目次
はじめに
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この記事で伝えたいこと
「子どもの問題」を「大人の問題」にすり替えてしまうのは双方にとってマイナスでしかない
大人が子どもを子ども扱いすることで、子どもたちの世界は歪んでしまいます
この記事の3つの要点
- 検事・弁護士・判事・陪審員をすべて中学生が担う「学校内裁判」という特異な設定
- 「学校」という特殊な世界で子どもたちが感じる違和感
- 「真実を明らかにするための裁判」が「誰かを肯定する」という役割を担うことにもなる
現実的にはあり得ないだろう設定を成立させる「大人びた中学生」たちの姿に感動させられます
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だからこそ、そこに「圧倒的なリアリティ」を付与する必要があるし、それを実現するためのこの分量が必要だ、ということです。
宮部みゆきって確か、物語の展開とか結末とかを考えずに書き始めるって聞いたことある
しかも雑誌連載だからね。バケモンみたいな構成力だよなぁ
まず長さに怯んでしまうという人も多いでしょうが、普通には体感できない「濃密さ」を味わうことができる1冊です。勇気を出して踏み出してみてください。
注意としては、1巻目はちょっとだけ我慢して読んでください、という感じでしょうか。別に1巻がつまらないわけではありません。ただ、この長い物語を成立させるための設定・紹介を詰め込まなければならないので、どうしても説明的な描写が増えてしまいます。そこを乗り越えれば、「終わってほしくない」という感覚に浸れることでしょう。
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宮部みゆき『ソロモンの偽証』の内容紹介
1990年12月25日にその「事件」は発覚した。
前夜から降り続いた雪が辺りを白く染める中、城東第三中学校2年の野田健一は遅刻しかけていた。正門からでは間に合わないと判断し、遅刻者や学校を抜け出す者がよく使う通用門に回ってこっそり学校に入ろうと考えた。
そこで彼は死体を見つける。顔を見た瞬間にクラスメートの柏木卓也だと分かった。しかし今は不登校中のはずだ。どうしてこいつが学校にいるのだろう?
もちろん学校は大騒ぎになった。しかし柏木卓也は、学校内で存在感の強い生徒ではなかった。後々、彼であるになっていることさえ知らない生徒もいた」というほど、印象に残らない生徒だった。発見者である野田健一にしても、顔こそ知っていたが、特に詳しく知っているわけではない。
柏木卓也の両親は葬儀の場で、「息子は自殺したのだと思う」と発言する。警察も、他殺を強く疑うような根拠を見いだせない。そのような状況から、「柏木卓也は自殺したのだろう」という見解で一致しようとしていた。
しかし、根拠のない噂も流れ始める。城東第三中学校の札付きのワルとして知られる大出俊次とその取り巻きである橋田祐太郎・井口充が何らかの形で関わっているのではないか、というものだった。3人の素行はあまりに悪く、教師でさえ手を焼く存在だ。何かの形で彼らから被害を受けた者は、学校内に限らずあちこちに存在している。
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疑われても仕方のない状況ではあった。
そしてそんな中で、学校中を揺るがすとんでもないものが出てきてしまう。告発状だ。
匿名の告発状には、大出俊次ら3人が柏木卓也を突き落とすのを目撃したと書かれていた。
これが、この学校で開かれる「裁判」で扱われる「事件」だ。そして、社会的には「自殺」として処理されたこの「事件」を、検事・弁護士・裁判官・陪審員をすべて中学生が自ら行う「裁判」によって、真相を明らかにしようというのがこの物語の骨子である。
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「学校」は「大人が子どもを見定める場」
この記事では、作品そのものの内容にはあまり触れません。長大な物語なので語るべきポイントが多すぎるし、読む人によって注目する点も変わるでしょう。とにかく、読んでその濃密さを体感してほしい、と思います。
私はこの小説から、「子どもは大人が思っている以上に大人である」と感じさせられることが多かったので、この記事ではその点に焦点を当てようと考えています。
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野田健一が「学校」についてこんな風に言う場面があります。
僕は、学校は世渡りを学ぶ場だと思っています。自分がどの程度の人間で、どの程度まで行かれそうなのかを計る場です。先生たちは、先生たちの物差しでそれを計って、僕らにそれを納得させようとします。だけど納得させられちゃったら、たいていは負け犬にされます。先生たちが「勝ち組」に選びたがる生徒は、とてもとても数が少ないから
