目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:砥上裕將
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ポチップ
この記事で伝えたいこと
「孤独」に囚われる主人公の葛藤が、「水墨画」の世界と見事に調和する物語
「水墨画は技術ではない」という要素が、主人公の挑戦にリアリティを与える
この記事の3つの要点
- 「言葉」でも「絵」でも、世界を”正確に”捉えることはほとんど不可能
- 「完成させた絵」以上に、「その絵をいかに描いたかという過程」にこそ水墨画の本質がある
- 『主人公の「孤独」が、あり得ないはずの奇跡をリアルに感じさせる
横浜流星主演で映画化もされる話題作であり、青春小説の中に哲学的な思考が詰まった見事な小説
自己紹介記事
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『線は、僕を描く』の中心テーマは「水墨画」です。世に数多ある小説の中でも、「水墨画」がメインになる作品はそうないでしょう。著者の砥上裕將は、若手水墨画家としても活躍しており、だからこそ、なかなか馴染みのない「水墨画」の世界をリアルに描き出せるのです。
どうしても、掛け軸とかによく描いてある「中国の川と絶壁」みたいな絵しか思い浮かべられない
主人公の青山霜介は、両親の死をきっかけに自らの殻に閉じこもってしまうのですが、「水墨画」をきっかけに変わっていきます。「弱々しい」という印象の主人公が、あちこちを彷徨い歩くような物語でありながら、読み応えとしては非常に骨太で、そのギャップがとても面白い作品です。その「骨太さ」は実は、彼が元々内側に秘めていた「人間としての強さ」であり、それが「水墨画」を通して明らかになるという展開が、とても見事に描かれています。
しかしこの記事ではまず、そういう人間的な部分ではなく、「水墨画というテーマが突きつける、実に哲学的な問い」について考えてみることにしましょう。本書を読めば、「水墨画」が他の芸術ジャンルとはちょっと一線を画すような存在だと理解できるはずです。その本質は一体なんなのかなどについてまずは考えてみたいと思います。
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「言語化すること」は「細部を切り落とすこと」である
まずは、本書とは全然関係のない「言語化」の話をしようと思います。
私は、本や映画の感想を長々と書いているこのブログのように、私はこれまでずっと「文章を書くこと」を通じて色んな世界と関わってきました。大げさですが、「言葉を武器に闘ってきた」と言ってもいいかもしれません。その闘いを通じて、お金を稼いだり社会に影響を与えたりすることができたとは言えませんが、私なりに「闘ってきたなぁ」という実感はあります。
色んなことを止めたり飽きたりしてきたけど、20代から「文章を書くこと」だけはずっと続けてるもんね
ホント、自分の関心って最終的には「頭の中を言語化すること」しかないんだろうなっていつも思う
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本や映画の感想を書くことで「自分が今何を考えているのか」を明確にしたり、書店員時代には、POPのフレーズを考えることによって「どうしたら本の魅力が伝わり得るか」などについて考えてきたりしたつもりです。そしてそういう経験を通じて実感したことは、「言語化能力によって、『見える世界』そのものに違いが生じる」ということでした。
唐突ですが、マーケティングの世界で有名なエピソードだろう、誰もが裸足で生活するアフリカに送られた靴のセールスマン2人の話を紹介しましょう。1人は「誰も靴なんか履いてないから、この国で靴は売れない」と考えるのに対し、もう1人は「誰も靴なんか履いてないから、この国で靴はメチャクチャ売れるぞ」と考えるという話です。これは「言語化能力」とは関係ない話ではありますが、「同じものを見ていても、捉え方はまったく違う」という例としては分かりやすいでしょう。そして、同じことが、「言語化能力」の差によっても起こる、というわけです。この点については、『彼女が好きなものは』の記事で詳しく書いたので読んでみてください。
これはつまり、「言語化する力を磨けば磨くほど、世界をより高解像度で捉えることができる」という意味でもあります。なんとなく理解していただけるでしょうか?
