の多くが「今の自分」と「未来の自分」との「自己同一性」が失われている、と指摘する。「朝三暮四のサル」のエピソードは、「将来的に負債を抱えることになっても、今が良ければそれでいい」とも解釈でき、つまりそれは、「『未来の自分』を自分のことだと受け取っていない」からこそ可能な発想だ、と内田樹は理解するのだ。
自己同一性が病的に萎縮して、「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」と思い込む人たちが多数派を占め、政治経済や学術メディアでそういう連中が大きな顔をしている歴史的趨勢のことを私は「サル化」と呼ぶ。
そしてこの「自己同一性の喪失」は、「自分」と「他人」でも起こる。現在は、「自分の国さえ良ければいい」という自国優先主義が幅を利かせているが、これもまた「同一性の喪失」と言えるだろう。
人間の話でも国の話でも、私たちはすでに「全体で1つ」という発想が求められる時代を生きている。気候変動を始め、国家間の協調無くしては解決し得ない問題が山積しているし、男女平等やLGBTQへの理解など「多様性」を求める時代の変遷は、人種の違いや難民問題などに対する意識も大きく変えているはずだ。
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しかしそういう時代にあっても、著者が「サル化」と呼ぶ「同一性の喪失状態」にいる者がまだまだたくさんいるし、そういう人たちが教育や政治をメチャクチャにしている。
著者はそのような現状に対して警鐘を鳴らしたいと考えているのだ。
本書には、「サル化」という括りでは捉えにくい話も出てくるが、あくまでも大雑把な共通項だと捉えておけばいい。それでは、私が特に面白いと感じたいくつかの話に具体的に触れていこうと思う。
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しかし内田樹は、日本の英語教育に対して疑問を抱く。その疑問は「英語を学ぶ理由」に関係するものだ。
著者が考える「外国語を学ぶ理由」の1つは、「目標文化へアクセスすること」である。著者が英語を勉強したのは、「アメリカの文化に触れたかった」というワクワクした気持ちからだったという。映画・音楽・本・アニメなどなんでもいいが、やはりある国の「文化」に触れる時、その国の言葉を正しく理解している方がより深堀りできるはずだ。そして著者は、語学教育は「目標文化へアクセスするという目標のための手段であるべきだ」と考えている。
学校教育の現場で実践可能なのかという点については私にはなんとも判断できないが、内田樹のこの主張は、「外国語を学ぶ」という点では非常に真っ当だと言えるだろう。
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さて本書の中で著者は、文科省が示している「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画の策定について」の文章を引用している。それは以下のようなものだ。
今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を越えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められています。(中略)
現状では、日本人の多くが、英語力が十分ではないために、外国人との交流において制限を受けたり、適切な評価が得られないといった事態も生じています。
お役所の文章というのは回りくどくてスッと理解できないものが多いが、内田樹はこれを、「外国語なんか学ばなくてもいいのだが、英語ができないとビジネスに支障が出るし、バカにされるから、しょうがなく英語をやるんだ」と意訳している。確かに少なくとも「目標文化へアクセスする」のような目的が一切示されていないことは分かるだろう。
そして著者は、文科省がこのような理由を掲げているせいで日本の英語力は劇的に低下しているのだ、と指摘している。どういうことだろうか?
