目次
はじめに
この記事で取り上げる映画

「なみのおと」公式HP
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「向かい合って対話しているはずの2人が、それぞれ正面からワンショットで抜かれる」という、ドキュメンタリーとしてはあり得ない映像
- そんな特殊な映像によって観客は対話の場に引きずり込まれるし、また、対話者の関係性もより深く推し量れたように思う
- 凄まじい体験談やなかなか人前では話せないだろう感覚について、軽妙に語る者たちの雰囲気が印象的だった
語られているのは実に個人的なエピソードなのだが、「東日本大震災」の話であるが故に「普遍性」を帯びており、観る者に突き刺さる
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記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
東日本大震災について語る人々を映し出す映画『なみのおと』は、語られる内容だけではなく、その“あり得ない”カメラ位置にも驚かされる
本作は、ずっと観たいと思っていた映画である。以前読んだ『ユリイカ 2018年9月号 総特集=濱口竜介』に、本作について興味深いことが書かれていたからだ。
著:濱口 竜介, 著:蓮實 重彦, 著:平倉 圭, 著:砂連尾 理, 著:三浦 哲哉, 著:柴崎 友香, 著:東出 昌大, 著:岡本 英之, 著:tofubeats, 著:松野 泉, 著:志賀 理江子
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「カメラがどこに置かれているのか分からない」という、実に奇妙な映像
もちろん、「東日本大震災後を生きる人々の対話を捉えた作品」という内容自体への興味もあった。しかしそれだけではない。先述した『ユリイカ』には、「映画『なみのおと』では、カメラがどこに置かれているか分からない」みたいなことが書かれており、それがどういうことなのか気になっていたのである。
そして実際に観て、「確かに、カメラがどこにあるのか分からない」と感じた。実に不思議な映像である。
さて、その「不思議さ」について文字で説明するのはなかなか難しいので、まずは少し別の話をしたいと思う。ドラマや映画などにおける、「人物2人が向かい合って喋っている」みたいなシーンを取り上げることにしよう。例えば、人物Aが正面からワンショットで抜かれ、その後で人物Bが同じように映し出されると、「この2人は向き合って喋っているのだ」という見え方になるだろう。これはイメージしやすいと思う。
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しかし実際の撮影では、人物Aと人物Bはもちろん向かい合ってはいない。人物Aのワンショットを撮る際には「人物Bが座っているはずの場所にカメラマンがいる」し、人物Bの場合はその逆だからだ。人物Aと人物Bが実際に向かい合っていたとしたら、「向かい合っているような映像を撮ること」は不可能だろう。
しかし映画『なみのおと』では、そんな「不可能」が実現している。つまり、「向かい合って対話をしているはずの2人が、それぞれ正面からワンショットで抜かれる」という、あり得ない映像が収められているのだ。さて、本作では1人で喋るパターンも3人で喋るパターンもあるが、分かりやすく2人のパターンの説明をしよう。フィクションであれば、「人物Aのセリフを撮る」→「カットし、カメラ位置を入れ替える」→「人物Bのセリフを撮る」みたいなやり方が出来るが、本作はドキュメンタリー映画である。しかも「対話している人を撮る」わけで、なおさら「カットし、カメラ位置を入れ替える」なんて手順を組み込んだりはしないだろう。
だからこそ、意味が分からない。普通には撮れないはずの映像が現出しているのである。まずはこの点に驚かされてしまった。
