目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 極度の空腹状態においても、「食べること」以上に希求したこととは一体何だったのか?
- 彼が過ごした44ヶ月の「最悪な日常」と、終戦直前に目撃した「衝撃的な狂気」について
- ”人体実験の神”と恐れられたメンゲレの「お気に入り」となった彼の戦略とは?
生き延びるために考え続けた1人の少年の決断と感覚に、とにかく驚かされてしまう作品だ
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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作品はとても興味深かった。しかしまず書いておきたいのは、「タイトルが良くない」ということだ。タイトルに含まれる「メンゲレ」とは、アウシュビッツ強制収容所で”神”と呼ばれ、残酷な人体実験ばかり行っていた「狂気の医師」の名前である。しかし本作には、ほとんど「メンゲレの話」は出てこない。本作は基本的に、ホロコーストの生還者であるダニエル・ハノッホがカメラの前で語るパートがメインであり、もちろんその大半は自身の経験である。本作の英題は『A Boy’s Life』なのだが、まさにこのタイトルこそがピッタリと言える作品だ。
もちろん、『メンゲレと私』というタイトルになった理由は理解できる。本作は、『ゲッベルスと私』『ユダヤ人の私』に続く、「ホロコーストに何らかの形で関わった人物のインタビュー映画」の第3弾なのだ。そのため、『~私』という形式のタイトルに統一したいという思惑があったのだろう。そして本作の場合、それを実現するには「メンゲレ」の名前を出すしかない。そのためこのようなタイトルになっているのだろうが、あまりにも「メンゲレ」に関する言及が少ないので、「タイトルが詐欺だ」と感じる人がいてもおかしくないように思う。
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いずれにせよ、これから観ようと思う方はこの点を理解しておくのがいいだろう。
最も印象的だったエピソード
ダニエル・ハノッホが語るホロコーストや収容所の現実は、そのどれもが凄まじいものだと感じさせられたが、その中でも最も印象に残ったエピソードから紹介したいと思う。
ダニエル・ハノッホは8歳でゲットー(ユダヤ人を強制的に移住させた区域)に入れられ、その後アウシュビッツ強制収容所に送られたという。「重労働による絶滅」を掲げた唯一の収容所マウトハウゼンなども経験しながら、彼は44ヶ月間生き延び、どうにか生還を果たした。米軍によって解放された時、彼は13歳だったそうだ。
解放されたユダヤ人には、米軍の配給や赤十字の小包などが渡された。しかしダニエル・ハノッホはなんと、その受け取りを断ったという。正直なところ、彼の話を聞いていても、その理由ははっきりとは分からなかった。ただ、後で触れる話ではあるが、彼は収容所にいる際、「生き延びるために、とにかく徹底的に考えた」のだそうだ。そのため彼には、「自身の才覚で手に入れたものしか信用しない」みたいな感覚が染み付いていたのかもしれない。真意は不明だが、仮にそうだとしても納得出来るような人物に見えたことは確かだ。
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もちろん、生還を果たした彼は、ひたすら空腹に襲われていた。証言の中で確か、「ドイツ兵の死体のポケットに入っていたサンドイッチが、解放されてから最初に口に入れた食べ物だった」みたいなことを言っていたように思う。その後も彼はもちろん、生き延びるために食料を探し求めた。しかし実は、それ以上に希求していたものがあったという。
それが「紙」と「鉛筆」である。
収容所では、紙も鉛筆も所有が禁じられていた。そのため彼は解放された後、ある会社(彼との関係は理解できなかった)に赴き、そこにあった紙と鉛筆を使って、好きなだけ文字やら絵やらを描いたそうだ。その時のことについて彼は、「一種の解放感」「自由の象徴だった」などと語り、さらに次のようにさえ言っていた。
(文字や絵を描ける)そんな人間に戻れて、私は満足だった。
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私にとって、これが最も印象に残った話である。彼も当然ずっと空腹感に悩まされていたし、食べ物も常に欲していたが、ある意味でそれは「身体を生かすためのもの」でしかなかった。そして「頭を生かすためのもの」として彼は紙と鉛筆を欲したのだし、それによって「人間らしさ」を取り戻すことこそが何よりも重要だと感じていたというわけだ。