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先に結論を書けば、「教育に利益誘導を持ち込むと、効率を求めるが故に学習意欲は低下する」となる。
「ビジネスのために英語を学ぶ」という目標設定は、「学べばこんな良いことがある」という分かりやすいメリットの提示であり、要するに「利益誘導」だ。しかし、決して外国語に限った話ではないが、利益誘導は学習意欲を奪う結果になってしまうと内田樹は指摘する。
努力した先に得られるものが決まっていたら、子どもたちは最少の学習努力でそれを獲得しようとするに決まっているからです。
確かにその通りだろう。「3ヶ月でTOEICのスコアが100点上がる」という本の隣に「1ヶ月でTOEICのスコアが100点上がる」という本が並んでいれば、誰だって後者を手に取るはずだ、とも書いている。著者は『下流志向』という著作の中で、「教育に経済合理性が持ち込まれたせいで、子どもたちも経済合理性で教育を判断するようになった」と指摘しているが、これも同種の話だろう。
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まとめると、「ハッキリとしたゴールが示された場合、そこにどう効率良くたどり着くかという合理性が焦点となってしまうが、それは『教育』にはそぐわない」となるだろう。この指摘には納得させられた。
また著者はさらに、「英語ができないとビジネスでバカにされるぞ」という脅しのようなスタンスにも疑問を抱く。何故ならここには、「どうせお前ら、勉強なんか嫌いだろ?」という思い込みが見え隠れするからだ。
学校教育とは、一人一人の子どもたちが持っている個性的で豊かな資質が開花するのを支援するプロセスであるという発想が決定的に欠落しています。
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こんな風に内田樹は文科省を批判する。日本の教育現場のレベルはとても高いのだが、文科省が出す指針に問題があるせいで現場が振り回され、上手く機能しなくなっていると内田樹は考えているのだ。実際に大学教授として学生と接し、義務教育の教師とも積極的に関わりを持つ著者だからこそ、「文科省さえちゃんとしてくれれば」という思いは人一倍強いことだろう。
ここから著者はさらに、「外国語を学ぶ重要性」について触れていく。
「外国語を学ぶこと」と「母語を深めること」の重要性
内田樹は、「目標文化へアクセスすること」以上に重要な「外国語を学ぶ理由」についてこんな風に書いている。
外国語を学ぶことの本義は、一言で言えば、「日本人なら誰でもすでに知っていること」の外部について学ぶことです。母語的な価値観の「外部」が存在するということを知ることです。自分たちの母語では記述できない、母語にはその語彙さえ存在しない思念や感情や論理が存在すると知ることです。
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外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。母語的な現実、母語的な物の見方から離脱すること。母語的文節とは違う仕方で世界を見ること、母語とは違う言語で自分自身を語ること。それを経験することが外国語を学ぶことの「甲斐」だと思うのです。
つまり、「外国語を学ぶことで、母語の限界を知ること」こそが最大の目標というわけだ。
この指摘が重要なのは、内田樹が示す「目標」が具体的なものではない、という点にある。文科省が示す「目標」は、具体的であるが故に達成した状態がイメージしやすく、だからこそ効率的に学ぶという合理性が前面に出てしまう。しかし内田樹が示す「目標」は、どうなれば目標達成と言えるのが具体的にイメージすることが難しい。だからこそ「最小のコストでリターンを得よう」という発想から切り離せるのである。
教育はこのような指針で行われるべきだ、というのが著者の基本的なスタンスなのだ。
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また著者は、何よりも重要なのは「母語を深めること」だとも指摘する。
外国語を習得するというのは「母語の檻」から出て知的なブレークスルーを遂げる貴重な機会なのですけれど、私たちが他の誰にもできないような種類の知的イノベーションを果たすためには、それと同時に母語のうちに深く深く分け入ってゆくことが必要なのです。本当に前代未聞のアイディアというのは母語によってしか着想されないからです。
そうして著者は、「母語」と「近代化」の関係について自説を展開していく。
フィリピンと中国はそれぞれ近代化が遅れたという。フィリピンの場合は、植民地支配されていたために母語を豊かにする機会を奪われていたことが原因だ。しかし中国の場合は少し事情が違う。中国は、欧米から入ってくる概念を単に音訳して中国語に組み込んだ。例えば「哲学」を意味する「フィロソフィー(philosophy)」を「フィロソフィー」という音だけ取り入れた、というようなイメージである。そしてこれが近代化の遅れの原因だというのだ。
ここには中国の「中華思想」という考え方が関係するという。中国には、「中国こそが世界の中心である」という考え方がある。だからこそ、欧米からやってくる「新たな概念」を漢訳することには抵抗があった。何故ならそれは、「それらの概念がもともと中国には存在しなかった」と認めることを意味するからだ。そのような抵抗があり、中国もまた母語を豊かにする機会を逸したのだ。
