目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
出演:カド・メラッド, 出演:タヴィッド・アラヤ, 出演:ラミネ・シソコ, 出演:ソフィアン・カーム, 出演:ピエール・ロッタン, 出演:ワビレ・ナビエ, 出演:アレクサンドル・メドヴェージェフ, Writer:エマニュエル・クールコル, 監督:エマニュエル・クールコル
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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 主人公の売れない役者は、何故囚人たちに戯曲『ゴドーを待ちながら』を演じさせるのか?
- 実話とは思えないほどの衝撃的なラストと、戯曲家サミュエル・ベケットの興味深い反応
- 「『更生』に対する考え方の違いが生んだ溝」が描かれる作品であり、「更生とは何か」が問われている
犯罪者や刑務所のあり方などについて色々と考えさせられる作品だが、エンタメ作品としても非常に面白い
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記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
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これは非常に興味深い映画だった。しかも、映画の結末まで含めて「実話を基にしている」という点が凄まじい。実際に起こった出来事だというこの映画のラストの展開は、完全なフィクションではなかなか描きにくいだろう。「こういうことがかつて実際に起こったことがある」という情報込みだからこそ成立する、ちょっと信じがたい展開だと思う。
また、実話を基にしているからだろう、物語の細部に余白がある。フィクション的に状況を説明し尽くすのではなく、「どうしてこんなことになったのか分からない」という描かれ方になっているのだ。この点もリアリティを感じさせる構成でとても良かった。
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全体的には「良い話」とはまとめにくい物語なのだが、しかし一方で、「良い話」と受け取りたくなってしまうような気持ちにもなる作品だ。「犯罪者の更生とは、一体何を指すのか?」というとても大きな問いが含まれていることも併せて、とても興味深い物語だと感じた。
戯曲『ゴドーを待ちながら』が組み込まれている理由
映画『アプローズ、アプローズ!』には、サミュエル・ベケットが書いた戯曲『ゴドーを待ちながら』が組み込まれている。この点が最大の特徴だと言っていいだろう。作中でなされる説明によれば、サミュエル・ベケットは「20世紀の偉大な劇作家」だそうだ。「だそうだ」と書くぐらい、私は演劇に詳しくないし、もちろん『ゴドーを待ちながら』を観たことも読んだこともない。しかし、そんな私のような人間でも、本作を観る分には問題はないので安心してほしい。
『ゴドーを待ちながら』という物語の核は、「待ち合わせ場所に全然やってこないゴドーを、みんなで待つ」という点にある。というか、私は『ゴドーを待ちながら』についてこれ以上の情報を持ち合わせていない。しかしこの「待つ」という点が、映画のある要素と重なるように構成されていることは理解できたつもりだ。
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本作は、「囚人が刑務所内で演劇を行う」という設定の下で展開される物語である。そして、囚人に演劇を教えることになった売れない役者エチエンヌは、彼らを見て「囚人は『待つ』存在だ」と捉えるのだ。実際、映画の中で囚人たちが、「いつも待ってばかりだ」みたいなことを口にする場面もある。面会にしても食事にしても清掃にしても、囚人は常に「待つ」ことしかできない。
そんな「待つこと」が日常生活に否応なしに組み込まれた囚人が『ゴドーを待ちながら』を演じれば、「全然来ないゴドーを待つ」という物語の不条理さが、より観客に伝わりやすくなるのではないか。エチエンヌはそのように考え、彼らに『ゴドーを待ちながら』を演じさせることにしたのである。
しかし、この物語に『ゴドーを待ちながら』が組み込まれている理由はそれだけではない。実はエチエンヌ自身が『ゴドーを待ちながら』に囚われているのだ。
エチエンヌはかつて、役者として『ゴドーを待ちながら』の舞台に立ったことがある。演劇の世界に詳しいわけではないが、「20世紀の偉大な劇作家」であるサミュエル・ベケットの傑作に出演できることは、舞台役者にとってはかなりの栄誉なのではないかと思う。
