【狂気】映画『キムズビデオ』はイカれてる!監督の映画愛が”奇跡的”に好転したあり得ない実話

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「キムズビデオ」公式HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 閉店を機にイタリアへと渡った「キムズビデオのコレクション」を十数年ぶりに取り戻すための監督の異常な奮闘
  • 「存在し得ないビデオ」も含め、ありとあらゆる映画が揃っていた「キムズビデオ」は、客や従業員のエピソードも特大である
  • 映画愛に溢れた本作監督が「キムズビデオのコレクション」を追いかけ続けた熱意の背景

映画公開時には、「キムズビデオのコレクション」はNYで再びレンタル可能な状態になっていたようである

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

伝説のビデオ店も、それを追う監督も狂気に満ち満ちている映画『キムズビデオ』は、ぶっ飛んだ映画愛に溢れたドキュメンタリー映画だった

まあムチャクチャな作品である。久々に超ド級のドキュメンタリー映画を観たなという感じだ。いや、「超ド級」という表現は少し語弊があるか。別に、スケールが大きいわけでもないし、テーマが高尚なんてこともない。ただ、「えっ、そんな展開アリ!?」みたいなことが次々に起こる映画で、ちょっとドキュメンタリーとは信じがたかったのだ。ホントに、よくもまあこんな作品が成立したものだなと思う。

本作『キムズビデオ』の核心部分について

というわけでまずは、本作の「核心部分」についての説明から始めよう(どこを「核心部分」と感じるかは、観た人ごとに違うかもしれないが)。なのだが、この「核心部分」は物語後半の展開であり、「なるべくネタバレをせずにあーだこーだ書く」というスタンスの私としては、この「核心部分」に触れることは明白に「ネタバレ」に抵触する。しかし本作の場合、この点に触れずには何も書けないので、この記事ではネタバレを気にしないことにしようと思う。私の感触では、本作はネタバレされた状態で観ても十分面白いと思うが、「後半の展開を知らずに観たい」という人は、ここで読むのを止めていただくのが良いだろう。

というわけで、まずはざっくりと本作の流れに触れておくことにしよう。「キムズビデオ」というのはかつてNYに存在したレンタルビデオ店で、多くの映画ファンから「伝説の店」と認められていた。しかし映画が配信に切り替わると、「伝説の店」でもやはり時代の波には逆らえず、閉店が決まってしまう。ただ、「半端なかった」と言われていた品揃えのビデオが閉店によって散逸してしまうのはやはり惜しい。そこでオーナーだったヨンマン・キム(字幕ではこう表記されていたのだが、公式HPではキム・ヨンマンとなっている)は「コレクションの譲渡先」を公募しようと考える。

様々なところから応募があったのだが、色々と検討を重ねた結果、キムは最終的に、イタリア・シチリア島にあるサレーミ市への譲渡を決めた映画『ゴッド・ファーザー』の舞台から60kmほどのところにあるらしい。キムは譲渡にあたり様々な条件を提示したそうだが、その中には「元会員への対応」もあったという。そしてサレーミ市は、「元会員が訪問した際には建物に宿泊できる」という条件も呑んでくれたため、そのようなことを総合して譲渡先に決まったのだ。

さて、ビデオは実際に譲渡された。しかし、それから10年の月日が経ったにも拘らず、未だにキムズビデオのコレクションは一般公開されず死蔵されたままになっている。そして、恐らくここまでは、当時からキムズビデオの動向を追っていた人なら知っていてもおかしくないと思う。

それで、ここからが「ネタバレ」的な話なのだが、キムズビデオの元会員であり本作監督であるデイヴィッド・レッドモンはなんと、「サレーミ市のとある場所に保管されているコレクションを盗み出す」ことに決めたのである。「えっ?」という感じだろう。「ドキュメンタリー映画なんだよね?」と。そう、ドキュメンタリー映画だし、実際に起こったこと(というか、監督が起こしたこと)であるようだ。なんと、「映画撮影と偽って保管倉庫に入る許可をもらい、そのままコレクションを強奪した」というのだからイカれている。しかもその様子を撮影してもいるのだ。これを「狂気」と呼ばずして何と呼べばいいのだろうか?

