目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ブルンヒルデ・ポムゼル, 監督:クリスティアン・クレーネス
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- ゲッベルスを「称賛する」彼女のスタンスから、その発言の信憑性の高さを感じ取る
- 後から振り返って気づいた「抑圧」と、それに支配されていたという感覚
- 「ゲッベルスの元秘書」はホロコーストについて何を語るのか?
「過去の人間は愚かだ」という捉え方を止め、「時代が愚かだったのだ」と再認識するために観るべき映画
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
ナチスドイツナンバー2だったゲッベルスの女性秘書がカメラの前で歴史を語る映画『ゲッベルスと私』
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ナチスドイツにおいて、ヒトラーに次ぐナンバー2だった宣伝大臣のゲッベルス。その秘書を務めていたのがブルンヒルデ・ポムゼルだ。2017年に106歳で亡くなった彼女が、103歳の時にナチスドイツについて語ったのがこの映画である。
彼女の語り口から、「本当のことを口にしている」と私は感じた
映画の中ではもちろん、ホロコーストなどのナチスドイツが犯した残虐な事件についても触れられる。ただ、彼女はゲッベルスの元秘書であり、「ゲッベルスとはどのような人物だったのか」について語る場面も多い。そしてその語り口から私は、「彼女は『彼女なりの真実』を語っている」のだと感じた。記憶違いなどで結果として誤った事実を語っている可能性はあるかもしれないが、少なくとも本人が意図して嘘をついているということはないだろうと思う。
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それは、彼女の次のような発言からも感じられた。
上品でスーツの着こなしなどもビシッとしていた。
ただ、僅かに足を引きずっていた。
その姿は、少し可哀想だった。
オフィスではいつも紳士で、節度を失うことなどなかった。
ただ1度だけ例外があった。誰かを怒鳴っていた。
誰もが信じられなかった。
それ以来1度もない。
本来冷静で、自制心のある人よ。
これらの発言は、捉え方次第では、「ゲッベルスという人物を高く評価している」と感じられるだろう。彼女は随所に、かつての上司であるゲッベルスに対するこのような評価を入れ込む。
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さて、ここからはあくまでも私の想像にすぎないが、彼女にしても、「『ゲッベルスを褒めるような発言』が批判の対象になり得る」ということは十分理解の上だと思う。「ゲッベルスの元秘書」というだけでもかなり色眼鏡で見られてきた人生だっただろうし、そんなかつての上司を評価する発言にメリットなど存在しないだろう。嘘だとしても、「いけ好かない奴だった」ぐらいに言っておく方が、彼女自身への批判は減るだろうと想像できるはずだ。
しかし彼女は、恐らく当時そう感じたのだろう通りにゲッベルスを描写する。そのことは私にとって、彼女の証言の信憑性を高めるものに感じられた。
もちろん、先程も書いた通り、無意識の内に記憶が改変されている可能性もある。彼女の証言と矛盾するような資料が今後発見される可能性だってあるだろう。それは仕方ないことだ。しかし少なくとも、彼女自身は「嘘偽り無く本当のことを話している」という意識でこのインタビューに臨んでいるのだと私は感じた。
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これが、この映画を観た私の基本的なスタンスである。映画の受け取り方は人それぞれ様々だと思うが、以下の記事は、このような前提で読んでいただけるといいかと思う。
「愚かなことをしたが、避け難かった」という彼女の感覚
映画の構成を正確には覚えていないので、私の理解には誤りがあるかもしれないが、たぶんブルンヒルデ・ポムゼルは、「何か質問をされて、それに答えている」のだと思う。ただ確か、その質問部分は映像には含まれておらず、彼女が1人で独白をしているような構成になっている。