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しかし彼は、すっかり落ちぶれてしまった。「刑務所で囚人相手に演劇を教える」ぐらいしかやることがない日の当たらない役者なのである。つまり『ゴドーを待ちながら』はエチエンヌにとっての「過去の栄光」でもあり、「囚人に演じさせることによって、自分も何とか復活を果たしたい」みたいな思惑を抱いているのだろうと想像できるというわけだ。
このように本作は、「『ゴドーを待ちながら』に囚われた売れない役者が、『待つこと』だけが日常に組み込まれた囚人たちに『ゴドーを待ちながら』を演じさせる物語」なのである。さらにそこに「更生とは何か?」という問いを混ぜ込んでもいるのだ。シンプルに展開を追っていくだけでも十分楽しめる作品だが、色々と考えさせる物語でもある。
映画『アプローズ、アプローズ!』の内容紹介
エチエンヌはある日、刑務所で囚人に演劇を教える講師の仕事を得た。刑務所長がかなり尽力し、刑務所内で文化事業を行う許可を取り付けたのだそうだ。
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しかし、発表は2週間後に迫っている。エチエンヌは、「とりあえず何でもいいから、体裁だけ整えてくれ」と頼まれたため、5人の囚人を起用して、「どうにか演劇と言えなくもない」という公演を終わらせた。
その後エチエンヌは、ふとあるアイデアを思いつく。そして、劇場を経営している友人のステファンに、「休演にしている月曜日を貸してくれ」と頼み込んだ。彼は、先の演劇で起用した5人を再び集め、『ゴドーを待ちながら』の公演を行おうと考えたのである。
そこには、「現状を脱したい」という想いも少なからずあった。
エチエンヌは、ステファンと同じ芸術院を卒業したのだが、順調に劇場経営を行っているステファンとは違い、俳優の道を選んだエチエンヌには3年間も仕事がない。別居中の妻も舞台役者なのだが、漏れ聞こえる話によれば、どうやらハマり役を得て大いに活躍しているそうだ。時々会う娘からも、心配しているのか蔑んでいるのかよく分からない視線を向けられる始末。
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そんなわけで、「上手く行けばこの現状を、囚人たちと共に変えられるかもしれない」と考えたのである。
エチエンヌはステファンに、半年後に公演を行うことを約束した。それから彼は刑務所に通い、練習時間を早く切り上げさせようとする刑務官や、どうにも協力的になってくれない刑務所長らと闘いながら、囚人たちによる『ゴドーを待ちながら』を完成させようとする。
しかし当然のことながら、役者は全員囚人なのであり、だからこそトラブルも絶えない。予期せぬ問題続きで、演劇どころではない状況に陥ってしまいもする。それでもエチエンヌは粘り強く演技指導を続け、ついに公演の日を迎えるのだが……。
映画『アプローズ、アプローズ!』の感想
とにかく衝撃的だった「ラストの展開」
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映画館でしか映画を観ないと決めている私は、この『アプローズ、アプローズ!』の予告映像を劇場で何度も目にした。予告では最後に、
ラスト20分。感動で、あなたはもう席を立てない!
と表示される。私は正直、このような煽り文句が好きではない。本や映画の感想を書いているこの「ルシルナ」というブログでも、なるべくそういう煽るような書き方はしないようにしているつもりだ(作品によるが)。どうして好きになれないのかと言えば、「鑑賞時のハードルがグンと引き上がる」からである。「煽り文句からなんとなく想像していた衝撃度」を超えることなどまずない。「確かに驚くようなラストだったが、そんなに煽って期待させるようなものでもない」と感じることが多いのだ。かなり上手くやらないと逆効果になってしまうやり方だと言えるだろう。
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しかし今回は、かなり効果的だったと感じた。良い意味で裏切られたというか、まったく想像の範囲外の展開だったからだ。しかも、この「ラストの展開」が実際に起こったことだというのだから、余計に驚きである。
映画の最後で、「1986年にスウェーデンで起こった実話を基にしている」と表示されたのだが、さらにその後で、「この実話を基にした演劇が、ヨーロッパ各地で行われている」という字幕も出た。となると、ヨーロッパでは比較的よく知られた話なのかもしれない。であれば恐らく、「ラスト20分。感動で、あなたはもう席を立てない!」みたいな日本版の煽りは使われていないと思う。
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一方、この映画の元となった実話を知っている日本人は、恐らくそう多くはないだろう。そしてだからこそ、ラストの展開を調べたりせず、何も知らない状態でこの映画を観た方がいいと思う。繰り返すが、「これが実話なのか」という感じだし、実に驚くべき出来事である。
