目次
はじめに
この記事で取り上げる本
講談社
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 通常、敗戦国は苛烈な扱いを受けるが、太平洋戦争終結後は”比較的”平穏な占領政策が取られたのは何故か?
- アメリカ人は、終戦時でさえ「日本人は命を軽視する野蛮な民族だ」と考えていた
- アッツ島に取り残された5000人の日本兵救出作戦が、後の日本を救った
不可能に思えた救出作戦と、日本人を理解しようとしたアメリカ人が、日本の未来を救ったという衝撃の物語
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本書の冒頭には、
この小説は史実に基づく
登場人物は全員実在する(一部仮名を含む)
と書かれている。個人間の会話や機密のはずの会議など、明らかに創作だと感じる箇所も多々あるが、骨組みとなる事実の部分は史実に沿っていると考えればいいのだろう。
まさかこんな歴史があったとはと驚かされた、歴史小説の傑作だ。
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「何故平穏な終戦を迎えられたのか?」という本書の核となる謎について
本書には、こんな文章がある。
だがここには、日本人なら誰でも抱いたことがあるはずの素朴な疑問が存在する。アメリカは原爆を落とす無慈悲をしめしながら、なぜ直後に比較的平和な占領政策をとるに至ったのか。
私は本書を読むまで正直、こんな疑問を抱いたことがない。理系の人間なこともあり歴史に興味がなく、というかむしろ嫌悪していたので真面目に学んでこなかった(ちょっと後悔している)。みなさんはこんな疑問を抱いたことがおありだろうか?
恐らくだが、私と同じように「そんなこと考えたこともなかった」という人もきっといるのではないだろうか。まずはその辺りのことを少し説明しておこう。
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過去の歴史を振り返ると、大体どんな戦争であっても、戦争に勝った国が負けた国を「蹂躙」と呼んでいいほど苛烈な扱いをすることが多いだろうと思う。歴史の授業でも、ニュースで報じられる現代の戦争でも、そのような状況を見聞きすることがあるだろう。
しかし日本の場合、戦争に負けたにも関わらず、知られている戦争と比較して占領政策が平穏だったと言っていいはずだ。もちろん、様々な場面で個人が不利益・不合理を受けていたとは思うが、日本という国全体で捉えてみた時には、「そんなに酷い扱いではなかった」という評価になると思う。
さらに注目すべき点は、終戦の直前に原爆を落としていた、という事実である。これは、「終戦直前の段階でもまだ、日本という国に対する憎悪・嫌悪が強かった」ことを示唆しているだろう。そうでなければ、甚大な被害を与えると分かっていた原爆投下という無慈悲な行為を決断することはなかったはずだ。
つまり、「原爆投下」から「終戦後の占領」の短期間に、「日本」という国の評価が大幅に変わったに違いないのである。
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これが、本書が突きつける謎の要点だ。
原爆投下に至った、「アメリカ人による日本人の捉え方」
それでは、原爆投下をアメリカ側の視点で見てみることにしよう。なぜ彼らは、原爆を落とすという決断に至ったのか。
ホワイトハウスは当時、シンクタンクに日本の分析を依頼しており、「日本人の性質」はこう捉えられていた。
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日本人は自他の生命への執着が薄弱であり、だからこそ一億玉砕にも呼応する。であれば、本土決戦になれば婦女子を含めた非戦闘員が戦闘員になりうる
この分析には、政治的な駆け引きという側面もある。それについては、この記述を知った登場人物の1人の感想が分かりやすいだろう。
恣意的な誘導だと筒井は思った。一億総特攻を拒否しないからには、民間人も非戦闘員ではなく、したがって原爆の標的にしても国際法違反にあたらない。そう暗に示すのが目的だろう
つまり、様々な背景から「是が非でも原爆を投下したかった」アメリカが、自身を正当化するための主張というわけだ。
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しかし一方で、当時のアメリカ国民の民意を完全に無視した決断でもないはずだ。だからアメリカが、「日本人は生命を尊重しない民族だ。だから一億玉砕などというスローガンがまかり通る。そんな民族なのだから、戦闘員だろうが非戦闘員だろうが関係ない」と考えていたというのは大枠で真実なのだろう。
この「日本人は生命を尊重しない民族」という捉え方は、アメリカ人にとってはかなり根深いものだったようだ。それほどまでに「一億玉砕」や「特攻」が理解できなかったのだろう(まあ、私にも理解できないが)。