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このように著者は、「母語を深めること」と「近代化」の関係を指摘する。
一方日本は、明治時代に欧米から入ってきた様々な新しい概念を、「個人」「社会」「哲学」「自然」のように、漢字二字の熟語に置き換えていった。日本は中国とは異なり、元々ある母語の上に欧米由来の概念を漢訳して組み込んでいったというわけだ。そのことが、日本の急激な近代化と関係していると著者は指摘している。
他にも母語の重要性を絡めて様々な話を展開するのだが、最終的に著者は「教育」に関してこんなまとめ方をする。
学校教育の場で子どもたちに教えるべきことは、「君たちは君たちの言語の虜囚である」ということです。
どうしたところで母語からは逃れられない、というわけだ。外国語を学ぶ上でも「母語の外側を知ること」が重要なのであり、その広がりを知ることでさらに母語を深堀りすることができる。そしてそのような繰り返しから知的イノベーションは生み出されると著者は指摘するのだ。
だからこそ結局、何よりも重要なのは母語であり、母語をないがしろにして何かを行うことに意味はないのである。
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「論理」とは「勇気」のことである
さて、母語は教科で言うと「国語」だが、文科省発表の学習指導要領に新たに登場した「論理国語」の話も本書では展開される。
文科省が規定する「論理国語」というのは、ざっくり言えば「契約書や例規集が正しく読解できること」を目指すものだそうだ。しかし文科省のこの解釈は、「論理」「論理的」という言葉の意味を誤解している、と著者は指摘する。
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著者は、「論理とは勇気だ」と記すのだが、それをシャーロック・ホームズを例にして説明していく。
シャーロック・ホームズは、目の前にある様々な情報や状況から、「こうであるならこれしか考えられない」という論理を積み上げながら推理を進めていくだろう。そして、論理的に不適と判断されるものを排除し、正しいと思われる道を進んでたどり着いた地点を「正しいもの」として受け入れる。それがどれほど非常識で受け入れがたいものだったとしても、「論理的に考えてたどり着いた」のであればそれを認めるのだ。
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このような、「どれほど認めがたい結論でも、それが論理の帰結であれば受け入れる」という態度を、著者は「勇気」と呼ぶ。
論理的にものを考えるというのは、「ある理念がどんな結論をみちびき出すか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。
ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。
さらに著者は、スタンフォード大学の卒業式におけるスティーブ・ジョブズのスピーチを引用する。ジョブズはこのスピーチの中で、「大事なのは『心と直感に従う勇気』だ」と言った。「心と直感」ではない。「心と直感に従う勇気」である。ジョブズもまた、論理が示す結論を受け入れる「勇気」が大事だ、と語っているというわけなのだ。
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このように、著者の考えでは「論理」と「勇気」が結びつくのだが、一方で、学習指導要領を作成する官僚の頭の中にはこのような結びつきは存在しない、ということも指摘する。
何故なら官僚は「恐怖」を指針に生きてきたからだ。
官僚というのは、子どもの頃から優等生であり続けている者ばかりである。そしてそういう人は、「こういうことをしたらマズいかもしれない」という恐怖心を抱いたり、上の立場にいる人の顔色を伺ったりすることによって、学校や組織内で上手く立ち回り、その地位を築いてきた。
だからこそ彼らの頭には、「怯える人間こそ成功する」と刻み込まれている。これは「勇気を持つこと」とは真逆の発想だ。そしてそんな人間が学習指導要領を作成するのだから、当然、学校教育で「勇気」を育もうなどという考えに至るはずがない、と指摘するのである。
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私は割と論理的に物事を考える方だと思うが、しかし「論理」が「勇気」と結びつくなどという発想をこれまでしたことがなかったので、非常に興味深く感じた。
「公人」とは、「自分を支持しない人間も代表する」存在でなければならない
本書では政治の話にも触れられるが、2017年に「大阪について知ろう。市民大集会パート2 大阪問題」というイベントの基調講演で著者が話した内容も非常に面白かった。
ここで指摘されるのは、「政治家などの公人は、直接の支持者以外の代表者でもあるべきだ」という話だ。説明されれば確かにその通りだと感じるが、私の中にはこの発想が抜けていたので新鮮だった。
民主主義では、選挙を始めとする「多数決」によって様々な事柄が決まる。この多数決の仕組みについて、「選ばれた人間は、その人物を支持した多数派の人たちを代表している」と捉えてしまいがちではないだろうか。ある小選挙区にA・Bという2人の候補者が存在し、選挙でAが勝てば、Aは「Aに投票した人たちの代表」である、という風に私もなんとなく感じていた。