ちなみに、公式HPにはこんな文章がある。

前半はドキュメンタリーだが、途中からはふたりの監督と映画の“精霊”たちによって、ある種の意図的な創作物語へと発展していく。

正直、この文章が何を意味しているのかイマイチよく分からないのだが、「意図的な創作物語」というのは恐らく、「偉大な映画監督の仮面を被った人物が多数出てくる」みたいな部分を指しているのだろう。「行動そのものは『事実』だが、それが『創作』に見えるように構成している」というわけだ。そしてさらに想像を重ねれば、こんな何とも言えない表現になっているのは、「映し出されているのは明らかな『犯罪行為』なので、少しでも『フィクションである』みたいなボカシ方をしたい」という意図があったりもするのかもしれない

まあいずれにせよ、「誰が/どのように」という過程の部分はともかく、「サレーミ市にあったはずのコレクションが、NYでレンタル出来る状態になっている」というのは紛れもない事実であり、そこに本作監督が何らかの形で関わっていることも間違いないはずだ。そしてそう考えれば、「本作で映し出されていること」も概ね事実なのだと受け取るのが自然ではないかと思う。

それで、私は本作『キムズビデオ』の予告編を映画館で何度も目にしたのだが、「は?」と感じるようなとにかくふざけ倒した内容だったことを覚えている。正直、本編の内容がまったく想像できなかったのだ。ただ本編を観て、そんな予告編になった理由が分かった本編がとにかくイカれ倒していたからだ。そんな映画の予告編はそりゃあ狂ったものになるだろうという感じだった。

ただ本作からは、「狂気」だけではなく「映画愛」も伝わってくる。というのも本作には、様々な映画からの膨大な引用が含まれているからだ。本作は「監督の行動」によってストーリーが展開していくので、「その時々で監督が何をどう感じ、考えていたのか」みたいな描写(ナレーション)が存在する。そして本作においては、その描写の多くを「映画からの引用」で行っているのだ。例えば、監督が「この時は凄く淋しくなった」みたいなナレーションを入れている場面で「登場人物が淋しそうにしている映画の一場面」が挿入される、みたいな感じである(あくまでも例で、実際にはそんな場面はなかったと思うが)。

しかも、監督はキムズビデオの薫陶を受けた人物だ。だから恐らくだが、本作で引用されている映画はメチャクチャマイナーなものばかりなんじゃないかと思う。私は映画にまったく詳しくないので何とも言えないが、少なくとも私が知っている映画は『市民ケーン』ぐらいだった。

そんなわけで、本作は「狂気」と「映画愛」に満ち溢れた作品であり、また、どういうプロセスだったにせよ「死蔵されていたコレクションがNYで再びレンタル出来るようになった」という事実はとても素晴らしいなと思う。にしてもホント、ムチャクチャな映画だったなぁ。

「キムズビデオ」の来歴と、閉店後の決断について

では、「伝説」とまで言われた「キムズビデオ」についてもう少し詳しく触れておくことにしよう。

キムズビデオを作ったのは韓国人のヨンマン・キム。元々はクリーニング店の一角にレンタルコーナーを設けていただけだったが、あまりにも盛況だったため、1987年にレンタル一本に事業を大きく転換したのだそうだ。NYに確か計7店舗を構えていたはずで、どの店舗も品揃えは凄まじかったそうだが、特に8丁目にあった店は別格だったという。

そもそもだが、キムズビデオでは海賊版のビデオも扱っていた。その話は恐らく有名だったのだろう、時折警察がやってきて、レジ前に堂々と置かれている海賊版をすべて袋に入れて持ち去ってしまうのだという。しかし一週間もすると、キムがどこからから再び海賊版を仕入れて店に並べるというイタチごっこが続いていた。さらに、各国の大使館を通じて、本国でしか流通していない映画を勝手にダビングして店に並べていたそうだ(どうやって”勝手に”ダビングしたのかはよく分からないが)。もちろん、当時の法律でも違法だったに違いない。

さらに、当時ほとんどソフト化されていなかったゴダールの『映画史』という作品を、どこからどう入手したのか、キムズビデオでは勝手にレンタルしていたという。この件に関しては、ゴダール側から差し止めの通告が届いたこともあるし、FBIも捜査にやってきたそうだ。

とまあ、犯罪まがいのこと(というかずばり「犯罪」だろう)をして凄まじい品揃えを実現していたようで、それ故に「伝説」と呼ばれるような店になったのだろうと思う。そしてそんな店だからこそ、客や従業員のエピソードも凄まじい。例えば、「コーエン兄弟が未だに600ドルの延滞金を滞納したまま」という話は作中で何度も言及されていた。また公式HPには、「トッド・フィリップス、アレックス・ロス・ペリー、ショーン・プライス・ウィリアムズなどの監督が当時スタッフとして働いていた」みたいに書かれている。さらにキムは、何故かクエンティン・タランティーノと仲が良かったそうだ。「キムズビデオには25万人もの会員がいた」と紹介されていたし、「伝説」と呼ばれるのも当然という感じだろうか。