アメリカは、日本人をこんな風に捉えていたからこそ原爆投下に躊躇しなかったわけだが、それは裏を返せば、原爆投下の瞬間まで、アメリカは日本人を「生命を尊重しない野蛮な民族」と捉えていたということになるだろう。
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物語の中では、1945年8月15日のアメリカ軍の会議でのやり取りとして、こんな発言がある。
本土決戦、一億玉砕、一億総特攻、神風。軍部の呼びかけに国民から強く反発する声もなく、むしろ積極的に応じているとの報告が多々ある。それらに基づいた分析だ。どの戦線でも、日本の軍司令部は玉砕を強いて、無慈悲に兵を見捨ててばかりだ。なのに遺族は、訃報をきいても感謝を捧げている。復讐心もより強まるかもしれん。われわれが日本の占領にあたり、警戒するのは当然だろう
(※占領に際して)今後も非戦闘員による個人単位での玉砕、あるいは村や隣組など小自治体単位での反乱が起こりうる、注意警戒事項にそうある。根拠は、日本人に根付いた国家主義が、人命の尊重に優先するという、彼ら固有の意識構造にある
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まさに終戦を迎え、これから日本を占領するというまさにその日であっても、日本人に対する認識に変化はなかったのだ。そのままであれば、苛烈な占領政策が実行に移されてもおかしくはなかっただろう。
それなのに何故、アメリカは方針を転換し、平穏な占領政策を取ったのだろうか? 本書はその謎に迫る。
アメリカの占領政策に大きな影響を与えた、日本人になったアメリカ人
終戦日でさえ日本人に対してマイナスの捉え方をしていたアメリカの占領政策を転換させたのは、後に日本に帰化することになる、1人の有名なアメリカ人だ。本書で彼は、「ロナルド・リーン」という仮名で登場する。この名前でピンと来る方も多いだろう。
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彼は若い頃、タイムズスクエアの一角にある古本屋で出会った『源氏物語』の翻訳に心を捕まれ、その文学の豊かさから極東の島国に憧れるようになった。そして日本語を学び、戦時中はアメリカ軍の通訳として従軍、この物語と関わる「アッツ島」に派遣されていた時期もある。
アッツ島では、駐留していた日本軍がほぼ全滅していた。もう助からないと判断した司令官から、玉砕の命令が下っていたのだ。その事実を知った「ロナルド・リーン」は理解に苦しむ。『源氏物語』という、繊細な情愛の念が民族の根底にあるというのに、どうして玉砕やバンザイアタックのような発想に行き着いてしまうのだろうか、と。
「ロナルド・リーン」は、他の多くのアメリカ人が日本人を
自殺の欲望に憑かれ、自他ともに生命を果てしなく軽んずる、いわば狂気といえる国民性の発露
と捉えている時に、より正しく日本人の行動原理を理解しようと奮闘するのだ。
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その結果、たどり着くことになる。アッツ島に隣接するキスカ島での、アメリカ人が日本人に対して持っているイメージを根底から覆すような「救出作戦」に。
まさにそれは、終戦のちょうど2年前、1943年8月15日の出来事だった。そして、「キスカ島の救出作戦」を知った「ロナルド・リーン」は「日本人を捉え間違っている」と力説し、占領政策の転換に大きな影響を与えることになる。
つまり日本は、『源氏物語』に救われたと言っていいだろう。なんとも凄まじい物語だ。
松岡圭祐『八月十五日に吹く風』の内容紹介
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アリューシャン列島は、ロシアとアラスカに挟まれたベーリング海に浮かんでいる。そしてそのアリューシャン列島の中に、アッツ島(熱田島)とキスカ島(鳴神島)がある。戦時中に日本軍が占領したアメリカの領土だ。
アッツ島に着任した山崎保代大佐は、島の現況を理解していた。ここは、動植物のまったく存在しない極北のツンドラ地帯であり、島外からの補給は長らく途絶えている。増援部隊を送るという連絡を受けて、すでに9日目。完全に孤立していると言っていい。
アメリカ軍に対しては徹底抗戦を敷いているのだが、いつまで持つかは未知数だ。というか、こらえきれないだろう。そんなタイミングで、山崎をアッツ島へと送った樋口司令官から打電が届いた。
「全員、玉砕せよ」
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アッツ島では、2638名の日本人が死を迎えた。
同じ頃、隣のキスカ島にも5000人を超える日本兵がいた。こちらもアッツ島同様、アメリカ軍への抵抗は続けているものの、完全に孤立している。そんな時、打電が届く。暗号化されていない平文で届いたのは、アッツ島と同じく玉砕を促す内容のものだった。しかし同時に、「ガダルカナル島での撤退作戦」の通称である「ケ号作戦」の内容が暗号文で送られてきたのだ。
どういうことだろう。まさかこれは、救出作戦の知らせなのだろうか?