さて当然だが、「あり得ない映像を撮った」みたいな「手法の凄さ」をアピールしたくてそんなやり方をしたはずがないだろう。濱口竜介監督には何か意図があったはずだ。それで私は、本作を観ながら「自分がその場にいるかのような感覚」になれたような気がした。「向かい合った2人を外から同時に収める」ではなく、「向かい合っているかのような映像を撮る」みたいな演出がフィクションの世界で行われるのはやはり、「その場にいるかのような臨場感を与えるため」じゃないかと思う。「向かい合った2人を外から同時に収める」みたいな撮り方だとどうしても、「部外者であるような感覚」を与えてしまうだろう。そんなわけで、フィクション的な手法で撮られた本作『なみのおと』は、「観客を対話の場に引きずり込む」ことに成功しているように感じられた。
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またこの手法には、「対話している者同士の関係性をより色濃く浮かび上がらせる」みたいな効果もあるように思う。「正対して向かい合う」なんて、本作に登場する「夫婦」「姉妹」のような親しい関係の場合は特に、日常の中でそんなにする機会はないだろう。そしてだからこそ本作では、「正対しているが故の微妙なぎこちなさ」みたいなものが浮き出ていたり、あるいは逆に「正対しているが故の思いがけない真剣さ」が発揮されたりしているように感じられた。そのような要素は対話している者同士の関係性を掴む端緒になるし、それは、「対話している者同士の会話以外に、話者に関する情報が説明されない」という本作のような作品にはより効果的と言えるのではないかと思う。
さらにこのような映像は、フィクションでは馴染み深いがドキュメンタリーではまず見かけることがない(何せ私は、未だにどう撮っているのか分かっていないのだ)。そしてだからこそ「違和感」がもの凄く強くなる。そのことが観る者にどういう効果をもたらすのかは人それぞれかもしれないが、そんな「違和感」が観客を惹き付ける要素として働くこともあるだろう。私は元から本作の「映像の奇妙さ」を知っていたわけだが、知らずに観た人は「なんか変だけど、何が変なんだろう?」みたいに感じるかもしれない。それも1つ、本作の魅力と言えるのではないだろうか。
そんなわけで、フィクションでは当たり前すぎる手法だが、ドキュメンタリーではまずあり得ない撮り方であり、そんな驚きのやり方で「対話」を捉えたという点に、まずは驚かされてしまったのだ。
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「対話を収めたドキュメンタリー映画」としては異例ではないかと思う構成
さて、私は本作『なみのおと』について特段調べたりしていないので、これから書くことはまったくの間違いかもしれないが、本作に収録された対話は、「やり取りを途中で切るなどの編集をせず、最初から最後までそのまま使っている」ように感じられた。「撮影した素材をそのまま使用し、切り落とした会話はない」という意味だ。何となくだが、「編集されている気がしない対話」に感じられたのである。
この捉え方は正しくないかもしれないが、合っているとすればこの点もかなり珍しいだろう。本作は147分の映画で、6組の対話が収録されている。冒頭の10分ぐらいは「紙芝居」に割かれるのでそれは除くとして、1つの対話はざっくり23分ぐらいになるだろう。つまり私の解釈が正しければ、「23分間の会話をすべてそのまま使っている」わけで、これもなかなかの決断であるように思う。
さらに、これも私がそう受け取っただけの話だが、対話はすべて司会者的な存在がいない状態で行われたように見えた。1人で喋るパターンのみ、監督が質問することで話を促す場面も映し出されるのだが、それ以外では、少なくとも画面上に対話者以外の姿や声は映らない。「ボクらの時代」(フジテレビ)みたいな状況をイメージしてもらえればいいだろう。
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もちろん、「監督などの第三者が質問もしているのだが、編集で切っている」という可能性もあるし、もしそうだとすれば、先程の「編集せずに対話をすべて使っている」という解釈も間違いということになるが、なんとなく私は、「編集なし、対話者のみ」という風に受け取った。そしてもしもそうだとすれば、かなり大変なことをやっているなと思う。「喋っている様子を撮影する」「対話の内容は話している人たちにお任せ」「喋った内容はすべて使う」のように伝えられた対話なのだとしたら、なかなかリラックスして喋るのは難しくなるように思う。しかし本作では、対話者はさほど緊張している感じがない。だから、「カメラで撮る前の雰囲気づくり」みたいなものを制作側がどんな風にやったのか、その点も気になるところである。
