目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
映画「心の傷を癒すということ 劇場版」公式Twitter
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「献身」を支えるものが「優しさ」でなければならない理由はない
- 「優しいだけの人」はむしろ害でしかないこともある
- 「弱い」からこそ、他人の痛みを理解し、その傷に寄り添うことができる
主人公・安和隆を演じた柄本佑が、非常に難しいことを最後までやりきっている、見事な映画だと感じました
自己紹介記事
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どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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私はどちらかと言えば、「優しい人」に見られることが多い。まあ確かに、そういう雰囲気を醸し出そうとしていると言われればそのとおりではある。ただ一方で、「私のことを『優しい』とか言って大丈夫なんだろうか?」という気もする。
つまり、「優しそうに見えるから優しい」という判断は、間違っていると感じるのだ。
以前ネットで、ベビーシッターのアルバイトをしていた後輩芸人から、介護のアルバイトをしていた相方についてこんな話を聞いた、という記事を見かけた。そこには、要約すると以下のような内容だった。
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「お年寄りの介護というのはなかなか大変だ。認知症の方もいるし、何かやってあげたとしても感謝が返って来ない可能性もある。そういう中で、ちゃんと仕事をするにはは、ある種の冷たさみたいなものがないと無理だと思う」
そしてベビーシッターのアルバイトをしていた後輩芸人は、「自分がやったことに対する見返りを実感できるからベビーシッターの方が絶対に良い」とも言っていたそうだ。
この芸人の話は非常に印象的で記憶に残っていたし、この映画を観てこの記事のことを思い出した。
映画の主人公である安和隆は、非常に「献身的」な人物である。しかし、その「献身」を支えているものは、決して「優しさ」ではない。
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「優しさ」がゼロだと言いたいのではない。もちろん彼は、とても優しい人間だと思う。しかし、「優しさ」が「献身」に繋がっているわけではないということだ。「献身」を支える要因は一つではないし、それらは複雑に入り組んでいるが、しかし、その中に占める「優しさ」という要素は、非常に薄い。
だからこそ思う。「優しさ」なんてものを本当に他人に求めていいのだろうか? と。
「優しさ」というのは「気持ち」であって目に見えない。一方の「献身」は「行動」であり目に見える。目に見える「献身」から人は「優しさ」を類推したくなるが、そんなことに意味があるのだろうか? と考えさせられた。
「優しいだけの人」なんてたくさんいる
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そう考えてしまうのは、「『優しいだけの人』なんてたくさんいる」と思ってしまうからだ。
「優しいだけの人」でパッと頭に浮かんでしまうのが、映画『すばらしき世界』(西川美和監督)でのワンシーンだ。
元テレビディレクターで小説家を目指している男が、ある場面に直面して猛ダッシュで逃げる。それを、女性テレビプロデューサーが追いかける。川辺でそのプロデューサーが、男に何かを投げつけながらこんな風に言うのだ。
あんたみたいなのが、一番何も救わないんだよ
西川美和「すばらしき世界」
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この男は「優しい人」と言っていいだろうが、そういう人間の欠点を端的につまみ出す見事な言葉だと感じた。
「優しさ」は、もちろん良い風に働くこともたくさんある。誰かの優しさによって救われたという人も多いだろう。しかし一方で、「優しさ」が誰かを傷つけたり負担を強いたりすることもある。「優しさ」は万能薬では決してなく、毒にも薬にもなる、ということだ。
そして、「毒」の方の「優しさ」しか持てない人も世の中にはいる。それが「優しいだけの人」だ。そしてそういう人であっても、「まあ、優しいからね」という理由で、世の中的に許容される。
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それでいいんだろうか? と私はよく考える。何か間違っているような気がするのだ。
こんなことを考えているからだろう、私は「優しさ」をポジティブなものだと決して捉えていない。だからこそ、「優しさを求められること」や「誰かに優しさを求めること」に、違和感を覚えてしまうのかもしれない。
安和隆の「献身」の根底には何があるのか?
