【天才】写真家・森山大道に密着する映画。菅田将暉の声でカッコよく始まる「撮り続ける男」の生き様:『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道」HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

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この記事の3つの要点

  • 「写真家・森山大道の日常」と「パリフォトに向けた処女作復刊」が入り交じる構成
  • ほとんど語らない森山大道は、中平卓馬のことになると饒舌になる
  • 写真を撮れなくなった過去と化学者・ニエプスとの出会い

「カメラは写ればなんでもいい」と口にする森山大道の写真家としての生き様はカッコイイ

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』で映し出される「森山大道」という写真家は、何者か?

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』は、菅田将暉の声で始まる

聞いたことのある声で映画が始まって驚いた。自己紹介をしたのは、やはり思っていた通り菅田将暉。冒頭は、彼のナレーションで始まる

何故か。

憧れの人物に、仕事で会う機会があったからだ

菅田将暉は高校時代、クラスメートと森山大道の写真集を見ていたという。「かっけー」と感じたそうだ。「かっけー写真」だったことは、菅田将暉を惹きつけた大きな理由だろうが、もう1つ理由がある。

大阪府池田市。2人は同郷であり、菅田将暉は「地元のかっけー人」として森山大道を見ていたのだ。

菅田将暉はその後上京し、俳優としてがむしゃらに努力する。そしてその瞬間が訪れた。主演を務める映画『あゝ荒野』のスチール撮影の日だ。

集合場所は新宿ゴールデン街。指定された店の中で待っていると、一人の男がカメラ片手にやってきた。しかし、照明も三脚もない。なんだ、スチール撮影を、そんなカメラだけでやるのか?

よろしく。森山です

相手がそう口にし、手を差し出した。

心臓が止まった。えっ、嘘だろ?

こうして菅田将暉は、高校時代からの憧れの存在と仕事をすることになった。そして、この映画のナレーションも。

菅田将暉がナレーションを務める冒頭部分は、5分程度だろうか。映画全体のボリュームからすれば大した尺ではない。しかし、この冒頭でグッと掴まれた感じがある。

なかなか良い始まり方だ。

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』の構成

ざっと、映画の構成に触れておこう。

基本的にこの映画は、「森山大道という写真家の日常」を切り取っている。ちっぽけなデジカメを片手に街をうろつき、なんでそんなものを? と感じるような対象に向けてシャッターを切る。いつでもどこでも、何か撮っている。その姿を、後ろから追いかける。

時にはイベントで話したり、映画製作者(監督?)の質問に答えたり、あるいは森山大道の過去の仕事や写真などが紹介されたりする。そういう、「写真家・森山大道の生き様」みたいなものが縦軸だ。

この映画には横軸がある。そしてこの横軸が、「人物を追いかけているドキュメンタリー映画」というだけではない緊迫感みたいなものを醸し出している

森山大道が写真家として初めて発表した処女作『にっぽん劇場写真帖』。これを復活させようという企みが、編集者と造本家の間で持ち上がる。単なる復刊ではない。写真の配置などを再構成し、森山大道に撮影時の記憶を思い出してもらってキャプションを書き、森山大道の過去の膨大な仕事を参照しながら1枚の写真を再評価するという膨大な作業を行うのだ。50年前に発行された写真集を、新たな形で現代に蘇らせ、世界最大の写真展であるパリフォトで発売する、というプロジェクトが進行している。

これがなかなか壮大な計画だ。菅田将暉のナレーションが終わると、場面は北海道に飛ぶ。雪深い山奥で木を切っているのだ。木なんか何に使うのか。それは、「紙」のためである。造本家は、森山大道の写真集のためだけに、一から紙を作ろうとしているのだ

こんな風に、時間変化をまるで感じさせずに常に一定の雰囲気を醸し出す「森山大道の日常」と、パリフォトまでに仕上げなければならないというタイムリミットのある「写真集の復活」が交錯することで、ゆったりした時間と緊迫した時間が入り混じった独特の雰囲気に仕上がっている。

森山大道が、処女作の復活計画にさほど関心を抱いていなさそうなのも興味深い。過去は過去として否定はしないが、森山大道の関心は常に「今何を撮るか」に集約されているのだろう、と感じた。

「中平卓馬との関係」と「『写りゃいいんだから』という発言」

映画の中で森山大道は、ほとんど語ることはない。質問を投げかけてもあまり返ってこなかったのか、映画製作側が敢えてあまり質問をしなかったのか、それは分からないが、自発的に語る場面も、問われて答える場面もかなり少ない。