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しかし同時に、言語化能力を高めれば高めるほど、こんな風にも感じるようになりました。それは、「『言葉』では捉えられないものも存在する」ということです。
描こうとすれば、遠ざかる。
『線は、僕を描く』には、「描こうとすれば、遠ざかる」みたいな哲学っぽいフレーズが結構出てくるのよね
読後感はまさに青春小説って感じなんだけど、こういう描写があるから、ただそれだけの作品じゃないって印象も残る
どうしてなのか考えてみて、こういう結論に至りました。「言語化する」というのは「細部を切り落とすこと」だからだ、と。
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私たちが「言葉」によって表現したいと考えるものは無数に存在します。物質の名称・風景・感情・価値観・固有名詞などなど様々に存在し、さらにそれらは刻一刻と変化していくのです。ネットミームと化している、アンミカの「白色って200色あんねん」のように、「白色」1つとってもいくらでも細分化できてしまうので、「現実を構成する差異」をすべて「違うもの」と扱うのなら、「言葉が割り当てられるべき対象」は無限大に存在すると言っていいでしょう。
しかし当然ですが、「言葉」は有限個しかありません。基本的には辞書に載っている程度ですし、「まだ辞書に載せるほどメジャーではない言葉」や「あまり使われなくなったため辞書から削除された言葉」などを含めたとしても、「現実を構成する差異」すべてを賄えるほどの数があるはずもないでしょう。
命としての花も極限のところでは、刻々と姿を変えているのだ。(中略)命とはつまるところ、変化し続けるこの瞬間のことなのだ。
このように考えることで、「言語化すること」が「細部を切り落とすこと」だと理解できるようになります。「現実を構成する差異」よりも「言葉」の方が圧倒的に少ないのですから、何かに「言葉」を当てはめる時、「そのものをピッタリ表す言葉ではない」という状況は当たり前に生まれるでしょう。そういう状況に接した時に、「若者言葉」や「ネットスラング」のような「新しい言葉」が生まれるのかもしれません。しかし、そうやって生まれた「新しい言葉」も、時間経過と共にすぐ「ピッタリの言葉」ではなくなってしまうでしょう。つまりほとんどの場合、「言葉」は「現実を構成する差異をピッタリ表現するもの」ではないということになるのです。
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だからといって、なんでも「ヤバい」で済ませる会話も「ヤバい」と思うけどね
こう考えることで、「現実を言語化すること」は、「現実の細部を切り落とすこと」だと言うこともできるでしょう。理想的には、「言葉」を「現実」に合わせて変化させられればいいのですが、誰も知らない言葉を生み出したところでコミュニケーションには使えません。だからこそ私たちは、「『既存の言葉』に無理矢理当てはめるために、現実の細部を切り落とす」というやり方をするしかないのです。
株の根元も、絵では省略して描かれているが、しっかりとした存在感がある。見れば見るほど絵との違いは明らかだ。そして、どちらが間違っているのか、と考えれば、考えるまでもなく絵のほうが間違っているのだ。現物はこちらで、現実はここにある。
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これが「言語化する」という行為の本質だと私は考えています。
さて、少し脱線しましょう。先程も触れた通り、『線は、僕を描く』という小説には、哲学的だと感じられるフレーズが多数出てきます。
まじめというのはね、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない。
青春小説の場合、このようなセリフやフレーズは「浮いてしまう」ことが多い印象がありますが、『線は、僕を描く』では決してそうはなっていません。恐らくその理由は、彼らが対峙している「水墨画」が、まさに「言語化が困難な世界」だからでしょう。言葉にするのは難しいけれど、より深く伝えるためには言葉で表現しなければならない。そういう世界なのだと読者が諒解するからこそ、このような哲学っぽいフレーズが、作品を下支えする土台のような役割を果たし得るのだと感じました。
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こういう哲学っぽい雰囲気を出すのがメチャクチャ上手いのが、やっぱり森博嗣だよね
著:森博嗣
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「水墨画」は、現実をどのように映し出すのか
さて話を戻しましょう。私は「言葉」に惹かれ、「言葉」を武器に現実を捉えようと闘ってきたつもりです。しかしもちろん、「言葉」だけが物事を捉える手段なわけではありません。音楽でも絵画でもダンスでも、「外的世界を、自分を通して発信し直すための手段」はいくらでもありますし、「言葉」はあくまでもその1つに過ぎません。
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そして本書では、その手段として「水墨画」が描かれるというわけです。
著者はもちろん、読者が水墨画の世界に馴染みがないことを理解しており、様々な場面でその世界の一端について表現してくれています。
