目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:仲野太賀, 出演:衛藤美彩, 出演:三浦透子, 出演:坂東龍汰, 出演:古舘寛治, 出演:川瀬陽太, 出演:村上淳, 出演:河瀨直美, 出演:萩原聖人, 出演:でんでん, Writer:梅原英司, Writer:中川龍太郎, 監督:中川龍太郎
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ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
短期記憶を継続できなくなってもなお保持し続ける「日常感」に狂気を感じる
ストーリー性を排除するからこそのリアルな会話が、日常の「空気感」を印象づける
この記事の3つの要点
- 寝た時の自分と起きた時の自分の記憶が「繋がっている」のはとても不思議なこと
- 「記憶」こそが「社会」を生む。だから、「記憶」を失えば「社会」と繋がれなくなる
- 映画を振り返ってみて初めて気づく「狂気」と、その「狂気」が示唆する「日常の大切さ」
「当たり前の日常」なんてどこにも存在しない「幻想」なのだと気付かされるかもしれません
自己紹介記事
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「記憶」というのは不思議なものだと実感させられた私の経験
私は子どもの頃、3回ほど足を骨折したことがあります。
ちゃんと「記憶」の話に繋がるからもうちょい我慢して
骨折した状況や、正確な回数などは覚えていないのですが、「松葉杖をついて歩いていると脇の下が痛くなる」という感覚や、「松葉杖をついて学校に行くと、物珍しさからクラスメートが集まってくる」みたいな状況はなんとなく覚えています。そもそも私は、子どもの頃の出来事をスパスパ忘れてしまい、ほとんどまともに覚えていないので、その割には結構記憶に残っている出来事です。
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さて、長い時間が経ち、私は30代になりました。10代後半から20代にかけて私は家族とあまり折り合いが良くなく、かなり長く音信不通状態でしたが、徐々に雪解けという感じになり、両親ともまた話をするような関係に少しずつ変わっていきます。
さてそんなわけで、大学進学で上京して以来、両親とほとんど話す機会のなかった私が、30代になって両親と会話をするようになるわけです。そんなに頻繁にやり取りはしませんが、帰省した際に話す機会があります。
そういう中で、何か話の流れがあったのでしょう、私が「子どもの頃3回ぐらい足の骨を折って大変だった」という話をしたところ、両親が揃って「そんなことはない」と言ったのです。
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これには本当に驚かされました。両親の記憶では、私が足の骨を骨折したことなど、1度もないそうです。父親の言い分では、「お前が足を骨折してたら、学校まで送り迎えしなくちゃいけない。でもそんなことをした記憶はない」とのこと。私としては、なるほど、という指摘でした。
前述した通り、子どもの頃のことをスパスパ忘れてしまうので、足を骨折していた時に学校までどうやって通っていたのか思い出せないのです。私は小中学校時代、学区内の一番端っこの辺りに住んでいたので、松葉杖をついて歩いて学校に行く、というのはちょっと現実的ではありません。
結局この話、現在に至るまで未解決のままです。両親共に否定するので、恐らく私の記憶が間違いなのでしょうが、じゃあ私の中にある「松葉杖をついていた記憶」は一体何なのでしょう?
他にも、歯医者の話でも両親と記憶が食い違うんだよね
そう。私には「歯の矯正の準備を兼ねて歯医者で歯型を取った記憶」があるんだけど、両親はそんなことしてないって言うんだよなぁ
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私は長男なので、「下の子どもだから記憶が薄れている」という可能性も低いでしょうし、現在のところ「実は両親と血の繋がりがない」みたいなことが判明していたりもしません。両親と長いことまともに会話がなかったことが影響しているのかもしれませんが、なんとも言えないところです。
というわけで、私としては納得し難いですが、たぶん私の記憶が間違っているのだろう、と今のところは考えています。
それは決して、特別なことではありません。心理学の世界では、人間の記憶は容易に改変され得ると分かっているのです。
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記憶というのは、なかなか簡単には捉えられないのです。
そもそも「記憶」って何なのだろう?
