目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:ヘレン・ミレン, 出演:アーロン・ポール, 出演:アラン・リックマン, 出演:バーカッド・アブディ, 出演:ジェレミー・ノーサム, 出演:イアン・グレン, 出演:モニカ・ドラン, 出演:フィービー・フォックス, 監督:ギャヴィン・フッド, プロデュース:コリン・ファース, プロデュース:デヴィッド・ランカスター, プロデュース:ジェド・ドハティ
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 正義が対立する時、そこに「誤った問い」が生まれ得る
- 「決断する者」と「兵器のスイッチを押す者」の葛藤はまったく異なる
- 躊躇のない決断も、決断を先送りにする態度も、どちらも好きになれない
「自分は絶対に死なない」と確信できる者たちによる「戦争」の違和感をも炙り出す作品
自己紹介記事
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「正しい答えを導くこと」の重要さは、誰もが理解していることだろう。しかし1つ、忘れがちなポイントがある。「それは答えるのに相応しい『問い』なのか」だ。世の中には、「問い」そのものが誤りである場合も多くある。そのような場合、「いかにして『正しい答え』に辿り着くか」よりも、「それは『誤った問い』だと指摘すること」の方が重要だと言えるだろう。
しかし時には、「誤った問い」であると分かっていながら、それに答えを出さなければならないこともある。特にそれは、「正義」に関わる状況で現れることが多いだろう。
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「『自分(たち)が正しい』と思い込むこと」こそが「正義」の一側面と言っていいし、だとすれば「正義」は容易に対立しうる。世界情勢であれ家庭であれ、「正義」が対立する場面は様々に思い浮かぶだろう。
そして、「国家」や「人命」などが背景となる「正義」の実現においては、「答えるのにとても相応しいとは思えない問い」に答えなければならない状況に直面することもあるはずだ。
この映画では、
80人以上の人間が死ぬかもしれない状況を回避するために、1人の少女を殺すべきか
という状況が立ち現れる。これは明らかに「誤った問い」であり、答えるのに相応しいとは思えないものだ。しかし、この「誤った問い」に対して、何らかの答えを導き出すことが求められてしまう。
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あなたなら、どう決断するだろうか?
似たような問いに以前、マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』(早川書房)の中で出会ったことがある。こちらの例では「暴走機関車」が登場し、「暴走機関車」の先にいる5人を助けるために、1人の命を犠牲にすることは「正義」と言えるかが問われていた。
著:マイケル・サンデル, 著:鬼澤 忍, 翻訳:忍, 鬼澤
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当然だが、置かれた立場によって答えは変わってくる。先ほどの「暴走機関車」の例の場合だと、「機関車の進む方向を、レールを切り替えることで5人いる方から1人いる方に変える」という手段には大きな抵抗は感じないが、「橋の上から誰かの背中を押し、機関車に衝突させることで止める」という手段には拒絶感を抱く人が多いらしい。どちらも、「自分の行動によって、5人を救い、1人を殺す」ことには変わりないのだが、やはり直接自分で手を下すかどうかは重要な要素になるというわけだ。
映画では、無人偵察機に搭載された兵器で民家を爆撃するか否かの決断が迫られる。民家を爆撃しなければ80人以上死亡する可能性があるが、民家を爆撃すれば1人の少女がほぼ間違いなく命を落とす、という状況だ。この場面でも同じように、自分で直接手を下すかどうかで葛藤の質が変わるだろう。そして映画では、「決断を下す者」と「兵器のスイッチを押す者」が別なのだ。
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私が「決断を下す者」ならば、もちろん大きな葛藤を抱きつつではあるが、最終的に何らかの「答え」を導き出せるのではないかと思う。自分がどのような決断をしようが、人の命が奪われることには変わりはない。だったら、その被害が最小限に抑えられる決断をしようと考える気がする。
しかし、自分が「兵器のスイッチを押す者」だったら、きっと同じようには考えられないだろう。自分がスイッチを押さなければ、どこか別の場所で80人が命を落とす、そのことはもちろん理解している。しかしだからと言って、自分のこの手で少女を殺すことなどできるのか。
軍である以上、命令は絶対だろうし、そもそも「兵器のスイッチを押す者」には「考える余地」など認められていないとは思う。しかしだからといって、「命令されたんでサクッとスイッチ押します」なんて振る舞いができるはずもないだろう。最終的にスイッチを押さなければならないのだとしても、せめて自分なりに最低限の納得をした上で行動したいはずだ。
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そんな状況で、どのような決断ができるだろうか?
