【改革】改修期間中の国立西洋美術館の裏側と日本の美術展の現実を映すドキュメンタリー映画:『わたしたちの国立西洋美術館』

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」公式HP

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

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この記事の3つの要点

  • ル・コルビュジエの建造物の1つとして世界遺産に登録されたことがきっかけの1つにもなった改修工事の全貌
  • 「美術館は『開いていること』にこそ価値がある」という本質的な存在意義について
  • 本来的には「無料」のはずの貸し借りに大金を支払う日本の美術展の歪みと問題点

人もお金も足りない中で、ある種の「やりがい搾取」と言うべきかもしれない日本の美術館の現状が理解できる

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません

改修中の美術館ってどうなってる? 「普段見られない国立西洋美術館の裏側」と「日本の美術展の現状」が理解できる映画『わたしたちの国立西洋美術館』

「メチャクチャ面白かった」というわけでは決してないのだが、かなり興味深い映画ではあった。なにせ、普段は絶対に見ることが出来ない「美術館の裏側」が垣間見れる作品なのだ。国立西洋美術館は割と近くにあって、何度か展示を見に行ったこともあるし、フェンスで囲まれた改修中の様子も何度も目にしたことがある。そんな、私としては割と「身近な」美術館の「裏側」を覗き見出来たことは良い機会だったなと思う。

本作『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』は、2020年10月に改修のために閉館してから、2022年6月のリニューアルオープンまでを追った作品だ。期間に注目していただければ分かる通り、「コロナ禍」ともろ被りである。「美術館の改修」ともなるとかなり大規模な準備が必要だろうし、美術展もその改修スケジュールに合わせる必要があるはずだ。だから「コロナ禍になったから、良いタイミングだと思って改修を決めた」なんてスケジュールのはずがないだろう。そう考えると、「まさにここしかない」という絶妙なタイミングで改修が行われたと言っていいように思う。この点は、映画を観る上では特に重要な情報ではないが、私としては「凄い僥倖だったな」と感心させられてしまった

改修の目的と、日本の「梱包」のレベルの高さ

映画の冒頭ではまず、今回の「改修」の目的が説明されていた。大きく分けて2つあるそうだ。

1つは「前庭」の防水工事である。国立西洋美術館の入口前に広がる広い敷地のことだが、その前庭の下には収蔵庫なり展示室なりがある。だから、美術品を破損させないように、前庭の防水は完璧になされていなければならない。最後に防水工事が行われたのが25年前とのことで、それを新たにやり直すというのが1つ大きな目的だ。

しかし、より重要な点は、「建物全体が世界遺産に登録されたこと」に関係している。国立西洋美術館は、ル・コルビュジエの建造物の1つとして世界遺産に登録されたのだが、ル・コルビュジエは建物だけではなく、前庭の設計にも携わっていたのだそうだ。

しかし、そこにどういう経緯があったのか、特に説明されなかったので分からないのだが、改修前の前庭は、ル・コルビュジエが設計したものとは少し異なっていたのだという。そこで、「前庭をル・コルビュジエの設計した通りに可能な限り復元する」ことで、世界遺産としての価値をより高めようというのが、今回の改修の最大の目的だったのである。

さて、こう説明されると、「前庭の工事なのだから、収蔵物には大して影響はないだろうし、準備にだってさほど時間は掛からないはずだ」と感じるかもしれないが、実はそんなことはない。工事の都合上、どうしても収蔵庫の一部で停電が発生することが避けられなかったからだ。停電となれば、美術品の保存に適した温度・湿度に保つための空調が機能しなくなってしまう。そのため、停電が起こる予定の収蔵庫に収められている美術品をすべて搬出しなければならなかったのである。

では、この「搬出」の作業、実際に行うのが誰なのか知っているだろうか? 学芸員ではない。日本通運や佐川急便などの運送会社の社員が行っているのだ。私には少し意外に感じられた。確かに、テレビのニュースなどで「仏像や国宝などを運送会社の人が遠方に運ぶ」というのは見たことがあるし、その際は当然、梱包などの作業も行っていた。ただそれは、「遠方に運ぶこと」がメインであり、「梱包」はあくまでも”ついで”、「そうしなければ運べないから」というだけの理由だと思っていたのだ。

しかし今回は、収蔵品を美術館内で移動させるだけである。それでも運送会社の人が作業を行うというのが意外だったのだ。学芸員の1人は映画の中で、

外国の美術館も当然、美術品の梱包は丁寧に行うが、日本のそれはやはりずば抜けていると思う。

と、その技術力の高さを称賛していた。まさか運送会社が、美術の世界のノウハウで世界レベルのクオリティを保っているとは想像もしていなかったので、そんなことにさえ驚かされてしまったというわけだ。

