目次
はじめに
この記事で取り上げる本
小学館
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
「Jリーグ史上最高のチーム」を作り上げながらも、地元・大分で嫌われまくっている溝畑宏とは何者か? 「アンチ溝畑」の急先鋒だった著者・木村元彦が取材を通じて理解した、溝畑宏という男の凄まじい実像 失敗の責任をすべて溝畑宏に押し付ける地方政治の問題点
組織運営や地方創生という観点からも非常に面白く読める1冊だと思います
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私は本書を読んで初めて「溝畑宏」という人物の存在を知った 。私は、サッカーに興味があるわけでも、大分県と関わりがあるわけでもない 。なんとなく手に取ってみた本で扱われていたのが「溝畑宏」だった、というわけである。
彼が成し遂げたことが短くまとまっている文章 があるので、まずはそれを引用してみよう。
溝畑宏が行ったのはビルド・アンド・スクラップであった。グラウンドもクラブハウスも選手もいないところからチームを立ち上げ、高級官僚の座を投げ捨て、社長に就任。15年で日本一(2008年ナビスコカップ優勝)に導いた。
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なかなか凄まじい功績を持つ人物 だと分かるだろう。サッカー界に限らず、スポーツ界全体を見渡してみても、彼ほどの成果を挙げた人物はそう多くはない のではないかと思う。
しかしそんな溝畑宏は、世間からこんな風に見られている らしい。
自らの放漫経営で、チームが6億円もの借金(公式試合安定開催基金)をJリーグから借り受ける事態に追い込み、Jリーグ全体に多大なる迷惑をかけ、某サッカー誌によれば「選手や職員の生活をメチャクチャにしながら、自分はさっさと社長職を辞めて観光庁の長官に大栄転した男」
なかなかの言われよう である。本書では、さらにこんな風にも書かれている。
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現在もトリニータサポーターにおける溝畑の評判は最悪のようだ。流言飛語が飛び交い、中には「前の社長がカネを私的に使い込んだのでクラブがつぶれた」と信じている方もいる。
彼が生み出したクラブチームのサポーターから嫌われている というのだから、なかなかの存在だろう。とにかく彼は、自ら作り上げた「大分トリニータ」のお膝元・大分県でもの凄く評判が悪い のだ。
しかし、かつて溝畑宏の近くにいた人物に著者が取材を行ってみると、だいぶ印象が変わってくる 。例えば、溝畑宏が大分トリニータの社長を解任させられたことを知った当時の監督は、選手たちに向かって、
いいか、社長を絶対に戻すぞ!
と声を掛けたそうだ。恐らく監督の一方的な想いというわけではなく、選手も同調するだろうと考えたからこその言葉だろう。監督・選手からは評価されていた と考えていいだろう。
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また、大分県の経済界の長老はこんな風に語っていた 。
私に言わせれば、一番かわいそうなんは溝畑なんや。「俺がおまえの親なら泣くぞ」って、ようあれに言ったもんや。
ここまで評価が真っ二つに割れる人物もまた珍しいだろう 。そんな「溝畑宏」とは、一体何者なのだろうか?
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さて、本書の内容に触れる前にまず、著者のスタンスについて書いておくべき だろう。その理由は、次の文章を読めば理解できる はずだ。
ことわっておくが溝畑の擁護をする気はさらさらない。私はむしろ長い間、アンチ溝畑の書き手であった。
本書の著者・木村元彦は元々「アンチ溝畑」の急先鋒のような存在だった のだそうだ。雑誌などで、彼を批判する論調の記事を多数執筆してきた と書いている。このような著者のスタンスを知っておくことは重要だろう。先述した通り溝畑は毀誉褒貶の激しい人物であるため、「彼に元から味方していた人物」による視点は、なかなか読者に受け入れられないかもしれない 。一方本書は、「アンチ溝畑」だった著者の手によるものなので、その点についての心配はまったくない と言っていいだろう。
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著者は大分トリニータの内情を調べ初めたのだが、その過程で「溝畑宏」の世間的なイメージとは異なる姿が浮かんできた のだという。取材をすればするほど、「監督や選手から信頼され、資金繰りに常に奔走しながら給料の遅配は一度もなく、スポンサーを即座に口説き落とすほどの夢を語った上でその夢を実現し、私費を投じ離婚してまで大分トリニータに人生を捧げてきた男 」という人物像が作られていったのだそうだ。