水墨画はほかの絵画とは少し違うところがあります。(中略)線の性質が絵の良否を決めることが多いということです。水墨画はほとんどの場合、瞬間的に表現される絵画です。その表現を支えているのは線です。そして線を支えているのは、絵師の身体です。水墨画にはほかの絵画よりも少しだけ多くアスリート的な要素が必要です。
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正しい理解ではないかもしれませんが、本書を読んで私が感じたのは、「水墨画とは、結果よりも過程に価値がある」ということです。もちろん、水墨画ではない他の芸術においても同じようなことが言えるかもしれません。しかし、少なくとも「絵画」というジャンルに絞った場合、「水彩画」「油絵」「版画」などとは違って、「水墨画」は「過程」の方に価値があるのではないかと感じました。他の絵画では、どういう制作過程を経ようとも、最終的な成果物の良し悪しの方が重視される印象があります。しかし水墨画の場合は、最終的な成果物ももちろん重要ですが、それ以上に「描く瞬間の挙動」こそが重視されるのでしょう。確かにこの点は、ある意味で「なんでもアリ」の現代美術を除けば、非常に特殊な世界と言えるのではないかと感じました。
現代美術なら、「このような制作過程・背景を持つ作品だ」って部分が重要になることは多いよね
それにしても、「アスリート的要素」が必要とされるジャンルっていうのは凄く珍しいと思う
さて、そんな特殊な水墨画の世界では、「瞬間的な現実をいかに映し出すのか」という点に強く焦点が当たります。そしてそれ故に、水墨画という芸術は前述した「言語化」と比較が可能だと感じるのです。
我々の手は現象を追うには遅すぎるんだ。
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この言葉だけでも、水墨画が他の絵画と異なる地平を目指しているということが理解できるでしょう。他の絵画であれば、どれだけ時間を掛けてもいいですし、やり直すこともできます。しかし水墨画は、一筆置いた瞬間から一気呵成に描き上げ、やり直しはしません。そしてその手法はもちろん、「瞬間を捉える」ために発達したのです。
水墨画は確かに形を追うのではない、完成を目指すものでもない。
生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質なのだ。
自分がいまその場所に生きている瞬間の輝き、生命に対する深い共感、生きているその瞬間に感謝し賛美し、その喜びがある瞬間に筆致から伝わる。そのとき水墨画は完成する。
そして、このような感覚はまさに、私たちが何かを「言語化」する際に行っていることに近いのではないかと思うのです。私たちは日々、「現実」を切り取ろうとして「言語化」するわけですが、しかし「言葉」には限りがあるために、現実の細部を切り落とさなければなりません。同じように水墨画は、「瞬間を描く」という無謀な闘いに挑むことで、同じ困難さに直面することになるというわけです。
つまりこの小説は、「水墨画の”過程”において、現実がどう切り取られるか」を描いているって感じだよね
こういうテーマが、青春小説の中に組み込まれてるって部分が、この作品の奥深さに繋がってるんだと思う
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水墨画は「技術」ではない。だからこそ、素人の主人公が土俵に上がることもできる
当然の話ですが、どんなジャンルであれ、「技術」があれば成立するなんてことはないでしょう。「技術」があることは大前提で、さらにプラスアルファが求められるということの方が多いはずです。しかし、そのプラスアルファにしても、「技術を突き詰めること」による副産物ということもあるだろうし、全体的には、「技術こそが本質に繋がっている」ということは意外と多いのではないかと思っています。例えば料理であれば、「彩り」「器のセレクト」「季節感」など、「技術」以外の要素も重要でしょうが、それらも最終的には、「料理の『技術』とどう組み合わせるか」こそが何よりも大事なのであり、やはり「技術」に焦点が当たっていると言っていいでしょう。
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しかし本書を読む限り、水墨画はそうではなさそうです。もちろん水墨画にも「技術」は存在するわけですが、「技術こそが本質に繋がっている」という感覚は薄いと言えるかもしれません。
本書には、それを示唆するような言葉が様々に散りばめられています。
けれども『絵を描く』ことは、高度な技術や自分が習得した技術をちらつかせることだけではない。それは技術を伝えてくれた『誰か』との繋がりであって、自然との繋がりではない。
手先の技法など無意味に思えてしまうほど、その命の気配が画面の中で濃厚だった。
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才能やセンスなんて、絵を楽しんでいるかどうかに比べればどうということもない。
この辺りの描写は、この物語を成立させる上でかなり重要なポイントだよね
「まったくの素人が主人公」という点にリアリティを与えてる感じ
中でも、次のセリフが最もシンプルな表現で、私にはとても印象的でした。
拙さが巧みさに劣るわけではないんだよ。
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私たちの日常においても、「ヘタウマなイラスト」に人気が集まったりすることはありますが、ここで言及されているのはそういうことではありません。技術以外の要素こそが、成果物としての水墨画に何よりも重要な影響を与えるという示唆なのです。
この人は、ただ単に技を突き詰めただけの絵師ではない。技を通じ、絵を描くことで生きようとしていた実直な人間なのだと、その瞬間に分かった。