彼女の話は様々な記憶へと飛んでいくのだが、その証言を総合すると、103歳の彼女の実感は、「愚かなことをしたが、避け難かった」とまとめられるだろう。自分の振る舞いが「誤り」だったことは間違いないが、その当時の自分にはそのようには判断は出来なかったし、仮に出来たとしてもそれを避けることは難しかった。彼女は全体としてそんな風に語っていたと思う。
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私も今の若い人たちのような教育を受けたかった。
私たちは、従順であることを求められた。
あれが私の運命だもの。
あんな激動の時代に、運命を操作できる人なんているはずがない。
どんな人であっても抵抗なんてできない。
体制に逆らうなんて不可能だった。
それをやろうとするなら、命懸けでないと。
最悪なことを覚悟しなければ。
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私は、彼女のこのような感覚を「真っ当だ」と感じる。私はもちろん、戦争を経験している世代ではないのだが、現代においても、様々な「目に見えない圧力」によって社会のあらゆる物事が動いてしまう現実があることを知っている。文書改ざんと職員の自殺を引き起こした森友学園問題や、心を病んだり命を落としたりする者が出てしまうブラック企業の労働環境など、「体制に逆らう」ことが出来ずに最悪の状況を迎えてしまうケースは、「平和」と言っていい現代日本でも未だに起こってしまう。戦時中であればなおさらだろうし、私たちが知る「ナチスドイツ」支配下ではより苛烈だったと想像できるはずだ。
2019年の香港デモを映し出した映画『時代革命』の中で、デモ参加者の1人が「命を懸けないと声を上げられない」と語る場面も強く印象に残っている。彼女の感覚は、現代においても決して無縁とは言えないというわけだ。
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だからこそ、彼女のこんな発言には驚かされた。
今の人たちはよく言う。
もし自分たちがあの時代に生きていたら、もっと何かしていた、と。
虐殺されたユダヤ人たちを助けたはずだ、と。
彼らの言うことは分かる。
誠実さから出た言葉なのだろう。
しかし彼らも同じことをしていたと思う。
国中が、ガラスのドームに閉じ込められていたようなものだったのだから。
「もし自分たちがあの時代に生きていたら、もっと何かしていた」というのは、私には、恐ろしく想像力に欠けた言葉であるように感じられてしまう。「昔の人間は愚かだった」という捉え方をしてしまえば、歴史を教訓とすることは難しくなる。「人間が愚かだったのではなく、時代が愚かだったのだ」と捉えなければ、また同じことが起こってしまうだろう。
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そういう意味で、この映画を観て私は、「ブルンヒルデ・ポムゼルの証言」以上に、「彼女の証言を現代人がどう受け取るか」という点に関心を抱かされた。そのような映画を作ってみても面白いかもしれない。
彼女の証言から「ガラスのドームに閉じ込められていた」という感覚を捉える
さて、当たり前の話だが、彼女は単なる「秘書」であり、それ以上でもそれ以下でもない。「秘書」としての立場からでしか当時を語れないのである。「ゲッベルスの秘書だった」という事実が特異なだけであり、あくまでも「一市民」にすぎなかったというわけだ。
そんな「一市民」だった彼女の実感から、「ガラスのドームに閉じ込められていた」という当時の「抑圧」の雰囲気を捉えてみたい。
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私は心が麻痺していたんだと思う。
それまでも人生の中で、恐怖を感じたことは何度もあった。
しかしあの時は氷のように冷静だった。
恐怖を感じる余裕すらなかったのだろうか。
この発言が、彼女の実感を最もよく表わすものかもしれない。「後から振り返って、『抑圧されていた』と気づいた」というのが、素直な感覚なのだろう。この発言中の「あの時」というのが何を指すのか正確には覚えていないが、確か「ナチスドイツ支配下で生活をすること全般」を指していたと思う。「恐怖を感じる余裕すらなかったのだろうか」という言い方から、「『恐怖』という感情を意識できる状況ではなかった」のだと伝わるし、であれば「抑圧」という感覚には繋がらないのも頷けるだろう。