もちろん、溝畑宏を批判する者たちにも彼なりの理由や理屈があるのだろう 。著者にしたって、悪い部分がまったくない人物だなどと喧伝しているわけではない。しかし、「見えにくい部分にも真実が含まれている」ことは確か だろうし、そういう意味で本書は、「溝畑宏」という人物の捉え方を大きく変えさせる1冊 なのだと思う。
溝畑宏は、「大分県にW杯を誘致する」という壮大な目標を掲げ、その第一歩としてゼロからクラブチームを作り上げた 。それが「大分トリニータ」である。そして、スポンサー探しに日々奔走しつつ、県リーグから出発してチャンピオンに導くという、Jリーグ史上初の快挙を成し遂げた のだ。しかし、決して正しいとは言えない評価による誤解が積み重なり、凄まじい功績を上げながら失墜させられてしまった 。そんな彼のことを、本書では「爆走社長」と評している。
溝畑宏が自治省に入省するところから物語は始まっていく 。官僚とは思えない型破りな存在感 を放ち続けた彼は、著名な数学者である父の一言がきっかけでサッカーに熱中していった。そんな風にして、「ゼロからクラブチームを立ち上げる」という無謀な挑戦に足を踏み入れる ことになったのだ。
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本書では主に3つの視点 が登場する。それが、「大分トリニータを生み出した溝畑宏の視点 」「溝畑宏を支え続けた者たちの視点 」「県庁を含む大分県の視点 」の3つだ。この3つの視点から「溝畑宏」を描き出すことによって、「大分トリニータを破壊した男」という、世間一般的なイメージがいかに作り上げられたのか を著者は丹念に追っていく。
溝畑宏がたまたまサッカーに関わっていたからサッカーについて書かれているだけであり、本書の主張は決してサッカーに限るものではない 。組織運営の話であり、地方政治の話でもあるからだ 。それらに関わりがある人が読めば、参考になる記述がかなり多いのではないかと感じる。
「溝畑宏」「溝畑宏を支えた者たち」「大分県」それぞれの描かれ方
本書を読むと、まずは溝畑宏という人間の凄まじさに圧倒される だろう。とにかく、「不可能を可能にするための手腕」が突出していた人物 だと言っていい。「夢を語る力」「語った夢を実現に導く力」「同じ夢を見たいと思う者を探し出し、口説き落とす力」「官僚でありながらプライドを捨てて奉仕できる力」「現状を正しく認識し、必要なものを差配する力」「時には非情な決断を下して不要なモノを排除する力」。まだまだ挙げればキリがないかもしれないが、とにかく溝畑宏は、プロジェクトマネージャーとして超優秀だった と言っていいだろう。
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その凄さは、「J2という下部リーグに所属していたチームが、大分県にはまったく縁のない企業から、何度も大金を引っ張ってきた」という事実だけでも理解できるはずだ 。「大分トリニータ」はそもそも民意から生まれたわけではなく、地元政財界もまったく協力的ではなかった 。そんなクラブチームを何年も存続させ、さらに優勝を果たすまで成長させるなど、並大抵の努力ではない 。
著者は本書の巻末で、溝畑宏についてこんな風に書いている 。
溝畑のファイン・プレーは本人が講演で語る「ゼロから日本一のチームをつくった」ことではなく、叩かれても嫌われても全部自分でのみ込んだ愚直な献身にあった。
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溝畑宏自身、
努力して、究極の努力をしてできないなら私は納得します。
と語っており、そしてその言葉に見合った努力をし続けた 。「常軌を逸した」としか言いようがないその努力には、誰もが圧倒されるだろう と思う。
そして、そんな溝畑宏を支え続けた者たちもまた、とんでもない者たちだ 。
大分トリニータの初期を支えた「朝日ソーラー 」の創業者である林は、大分県を拠点に精鋭の営業部隊を育て上げ、あのトヨタ自動車と対等のパートナーシップ契約を勝ち取っている。「ペイントハウス 」の創業者である星野は、中卒でありながらリフォーム業界を16兆円規模の市場へと引き上げた立役者だ。パチンコチェーンの「マルハン 」創業者である林は、パチンコのイメージを回復させるため、「どんな超優良企業よりも透明度の高い経営をする」と決め、業界全体のイメージを大きく変えた傑物である。彼らは溝畑宏が語る夢に共鳴し、広告・宣伝効果など度外視して大分トリニータに大金を投じたのである 。
もちろん溝畑宏を支えたのは彼らだけではない 。他にも数多くの人たちが彼の夢に伴走し続けたからこそ、溝畑宏の無謀でしかない挑戦は実を結ぶこととなったのだ。溝畑宏の凄まじい手腕を認め、その実績を正しく評価し、その存在を頼りにし続けた者たちの様々な証言から、悪い印象ばかりが語られる「溝畑宏」に対する印象が大きく変わっていく過程は、本書の読みどころの1つ と言っていいだろう。