もちろん、あくまでも私の解釈でしかなく、実際には全然的外れな話かもしれない。ただ、もしも正しい捉え方であれば、今挙げたようなポイントも「対話を収めたドキュメンタリー」としては結構異例な感じがするし、特殊なアングルの映像と合わせて、本作の斬新さに繋がっていると言えるだろう。
潜水士夫婦の話
それではここから、個人的に気になった対話の内容にいくつか触れていこうと思う。一番印象的だったのは、潜水士の夫とその妻の対話である。「妻が話している時に夫がちょいちょい遮る」という、その行為だけを取り出したら「嫌悪感」を抱いてしまうような部分も含め、「25年連れ添った夫婦だからこその雰囲気」が凄く良かったなと思う。
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また、恐らく「正対して会話をしている」という状況に不自然さや気恥ずかしさを感じているからだろう、対話の中でお互いの呼び方が微妙に変わっていくのも面白かった。正確には覚えていないのだが、「お父さん」「あなた」「この人」みたいな感じで、お互いがお互いの呼び方を少しずつ変えていたのだ。その時の話の内容や、そこに付随させたい感情などによって、お互いが無意識の内に呼び方を変えている感じがあって、そんなある種の「駆け引き」に見える振る舞いも興味深い。別に「相手に勝とう」という意味での駆け引きではなく、「お互いの存在を阿吽の呼吸で引き立てようとしている」みたいな雰囲気があって、凄く良い関係性だなと思う。
しかしそんな2人が語るエピソードは相当にハードだった。彼らは「地震発生直後からの怒涛の展開」を実に楽しそうに語っていたのだが、その内容はパニック映画みたいな感じなのである。「家の土台が折れたのが分かって、家に取り残されたまま1kmぐらい流された」「イカダで川を下っている時に、水面と橋の間隔がもの凄く狭くなってて、ぶつからないように祈りながら通り抜けた」など、想像を絶する状況を体験していたのだ。しかもそんな話を、「ジャッキー・チェンみたいだったよね~」なんてテンションで話しているのである。
彼らは幸いにも、家族や親戚、従業員の中に亡くなった人がいなかったそうで、そんなこともあって「笑い話」みたいに出来たりもするのだろうなと思う。当然、どれだけ時間が経とうとこの夫婦のようには震災のことを語れない人だっているだろうし、彼らにしたところで、絶妙な夫婦の関係性があってこそのテンションなのだということは理解できる。あくまでもそういうことは分かった上でではあるが、やはり、彼らの「対話の内容と語り口のギャップ」はかなり印象的だった。また詳しくは触れないが、「入院している夫を置いて妻が戻ってしまった時の感情」や、「震災を機に、妻の実家がある町に引っ越さざるを得なくなったことへの心境」など、夫婦間でもセンシティブなんじゃないかと思うような話も出てきて、実に興味深い。
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とある姉妹の話
また、最後に登場する姉妹の話もとても印象的だった。新地町に住んでいた2人は、今は車で10分ほどの距離にある南相馬で働いているのだが、そんな2人が「東京組との差」みたいな話をしていたのだ。
「東京組」とは、「新地町出身で、東京に避難した人たち」のことを指している。そして彼女たちは、「東京組も新地町について色々考えてくれているのはもちろん分かるけど、でもやっぱり、地元に残った人の意見をちゃんと聞いてほしい」みたいな話をしていた。具体的にどんなやり取りをしているのかは分からないものの、恐らく「町の運営」に関する話を東京組と一緒にしているのだろう。そしてそれに対し、「意見を出してくれるのはありがたいけど、やるのは結局地元にいる人間なんだから」と妹が言っていて、「確かにその通りだよなぁ」と感じさせられた。また、そういう感覚を東京組に対して抱いているからだろう、この対話時点で彼女たちは、「新地町からなるべく離れずにいよう」と考えているようだ。