しかし先述した通り、時代の流れには逆らえず、2008年に閉店を迎えてしまう。私は以前、同じくかつてNYに存在した伝説的なレコードショップ「アザー・ミュージック」のドキュメンタリー映画を観たことがあるのだが、こちらも2016年に閉店した。何となく音楽のサブスクの方が早く広まった印象があるが、結果的にはキムズビデオの方が早く閉店したことになる。ただ、作中で使われていた映像の中でキムは「映画はいずれコンピュータで観れるようになる」みたいなことを言っていたので、とすれば、時代の変化を読んで早めに閉店という判断を下したのかもしれない

いずれにせよ、キムは閉店の道を選んだ。しかしやはり、コレクションを散逸させるのは惜しい。そこで引き取り手を公募したところ、40以上の応募があったという。その中から、彼は最終的にサレーミ市を選んだのだが、結果的にこの判断は誤りだったと言わざるを得ないだろう。

さてここまでのことは、キムズビデオの元会員なら周知の事実と言っていいと思う。そして、キムズビデオと映画を愛する監督は、「キムズビデオのコレクションのその後」を知りたいと思い、「サレーミ市に届いたビデオがどうなっているのか」を探るためカメラ片手にイタリアへ乗り込むのである。彼は事前の調査など一切せずに、しかも通訳も付けずにイタリアへ行ったようで、コレクションが保管されている場所(「セントロ・キム」と呼ばれているらしい)に向かうだけでも一苦労という感じだった。それでもどうにか「セントロ・キム」へと辿り着き、そしてそこで「コレクションが死蔵されている」という現実を知ったというわけだ。

イタリアへと渡ったコレクションを監督が取り戻すまで

しかし、どうしてそんな状況になっているのだろうか? 「死蔵されている」という事実を知った監督は、ここから本格的に調査を開始する

「キムズビデオのコレクションをサレーミ市に譲渡してもらう」という話は、当時の市長であるズガルビの決断だっただ。その後の流れは正直よく分からなかったが、「市から委託を受けた社会学者がキムズビデオにコンタクトを取り、候補に加わった」ようである。

さて、ズガルビがコレクションを欲した理由については色々挙げられていた。「1968年に起こった地震でサレーミ市は壊滅的な被害を受けており、その復興のシンボルとなるような事業が求められていたこと」「ミラノだかローマだかで失敗したためサレーミ市の市長に収まるしかなかったズガルビが、返り咲くための手土産を必要としていたこと」などを背景に、ズガルビはどうもサレーミ市を「芸術の街」にしようと目論んでいたようである。そしてその目玉こそが「キムズビデオのコレクション」だったというわけだ。

本作では、コレクションがサレーミ市に届いた際の様子を記録した映像も使われているのだが、トラックの前に集まった市民が大熱狂している姿がとても印象的だった。連日報道されるぐらい、市民からの関心も高かったそうだ。そして正直なところ、その「熱狂」こそズガルビが求めていたことだったようである。作中では、「ズガルビはコレクションが手に入りさえすればそれで良かった」みたいな説明がなされていたと思うのだが、要するに「『コレクションを手に入れた』という実績と『市民の熱狂』さえあれば、あとのことはどうでもいい」と考えていたということなのだろう。この点は、コレクションが死蔵されてしまった理由の1つと言っていいと思う。

しかしどうもそれだけではなさそうだ。その背後には、よりややこしい事情が横たわっていたようなのである。

監督は調査の過程で、「マフィア撲滅委員会」みたいな組織(正式名は忘れてしまった)のファルコという人物とコンタクトを取っていた。そして彼によると、サレーミ市は長年マフィアとの繋がりが噂されていたようだ。サレーミ市側の窓口と目されていたのがジャンマリナーロという人物で、彼はズガルビが市長だった頃に常に一緒にいたという。だから当然、ズガルビもマフィアとの繋がりが疑われていた

本作に登場したジャーナリストは確か、「ズガルビの議会には、ジャンマリナーロの介入があった」みたいな話をしていたと思う。つまり「市長のズガルビの背後にはジャンマリナーロがいて、そのジャンマリナーロの背後にはマフィアがいた」という構図だったと疑われているのだ。「キムズビデオのコレクションをサレーミ市に持ってくる」という話にも、もしかしたらマフィアが絡んでいたのかもしれない(結局その事実は確定しないまま本作は終わるのだが)。そしてそのような背景も関係しているのだろう、コレクションは湿気の管理もなされていない倉庫にほったらかしにされ、にも拘らず「誰も触れてはいけない」みたいな扱いになっているのだ。