なるほどなぁ、と感じました。これは「学校」という場で何らかの違和感を覚えてきた人には共感できる話ではないかと思います。
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先生は、生徒のことは平等に扱ってる、ってもちろん思ってるだろうけどね
ただ先生だって人間だからどうしても好き嫌いは出てくるし、そういう視線に子どもは敏感だからね
また、作中では柏木卓也が不登校になった理由も明かされていきますが、彼は「学校に通う意味がない」と感じており、その失望ゆえに学校に行かなくなってしまいます。
私も、学生時代には色んな違和感を飲み込みながら学校に通っていた記憶がありますが、その中には、「教師という存在への失望」みたいなものもあったと思います。たぶん、「教師が、子どもたちを何らかの枠組みの中にはめ込もうとしている感じ」が嫌だったはずです。
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もちろんそれは「教師個人」ではなく「学校というシステム」の問題なのでしょうが、当時はそんなことまできちんと理解できていなかったので、やはり苛立ちは「教師個人」に向いてしまいます。
「学校というシステム」が用意している「枠組み」や与えようとしている「価値観」に違和感を覚えずに済む人にとっては、「学校」という環境はとても快適でしょう。そしてそういう人は、社会に出ても上手くやっていけるのだと思います。ただ、そうは振る舞えない人もたくさんいて、どうしても「枠組み」や「価値観」から落ちこぼれてしまうのです。
「そこはかとなく正しさを押し付けられている感じ」がなんかずっと嫌だったなぁ、って思う
「『正しい』以外の選択肢」が許容されていない、っていう感じが窮屈だよね
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またこれは「学校」だけの問題ではもちろんなくて、「家庭」も同じです。これは「家庭」ごとに大きく差があって、「親ガチャ」という言葉が使われるようにまさに運次第というところですが、親が与えようとする「枠組み」や「価値観」に合わないと感じる場合、やはりその「環境」は苦しく感じられてしまいます。
そして結局のところ、そうした違和感というのは、「大人が子どもを子ども扱いする」せいだろう、と感じました。
なぜ大人は、子どもを子ども扱いしてしまうのか
私には昔からずっと不思議だったことがあります。
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それなのに、大人になると何故か大人は子どもを子ども扱いするようになってしまうのです。
未だにこれが不思議でなりません。どうしてそんな振る舞いになってしまうのでしょうか?
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私は、メチャクチャ意識して、子どもを子ども扱いしないようにしてる
目の前にいるのが「25歳ぐらいの若者」だと思って接するぐらいがちょうどいいよね
この物語の中で、中学生たちが自前の裁判を開こうとするのも、この「子ども扱い」への反抗と言っていいのではないかと思います。
柏木卓也が校内で亡くなっていたという「事件」は、様々な意味で同じ学校に通う生徒たち自身に直結する問題です。もし大出俊次らが関わっているとするなら、その被害者は他にもたくさんいるのだし、仮に関わっていないとしても、「学校というシステム」に対して不満を抱いていた柏木卓也が抱える問題は、他の生徒にとっても現実的な悩みだと言っていいでしょう。
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しかし一方で、「柏木卓也の死亡」は徹頭徹尾、子どもたちを排除したまま処理されてしまうのです。事件か否かを判定するのは警察だし、親や教師は「子どもを守る」という名目で生徒たちを関わらせません。本当は「子どもの問題」であるはずの事柄を「大人の問題」にすり替え、「あなたたちは気にしなくていい」というメッセージを暗に伝えようとします。
これが「子ども扱い」でなくて何でしょうか。
このような大人の対応に明白に違和感を抱いた生徒はごく僅かなのですが、きちんと言語化できないにせよ「なんかモヤモヤする」と思っている人はきっと多かったでしょう。そして、明白に違和感を覚えた生徒が主導し、モヤモヤを抱えた生徒を焚きつけることで、大人たちに「これは子どもの問題だ」と突きつけるための「裁判」を開くに至った、というわけです。
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現実の世界では「中学生が自分たちで裁判を開く」という形に結実することはほぼあり得ないでしょうが、様々な場面で「『子どもの問題』を大人が横取りする」という違和感を抱く子どもはいるだろうし、その感覚を「裁判を開く」という物語として昇華する展開は見事だと感じました。