あるいは、彼女たちは「海」の話もしており、その感覚も興味深かった。妹が「岩手の方みたいに、デカい防波堤にはしてほしくない」みたいなことを口にする。海のすぐ傍で生まれ育った彼女たちは、「海の存在を感じられる生活」に大きな価値を置いているようだ。だから、「海の近くに住めなくなるのは仕方ないとしても、町のどこかから海が見えたり、何かしらの形で海が感じられるようになってほしい」みたいに思っているのである。
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そしてこの点に関しては、姉の方がより踏み込んだ発言をしていたのが印象的だった。彼女は、「このことは震災直後から考えていたけど、いつ話したらいいかよく分からなかった」と前置きをしつつ、「自然の中で人間が”勝手”に生きているわけで、それを人工物で区切るのは違う気がする」みたいに言っていた。彼女のこの意見には、「自然と共に生きるのであれば、そのマイナスも受け入れるしかない」みたいな感覚が含まれている。
彼女たちもまた、親族には震災による死者がいなかったそうなので、だから余計にこういう話はしにくかったそうだが、姉は明確に「津波は起こるし、海の近くに住むならそれは受け入れるしかない」という感覚を持っているようだ。そしてこの話を恐らく初めて聞いたのだろう、妹は姉のあるスタンスに納得感を抱いたようである。妹は元々「姉は東日本大震災による被害を割と楽観的に捉えている」みたいに感じていたそうなのだが、実際にはそうではなく、「起こるべきこととして受け入れていただけ」だと理解出来たというわけだ。
そして姉自身も指摘していた通り、このような話は「普通は表に出てこない」ように思う。私も、被災者の口から「どうしたって津波は起こるんだから、そのマイナスを受け入れて生きるしかない」なんて話を聞いた記憶がない。そもそも人前でそんな話をしないだろうし、仮に取材などでそういう話を聞いたとしても、マスコミも報じたりはしないと思う。「被災者の一般的な感覚」とはズレるものとして受け取られるだろう話だからだ。というか、「もし何らかの形で表に出たら、ネットで炎上したりしそうな話でもあるな」とさえ思う。
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とはいえ、「東日本大震災に対して、皆が同じ感覚を抱かなければならない」なんてこともないはずだ。そういう「無用な圧力」みたいなものを被災者ではない私でさえ感じることがあるが、そんなのはおかしいと思う。もちろん「配慮」が必要な状況は多いだろうが、しかし、「自分が思っていることを口に出来ない」なんて状況は正しくないはずだ。そういう意味でも姉のこの意見は非常に印象的で、「そういう感覚を持つ人もいるのだ」と知れて良かったなと思う。
様々な「決断」、そして「津波てんでんこ」の話
本作には、税理士であり議員でもあるという男性が1人で話す(というか、監督と対話する)パートがあるのだが、その中で取り上げられていた妻のある「決断」のエピソードも印象的だった。
妻の職場がある建物は古かったため、震災による大きな揺れの直後は、建物の倒壊を恐れて皆すぐに外へと避難したそうだ。しかし揺れが収まった後、妻は「間違いなく津波が来る」と考えた。そしてそうであれば、建物の外にいるこの状況は非常に危険だ。だから妻は、「津波被害を避けるために、古い建物の中に再び戻る」という決断をしたのである。彼女のこの決断は結果として、多くの人の命を救うことになったそうだ。
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男性は、「震災当時は、多くの人がこういう決断を迫られていた」と語っていた。「そしてその決断次第で、その後の運命が変わったのだ」とも。妻の場合、「建物に戻る」という決断は確かに正しかったわけだが、しかし一方で、「津波がやってくる前に大きな余震が起こり、建物が倒壊する」みたいな可能性だってあったのだ。そしてそういう中で、「津波の危険性の方が高い」と判断し、皆を再び建物内に避難させたのである。
これは本当に難しい決断だっただろうなと思う。結果として正しかったから良かったものの、運悪く間違いだったとしたら、「自分のせいで多くの人を死なせたり怪我させたりしてしまった」みたいな状況だったかもしれないのだ。先述した潜水士の夫婦も、「もしあそこで違う決断をしていたら……」という状況に何度も直面していた。多くの人がそんなギリギリの決断を迫られていたという事実もまた、この災害の凄まじさを伝える要素の1つと言えるかもしれない。