さて、興味深いのは、1986年時点でまだ存命だったサミュエル・ベケットがこの出来事にどう反応したのかだ。彼は、スウェーデンでの出来事を耳にして、こう言ったという。
私の戯曲に起こった、最も素晴らしい出来事だ。
戯曲家であれば、なおのことそう感じるだろうと思う。本当に、神様が脚本を書いたんじゃないかと疑ってしまうような、あまりにも出来すぎた顛末なのである。
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当たり前だが、彼らは「役者」である以前に「囚人」である
映画には、思ったほどの起伏はない。「刑務所で囚人相手に演劇指導を行う」という設定だけ聞くと、ボイコットや囚人同士のいざこざなど、ありとあらゆるトラブルが起こる物語なのではないかと想像するかもしれない。しかし、案外そのような展開は少なかった。
映画の中で最も焦点が当てられるのは、これも当然と言えば当然だが「囚人たちの現実」である。
エチエンヌの下で『ゴドーを待ちながら』の練習を続ける彼らには、「囚人」であれば普通は望めないような待遇が与えられることになった。これはある意味で、「エチエンヌの人生大逆転の秘策」が成功したことを意味すると言ってもいいだろう。彼らは注目を集め、「囚人」ではないかのような扱いを受けるのである。日本ではちょっと想像しにくいが、芸術や文化を愛するフランスらしい展開とも言えるかもしれない。
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しかし当然のことながら、彼らは「役者」である以前に「囚人」なのだ。映画では、彼らの犯歴が具体的に紹介されることはないが、公式HPには、役者紹介に加える形で説明がある。皆、それなりの犯罪に手を染めて捕まった者たちだ。だから、ルールに則って決められた刑罰を受け、その刑期を満了しなければならない。どれだけ彼らが舞台上で輝こうが、「役者」である前に「囚人」である以上、「役者」としての行動が「囚人である」という事実によって制約されてしまうのは仕方ないことだと思っている。
しかし、そう理解してはいてもやはり、「役者」としての一瞬の煌めきを知ってしまうと、観客として受け取り方が難しいと感じるシーンも多々あった。
具体的に書くとラストの展開にも触れざるを得ないのでぼかして書くが、私はやはり、「あの場面であのような展開にならなければ、ああいう行動を取ることもなかったのではないか」と考えてしまう。鑑賞後、多くの人が似たような感想を抱くのではないだろうか。もちろん、それは単なる希望的観測に過ぎず、どうしたってこの映画のラストの展開のような顛末にならざるを得なかったのかもしれない。それでも、どうしてかこの物語全体を「良い話」と捉えたい気持ちが影響してもいるのか、「ああなっていなければ、ラストも違ったはずだ」と信じたいような気持ちにもなったというわけだ。
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映画では、「舞台上で喝采(アプローズ)を浴びる姿」と「刑務所に戻り『全身検査』を受ける姿」が繰り返し交互に描かれる。「全身検査」は、「全身裸にさせられて行われる検査」のことであり、映画を観た私の理解では、「刑務所外に出た囚人が全員一律で受けなければならない検査」なのだろうと思う。つまり彼らは、「舞台上での称賛」と「刑務所入り口での屈辱」という両極端の状況を行き来し続けているというわけだ。
もちろん、「囚人」なのだから仕方ない。文句が言える立場のはずもないし、受け入れざるを得ないだろう。ただ、「あまりの『非日常』を知ってしまったが故に耐えられなくなる」という気持ちも分かるつもりだ。
すべての犯罪者がそうだというわけではないが、やはり犯罪に走ってしまう人は、恵まれない人生や苦しみばかりの日常を歩んできた人が多いのではないかと思う。だから、そんな「酷い日常」と「刑務所」の比較だけだったら、もしかしたら大差はなかったかもしれない。
しかし、『ゴドーを待ちながら』を演じる囚人たちは、囚人に限らず一般人を含めてもそうそう経験できるものじゃない状況にいる。半年前まで演技などしたことさえなかった素人が、舞台上で喝采を浴びているのだ。そんな経験をしてしまったら、「囚人である自分」に、今までとは比べ物にならないくらいの苦痛を感じてしまっても仕方ないだろう。
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ルールを守ってもクソ扱い。
ある囚人が吐き捨てるようにこう呟く場面がある。何度も繰り返すが、彼らは「囚人」なのであり、良い待遇を得られなくても仕方がない存在だ。しかし同時に、彼らの視点に立てば「確かにそう言いたくもなるだろう」とも感じさせられてしまった。
何を以って「更生した」と判断すべきなのか?