私も昔、「合唱コンクールの選曲を担任が勝手に決めたこと」にムカついて、みんなで選び直そうって話に持ってったことがあるなぁ
でも結局、担任が選んだのと同じ曲に落ち着いたんだよね(笑)
そして、「子どもを子ども扱いする大人への違和感」から生まれる「裁判」であるが故に、中学生たち自身による「裁判」で展開される「人間力」は見事なものがあると感じました。リアリティーという点では「中学生らしくない」という批判の対象として受け取られる部分かもしれませんが、私としては「子どもを子ども扱いする大人へのアンチテーゼ」として、異常に大人びた存在でも許容される物語だと思っています。
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検事の藤野涼子は「熱意」の人です。学校内裁判を開くことを主張し、ムチャクチャなことを様々に繰り広げながらどうにか開廷にまでこぎつけた立役者と言っていいでしょう。
当初彼女が想定していたものとは違う展開に苦しさを覚えることもあるわけですが、そのことによって同時に、「なぜこの裁判を開かなければならないのか」も明白になっていきます。「勝ち負けを争う場」ではなく「真実を明らかにする場」なのだ、という信念を貫き通したからこそ、諦めずに前進することができたのです。
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それでもこの開廷に至るまでには辛いことが多くありました。
彼女はクラス委員であり、元々どんな子とも仲良くできる性格の人間でした。成績も優秀で、誰からも慕われるタイプなのですが、しかし、裁判を開くことを提案して実行のために動く過程で、「本当の自分の評価」を知ってしまうことになります。
「学校」を舞台にした物語だと当然こういう展開は避けられないよね
現実の世界はもっと厳しいって分かってるけど、ホントこういうのは嫌だなぁ
「実は自分は嫌われているのだ」と認識してしまっても、彼女は前進を止めません。これが本当に素晴らしいと感じました。自分が開こうとしている「裁判」は絶対にやらなければならないことだし、その実現のためだったらあらゆる困難をなぎ倒していくのだ、という覚悟のようなものには感動させられます。
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藤野がやろうとしている「裁判」に、井上康夫は必要不可欠だったでしょう。なぜなら彼は、一言で言ってしまうなら「杓子定規」というタイプの性格だからです。フェアでありかつ風格もあるという井上康夫の存在なしには成立しなかったでしょう。
基本的にルールに厳しく、ある意味では融通が利かないという捉え方にもなります。それはたとえ相手が教師であっても揺らぐことはなく、ルールに則っていないのならば認められないという主張を真っ直ぐ貫くことが出来るのです。ただし、筋さえ通すなら、それがどんな状況であっても受け入れるだけの度量も持ち合わせています。「裁判の公正さ」を一手に引き受ける存在であり、異例づくしと言える「裁判」を乗り切れたのも、彼の手腕あってのものと言えるでしょう。
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これ、「中学生による裁判」かどうかに関係なく凄いよね
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設定からはリアリティーを感じられないのに、物語全体からはひしひしとリアリティーが染み出してくる、という構成が見事です。
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というのも、この作品の中では、裁判を通じて様々な人間の「弱さ」が炙り出されていくからです。柏木卓也が亡くなるという「事件」が様々な余波を生み出すことになり、それがまた、柏木卓也の「裁判」に反映されていくという展開の中で、「真実を明らかにする」という目的の「裁判」に、「誰かを肯定してあげること」という役割を付け加えることができるという雰囲気が醸成されていきます。
逆に言えば、それほどに俊次が、「君は濡れ衣を着せられているんだ」という言葉に飢えていたのだということにならないか
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最後に
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映画『正欲』は、私には共感しかない作品だ。特に、新垣結衣演じる桐生夏月と磯村勇斗演じる佐々木佳道が抱える葛藤や息苦しさは私の内側にあるものと同じで、その描かれ方に圧倒されてしまった。「『多様性』には『理解』も『受け入れ』も不要で、単に否定しなければ十分」なのだと改めて思う