そんな中で、森山大道が積極的に語りたがっていると感じたのが、中平卓馬という人物との思い出だ。森山大道にとっては盟友と呼んでいい間柄で、映画撮影中、「中平卓馬」という名前を100回は口にしているという。

20代の頃に逗子で出会った2人は、写真家としてはまったく無名の若者だった。彼らは、海岸から少し離れた岩場まで泳いで行き、そこで甲羅干しをしながら、当時評価されていた写真家をボロクソに貶したそうだ。彼らには、その当時正しいとされていたのとは違う写真の未来が見えており、2人で写真界に殴り込みを掛けていく。そして、「PROVOKE」という雑誌に関わり、多くの後進に多大な影響を与えることになる。

そんな盟友・中平卓馬は、3年前に亡くなった。その日彼は、ジャック・ケルアックの『路上』のTシャツを着て、青山へと写真を撮りに行った。『路上』は中平卓馬から勧められたものだ。読んで衝撃を受け、すぐさま旅に出た。そしてそこで撮った写真を写真集『狩人』として発表する。

彼は何度も、

私は中平卓馬しか見ていなかった

と言っていた。他に語るべきことなどないと言わんばかりに、中平の話を繰り出す。

森山大道はとにかく語らないが、写真やカメラについても全然語らない。そんな彼が、

写りゃいいんだから。カメラはコピー機にすぎない。だからいい

と発言していた場面があり、非常に印象的だった。

この発言には背景がある。

トークイベントが開かれた際、聴衆からフィルムカメラやデジカメに関する質問が出た。森山大道は元々、フィルムカメラでの評価が高い。しかし彼はある時から、デジカメでしか撮らなくなった。フィルムとデジタルの違いはあるのか、なぜデジカメでしか撮らないのかなど質問が飛ぶ

彼は、「好きな印画紙が製造中止になったから」という実際的な理由も口にしていたが、全体の雰囲気としては、「過去の自分と今の自分は違うんだから、過去の自分についてとやかく言われても困る。今の自分はこうなんだ」という趣旨の返答をしていた。

このイベントの映像の後、場面は飲み屋に切り替わる。そこで監督(だと思う)が森山大道に、

今この場面、フィルムで撮りたかったなぁ、みたいなことってないですか

と聞く。そしてそれに対する返答が、「写りゃいいんだから」なのだ。

写真に限らずだが、道具にお金を掛けることで良い作品に仕上がることはもちろんあるだろうと思う。しかし「最終的には『クリエイターが何をしたいのか』という視点や発想の問題なのだ」ということを、「森山大道という生き様」で示している、非常に痺れる場面だったと思う。

森山大道の写真の感想と批判

森山大道の写真を見て、「いいな」と感じる。しかし、何が良いのかは分からない。あるいはもし、名前を伏せた状態で写真を見たら、また受け取り方が違うかもしれないとも思う。自分に芸術的な判断力があるとはまったく考えていない。

映画を見ながら感じたことは、森山大道は「人工物」ばかり撮っているということだ。東京の街を舞台に写真を撮っていれば当然そうなるが、ただの人工物ではなく、「広告として機能している人工物」を撮っている印象が強かった。

つまり、「写真」と同じく「ビジュアル的に他者に何かを訴える目的で作られたもの(≒広告)」を、改めて「写真」に収めているということになる。見方によっては、特殊な入れ子構造のようなものと言えるかもしれない。

「広告」をさらに「写真」に入れ込むという過剰さが、ただの写真とは違う圧みたいなものを発しているのだろうか?

よく分からない。よく分からないが、森山大道の写真には、何故か気になる部分がある。不思議だ。

今でこそ評価されている森山大道だが、中平卓馬と共に写真界に殴り込みをかけた実験作は酷評されてしまう。それから森山大道は、「写真とはそもそも何か?」について考え、考えすぎたことで一時期写真が撮れなくなってしまった

そんな時期に森山大道の視界に入った写真がある。190年前の庭の写真だ。これは、化学者のニエプスが8時間掛けて撮影したという、世界最古の写真である。この写真と出会ったことをきっかけに、森山大道は再びシャッターを切れるようになっていく。

やがて森山大道は、ニエプスを生んだフランスで芸術文化勲章を授与される。その授与式のスピーチでニエプスとの出会いに触れ、

ニエプスからいただいた賞だと思っています

と語っていた。芸術を生業とする者らしい発言だと言えるだろう。

最後に

映画は、編集者と造本家の渾身の写真集がパリフォトでお披露目される場面で終わる。

リニューアルされた森山大道の処女作は、わずか10分で完売した

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