あらゆる想像を撥ね退ける「ホロコースト」という異様な世界にいた人間にしか語れない、人間存在の「本質」を衝くような非常に印象的なエピソードだと私には感じられた。
あまりにも酷い「日常」と、あまりにも悲惨な「狂気」
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彼は、荷降場で働いていたという。様々な”荷物”が届く場所である。”荷物”と表記したのは、そこには「人間」も含まれるからだ。そして彼はそこで、「これから死を迎える者たち」を見続けた。これが、彼の「日常」である。
そんな中で「最も辛い瞬間だった」のが、「”処理場”へと向かう人物からパンをもらったこと」だと語っていた。その際彼は、「僕はもう要らないから」と言われたのだそうだ。つまりその人物は、これから自分が死ぬことを理解していたことになる。そしてその事実こそが、彼にはとてもしんどいことに感じられたというわけだ。
このような「日常」の中で、彼は生きざるを得なかったのである。
しかし、そんな凄まじい「日常」をあっさりと凌駕するような「狂気」を目にすることもあったという。それがいわゆる「カニバリズム」、つまり「人肉を食べる行為」である。私はホロコーストを扱ったドキュメンタリーや、題材にしたフィクションなどに結構触れているが、「カニバリズム」の話など聞いたことがない。
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その話は、終戦が近づいている時期のエピソードとして語られた。その頃はよく、「連合軍の大砲が意図せずに囚人に当たり、命を落とすことがあった」のだそうだ。そのような死体が、収容所のフェンスによく引っかかっていたのだという。そしてダニエル・ハノッホは、「そのような死体を、ハンガリー人が回収し食べていた」と証言していた。彼ははっきりと「ハンガリー人」と言っていたはずだ。
彼は、「このカニバリズムの話は、ホロコーストの話としてあまり語られていない」と指摘していたし、「ありとあらゆる他の残虐な行為と比較してもあまりにも酷い」と糾弾してもいた。本当にその通りだと思う。「戦争」は色んな形で人間を「狂気」へと追いやるものなのだろうが、ホロコーストに関係する形で「カニバリズム」が行われていたという話には、ちょっと驚かされてしまった。
ダニエル・ハノッホがアウシュビッツを生き延びられた理由
ダニエル・ハノッホが収容所から生きて出られたのは、冒頭でも少し触れた通り、「徹底的に考え続けた」からだ。少なくとも、彼自身はそのように認識している。
彼が「考えること」の重要性を最初に認識したのが、「コブノ・ゲットー」での経験だった。ここでは、「『労働不能』として”選別”されると、第9要塞で殺されてしまう」というルールがあったという。つまり、年少の子ほど危ないというわけだ。しかしその頃はまだ、兄のウリと行動を共にしていたこともあり、そのウリが積極的に働きかける形で、彼を屋根裏部屋に隠してくれたのだという。
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しかしある日、その屋根裏部屋にドイツ兵がやってきて「全員表に出ろ」と告げた。その瞬間、彼は「外に出たら殺される」と直感したのだという。そのため、屋根裏部屋から下に降りられる扉をなんとか見つけ出し、その真下でタバコを吸っていた親衛隊員にぶつかりつつも、どうにか逃げ切って事なきを得たそうだ。
この経験から彼は、「命令には従ってはならない」という、絶対的な行動原理とでもいうべきものを手に入れた。そして彼は、「自らの頭で思考すること」を「道具」と称し、「この『道具』のお陰で44ヶ月を生き延びられた」と語っていたのである。
さて、ここで少しメンゲレという医師についても触れておこう。メンゲレは自ら志願してアウシュビッツに配属となったそうで、彼は主に「子どもたちを使った人体実験」を行っていた。「目玉をくり抜く」などの非人道的なことが、日常的に行われていたそうだ。またメンゲレは、特に双子に興味を示しており、1400組にも及ぶ双子に対して様々な実験を行ったとされている。
