目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
今どこで観れるのか?
Netflix
この記事の3つの要点
- 恐らく全米中で報道されたはずのこの事件を知らない私たち外国人は、米国人とは作品の見方が異なるはず
- 「自ら不審死を通報しながら、捜査にはまったく協力的ではない」という、病院側の不可思議な行動
- 様々な葛藤の末、主人公のエイミーが下した凄まじい決断に驚愕させられた
エディ・レッドメインとジェシカ・チャステインの演技にもとにかく圧倒させられた作品
自己紹介記事
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映画『グッド・ナース』が描くのは、実在したシリアルキラー。その異様さと狂気を、フィクションとして描き切る
観始めてしばらくの間、「物語の中心軸」がどこにあるのかまったく分からなかった
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しかしこのような感覚は恐らく、アメリカ人とそれ以外の国の人とでは大きく異なるはずだ。映画『グッド・ナース』は実際に起こった事件を基に作られた作品である。この事件は発生当時、恐らく全米中で大きく報道されたはずだ。和歌山毒物カレー事件の林真須美ぐらい報道されていてもおかしくない。
だからアメリカ人が本作を観る場合は、すぐに「あの事件のことか」とピンと来るのだと思う。しかし、私たち外国人はそうではない。少なくとも私は、この事件のことは知らなかった。つまり私たちは、「誰がどんな事件を起こしたのか」という知識を持たないままこの作品を観ることになるのである。そしてそれ故に、特異な雰囲気を纏う作品に感じられたのではないかと思う。
だから、これからこの作品を観ようと思っている方は、内容について何も調べない方がより面白いかもしれない。私はこの記事を、なるべくネタバレせずに書くつもりだが、しかし、「何をネタバレと感じるか」は人によって違う。だからこの記事を読むのを止め、何も知らないままで「何がなんだか分からない」という感覚を楽しむのも面白いだろう。そういう状態で観た私の感覚からすると、物語の中盤ぐらいまでほぼ状況は把握できないのだが、それでも面白いと感じさせられたし、さらに、ラストに至る過程で明かされるある真実にはもの凄く驚かされてしまった。
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映画『グッド・ナース』については、「『事件そのもの』に焦点が当たっているわけではない」という点が素晴らしいと思う。当然と言えば当然の話なのだが、物語の核は「人間」にある。「絶望的な『分かり合えなさ』を突きつけられた者」が抱く葛藤と、「ナチュラルに境界を飛び越えてしまえる者」が放つ凄まじい異様さが入り混じり、表現し難い感覚に陥らせる凄まじい作品なのだ。
実話を基にした物語の場合、「どの程度事実に即しているのか」の受け取り方が難しいのだが、本作の場合、その判断を補強する情報がある。エンドロールに、「Special Thanks : Amy Loughren」と表記されるのだ。この「Amy Loughren(エイミー・ロークレン)」こそ、本作の主人公の1人である。つまり、モデルとなった人物が映画制作に関与しているというわけだ。であれば、「『事実を極度に歪曲したような描写』は存在しない」と考えるのが妥当だと思う。あくまでも「エイミー・ロークレンの主観的事実である」という但し書きは付くものの、かなり事実に忠実に描いていると判断していいだろう。
そしてそうだとするなら、やはり凄まじく驚くべき事件である。
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映画『グッド・ナース』の内容紹介
2003年、ニュージャージー州。エイミーは、パークフィールド記念病院でICUの夜間看護師として働きながら、2人の娘を育てるシングルマザーである。仕事ばかりで子どもたちとなかなか一緒にいてあげられず、お互いに寂しい気持ちを抱いており、またお金に余裕がなく、子どもたちに不自由なく物を買ってあげられもしない現状を嘆く日々。彼女は、どうにかして今の状況を脱したいと考えていた。
そんな彼女は、心筋症であることを隠しながら激務をこなしている。なんと彼女は、病院で働いているにも拘わらず、勤務先とは別の病院で診察を受けているのだ。彼女が勤務先に自身の病状を伏せたいのは、解雇されないためである。経費削減ばかり口にする病院に病気のことを知られてしまったら、いつ首を切られてもおかしくないと心配しているのだ。