「このような『問い』に直面する機会などないのだから考える必要はない」と思っているとしたら、それは考えが浅いと言うべきだろう。例えばコロナ禍においては、「コロナウイルスによる死」と「経済的な苦境による死」のどちらをより避けるべきかという対立が存在する。どちらの主張も「正義」であり、また「人命」が関係するものだ。「このような『問い』に向き合わなければならない状況そのもの」が「誤り」なのだと言うしかないが、「『誤った問い』だから答えなくていい」というわけでもない。我々は、無理矢理にでも何らかの答えを導き出さなければならないのである。
戦争の話ではあるが、この映画で突きつけられる「問い」は、私たちの日常にも関係するというわけだ。
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さらにこの映画にはもう1つ、現代的な背景が存在する。それは、「戦争を会議室で行っている」という点である。かの有名なセリフをオマージュすれば、「戦争は現場で起きてるんじゃない。会議室で起きてるんだ」となるだろう。
兵器を載せた無人偵察機を操縦する人物は、紛争地にはいない。上空2万フィートからの「現場映像」を見ながら、遠く離れた場所で操縦しているのだ。
だから、「決断する者」も「兵器のスイッチを押す者」も、「絶対に自分の命が奪われない」と分かっていることになる。
一昔前の戦争であれば、「敵を殺す」のは「自分の命を失う」覚悟で行うものだったはずだ。そもそも「戦争」という状況が「誤り」なのだが、しかしそれでも、「自分の命が奪われる可能性を有しているからこそ、他人の命を奪うことも成り立ち得る」という感覚は私の中にある。正しいとは思えないイカれた状況をなんとか無理やり肯定するとしたら、「自分の命も危険にさらしているという対等さ」という理屈くらいしかないだろう。
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しかし現代の戦争において、そのような均衡はもはやまったく成り立たないと言っていい。自分の命は絶対に失われないと分かっている「安全な会議室」の中で、「誰の命が奪われるべきか」が決められるからだ。
まったくもって異常な状況だと感じる。
何もかもが「間違っている」状況の中で「正しい答え」を導かなければ平和を希求できない、そんな世界はあまりに虚しいと感じさせられる。
映画『アイ・イン・ザ・スカイ』の内容紹介
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イギリス軍のパウエル大佐は、アル・シャバブというイスラム系過激派組織を追っている。そしてついに、その最重要人物をケニアのナイロビで捉えた。これまで6年間追跡を続けてきて、ここまで肉薄できたのは初めてのことであり、急ピッチで作戦が練られる。その結果、アジトに主要なメンバーが揃ったところでケニア軍の地上部隊が突入、全員を捕獲することに決まった。
しかしそう簡単にはいかない。彼らのターゲットだと思われる女性がある建物から出てきたが、身元が確認できないままアル・シャバブの支配地域にある民家に移動してしまったのだ。その女がターゲットであると確認できなければ作戦は決行できない。そこで、現地の仲間を民家に接近させ、<虫>と呼ばれる小型カメラで建物内部の撮影を行うことで、ようやく女の身元を特定することができた。
ここでパウエル大佐は、無人偵察機<リーパー>に搭載しているヘルファイアで民家を爆撃すべきだと進言する。しかし、<コブラ>と呼ばれる内閣府のメンバーに、計画は殺害ではなく捕獲のはずだと一蹴されてしまう。
しかしその後、さらに状況が変わる。<虫>の偵察から、彼らが自爆テロを計画していることが判明するのだ。もし実行されれば、少なくとも80名以上の市民が巻き添えを食らって命を落とすことは間違いない。惨劇を阻止するためには、一刻も早くアジトを爆撃しなければならないのだ。
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しかし<コブラ>内の議論は紛糾する。決定権を持つはずの閣外大臣さえ、「より上位の者の許可が必要だ」と判断を保留する始末だ。パウエル大佐はジリジリしながら判断を待つが、<コブラ>での議論は一向に進展しない。
イギリス軍が膠着している間に、現地ではさらに状況が動く。なんと、爆撃予定の民家の前で、少女がパンを売り始めたのである……。
映画『アイ・イン・ザ・スカイ』の感想
様々なことを考えさせる映画だった。終始緊迫感が保たれ、物語的にも非常にスリリングだ。
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一番感じたことは、「もっと決断を早くしなければならない」ということだ。これは、「さっさと爆撃しろ」という意味ではない。「爆撃しない」という決断でもいい。膠着状態こそ最も回避しなければならないはずだ。決断すべき立場にいるなら、もっと早く決断しなければならないと感じさせられた。
もちろん、自分が同じ立場にいたとして、素早い決断が出来るとはまったく思わない。しかしそもそも私なら、そんな究極の決断が求められる立場に立たずに済む人生を目指す。理由はどうあれ、その立場に立ってしまっているのなら、決断を下すしかないだろう。
<コブラ>の面々は、「誰からも文句の出ない答えはないだろうか」と考えて決断を遅らせる。しかしそんなものありはしない。何故なら「問いそのものが間違っている」からだ。
それが「誤った問い」でなければ、「誰からも文句の出ない完璧な答え」が存在する可能性はあるし、その可能性があるなら、決断を遅らせ、時間を掛けて状況を精査する価値もあるだろう。しかしこの映画で描かれる状況の場合、まずそもそも「問い」が間違っている。だから、どんな「答え」を選ぼうがすべて「不正解」にしかならないのだ。「不正解」の中から最もマシなものを選ぼうとしているのだから、「誰からも文句が出ない」方がおかしい。まさに彼らは「不毛な議論」をしているのだ。
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さて、戦闘行為については、「交戦規定」が議論になることが多い。「交戦規定」とは、ざっくり言えば、「戦争のルールブック」みたいなものである。国際的に決められた「戦争のルール」に則っていれば、「人の命を奪うこと」も正当化されるのだ。そして彼らが直面している状況は、「交戦規定」をクリアしていると意見の一致を見る。