しかし普通に考えれば、キスカ島から5000人の兵士を脱出させるなど、不可能と言える。キスカ島はアメリカ領の孤島であり、周囲の海域にはアメリカの艦隊がひしめきあっている。艦隊の損失を出さずに、アメリカ軍の包囲網を突破して5000人を救助するなど、できるはずがない。
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しかし樋口司令官は諦めなかった。難色を示す大本営から救出任務の了解を取り付け、困難なミッションを引き受けてくれる艦長も探し出した。海軍少将の木村晶福だ。
木村は、気象専門士官である橋本恭一少尉と共に、誰もが「不可能」と考えた任務を完遂すべくアリューシャン列島へと向かうのだが……。
松岡圭祐『八月十五日に吹く風』の感想
本書の核は「平穏な占領だった理由」なのだが、物語の大半はこのアッツ島・キスカ島を舞台に展開される。もちろん、それぞれの島での過酷な生活や樋口司令官の陰ながらの奮闘、アメリカ軍がどんな動きを見せるのかなど様々な描写がなされるが、物語の背骨は「キスカ島の救出作戦」にある。
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なかなか距離感をイメージしにくいと思うので、まずは「キスカ島」の場所を確認しておこう。
日本からこれほど離れた場所にある小さな島に船で向かい、日本兵を救助しようというのだ。しかも、島に着いてから1時間以内に5000人を船に収容し撤退しなければ危険を回避することは難しくなる。
ますます無謀としか言いようがないだろう。
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このようなアイデアを次々に指示し、誰もが無理だと考えていた任務をやり遂げてしまう。
木村は5000人の兵士を救ったが、彼はさらに多くの人命を救ったと言っていい。何故なら、木村がキスカ島の救出作戦を成功させたことで、「ロナルド・リーン」は説得力を持って「日本人は命を過小に扱う野蛮な民族ではない」と進言出来るようになり、そのことがきっかけで占領政策が変わっていくからだ。
本書を読むと、様々なことがまさに「紙一重」で動き、歴史が決していったことが伝わってくる。
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こう思ってほしい。救える者から救っていると。救うことが許される者から、あるいは容認される者から、そういうべきかもしれん。私にはいまのところ、それしかできんのだよ
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アッツ島には玉砕を命じながらも、キスカ島の兵士は救う。なかなか矛盾した行動だが、本書を読めば、彼には彼なりの正義や信念があることが分かる。平時であれば「正しさ」だけを貫き通して生きていくことができる人物だろうが、有事においてはそうはいかない。難しい境地に立たされつつ、その時なりの判断で彼は自らの生き様を示していくのだ。
若い兵士たちは、天皇陛下のため命を捧げるべき、そう信じている。敗北はむろんのこと、敵の捕虜になるのも恥と考える。だが、こんな時代をつくりだしてしまった自分たちこそ、恥を知らねばならない
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最後に
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