美術館は「開いていること」にこそ価値がある

映画では「改修作業」だけではなく、学芸員たちの普段の仕事や、休館中だから出来る「常設品の貸出」など様々な点に焦点が当てられる。そしてその中である学芸員が、

美術館は「開いていること」こそが最大の使命だ。

というようなことを言っていた。もちろんこれは、「美術品は観てもらってこそ意味がある」という話なのだが、なんというのか、そういうこと以上に、シンプルに「『美術館が開館していること』の意義」みたいなものを強調している発言なのだと思う。

かつて美術品というのは「『特定の個人』しか鑑賞できないもの」だった。それを一箇所に集め、誰でも観られるようにしたのが美術館というわけだ。つまり、美術館の最大の存在意義は、「行けばいつでも美術品を観られること」であり、だから「常に開館していること」が大事なのである。

本質的にそのような存在意義を持つ美術館だからこそ、「長期間に渡り閉館する」という状態になることはなかなかない。そのため、そんな滅多にない機会を上手く活用しようと、「国立西洋美術館にはこの展示は必要不可欠」という美術品を地方の美術展で展示したり、あるいは常設展示を大幅に入れ替えたりするのである。改修のための準備だけではなく、改修中にやるべきことの準備もしなければならないわけで、やはりそう考えると、改修時期はかなり早い段階で決めておく必要があったはずだ。やはり「凄いタイミングでの改修だったな」と感じざるを得ない。

映画には様々な学芸員が登場し、「改修中にしていること」や「普段の仕事」などについて語るインタビューが挿入される。当然と言えば当然なのだろうが、皆「西洋美術」がとにかく好きなようで、どのように西洋美術の魅力に取り憑かれていったのかについても熱く語っていた。やはりコロナ禍では苦労したようだし、「美術展」を開くにも苦労が多かったみたいだが、それでも皆、好きなものに携わって仕事が出来ていることに喜びと誇りを感じているようだ。それが伝わる雰囲気がとても印象的だった。

日本における「企画展」の特殊さ

作中では、決して国立西洋美術館だけに関わるわけではない問題も指摘されていた。それが「企画展」である。とにかく日本では今、美術館が「企画展」を行いにくくなっているというのだ。

その背景には、「これまでスポンサーになってくれていた新聞・テレビが、企画展を開く体力を失っている」という事実も関係しているのだが、しかし実はそれ以前の問題がある。この点については本作中で語られていたわけではないのだが、以前読んだ『美術展の不都合な真実』(古賀太)に書かれていて非常に驚かされたので、まずはこの話から始めよう。

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大事なのは、「本来的には、美術館同士の美術品の貸し借りに支払いは発生しない」という点である。もちろん、「輸送費」や「保険料」などは掛かるだろうが、「貸出料」に相当するものは普通存在しないのだという。「『文化』なのだから、お金でやり取りするのは相応しくない」というのが国際的な感覚なのだそうだ。

しかし日本の場合、海外の美術館などから作品を借り出す際に、莫大な「貸出料」を支払っていることが多いと思う。そしてそれを、新聞社やテレビ局が負担しているというわけだ。しかし、普通なら「無料」のはずの美術品の貸し借りに、何故日本は大金を支払っているのだろうか?

この点についても『美術展の不都合な真実』の中で説明されていた。まず西洋の場合、「美術館」はそもそも「美術品が先に存在し、それを管理・展示するために美術館が作られる」という流れで生まれている。王族や貴族などのコレクションがそのまま「美術館」になった、みたいなイメージだ。

しかし日本の場合、戦後になって「西洋に追いつけ」を合言葉に先走ったため、美術品が無いまま「美術館」だけたくさん建ててしまったのである。収蔵品など無いのだから、そこは単なる「展示会場」でしかなく、展示品はどこかから持ってくる必要があったのだ。

このような成り立ちだったため、日本の美術館の多くは「借りる」ことは出来ても「貸す」ことが出来なかった。それもあって「対価の支払い」という発想になった可能性もあるだろう。またこの点は、日本において「常設展」よりも「企画展」が主流になった理由でもある。日本にはそもそも魅力的な「常設展」が少なく、一方で、マスコミが「収益目的」で「企画展」を開く。このため、「企画展を行わなければ美術館に人が来ない」という状況が生まれてしまったというのである。