本書を読めば読むほど、水墨画が「絵を描く」という行為そのものから遠ざかる芸術だと理解できるでしょう。まさにそれは、次のようなセリフからも読み取ることができます。
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減筆とは端的に言えば描かないことです。
これは、「水墨画の世界には『減筆』という技法があり、それは『描かないこと』だ」という意味です。意味が分からないでしょう。本書を読んでも、その真髄を正確に理解することは難しいかもしれません。
普通は言葉で表現できないだろう「水墨画の真髄」みたいなものを、著者はメチャクチャ言語化してくれてるって感じする
こういうのってマジで、誰かが説明してくれないと自力では絶対に辿り着けない知識って感じするもんね
しかし、「『減筆』こそが水墨画における『最高の技法』だ」というこの指摘は、ある意味で、主人公・青山霜介が水墨画の世界で闘える余地にもなっていると言えるでしょう。彼は、師匠となる人物に声を掛けてもらった時点では、水墨画には一切触れたことがありませんでした。そんな主人公が、水墨画の世界で一定以上の水準で闘うことができているのは、「技術ではない何か」こそが本質であり、さらに「『描かないこと』が最高の技術である」という、ちょっと普通ではない水墨画の世界だったからでしょう。
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本当はもっといろいろなものが美しいのではないかって思いました。いつも何気なく見ているものが実はとても美しいもので、僕らの意識がただ単にそれを捉えられないだけじゃないかって思って……。
作中にはもちろん、主人公と比べて圧倒的な技術を持つ人物が出てくるわけですが、しかし、「技量があるからと言って良い水墨画家だとは限らない」という示唆が繰り返しなされます。技術はもちろん良い水墨画を生み出すための手段の1つではありますが、技術が高いからといって水墨画の本質にたどり着けるのかと言えばそんなことはありません。だからこそこの小説は、リアリティを損なわずに「ど素人が、技術の高い者と競い合う」という展開を描くことができるのです。
喩えるなら、「スケボーに乗ったことさえない人間が、プロと勝負する」みたいな設定だからね
美しいものを創ろうとは思っていなかったから。
本書はまた、「水墨画の本質」に肉薄しようとする過程で、青山霜介という人間のある種の「異常さ」が炙り出され、そのことが結果として、彼を「水墨画の本質」へと連れて行くというような構成の物語であり、人間的な成長と芸術的な思索が見事にリンクして描かれる構成が素晴らしいと感じました。
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砥上裕將『線は、僕を描く』の内容紹介
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砥上裕將『線は、僕を描く』の感想
とても面白い小説でした。水墨画に関する話はここまで散々書いてきたので、ここからは「孤独」の話をすることにしましょう。
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そんな彼が、「孤独であること」が強みになる「水墨画」の世界に足を踏み入れたことは、とても良かったと言えるでしょう。さらに面白いことに、彼は「孤独を志向する水墨画」の世界に深く関わることで、結果として少し「孤独」から抜け出せるようになっていくのです。
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彼が言うように、それまで青山霜介は「消極的に孤独を選んでいる」という状態にありました。そこにしか居場所がなかったのです。しかし水墨画と関わることで彼は、「積極的に孤独を選んでいる」という状態へと移っていきます。積極的な行動であるが故に、それまで感じていた強烈な「孤独感」は薄れただろうし、さらに、彼の振る舞いから「悲壮感」が消えたことで、周りも関わりやすくなったのでしょう。さらに、孤独な者が集う水墨画の世界には、感覚を共有できる「同志」もいるわけです。このような理由から彼は、「孤独を志向したことで孤独感を薄れさせる」という、それだけ聞くと奇妙な状況に辿り着いたのだろうと思います。
この作品は、主人公が「悪い孤独」から「良い孤独」へと移行できたっていう物語でもあるかなって思う
僕らはたぶんお互いが、自分の想いをそのままうまく口にすることができない人間同士なのだ。僕らはそれほど多くのことを語らないまま生きてきたのだろう。こんなときにお互いの距離を上手に埋める言葉を何一つ持っていないなんてカッコ悪すぎる。
この場面で青山霜介は、自身の言葉の稚拙さを自覚するわけですが、この気付きはある意味で、「『言葉ではない何か』で分かり合う世界に生きることで生きやすくなった」という変化を示唆するものでもあると思います。墨一色で描かれる水墨画の世界を舞台にしながら、随所に「鮮やかさ」を感じさせる物語であり、その「鮮やかさ」が、今まさに「孤独」の内側にいる人を仄かに照らしてくれるのではないかとも感じました。
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知識や教養は、社会や学問について知ることだけではありません。文化的なものもリベラルアーツです。私自身は、創作的なことをしたり、勝負事に関わることはありませんが、…
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