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そして、最後の最後まで溝畑宏と敵対的な立場を取り続けた大分県の政財界 についても詳しく描かれていく。「溝畑宏 VS 大分県の政財界」の争いは、「地方を巻き込んで何かしたいと考えている人」にとって大いに参考になるだろう と思う。今の時代、ふるさと納税などが分かりやすいが、「地方自治体がいかに発信・アピールするか」が重視される時代 になっている。そういう中にあって、本書で描かれる大分県の政財界のあり方はとてもマイナス であるように感じられた。このような敵がいると知れるという意味で、「地方創生」という観点からもとても興味深い内容ではないかと思う。
溝畑宏を追い詰めた地方政治の問題
著者は取材を続ける中で、「溝畑憎し」という感情の源泉 に行き当たる。それが大分県の地方政治 だ。著者は本書で、溝畑宏がいかに地元から支援を得られなかったか について詳しく書いている。彼が県外企業に支援を求めなければならなかったのも、そもそも地元企業からの協力が得られなかったから だ。しかし大分県の政界は根本的な問題には触れず、「溝畑宏がすべて悪かった」とその責任をすべておっ被せて知らん顔 をしている。本書を読めば、その酷さが伝わるだろう。そんな態度を、著者は厳しく追求している。
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「大分トリニータ」の難しさは、「民意によって生まれたクラブチームではない 」という点にあったと言えるだろう。溝畑宏はW杯のために「大分トリニータ」を必要としただけ であり、「大分県にクラブチームが存在すること」こそが大事だったのだ。しかしこれは決して特殊なケースとは言えないだろう。スポーツに限らず「地方創生」という観点から見た場合、「民意」から何かが生まれることの方がレアケースのはずだ 。となれば、溝畑宏が直面した困難さは普遍的なものだと言える。「いかに地元を巻き込んでいくか」は、常に大きな問題だ 。
2000年に大分市内で乗ったタクシー運転手にトリニータの話題を振ると、初老のドライバーは「あれは知事と県の官僚がやっているだけですよ」と首を振った。
なかなか民意が盛り上がらない現状に対して溝畑宏が考えた策はシンプルなもの だった。とにかく「勝つ」ことである。勝てさえすれば、地元も盛り上がるはずだ 。その考えた正しかったと思う。そして彼はチームの強化に全力を尽くし、実際に大分トリニータは強くなった 。彼が解任される直前には、
Jリーグで一番いいサッカーをしているのは大分です。
と評されるまでに成長したのである。
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しかし結局上手くはいかなかった 。もちろん、溝畑宏にも悪い点はあっただろう。しかしやはりこれは、地方行政の不手際・判断ミスと捉えるべき である。溝畑宏が正しくお膳立てしたにも拘わらず、行政がそれを活かしきれなかったのだ。残念としか言いようがない。
「何かを評価すること」はとても難しい
著者自身、最初は「アンチ溝畑」だったと書いているように、溝畑宏は凄まじく嫌われている 。しかし著者は、徹底的な取材の末に、批判ばかりが先行する溝畑宏について異なる見方を提示した 。
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本書を読んで改めて感じたのは、「正しい評価が行える人間」の必要性 についてだ。溝畑宏のように、壮大な夢を語って突っ走る人間も社会には必要不可欠だが、素晴らしい功績を持つ人物を正しく評価する人間もまた強く求められているはず だと思う。本書のこんな記述は、まさにこの点を如実に表すものと言えるだろう。
この10年、行政によって作られた政治的なトリニータをウォッチし続けて、ブレなくその公益性を指摘したのは、皮肉なことに県庁にとっては天敵であったオンブズマンの永井であった。政治から離れて屹立していた人物のみが、そのあり方をしっかりと相対化できたのではないだろうか。教員不正採用事件やキャノンの工場誘致問題で徹底的に県政に切り込んだ永井が「トリニータには公的支援をすべきだ」と、発言することは極めて興味深い。
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「清濁併せ呑む」みたいな言動は苦手だし、なるべくそういう状況に立たされたくない と思ってしまうのだが、いざそうせざるを得なくなったとすれば覚悟を決める意思は持っている つもりだ。溝畑宏は確かに、人間としてややこしく、一筋縄ではいかなかったかもしれない。しかし、「大分県を盛り上げる」という1点で共闘することは出来たはずだ 。にも拘らず、凄まじい手腕を発揮する人物に協力せず、あまつさえ失敗の責任をすべて押し付けるような振る舞いをするようでは、どんなプロジェクトも上手くいくはずがないし、地方創生という意味で大きな損失 だと感じさせられた。
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才能・センスがない【本・映画の感想】 | ルシルナ
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