映画の中で、こんな話をする人物が登場します。
あるところに、60年間毎日欠かさず日記を書いている老人がいました。しかしある日、その老人は突然、それまで書いた日記をすべて燃やしてしまいました。60年分、まとめて。次の日、その老人は、また同じ時間に同じように日記を書き始めました。そのおじいちゃんの60年は、どこへ行ってしまったんでしょうね。
記憶は、考古学には残りませんからね
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「記憶」が「物質」ならまだ捉えやすいでしょうが、もちろんそんなことはありません。脳科学的なことを言えば、「記憶」というのは「シナプスに電流が流れている状態」を指すはずです。どのシナプスにどんな強さの電流が流れているのかによって、「記憶」の状態が変化する、ということでしょう。
つまり「記憶」は「物質」ではなく「状態」だということです。
そして私たちは、その「状態」が日々同じように継続している、と信じています。これもまた、不思議なことだと言えるでしょう。
以前、哲学に関する何かの本で、「夜眠りに就いた時の自分と、朝起きた時の自分の記憶が繋がっているように感じられるのは不思議ではないだろうか?」という問いかけが載っていました。なるほど、確かに言われてみればそうかもしれません。
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恐らく「脳の状態」という意味で言えば、正確には「夜眠りに就いた時」と「朝起きた時」では変化しているでしょう。しかし私たちは、そんな変化に気づかず、「変化しただろうか?」と疑問を抱くこともなく、当然のように「自分の記憶は連続している」と考えるはずです。
だから、「記憶を継続できない」という自覚をもたらす「短期記憶の喪失」は、私たちにとって非常に大きな衝撃になるだろう、と感じます。
ただ、実際にどういう感覚になるのか、全然想像ができないけどね
自分も含め、時間は先に進んでいるわけだから、「タイムリープ」みたいな話とも違うしね
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極端な言い方をすれば、「社会生活」というのは「記憶の産物」と言っていいでしょう。昆虫や小動物の集団に対して、人間のような「社会生活」を感じないのは、昆虫や小動物が「記憶」を持たない(持たないように見える)からかもしれません。「記憶」があるからこそ、他人に感謝したり、怒りが湧いてきたり、学問の知見が蓄積されたり、それらの知見を生かして新たな発明が生み出されたりするわけです。
そしてそう考えた時、「短期記憶を失うこと」は「社会の成員としての存在が困難になること」を意味するでしょう。実際上の生活に支障を来たすという問題もありますが、それだけではなく、「社会生活を形作っている記憶」という集合から置き去りにされてしまうという、より本質的な問題も出てくることになります。
そんな風に考えると、私たちの「日常」はあまりに脆いと感じさせられるでしょう。「記憶」という、どんな風に成立しているのかもよく分からない「状態」に依存する形でしか、本質的には「社会」と接続できないのだとしたら、「当たり前の日常」が続くことは全然当たり前ではない、と私には感じられます。
別にそんなことを考えさせるような難しい話ではまったくありませんが、作品全体の雰囲気からも、「自分が当たり前に過ごしている『日常』を、もっと大事なものだと感じた方がいいかもしれない」なんて風に感じさせてくれる作品だと思いました。
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映画『静かな雨』の内容紹介
大学の研究室で働く行助は日々、片足を引きずりながら、パチンコ屋の敷地内にあるたい焼き屋に通う。そこは、こよみという女性が一人で切り盛りしている屋台で、この2人は普段ここでしか接点がない。行助は研究室と家を往復する毎日で、こよみは毎日1個150円のたい焼きを売り続ける。
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そんな2人の距離が少し縮まる出来事があった。真っ昼間から酔っ払っていた常連客が、屋台の周辺でドタバタ暴れまわっており、こよみがその酔っぱらいを一喝して追い払ったのだ。その様子をたまたま見ていた行助は、なんとなく片付けを手伝う流れになり、それから少しずつこよみと個人的な話をするようになった。
たい焼き屋の定休日だったある日、行助はちょっとした偶然からこよみと夜まで一緒に過ごすことになり、彼は別れ際にこよみに電話番号を渡した。
そしてその日の夜遅く、電話が掛かってくる。病院からだった。
病院のベッドに、こよみが寝かされている。意識を取り戻すか分からない、と言われるが、2週間後、無事に目を覚ました。しかし彼女は、事故以前の記憶は覚えているが、短期記憶を保持できない記憶障害に陥っていた。一晩寝ると、前日の記憶は忘れてしまうのだ。
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そんな2人が、一緒に生活をすることになる。