このすれ違いは、「更生」に対する考え方の差異によるものなのだと私は思う。
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法律や刑務所など、犯罪に関連して社会に存在するありとあらゆる事柄を一旦すべて忘れ、シンプルに原理的に考えた場合、私は、「どんな人間でも、『更生する可能性』を常に持っているはずだ」と考えている。以前私は、『プリズン・サークル』という、日本の刑務所内にカメラが長期密着したドキュメンタリー映画を観たことがあるのだが、その中で囚人たちが、「自分も被害者であると認めてもらえたから、ようやく加害者としての自分に意識が向くようになった」と語っていた。要するに、「『あなたも被害者だ』と認めてもらったこと」によって、彼らにとっての「更生」がようやくスタートしたというわけだ。
映画『アプローズ、アプローズ!』で描かれる囚人たちも、「『ゴドーを待ちながら』の演技指導を受ける」という経験がその1つのきっかけになったのだと思う。「演劇に熱中する」ということを通じて彼らは、「それまでとは異なる自分」を目指す努力をするようになったのだし、まさにそれは「更生」のための第一歩と言っていいだろう。
すべての囚人が「更生」の意識を持てると思っているわけではないし、「更生」へ向かう囚人もいつそのように意識が変わるかは分からない。ただ、囚人の側にはこのような内的変化がいつでも起こり得ると私は考えている。
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しかし一方で、法律や世論は囚人の「内面」を知りようがない。どれだけ囚人自身が「俺は変わった!」と訴えたところで、客観的にそれを信じることは困難だろう。内面については、いくらでも嘘がつけてしまうからだ。
そのため、社会的には、「法律が定めた期間、刑罰を受ければ、『更生した』と見做す」という形で客観的な基準を設けなければならないのである。「人間の内面を100%探知可能なシステム」でも登場しない限り、社会としてはこのような仕組みを採用せざるを得ないだろう。
そして、この「更生」に対する考え方の違いこそが大きな溝を生んだのだと思う。
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欧米ではどうなっているのかよく知らないが、少なくとも日本では、「犯罪に手を染めた者に『更生』を促すような仕組み」はあまり無いように思う。「刑期を終えた者は『更生』している」という前提でシステムが作られているのだろうし、だから、出所後のケアも少ないはずだ。諸外国でも大差ないかもしれないが、日本では元犯罪者の社会復帰は相当困難と言っていいだろう。だから再び罪を犯してしまう。こうして結局、「社会から犯罪者を減らす」という、本来目指すべき理想には辿り着けないというわけだ。
先程紹介した映画『プリズン・サークル』では、「TC」というプログラムによって囚人の「更生」を積極的に促す仕組みを、日本で唯一導入している刑務所が舞台になっている。それは、「刑期を終えた者は『更生』している」とはまったく異なる理屈から生まれる環境だ。「どうして犯罪に手を染めてしまったのか」という点も含め、自身の内面と向き合うような時間が長く用意されているのである。映画の中では確か、「TCプログラムを受けた者の再犯率は低い」みたいな話も紹介されていたと思う。
このように、『ゴドーを待ちながら』に全力で取り組む囚人の姿や、衝撃的なラストの展開などから、「更生とは一体何を目指すべきなのか?」についても考えさせられる作品だと言える。
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このようなことを深く考えさせる物語ではあるが、しかし、映画『アプローズ、アプローズ!』は、そんな難しいことを考えずとも楽しめる作品でもある。特に「圧巻のラスト」は凄まじく、さらに、そこに至るまでの囚人たちの奮闘や葛藤は見応え満載だ。
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どう生きるべきか・どうしたらいい【本・映画の感想】 | ルシルナ
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