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しかし、彼女の置かれた状況はかなり厳しい。どうやらエイミーは、1年以上の勤務経験がないと、有休ももらえないし保険にも入れないそうなのだ。彼女の心筋症はかなり悪化しており、医師からは、「もしものことがあった時のために、長女にだけは病状を伝えておいた方がいい」とアドバイスされたほどである。とはいえ、無保険のまま手術を受けたらとんでもない請求が来てしまう。無保険で受けたたった1度の診察の支払いでさえ980ドルなのだ。手術となったら、一体いくらかかるのか分からない。
だから絶対にクビになるわけにはいかないのである。
さてそんなある日、ICUの夜間看護師として新たに1人の男性が採用された。チャーリー・カレン。優秀な看護師だという噂だ。エイミーは初日からチャーリーに話しかけ、すぐに仲良くなる。またある日、彼に心筋症の苦しさに耐えている場面を目撃されてしまったのだが、「あと4ヶ月で保険に入れるから黙っていてほしい」と頼んで協力してもらったりもした。チャーリーには、別れた妻の元に娘が2人いるらしいが、元妻と折り合いが悪く会わせてもらえないのだそうだ。そんなこともあって、チャーリーはエイミーの2人の娘ともすぐに仲良くなった。シングルマザーとして1人で抱えるしかなかった苦労をチャーリーとも分かち合えるようになったエイミーは、より一層彼のことを頼もしく感じ始める。
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ある夜のこと。2人は出勤してすぐ、310号室のアナ・マルティネスが亡くなったことを知った。命を落とすような病状ではなかったはずなので、そのあまりに唐突な死にエイミーは言葉を失う。
アナ・マルティネスの死から7週間後。警察は、パークフィールド記念病院から不審死の通報を受けた。しかし、ブラウンとボールドウィンは、向かった先の病院で困惑させられる。通された会議室には、病院の危機管理担当のリンダ・ガランに加えて、顧問弁護士と市議も控えていたからだ。説明によれば、不審死の可能性があるのはアナ・マルティネスであり、病院は「薬の特異な副作用による死亡事案」だと判断しているが、保健局の指示もあって通報したのだという。遺体は既に火葬され、検視することは不可能。さらに、ICU職員への尋問には、リンダが同席するのだという。
何なんだこの状況は……。
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映画『グッド・ナース』の感想
冒頭で少し「ネタバレ基準」の話に触れたが、映画『グッド・ナース』の公式サイトには、私が「ネタバレになるから書かない方がいいだろう」と思っていることも触れられている。まあ、それは当然だろう。Netflix制作の映画なので「全世界向け」に作られているとは思うが、とはいえやはり、アメリカの観客をメインに考えているだろうし、だとすれば「この事件については知っている」ことを前提にで作品が作られたはずだからだ。だとすれば、「ネタバレ基準」が異なるのも当然だろう。
とりあえずこの記事では私なりの「ネタバレ基準」に従い、本作の内容についてなるべく具体的には触れないが、私と同じようなスタンスで映画を観るとしたら、とにかく「物語の中心軸」を捉えるのに苦労するのではないかと思う。私の場合、「恐らくこうだろう」という想像は早い段階で出来たのだが、それでも、描かれている状況を理解するのは難しかった。
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特に意味が分からなかったのが、病院の対応である。結局最後まで観ても、「病院は何故警察に通報したのか」がはっきりとは理解できなかった。
アナ・マルティネスの死に関しては、遺族を含めた関係者が誰も疑いを抱いていなかったにも拘わらず、病院は何故か警察に通報し、しかも自ら通報したのに捜査には徹底的に非協力的な態度を貫くのである。病院が「厳戒態勢」と言える対応を取った理由については後の展開で大体理解できるのだが、しかしそれでも「自ら通報した理由」は分からずじまいだった。まあ、「通報しなかったことで、後から疑いをかけられたら困る」みたいなことなのかなとは想像しているのだが。