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改めて繰り返すが、安和隆は非常に「献身的」に患者に寄り添う。その姿だけ見れば、非常に「優しい人」に感じられる。
しかし、学生時代の彼の発言を聞くと、印象が変わるだろう。
私は、世の中の役に立つ仕事をしようとは思いません。とにかく、心について知りたいだけなんです。不思議で、興味深いものなんです。ただそれだけの理由で、精神科医を目指すことは間違いでしょうか?
安和隆は、本でその存在を知り、彼に師事するために進学する大学を決めたほどの恩師に対して、そう問いかける。
なかなか凄い言葉だろう。この発言は、彼が実際に阪神淡路大震災の被災者を診るようになるずっと以前のことであり、「世の中の役に立つ仕事をしようとは思いません」という考えは、後年変わった可能性はあるだろう。しかし彼の、「心について知りたいだけ」という欲求は、最後の最後まで非常に強いものとして感じられた。
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つまり「好奇心」こそが彼を動かしているのだ。
しかし彼のようなあり方は、世の中ではあまりポジティブに受け入れられないだろうと思う。
例えばこんな状況を考えてみる。大地震が起こった後に若いボランティアが現地入りし、その場にいる誰よりもテキパキと行動し、人命を救い、人々を励まし続けたとしよう。そんな人間に「どうしてボランティアをしようと思ったんですか?」と聞いた時、「被災地に興味があったからです」と答えたら、恐らく炎上するだろう。
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安和隆がしていることは、この例と同等だと私は思う。
私は、動機が何であろうと、行動が見合っていればなんの問題もないと感じる。しかし、「献身」の背後に「優しさ」を求める人は、そこに「優しさ」が無いことを知ると不快に感じるのだろう。私にはよく意味が分からないが、世の中の雰囲気はそうなっていると私は思う。
安和隆自身も、世の中のそんな風潮を感じとっていたのだろう。曲解かもしれないが、彼が自らの「献身」の動機に“恥じている”と感じる場面があった。ある授賞式で彼は、
震災のことを書いて賞をもらうなんて申し訳ない気がします
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とぼそっと口にするのだ。私はこの言葉を、「『献身』の背後に『好奇心』しかない自分の振る舞いを恥じている」と捉えた。そして、彼にそう思わせているものこそ、世間の風潮なのだ。
「弱さ」の重要性
安和隆は避難所で、子どもにこんな風に声を掛ける。
弱いって良いことだぞ。弱いからこそ、誰かの弱い部分に気づいて寄り添ってあげられるんだ。おじさんも弱い部分たくさんあるけど、全然恥ずかしいことない
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「献身」を何で支えるのかは、人それぞれ自由でいいと思うが、私は「優しさ」よりも「弱さ」の方が重要だと感じる。彼の言葉も、まさにそれを示唆していると言えるだろう。
「心の傷」について理解が及ばない人からすれば、「甘え」と大差ないように見えるだろう。そんなのは病気でも傷でもなんでもなくて、ただ弱いだけなんだ、と思っている人はいるはずだ。
確かにそうなのかもしれない。しかし「弱い」ことが悪いのだろうか? 「弱い」という事実が、何か「間違っていること」であるかのような言説を見かける度に、私は息苦しさを感じてしまう。
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強い人間は他人の痛みを理解しないし、だからこそ無自覚に他人を傷つける。弱い人間は他人の痛みを嫌でも理解してしまうし、だからこそ余計に自分も傷ついてしまう。
この両者は、なかなか分かり合えない。お互いが歩み寄ろうとしなければ、永遠に平行線のままだろう。
安和隆は「弱さ」を内に抱えている。だからこそ、他人の辛さを理解し、その傷に寄り添うことができる。そしてそこに「好奇心」が乗っかるからこそ、彼は精神科医という辛い役割を担い続けることができたのだろう。
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映画を観て、安和隆のことが心配になった。彼は、その強い好奇心と責任感ゆえに、常に「精神科医・安和隆」として振る舞っているように見えた。だからこそ、「人間・安和隆」として「弱さ」をさらけ出せるのか、心配になる。
彼のような人こそきちんと救われてほしいと感じてしまった。
映画の内容紹介
在日韓国人の両親の次男として生まれ育った安和隆は、「安田」だと思っていた苗字が実は「安」だと知り、アイデンティティが揺らぐ。
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そして高校時代に、永野良夫という精神科医の著作と出会い、彼に学びたいと医者を志すことに決めた。しかしまだまだ精神科医の役割が適切に評価されていたとは言えない時代のこと。父は常日頃、「社会や人様の役に立つ仕事をしろ」と言っており、安は自分の希望を父になかなか言い出せずにいた。