つまり、残された問題は人道的なものだけということになるわけだ。そして、「80人の命」と「1人の少女の命」を正しく比較することなどできない。無理矢理でも何でも、決断を下すしかないのである。
ただ、相反するようなことを書くが、「躊躇を見せない決断」に対してもまた違和感を覚えてしまう。
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パウエル大佐は、最初から最後まで「民家を爆撃すべき」という決断を揺らがせない。客観的に見る限り、自身の判断に迷っているような素振りはまったく感じられないだろう。確かに、上に立つ者のスタンスとして、ブレずに決断を下すその姿は見事だと感じさせられる。
しかし一方で、その揺るがない自信には怖さを感じてしまいもするのだ。
「自分の言動が間違っているかもしれない」という躊躇を一切持たない人を私は信頼できない。世の中には「絶対的に正しいもの」など存在しないからだ。さらに、パウエル大佐が直面している状況には「人命」が関わっている。そういう中で、なんの躊躇もないかのように決断を下すスタンスには恐怖を覚えてしまうのである。
実際のところ、私の考えなど、「現実を知らないが故の『机上の空論』」に過ぎないのだろうと思う。躊躇せずに決断をしてもダメ、決断を遅らせてもダメ、というのはダブルスタンダードでしかないし、結局、私のような人間こそが現実の状況で最も役に立たないのだろう。
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それでも私は、「それでいいのか?」と問う側に立ち続けたいと思う。「誤った問い」に対して悩み続ける自分でありたい。
映画の中で印象的だったのは、「兵器のスイッチを押す者」の葛藤だ。彼は確かに「軍人」ではあるが、「奨学金返済」を目的に入隊しただけの若者に過ぎない。これまで偵察任務しか行ったことがないし、当然軍人としての経験が豊富なわけでもない。そんな人間が「ヘルファイアのスイッチ」を預かることになってしまったのだ。
国益や正義に対する覚悟を持って軍に入ったのならまだしも、「その後の人生を安定させるための一時の寄り道」ぐらいにしか考えていない若者には、「スイッチを押して目の前の少女を殺す」という決断はあまりにも重すぎるだろう。
彼が抱える葛藤は、日本の一般市民にはほとんど関係ないかもしれないが、世界には彼のような立場に置かれてしまう人もいるのだと想像することは大事だろう。
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出演:ヘレン・ミレン, 出演:アーロン・ポール, 出演:アラン・リックマン, 出演:バーカッド・アブディ, 出演:ジェレミー・ノーサム, 出演:イアン・グレン, 出演:モニカ・ドラン, 出演:フィービー・フォックス, 監督:ギャヴィン・フッド, プロデュース:コリン・ファース, プロデュース:デヴィッド・ランカスター, プロデュース:ジェド・ドハティ
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アメリカで死刑囚の支援を行う団体を立ち上げた若者の実話を基にした映画『黒い司法 0%からの奇跡』は、「死刑制度」の存在価値について考えさせる。上映後のトークイベントで、アメリカにおける「死刑制度」と「黒人差別」の結びつきを知り、一層驚かされた
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「ホロコーストが起こったか否か」が、なんとイギリスの裁判で争われたことがある。その衝撃の実話を元にした『否定と肯定』では、「真実とは何か?」「情報をどう信じるべきか?」が問われる。「フェイクニュース」という言葉が当たり前に使われる世界に生きているからこそ知っておくべき事実
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【矛盾】その”誹謗中傷”は真っ当か?映画『万引き家族』から、日本社会の「善悪の判断基準」を考える
どんな理由があれ、法を犯した者は罰せられるべきだと思っている。しかしそれは、善悪の判断とは関係ない。映画『万引き家族』(是枝裕和監督)から、「国民の気分」によって「善悪」が決まる社会の是非と、「善悪の判断を保留する勇気」を持つ生き方について考える
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「ヤクザ」が排除された現在でも、「ヤクザが担ってきた機能」が不要になるわけじゃない。ではそれを、公権力が代替するのだろうか?実際の組事務所(東組清勇会)にカメラを持ち込むドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』が映し出す川口和秀・松山尚人・河野裕之の姿から、「基本的人権」のあり方について考えさせられた
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一時期メディアを騒がせた、佐村河内守の「ゴースト問題」に、森達也が斬り込む。「耳は聴こえないのか?」「作曲はできるのか?」という疑惑を様々な角度から追及しつつ、森達也らしく「事実とは何か?」を問いかける『FAKE』から、「事実の捉え方」について考える
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「北九州連続監禁殺人事件」という、マスコミも報道規制するほどの残虐事件。その「主犯の息子」として生きざるを得なかった男の壮絶な人生。「ザ・ノンフィクション」のプロデューサーが『人殺しの息子と呼ばれて』で改めて取り上げた「真摯な男」の生き様と覚悟
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戦争・世界情勢【本・映画の感想】 | ルシルナ
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