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自分に反対する人間はすべて敵だ、潰す、という政治的立場の人に対する根源的な批判は、「われわれは自分に反対する人間をすべて敵だとは思わない。反対者を含めて、同じ集団に属するすべての人々を代表する用意がある」と意地でも言い切るしかない。
「直接の支持者しか代表しない人」は、「公人」ではなく「権力を持った私人」でしかない。しかし現在は「公人」たる人が、「権力を持った私人」でしかないような振る舞いをしてしまっている、と著者は指摘する。
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現代では「論破する」という言葉が当たり前のように使われるようになった。「相手の主張を完膚なきまでに叩き潰す」というような意味なのだろうが、しかしこの態度は結局、「意見の違う人間は敵だ」と表明しているようなものでしかないし、それでは対立しか生まれない。意見の食い違いがプラスに働くような言論を実現しなければ社会は成熟しないはずだが、残念ながら世の中はそうなってはいないのだ。
何よりも、日本の政治文化をもう少し、大人のものに、成熟したものにしないといけないと思うんです。自由な言論がなされ、多様なアイディアが行き交って、そこで化学反応が起きて、まったく新しいものが生まれる。そういう自由な言論の場を確保しないともうどうにもならない。そのためには、理路整然と舌鋒鋭く政敵を批判するということはもうあまりしなくてもいいんじゃないかと思うんです。そんなことをしても少しも世の中は住みやすくならないから。
ではどうしてそのような言論が成り立たないのか。それについて著者はこう考えている。
日本の政治文化が劣化したというのは、シンプルでわかりやすい解をみんなが求めたせいなんです。正しいか間違っているか、敵か味方か、AかBか、そういうような形で選択を続けていった結果、日本の政治文化はここまで痩せ細ってしまった。
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今の日本の状況で一番僕が困っていることは、みんながシンプルでわかりやすい単一解を求めているということです。たった一つの「正解」があって、それを「選択」して、そこに全部の資源を「集中」するという「選択と集中」の発想をしたがる。だから、切り口上でまくし立ててくる。「この案に反対なんですか? 反対なら、対案を出しなさい。対案なければ黙っていなさい」と。そういう非常にシンプルな問題の設定をしてくる。そのことがわれわれの生き方をとても息苦しいものにしていると思うんです。
この指摘も非常に納得感があるだろうと思う。「断言している主張」は正しいような気がしてしまうし、「対案がないなら黙っていろ」という言い方は、様々な問題が複雑化して容易に結論を導き出せなくなっている現代社会において、相手の口を塞ぐための安易な手段として使われてもいるはずだ。
また、「論理」が「勇気」だとするなら、「論理的であること」は高いハードルを要求しているとも言えるだろう。であれば、「自分は論理的にはなれないから、論理的に思える主張に賛同する」というスタンスを取る人が増えるのも当然と言えるかもしれない。シンプルに断言する主張は論理的に感じられるのだろうし、分かりやすいからスッキリできる。だから、そういう主張ばかりに人気が集まってしまう。
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つまり、「分かりやすい結論」を求める気分が、このような状況を生んでいるということだ。
ではどうすればいいのか。内田樹は、「気まずい共存」や「ためらう知性」が必要だ、と主張している。それらは「分かりやすさ」の対極にあるものだ。
例えば、本書の「死刑について」という章には、こんな文章がある。
世の中には、答えを出して「一件落着」するよりも、「これは答えることの難しい問いである」とアンダーラインを引いて、ペンディングにしておくことの方が人間社会にとって益することが多いことがある。同意してくれる人が少ないが、「答えを求めていつまでも居心地の悪い思いをしている」方が、「答えを得てすっきりする」よりも、知性的にも、感情的にも生産的であるような問いが存在するのである
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状況は少し違うが、内田樹の主張も同じような種類の話だと思う。「スッキリさせない」「小骨が喉に刺さったような違和感を残す」ことによって、「結論を分かりやすく提示する」のとは違う対処をしようとしているというわけだ。
「論破する」というやり方があまりにも当たり前に受け入れられるようになった現代だからこそ、こんも点について多くの人に考えてほしいと思う。世の中には「即断するのではなく、逡巡しなければならない問い」があるはずだ。もちろんには、政治や経済を動かしていく上で「とりあえずの解」が必要になるだろうと思う。しかし、「あくまでもまだ結論は出ていない」というスタンスを共有しつつ「とりあえずの解」を推し進める、という態度こそが重要なのではないだろうか。
「即断即決こそ上に立つ者の資質である」という捉え方が正しい場合もあるだろうが、そうではない場面もある。「私は迷っている」「まだ結論を出せる段階ではない」という主張を臆することなく口にすることも、あるいは、それらの主張を批判せずに受け入れようとするスタンスも、どちらも求められているのではないかと私は思うのだ。
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著:内田 樹
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