東大に進んだ兄と常に比べられ、褒められることが少なかったという不満もある中で、彼はついに意思を伝え、精神科医の道を歩み始める。
安はその後、若くして医局長となる。結婚し、子どもも生まれ、仕事も順調。充実した毎日を過ごしていた。
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しかし突然そんな日々に地震が襲いかかる。阪神淡路大震災。安は妻子を大阪の実家に避難させ、自分は一人神戸に残り、ノウハウも経験もない中で、大災害で心に傷を負った人々のケアに邁進していくことになる……。
映画の感想
もの凄く良い映画だった。そしてそれはひとえに、安和隆を演じた柄本佑が素晴らしかったからだと思う。役者の演技にとやかく言えるほど知識はないが、この映画は柄本佑の演技が成立させている、と感じた。
柄本佑は、最初から最後まで感情らしい感情を見せない。表情や口調はほとんど変わらず、感情の起伏が存在するとも感じさせず、ずっとフラットな佇まいのままだ。
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そしてそれは、「精神科医・安和隆」として正しく存在し続けるための彼の選択であり、その選択を柄本佑が忠実に再現している、と私は感じた。つまり安和隆は(柄本佑は、ではなく)、「感情がなさそうなフラットな自分」を演じている、ということだ。
安和隆がそういう選択をしたのだとすれば、その気持ちは分かるような気がする。
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若くして医局長になった彼は、年の功のような、「年齢を重ねたことによる深み」みたいなものを使えない。だからこそ、感情を安定させ、そこに波を感じさせず、良いことにも悪いことにも動じない姿を常に表に貼り付けることで、「精神科医」として正しく振る舞えるようにしたということだと思う。
そして柄本佑の素晴らしさは、安和隆がしていたであろう「フラットな演技」を再現しつつも、まったく単調さを感じさせなかったことだ。何をどうしたらそんな風に見せることができるのか分からないが、最後まで同じテンションで淡々と振る舞い続けているのに、そこに波のような変化を感じさせるのだ。
感情の見えない演技をただ単調に行っていたら、この映画は成立しなかったと思う。そういう意味で、何故か単調には見えない柄本佑の演技こそ、この映画を成立させるための重要なファクターなのだ、と感じさせられた。
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最後に
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「優しさ」に価値があるというような言説がどうしても強くなってしまう社会だが、私は「優しいかどうか」に本質は存在しないと感じている。「優しさ幻想」とでも呼ぶべきものがもう少し和らげば、世の中の窮屈さはもう少し解消されるのではないか、と期待してしまう。
優しいかどうかに関係なく、誰かのためになる振る舞いであるなら、それで十分なのだ。
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【考察】映画『ジョーカー』で知る。孤立無援の環境にこそ”悪”は偏在すると。個人の問題ではない
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【感涙】衆議院議員・小川淳也の選挙戦に密着する映画から、「誠実さ」と「民主主義のあり方」を考える…
『衆議院議員・小川淳也が小選挙区で平井卓也と争う選挙戦を捉えた映画『香川1区』は、政治家とは思えない「誠実さ」を放つ”異端の議員”が、理想とする民主主義の実現のために徒手空拳で闘う様を描く。選挙のドキュメンタリー映画でこれほど号泣するとは自分でも信じられない
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「ヤクザ」が排除された現在でも、「ヤクザが担ってきた機能」が不要になるわけじゃない。ではそれを、公権力が代替するのだろうか?実際の組事務所(東組清勇会)にカメラを持ち込むドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』が映し出す川口和秀・松山尚人・河野裕之の姿から、「基本的人権」のあり方について考えさせられた
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苦しい・しんどい【本・映画の感想】 | ルシルナ
生きていると、しんどい・悲しいと感じることも多いでしょう。私も、世の中の「当たり前」に馴染めなかったり、みんなが普通にできることが上手くやれずに苦しい思いをする…
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