またそもそもだが、「世界の美術界において『日本』が下に見られていた」という側面もあるだろうと思う。映画に登場した学芸員も同じようなことを言っていた。特に国立西洋美術館は「西洋美術」を扱っているわけで、西洋から「アジアの国がまともな『西洋美術展』など開けるのか?」と懐疑的に見られていただろうことは想像に難くない。

そんなわけで、「程度の低い日本に美術品を貸し出すならお金をもらおう」みたいな発想があったのかもしれない。あるいは、「美術館同士の貸し借りは無料」という常識を知らなかったマスコミによる単なる勇み足に過ぎず、「くれるっていうならもらっておこう」ぐらいの感じだった可能性もあるだろう。

いずれにせよ、日本では「マスコミ主導の企画展」がとても多い。そして「マスコミ主導の企画展」の場合、学芸員がやることはほぼないため、学芸員が腕を磨く機会も少なくなってしまう。そのせいで、「『自前の企画展』がますます行いにくくなる」という悪循環に陥ってしまうというわけだ。

このような背景があるため、日本ではそもそも「美術館主導の企画展」が少ないのである。

以前にも増して、企画展が行いにくくなっている現状

映画ではさらに、「ますます企画展を行いにくくなっている」という現状が語られていた。

まず先述した通り、新聞社やテレビ局の体力が落ちているため、これまでスポンサーになってくれていたマスコミが企画展を行えなくなってきている。マスコミは決して、慈善事業で企画展を開いているのではない。あくまでも「収益」を求めた事業なのだ。そのため、「確実に収益が見込めるような企画展」しか提案しないし、だからこそ、誰もが知るようなビッグネームを集めた企画展ばかりが行われることになる。

また、以前にも増して美術館の予算規模は減っているという。少し前に、国立科学博物館によるクラウドファンディングが注目を集めたが、その話題を取り上げるニュース番組の中で、フランスや韓国との「文化事業に割く予算規模」の比較が紹介されていた。日本の予算規模は、金額ベースでもフランスや韓国の4分の1から3分の1程度でしかない。さらに驚くべきは政府予算に占める割合で、フランス・韓国ともにほぼ1%であるのに対し、日本はその10分の1である0.1%に過ぎないのだ。あまりにもお粗末ではないだろうか。

さらに日本では2001年、美術館や博物館が「独立行政法人」に変わり、「それぞれが自力で収益を上げなさい」という仕組みに変わった。もちろん、税金が投入されないわけではない。しかし、改修中の2021年に就任した新館長は、

館長として再びここに戻ってきて驚いたのは、以前在籍していた時よりも予算規模が半分近くまで減っていること。

と驚いていた。かつて学芸員として在籍していた頃と比べたら、使えるお金がまったく違っていたというわけだ。それでは、「自前の企画展」を行うのもなかなか難しいだろう。

またそもそもの話だが、日本の美術館は海外と比べ、圧倒的に「人員」が少ないのだそうだ。これももちろん、予算の問題に収斂されるのだろう。防衛費も大事だろうし、社会保障費も必要だと思うが、同じぐらい文化事業も重要なはずだ。インバウンドだ外国人誘致だと声高に叫んだところで、文化の土台とでも言うべき美術館・博物館が資金難に喘いでいる状況では、あらゆることが覚束ないだろう。国家予算の1%とは言わないが、せめて0.5%ぐらいは振り分けられないものだろうかと感じてしまう。それでも現状の5倍なのだから、それなりのインパクトはあるはずだ。

ただ、前向きなことを語る学芸員もいた。

開館当時は370点しか収蔵品がなかったが、今は6000点以上に増えている。だからこそ、それらをどう組み合わせるかで見せ方は色々と考えられる。

予算も人員も足りない状況では、「個人の努力」に頼らざるを得なくなるし、正直そういう状況は良くないと感じる。しかし「西洋美術が好き」という人たちの集団なのだから、とにかくその「好き」をひたすらに突き詰めてもらえたらいいなとも思う。そしてその結果、「魅力的な企画展」として私たちの生活にも還元されるのであれば、とても素晴らしいだろう。学芸員の方々には頑張ってほしいと思うし、なかなか最近行けていないが、やはり定期的に美術展には足を運ぼうと改めて感じさせられた。

最後に

「好き」を仕事にした人たちの溢れんばかりの「楽しさ」みたいなものが随所に映し出される作品であり、カメラに映っていない様々な大変さもあるはずだが、「こんな風に働けたらいいだろうな」と感じる人も結構多いのではないかと思う。そういう意味でも魅力的に映る作品と言えるだろう。

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