あくまでも私には想像することしかできないが、人間はたぶん「恐怖を感じ続けること」ができないのだと思う。例えば、状況は大きく違うが、ノンフィクションやドキュメンタリーなどで「誘拐され、長きに渡って監禁された女性」が取り上げられることがある。そして、数年、十数年という長期間に及ぶ監禁が続くと、人間は「恐怖」とは異なる感情を持つようになるのだと、それらの事例を知る度に感じる。ずっと恐怖を感じ続けることは、人間の生理的に無理があるのだろう。防衛本能が働き、どこかの段階で「恐怖」が別の何かに置き換わってしまうのだと思う。
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彼女の証言もまた、そのような背景を含むものとして受け取られるべきだろう。それはある意味で、次のような証言によっても補強されると思う。
良い人が多かったし、居心地は良かった。だから気に入っていた。
これは、ゲッベルス直属の秘書になる以前に働いていた放送局時代を振り返っての発言だが、この放送局でもゲッベルスが上司だったことに変わりはない。そしてそんな環境を「居心地は良かった」と語るのだ。彼女がその「居心地の良さ」についてどんな解釈をしていたのかはっきりとは分からない。ただ、私は、「『恐怖』に目を向けないために、無意識的に『良い部分』を捉えるようにした」という感じではないかと想像した。
与えられた場で働き、良かれと思ったことをする。
みんなのためにね。
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冒頭でこんな風にも発言している。この「良かれと思ったこと」という表現も、「それがなんであれ、自分がしていることは『良いこと』だと思いたい」という気持ちの表れであるように感じられた。これもある意味で、「無意識下で感じ続けていた『恐怖』がそうさせた」とも言えるのかもしれない。
もちろん、このような捉え方は私の「解釈」でしかなく、実際のところどうだったかは分からない。しかし少なくとも、これらの言葉を想像力を発揮することもなく言葉通りに受け取って、「『居心地は良かった』ってことは、こいつもナチスドイツに積極的に加担していたんだ」と考えるのだけは誤りだと思う。それは、先程も書いたように、「昔の人間は愚かだった」と捉えているのと変わらないからだ。
むしろ、「もし自分たちがあの時代に生きていたら、もっと何かしていた」と口にしてしまう「想像力の欠如」について考えるべきだろう。
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さて、ここからは少し違う話をしよう。封の空いた封筒を目の前に置いたゲッベルスが、「信頼してるから、中を見ないでくれよ」と言った際のエピソードについて彼女が語る場面がある。
信頼してくれている限り、私も裏切りたくない。
そんな自分を誇らしく感じていた。
好奇心を満たすより、信頼されることの方が大事なの。
そんな風に彼女は言っていた。どんな意図があってこの発言をしたのか、私には分からない。意図など特になく、単に思い出したから口にしたという可能性もあるだろう。ただこの発言には、「だから私は、ゲッベルスが何をしていたのか具体的には知らないんです」という意図を込めているようにも感じられる。つまり、「『秘書だったんだから、ゲッベルスがやっていたことはすべて知っているだろう』という見られ方を回避したい」というわけだ。
本当にそんな意図で発言したとすれば、これは「自己弁護」と言っていいだろうし、もっと注意深く探せば、それに類する発言は他にもあったかもしれない。しかし同時に、「まあ、自己弁護の1つや2つしたくもなるだろう」とも感じた。自分がブルンヒルデ・ポムゼルと同じ立場でカメラの前に立つとしたら、「自分が悪かったことは分かっているけれども、過剰に批判されたくはない」と考えて、同じように予防線を張ってしまうだろう。そもそも「カメラの前に立った」という行為に勇気を感じる。「自己弁護」的な発言なのだとしても、それぐらいは当然だろうと私は感じた。
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私たちは信じてもらえない。
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彼女はそんな風に嘆いている。これまでも、様々な言葉を投げつけられてきたのだろう。確かに、一般市民はともかくとして、「ゲッベルスの秘書なら知っていただろう」という風に見られてしまうのはある程度仕方ないかもしれないと思う。
彼女も、「強制収容所」の存在自体は知っていたそうだ。しかし、その目的についてはこんな風に理解していたという。