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先述した通り、物語は最終的に「エイミーとチャーリーの関わり」に焦点が当てられる。そして詳しくは触れないが、この2人の関係性が実に興味深く、大いに惹きつけられた。恐らく何の葛藤も抱かずに人を殺せてしまうのだろうシリアルキラーと、そんな人間とたまたま同僚だった人物とでは、正直「住む世界が違う」という感じがとても強い。そしてそんな「狂気の境界線をあっさり超えてしまえる人物」を、エディ・レッドメインが見事に演じるのだ。私はあまり、役者の名前を覚えたり、役者で観る作品を選んだりすることはないのだが、エディ・レッドメインは『リリーのすべて』『イントゥ・ザ・スカイ』『シカゴ7裁判』など、作品に興味を持って観ていた映画の主演を務めていたことが多く、私にとって目にする機会の多い役者である。
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とにかく、「彼が”捉えがたい異様さ”を終始放ち続けているからこそこの作品が成立している」とさえ言えるのではないかと思う。「理解」の一切を拒絶したまま存在する「狂気」を、これ以上ない形で演じているというわけだ。
また、「そんなチャーリーとの間にある”絶望的な隔絶”をどうにか埋められないか」ともがくエイミーを演じたジェシカ・チャステインもとても素晴らしかった。後半のエイミーの行動も、ある意味では「狂気」と言えるようなものであり、これが事実であるということにまず驚かされてしまう。しかしそれ以上に、普通には「共感」を寄せ付けないだろう言動をするエイミーという人物を、「なるほど、こういう人も世の中のどこかにはいるのかもしれない」と思わせる演技で成立させていることに何よりも驚愕させられた。
エイミーは様々な葛藤を経た上で、「理屈では確かにそうすべきかもしれないが、しかし普通そんな風には行動できない」と感じるような道を突き進むことに決める。物語として観ているだけでも、その果てしない決断には圧倒されてしまうはずだ。さらに私は、エイミーというギリギリの存在感を綱渡りのように成立させているジェシカ・チャステインにも感心させられた。
この物語が実話であることにも驚かされたが、しかしそれ以上に、役者の演技に圧倒されてしまった作品である。
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【矛盾】死刑囚を「教誨師」視点で描く映画。理解が及ばない”死刑という現実”が突きつけられる
先進国では数少なくなった「死刑存置国」である日本。社会が人間の命を奪うことを許容する制度は、果たして矛盾なく存在し得るのだろうか?死刑確定囚と対話する教誨師を主人公に、死刑制度の実状をあぶり出す映画『教誨師』から、死刑という現実を理解する
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【考察】映画『ジョーカー』で知る。孤立無援の環境にこそ”悪”は偏在すると。個人の問題ではない
「バットマン」シリーズを観たことがない人間が、予備知識ゼロで映画『ジョーカー』を鑑賞。「悪」は「環境」に偏在し、誰もが「悪」に足を踏み入れ得ると改めて実感させられた。「個人」を断罪するだけでは社会から「悪」を減らせない現実について改めて考える
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【絶望】「人生上手くいかない」と感じる時、彼を思い出してほしい。壮絶な過去を背負って生きる彼を:…
「北九州連続監禁殺人事件」という、マスコミも報道規制するほどの残虐事件。その「主犯の息子」として生きざるを得なかった男の壮絶な人生。「ザ・ノンフィクション」のプロデューサーが『人殺しの息子と呼ばれて』で改めて取り上げた「真摯な男」の生き様と覚悟
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【逃避】つまらない世の中で生きる毎日を押し流す”何か”を求める気持ちに強烈に共感する:映画『サクリ…
子どもの頃「台風」にワクワクしたように、未だに、「自分のつまらない日常を押し流してくれる『何か』」の存在を待ちわびてしまう。立教大学の学生が撮った映画『サクリファイス』は、そんな「何か」として「東日本大震災」を描き出す、チャレンジングな作品だ
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【リアル】社会の分断の仕組みを”ゾンビ”で学ぶ。「社会派ゾンビ映画」が対立の根源を抉り出す:映画『C…
まさか「ゾンビ映画」が、私たちが生きている現実をここまで活写するとは驚きだった。映画『CURED キュアード』をベースに、「見えない事実」がもたらす恐怖と、立場ごとに正しい主張をしながらも否応なしに「分断」が生まれてしまう状況について知る
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【驚愕】「金正男の殺人犯」は”あなた”だったかも。「人気者になりたい女性」が陥った巧妙な罠:映画『…