そしてダニエル・ハノッホは、「メンゲレから気に入られる」という、なかなか得がたい立ち位置を確保した存在として収容所生活を送っていたそうだ。「メンゲレに気に入られる」とはつまり、「対外的なアピールに利用される」ということである。彼は吐き捨てるように話していたが、収容所には実は、赤十字の人が時々やってきていたそうだ。そしてそのような時にメンゲレは、彼を「見本」として見せていたのだという。「ユダヤ人の子どもを、我々は丁寧に扱っていますよ」というアピールのためである。この時のことについて彼は、「赤十字の人たちは何もしてくれなかった」と厳しく断罪していた。
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さてそれでは、彼はいかにしてメンゲレに気に入られたのだろうか? もちろん、偶然などではない。彼は「思考」によって「メンゲレのお気に入り」という立ち位置を獲得したのである。
私は彼に、元気で有益であるように見せようとした。彼が人々を「用途」で見ていたのを知っていたからだ。
“選別”の際も、恐怖を出さず、まっすぐ背筋を伸ばし、強い人間であることをアピールした。
だから私は残れたのだろう。
彼の「思考力」が、直接的に役に立った場面と言っていいだろうと思う。
また彼は「空想」の助けも借りたという話をしていた。収容所内では、「空想」を駆使することで「生きる希望」を得ていたというのだ。それこそ、「仲間との会話」以上に「空想」の方が重要だったと語っていた。事実彼は、「収容所では、可能な限り独りでいた」と証言している。
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そして何よりも、このような判断を行っていたのが当時10歳前後だった少年だという点に驚かされてしまった。そんな、幼い子供の思考や決断とは思えないような話が満載なのである。
ダニエル・ハノッホの、他の人とは異なる「特殊な感覚」
さて、本作に通底する印象であるが、ダニエル・ハノッホはどうも一般的な感覚を持っていないようだ。例えば彼は、「収容所では泣かなかった」と語っていた。それは「子どもだから状況がはっきり理解できていなかった」みたいな説明では補えないぐらいのレベルであり、彼自身「私は普通とは違う」と口にしていたほどである。
泣くのは弱さの表れだ。泣いたって何の役にも立たない。
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このように口にする場面さえあった。確かに「泣いたって何の役にも立たない」かもしれないが、それでも泣けてしまうことだってあるはずだ。しかし、そのような感覚を持つことがないのだそうで、やはり普通の子どもとはかなり違う雰囲気を持っていたようである。屋根裏部屋で窮地に陥った時のことについても、
ここでも私は無関心だった。私には他人事だったのだ。現実感が無かった。
と、「どうにも切迫感を感じられなかった」みたいな感覚の語り口だった。このような佇まいもまた、彼を生き延びさせる要因になったと言えるかもしれない。
さて、彼のこのような感覚は、収容所を経験したことでさらに増大したと言えると思う。
奇妙に聞こえるかもしれないが、アウシュビッツは良い学校だった。ビルケナウもだ。
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人類史上に残る残虐な出来事を経験しながら、「良い学校だった」という感想を抱くのは、やはり普通の感覚ではないように感じられる。さらにこれに続けて、次のようにも話していた。
収容所の”卒業生”は、ものの見方や哲学がどこか他の人と異なるのだ。アウトサイダーなのである。
この点についても、「結果的にアウトサイダーになってしまった」のか、あるいは「アウトサイダーだったからこそ生き延びられた」のか、その辺りのことははっきりとは分からない。しかしそれはともかく、彼の特異な感覚も含めて、彼の口から語られる様々な話がとても凄まじいものに感じられたのである。
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最後に
ここまであまり触れてこなかったが、ダニエル・ハノッホは当然、ホロコーストやメンゲレについても随時言及している。
あんな生き物が何故この世に存在できたのだろうかと時々考えてしまう。
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殺人場のような場所はビルケナウだけだった。他の国ではあり得ない。
また、ドイツ人が”命令に従って””機械的に”ユダヤ人を殺したことに対しては、次のように苦言を呈していた。
自ら戒める機能を持つのが人間なのではないか?