強制収容所に関する噂を耳にした時、そんな施設に送られるのは、政治批判をするか殴り合いの喧嘩をした人物だろうと思った。
全員を刑務所に送るわけにはいかないのだから、まず収容所に送って矯正するのだろうと。
誰も深く考えてはいなかった。
確かにその通りだろう。私が初めてホロコーストについて耳にしたのがいつなのかも、それを知った時の感覚も正確には覚えていないが、たぶん「本当にそんなことが行われたのか」と感じたはずだ。直接その状況を目にしたのでなければ、「大量のユダヤ人をガス室に押し込んで殺している」などと想像できるはずもないだろう。
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また、こんな風にも語っていた。
空になった村にユダヤ人を押し込めば、彼らも1つになれる。
私たちはその説明を信じていた。
私は基本的に、彼女が「記憶に従って事実を語っている」と捉えているので、むしろこの発言から、「ナチスドイツが配下の人間にもホロコーストの現状を伝えていなかった」という事実が理解できることの方が重要だと感じる。その理由については想像するしかないが、彼女が「嘘の説明」をされていたことを踏まえると、やはり、「ユダヤ人の虐殺は『正しくない』と判断される恐れがある」と上層部が考えていたことを示しているのだと思う。
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彼女は、「ユダヤ人が虐殺されていた」という事実を初めて知ったのは、戦争が終わり5年間ソ連に抑留された後のことだったと語っていた。
この映画では合間合間に、ゲッベルスが残した言葉が表示されたり、戦時下を捉えた様々な資料映像が流れたりする。その中でも最も衝撃的だったのは、実際には公開されなかった、ドイツが宣伝用に作った映画のいち場面だ。そこには、ユダヤ人を穴に放り込んで埋める様子が映し出されている。街中で横たわる、やせ衰えたユダヤ人を、大八車のようなものに無造作に載せ穴まで運ぶ。そして、滑り台のようなもので穴の下まで滑らせ、下で待機していたドイツ兵がその穴に隙間なくユダヤ人を敷き詰めるのだ。そんな映像が残されている。
こんな映像によって何を「宣伝」しようとしていたのかがそもそも謎だし、そのあまりの凄まじさにも驚かされてしまった。同じ人間がしたことだと考えたくない所業であり、ナチスドイツの凄まじさを実感させられる映像だった。
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出演:ブルンヒルデ・ポムゼル, 監督:クリスティアン・クレーネス
ポチップ
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最後に
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映画の最後で彼女は、
神は存在しないが、悪魔は存在する。
正義なんて存在しない。
と、喉を詰まらせるようにして語っていた。彼女は、その時その場所にたまたま存在していたにすぎない。それなのに、壮絶に運命が狂わされてしまった女性の、曰く言い難い感情が込められた言葉だと感じた。
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今もロシアがウクライナに侵攻している。今のロシアにも、「ゲッベルスの秘書」だったブルンヒルデ・ポムゼルのような立場の人はきっとたくさんいるだろう。歴史は否応なしに繰り返されてしまう。できる限り同じ悪夢が繰り返されないように、ブルンヒルデ・ポムゼルの言葉を1つの教訓として現実を捉えなければならないと感じさせられた。
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ルシルナ
戦争・世界情勢【本・映画の感想】 | ルシルナ
日本に生きているとなかなか実感できませんが、常に世界のどこかで戦争が起こっており、なくなることはありません。また、テロや独裁政権など、世界を取り巻く情勢は様々で…
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ルシルナは、4000冊以上の本と500本以上の映画をベースに、生き方や教養について書いていきます。ルシルナでは36個のタグを用意しており、興味・関心から記事を選びやすく…
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