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香港の民主化運動の陰で、自殺者を救出しようと立ち上がったボランティア捜索隊が人知れず存在していた。映画『少年たちの時代革命』はそんな実話を基にしており、若者の自殺が急増した香港に様々な葛藤を抱えながら暮らし続ける若者たちのリアルが切り取られる作品だ
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驚きの教育方針を有する私立小学校「きのくに子どもの村学園」に密着する映画『夢見る小学校』と、「日本の教育にはほとんどルールが無い」ことを示す特徴的な公立校を取り上げる映画『夢見る公立校長先生』を観ると、教育に対する印象が変わる。「改革を妨げる保護者」にならないためにも観るべき作品だ
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2022年に劇場公開されるや、そのあまりの面白さから爆発的人気を博し、現在に至るまでロングラン上映が続いている『RRR』と、同監督作の『バーフバリ』は、大げさではなく「全人類にオススメ」と言える超絶的な傑作だ。まだ観ていない人がいるなら、是非観てほしい!
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2巻までしか読んでいないが、ヨネダコウのマンガ『囀る鳥は羽ばたかない』は、「ヤクザ」「BL」という使い古されたフォーマットを使って、異次元の物語を紡ぎ出す作品だ。BLだが、BLという外枠を脇役にしてしまう矢代という歪んだ男の存在感が凄まじい。
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小学3年生のこっこは、「孤独」と「人と違うこと」を愛するちょっと変わった女の子。三つ子の美人な姉を「平凡」と呼んで馬鹿にし、「眼帯」や「クラス会の途中、不整脈で倒れること」に憧れる。西加奈子『円卓』は、そんなこっこの振る舞いを通して「当たり前」について考えさせる
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「ホロコーストが起こったか否か」が、なんとイギリスの裁判で争われたことがある。その衝撃の実話を元にした『否定と肯定』では、「真実とは何か?」「情報をどう信じるべきか?」が問われる。「フェイクニュース」という言葉が当たり前に使われる世界に生きているからこそ知っておくべき事実
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お笑い芸人・髭男爵の山田ルイ53世は、“神童”と呼ばれるほど優秀だったが、“うんこ”をきっかけに6年間引きこもった。『ヒキコモリ漂流記』で彼は、ひきこもりに至ったきっかけ、ひきこもり中の心情、そしてそこからいかに脱出したのかを赤裸々に綴り、「誰にも優しい世界」を望む
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難民申請中の少年が、国籍だけを理由にチェスの大会への出場でが危ぶまれる。そんな実際に起こった出来事を基にした『ファヒム パリが見た奇跡』は実に素晴らしい映画だが、賞賛すべきではない。「才能が無くても安全は担保されるべき」と考えるきっかけになる映画
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国の諜報機関の職員でありながら、「イラク戦争を正当化する」という巨大な策略を知り、守秘義務違反をおかしてまで真実を明らかにしようとした実在の女性を描く映画『オフィシャル・シークレット』から、「法を守る」こと以上に重要な生き方の指針を学ぶ
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「共感」が強すぎる世の中では、自然と「想像力」が失われてしまう。そうならないようにと意識して踏ん張らなければ、他人の価値観を正しく認めることができない人間になってしまうだろう。映画『ミセス・ノイズィ』から、多様な価値観を排除しない生き方を考える
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ルシルナ
教育・学校【本・映画の感想】 | ルシルナ
大人になって様々な本を読んだことで、「子どもの頃にこういう考えを知れたらよかった」「学校でこういうことを教えてほしかった」とよく感じるようになりました。子どもの…
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ルシルナは、4000冊以上の本と500本以上の映画をベースに、生き方や教養について書いていきます。ルシルナでは36個のタグを用意しており、興味・関心から記事を選びやすく…
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