そして監督は、「そんなことは許せない」と考えた。「映画に対する冒涜だ」ぐらいに思っていたんじゃないだろうか。

監督は、砂漠の小さな町で生まれたという。映画『パリ、テキサス』の舞台が近いそうだ。6歳の時に両親と離れ(離婚だったか死別だったかは忘れてしまった)祖父母に預けられたことが映画との出会いだった。昔から空想と現実の区別がつかなくなるタイプで、「映画の世界のこと」が現実に感じられることもあったそうだ。

監督は「田舎で映画と言ったらウォルマート」と言っており、それで15歳の時にアルバイトを始めたという。しかしある日店長から、「ゴミ箱にこれがあった」とビデオを突きつけられたそうだ。どうやら店長は、「こいつが後で盗もうと思ってゴミ箱に捨てた」と理解したようである。もちろんそんなことはしていないのだが、口論の末に監督は言い負かされ、「二度と戻って来るな」と言われてしまったそうだ。

それから何年か経ってNYに住むようになったんだと思う。で、映画を探そうとして色んな人に話を聞いていたら、「キムズビデオを知らないの?」と鼻で笑われたそうだ。そんなきっかけで知ったキムズビデオは、まさに「魔窟」のような場所で、監督は「初めて自分の居場所が見つかった気がした」と話していた。

だから監督にとって、「キムズビデオのコレクション」はある意味で「人生そのもの」みたいな存在だと言っていいのだと思う。そしてそれ故に、それが遠くイタリアの地で適当に放置されている状況を許容出来なかったということなのだろう。

しかしだからといって、「よし、じゃあ強奪しよう!」という発想もムチャクチャに過ぎると思う。ただ何となくではあるが「キムズビデオの元会員ならしょうがないか」という気分にもなるから不思議だ。さらに、「強奪計画」を立てるためにあらゆる映画を見漁ったとかで、最終的には、映画『アルゴ』で描かれている「実際に行われたスパイ救出作戦」を参考にしたというから、「映画狂ここに極まり」という感じだろう。「映画の撮影許可をもらった倉庫」からビデオを盗み出した後、「すべて脚本通りだ」と嘯いてみせた感じもなんか凄く良かったなと思う。

まあ、とにかく信じがたい話のオンパレードで実に興味深かった。正直に言えば、私はこういう「狂気的な世界」と関わっていたいとさえ思う。まあでもなぁ、そこまで何かに深く深く熱狂できるわけではない私には、なかなか難しいことではあるのだけど。

最後に

私はかつて書店員として働いていたのだが、本作や映画『アザー・ミュージック』を観ながら、「やっぱり物質を並べた方が面白いよね」と感じたりもした。音楽や映画の販売・レンタルがほぼ死んだ今、エンタメで大規模な店頭販売がどうにか継続しているのは本ぐらいじゃないだろうか。まあ本も相当ヤバいとは思うが、個人的には「あらゆるモノがネットに移行してしまう状況」はつまらないなと思う。ネットの「品揃えに一切の制約がない環境」よりは、「物質を並べるからこそ制約が生まれる環境」の方が面白くなるという感覚が私の中にはあるのだ。

ちなみに、少し触れたことではあるが、キムズビデオのコレクションは現在、NYで再びレンタル出来るようになっている。しかし、その話を初めて監督から持ちかけられた現オーナーは、「訳が分からない話だったし、最初は新手の詐欺かと思った」「話を受けたのはほとんど賭けだよ」と言っていた。まあ、そう感じるのも当然だろう。2008年の閉店後、どうなっているのかほとんど知られていなかった膨大なコレクションが突然現れ、「それをレンタルしてくれる人を探している」なんて話をまともに信じる人などいないだろう。こういう「訳の分からなさ」も大好きである。

また、本作の公開を記念して、450本限定でVHS版が制作されたそうだ。レコードと同じようにVHSも復権を果たしたら面白いなと思うが、レコード以上に「再生機」の入手が困難だろうからそう簡単にはいかないか。ちなみに、私が本作を観たヒューマントラストシネマ有楽町では、ショップで様々な映画のVHSを販売していた。それぞれ値段は違うようだったが、1本見てみたら6000円だったのでそっと戻しましたよ

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