映画『静かな雨』の感想
凄く「空気感」の素敵な映画です。この映画は、ストーリーで魅せるというよりは、空気感で魅せる作品だと思ったので、映画館で観る方がより強い印象を得られるかもしれない、と感じました。
映画ではひたすらに、行助とこよみの「日常」が描かれていきます。映画を観ているという感覚ではなく、「他人の日記を“観ている”」ような雰囲気の作品で、2人が実際にどこかに存在し、2人の日常がどこかで継続しているような、そんなリアルさを感じさせられました。
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特にリアルさを感じさせるのがセリフです。この映画では、ストーリー性を極端に排除しているために、「観客に対する説明的なセリフ」を入れ込む必要がありません。
普通、映画でも小説でも、ストーリーや設定を理解させるために、登場人物が「観客・読者にとって必要な情報」をセリフで言うような場面が出てくるものです。しかしそれらは、「この登場人物の関係性の中で、今更こんな会話するだろうか?」と感じさせてしまうような「違和感」を与えることにも繋がってしまう、と私は感じています。
この映画の場合、そういう「違和感」を感じさせるようなセリフはありません。ストーリー性が希薄だからこそ、観客に伝えるべき情報もなく、だからこそ「行助とこよみが普段しているだろうリアルな会話」をシンプルに写し取ることが出来ている、と私は感じました。
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そして、そんな会話の性質や役者の演技、セリフの発し方、家を舞台に展開されることなど様々な要因が絡まって、「行助とこよみの日常」という「空気感」が非常に濃く描かれているわけです。
カメラがもし固定されてたら、ドキュメンタリーに見えるかもね
ただ、この映画の凄まじい点は、映画全体で最初から最後まで貫かれる「日常感」が、後半では「狂気」に変換される、ということです。
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こよみが記憶を失うまでの物語は、「日常感」がほとばしっていて当然です。なんでもない2人が、なんでもない毎日を過ごしているのだから、「日常感」が漂うのは当たり前でしょう。
しかし、こよみが事故に遭い、短期記憶を継続できない状態に陥っても、彼らは変わらず「日常感」を保持し続けるのです。これはなかなか異常だと言っていいでしょう。
こよみは毎朝起きる度に、行助に「ここ、ユキさん家?」と確認します。事故に遭うまでの記憶しか持っていない彼女にとっては、毎朝起きる度に見る景色は見覚えがないもので、だから行助に確認することになるのです。
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そして行助は、「ここ、ユキさん家?」というこよみの言葉を毎朝聞く度に、こよみの状態に変化がないこと、つまり、事故以降の記憶をこよみが失い続けているという事実を確認することになります。
しかしそれでも、こよみが事故に遭うまでの物語前半の生活とあたかもシームレスであるかのように、彼らの間の「日常感」は失われることがありません。
物語的には、そんな「狂気」を描き出すものではないのだけど、観終わってから改めて思い返すと、その「狂気」に気付かされる、って感じ
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行助とこよみの生活は、決して盤石の地盤の上に成り立っているわけではないとそこはかとなく示唆されますし、当然、記憶を失い続けている女性との生活に問題が生じないはずがありません。しかしこの映画では、その「綻び」の部分にはあまり焦点が当たらず、ひたすらに「前半と変わらない日常感」が醸し出される日々が描かれる、という構成になっています。
制作側の意図は分かりませんが、私はこの「狂気」を描く構成から、「当たり前の日常は決して当たり前ではないのだ」というメッセージを受け取りました。直接的に「記憶を継続できないことによる不都合」を描くのではなく、「記憶を継続できないことによる不都合があるはずなのに、変わらない日常感を醸し出す」という「狂気」を描くほうが、結果的に「日常が当たり前ではないこと」が強く印象づけられるな気がします。
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出演:仲野太賀, 出演:衛藤美彩, 出演:三浦透子, 出演:坂東龍汰, 出演:古舘寛治, 出演:川瀬陽太, 出演:村上淳, 出演:河瀨直美, 出演:萩原聖人, 出演:でんでん, Writer:梅原英司, Writer:中川龍太郎, 監督:中川龍太郎
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ほとんど2人だけで完結してしまう行助とこよみの人生が、これからどんな風に継続していくのか、その余韻さえも感じさせるようなラストだったと感じます。
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