まさにその通りだろう。「ミルグラム実験」なども知られているとはいえ、やはり人間が、同じ人間に対してこれほど残虐な行為を行えてしまう、その現実には未だに恐怖させられてしまう。
いずれにせよ本作は、あまりにも凄まじい経験をせざるを得なかった1人の少年の壮絶な日々が、ある種の”軽妙さ”をまとうような形で語られる、非常に貴重な証言集である。
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【実話】ソ連の衝撃の事実を隠蔽する記者と暴く記者。映画『赤い闇』が描くジャーナリズムの役割と実態
ソ連の「闇」を暴いた名もなき記者の実話を描いた映画『赤い闇』は、「メディアの存在意義」と「メディアとの接し方」を問いかける作品だ。「真実」を届ける「社会の公器」であるべきメディアは、容易に腐敗し得る。情報の受け手である私たちの意識も改めなければならない
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大げさではなく、「死ぬまでに絶対に読んでほしい1冊」としてお勧めしたい高橋克彦『火怨』は凄まじい小説だ。歴史が苦手で嫌いな私でも、上下1000ページの物語を一気読みだった。人間が人間として生きていく上で大事なものが詰まった、矜持と信念に溢れた物語に酔いしれてほしい
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プーチン大統領の後ろ盾を得て独裁を維持しているチェチェン共和国。その国で「ゲイ狩り」と呼ぶしかない異常事態が継続している。映画『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』は、そんな現実を命がけで映し出し、「現代版ホロコースト」に立ち向かう支援団体の奮闘も描く作品
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私はその存在をまったく知らなかったが、「水俣病」を「世界中が知る公害」にした報道写真家がいる。映画『MINAMATA―ミナマタ―』は、水俣病の真実を世界に伝えたユージン・スミスの知られざる生涯と、理不尽に立ち向かう多くの人々の奮闘を描き出す
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「ヤクザ」が排除された現在でも、「ヤクザが担ってきた機能」が不要になるわけじゃない。ではそれを、公権力が代替するのだろうか?実際の組事務所(東組清勇会)にカメラを持ち込むドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』が映し出す川口和秀・松山尚人・河野裕之の姿から、「基本的人権」のあり方について考えさせられた
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『八月十五日に吹く風』は小説だが、史実を基にした作品だ。本作では、「終戦直前に原爆を落としながら、なぜ比較的平穏な占領政策を行ったか?」の疑問が解き明かされる。『源氏物語』との出会いで日本を愛するようになった「ロナルド・リーン(仮名)」の知られざる奮闘を知る
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日本は、死を覚悟して福島第一原発に残った「Fukushima50」に救われた。東京を含めた東日本が壊滅してもおかしくなかった大災害において、現場の人間が何を考えどう行動したのかを、『死の淵を見た男』をベースに書く。全日本人必読の書
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三権分立の一翼を担う裁判所のことを、私たちはよく知らない。元エリート裁判官・瀬木比呂志と事件記者・清水潔の対談本『裁判所の正体』をベースに、「裁判所による統制」と「権力との癒着」について書く。「中世レベル」とさえ言われる日本の司法制度の現実は、「裁判になんか関わることない」という人も無視できないはずだ
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「理不尽だなー」と感じてしまうことはよくあります。クレームや怒りなど、悪意や無理解から責められることもあるでしょうし、多数派や常識的な考え方に合わせられないとい…
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