またこの男性は、「津波てんでんこ」についても語っていた。「津波てんでんこ」の話は東日本大震災後に取り上げられることが多かったので、知っている人も多いかもしれない。これは、「地震が起こったら、他の家族のことは気にせずに、自分の命を守るためにとにかく逃げる」という、昔から伝わる教えである。実際、日常的にこの「津波てんでんこ」を訓練に取り入れていた鵜住居小学校と釜石東中学校では、東日本大震災による生徒の被害はほとんどなく、「釜石の奇跡」とも呼ばれていたほどだ。
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男性は「津波てんでんこ」のことを、「一度家族の縁を切ることで、再び縁を繋ぐことが出来る」という印象的な言葉で評価していた。「一度家族の縁を切る」というのは、「家族で集まって逃げるのではなく、それぞれが勝手に避難する」という点を指している。災害時には「自分以外の誰かを助ける」という発想も生まれるだろうし、それはそれで素晴らしいのだが、そもそも自分が生き残らなければ意味がないはずだ。そういう精神が東北では昔から受け継がれてきたのだし、男性は「この発想がもっと当たり前のものになってほしい」とも話していた。甚大な被害をもたらした災害が浮き彫りにした大きな教訓の1つとして、もっと広く知られてもいいかもしれない。
ただ、そうはいっても割り切れない部分は残る。その話に触れていたのが、冒頭で登場した高齢の姉妹だ。彼女たちも「津波てんでんこ」に言及しており、確か妹の方だったと思うが、「家族を見捨てるような悲しさがある」と話していたのである。実際に知り合いから、「自分の母親が津波に呑み込まれる様子を見ていた」という話を聞いたことがあるという。母親は「自分を置いて逃げろ」と言ったそうなのだが、その状況ではやはり、「見捨ててしまった」みたいな感覚になるだろうなと思う。
このように、「津波てんでんこ」1つとっても様々な意見が存在するのである。そういう「メディアやSNSで伝えられることだけを見ていたら知り得ないこと」について知れるのも、このようなドキュメンタリー映画に触れる良さの1つと言えるだろう。
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最後に
本作『なみのおと』では、対話者は皆とても個人的な話をしているのだが、その中身が「東日本大震災での経験」であるが故に、ある種の「普遍性」みたいなものも帯びることになる。そしてだからこそ、多様な捉え方が可能だとも言えるだろう。また、「経験した者にしか語れないこと」はどうしても重たい話にならざるを得ないが、しかし本作では皆、比較的軽妙に語ってくれることもあり、決して重くなりすぎないのも重要なポイントだと言えるだろう。
私は、東日本大震災後ではあるが、岩手県に何年か住んでいたことがあり、だから勝手に「東日本大震災」に対しては繋がりみたいなものを感じている。「東日本大震災」は、私が生きてきた中で言うと「地下鉄サリン事件」「阪神・淡路大震災」「9.11テロ」「コロナパンデミック」ぐらいしか比較対象が思い浮かばないような凄まじい出来事なわけだが、その上で「自分にも少し関係がある出来事」みたいに感じられるというわけだ。震災当時はほぼ東京みたいなところに住んでいて、それなりに揺れたり、その後も混乱が続いたりという程度の経験はしているものの、やはり「東北に一時期住んだことがある」という事実が、自分と「東日本大震災」を近づけているなという感覚がある。
だからこそ「東日本大震災」に関係するものには触れようという意識を常に持っているし、本作『なみのおと』も観れて良かったなと思う。非常に興味深い作品だった。
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ルシルナ
どう生きるべきか・どうしたらいい【本・映画の感想】 | ルシルナ
どんな人生を歩みたいか、多くの人が考えながら生きていると思います。私は自分自身も穏やかに、そして周囲の人や社会にとっても何か貢献できたらいいなと、思っています。…
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