金正男が暗殺された事件は、世界中で驚きをもって報じられた。その実行犯である2人の女性は、「有名にならないか?」と声を掛けられて暗殺者に仕立て上げられてしまった普通の人だ。映画『わたしは金正男を殺していない』から、危険と隣り合わせの現状を知る
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【誤り】「信じたいものを信じる」のは正しい?映画『星の子』から「信じること」の難しさを考える
どんな病気も治す「奇跡の水」の存在を私は信じないが、しかし何故「信じない」と言えるのか?「奇跡の水を信じる人」を軽々に非難すべきではないと私は考えているが、それは何故か?映画『星の子』から、「何かを信じること」の難しさについて知る
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【情熱】常識を疑え。人間の”狂気”こそが、想像し得ない偉業を成し遂げるための原動力だ:映画『博士と…
世界最高峰の辞書である『オックスフォード英語大辞典』は、「学位を持たない独学者」と「殺人犯」のタッグが生みだした。出会うはずのない2人の「狂人」が邂逅したことで成し遂げられた偉業と、「狂気」からしか「偉業」が生まれない現実を、映画『博士と狂人』から学ぶ
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【実話】正論を振りかざす人が”強い”社会は窮屈だ。映画『すばらしき世界』が描く「正解の曖昧さ」
「SNSなどでの炎上を回避する」という気持ちから「正論を言うに留めよう」という態度がナチュラルになりつつある社会には、全員が全員の首を締め付け合っているような窮屈さを感じてしまう。西川美和『すばらしき世界』から、善悪の境界の曖昧さを体感する
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【絶望】子供を犯罪者にしないために。「異常者」で片付けられない、希望を見いだせない若者の現実:『…
2人を殺し、7人に重傷を負わせた金川真大に同情の余地はない。しかし、この事件を取材した記者も、私も、彼が殺人に至った背景・動機については理解できてしまう部分がある。『死刑のための殺人』をベースに、「どうしようもないつまらなさ」と共に生きる現代を知る
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【衝撃】森達也『A3』が指摘。地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教は社会を激変させた
「オウム真理教は特別だ、という理由で作られた”例外”が、いつの間にか社会の”前提”になっている」これが、森達也『A3』の主張の要点だ。異常な状態で続けられた麻原彰晃の裁判を傍聴したことをきっかけに、社会の”異様な”変質の正体を理解する。
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【驚嘆】人類はいかにして言語を獲得したか?この未解明の謎に真正面から挑む異色小説:『Ank: a mirror…
小説家の想像力は無限だ。まさか、「人類はいかに言語を獲得したか?」という仮説を小説で読めるとは。『Ank: a mirroring ape』をベースに、コミュニケーションに拠らない言語獲得の過程と、「ヒト」が「ホモ・サピエンス」しか存在しない理由を知る
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【加虐】メディアの役割とは?森達也『A』が提示した「事実を報じる限界」と「思考停止社会」
オウム真理教の内部に潜入した、森達也のドキュメンタリー映画『A』は衝撃を与えた。しかしそれは、宗教団体ではなく、社会の方を切り取った作品だった。思考することを止めた社会の加虐性と、客観的な事実など切り取れないという現実について書く
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【衝撃】壮絶な戦争映画。最愛の娘を「産んで後悔している」と呟く母らは、正義のために戦場に留まる:…
こんな映画、二度と存在し得ないのではないかと感じるほど衝撃を受けた『娘は戦場で生まれた』。母であり革命家でもあるジャーナリストは、爆撃の続くシリアの街を記録し続け、同じ街で娘を産み育てた。「知らなかった」で済ませていい現実じゃない。
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