目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:塩田武士
¥1,012 (2023/10/01 18:45時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- ノンフィクションやドキュメンタリーが映し出す「事実」にももちろん圧倒されるが、しかし「物語」にしか出来ないこともある
- 「未解決事件の加害者家族を描く」という、ノンフィクションやドキュメンタリーでは絶対に扱えない切り口で物語を紡いでいく
- 本書の、「家族の物語」であることの意外性と、一介の記者の取材がもたらす圧倒的なリアリティ
読みながら、「ノンフィクションを読んでいるのではないか」という感覚に何度も襲われた凄まじい小説
自己紹介記事
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戦後最大の未解決事件「グリコ・森永事件」の「その後」を描く小説『罪の声』(塩田武士)は、家族の物語である
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ノンフィクションなどでは、「未解決事件の加害者家族」を描くことなど、普通は不可能だ。「未解決」なのだから「加害者」も「加害者家族」も知りようがない。本書は、そんな日常ではあり得ない設定の物語であり、現実に起こった事件のリアリティを織り交ぜながら「家族」を描き出す、衝撃の作品だ。
「事実を伝えるノンフィクション」には出来ないことがある
私はノンフィクションやドキュメンタリーによく触れる。「事実」にとても興味があるからだ。子どもの頃から本を読んでいた私にとって、読書の入り口はやはり「物語」だったが、その後「事実」の面白さに気づき、色んな本・映画、そしてニュースなどを通じて、様々な「事実」に圧倒されてきた。
中でも、私が衝撃を受けたのが『殺人犯はそこにいる』だ。このノンフィクションほど、「事実」の凄まじさを実感させられた作品はない。ここではその内容に詳しくは触れないが、リンクを貼っておくので、そちらの記事を読んでほしい。
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概要にざっくり触れておこう。著者の清水潔は、「警察が認知していない連続殺人事件」の存在を感知する。しかしその正しさを示すには大きな問題があった。5つの事件の内1つが解決済みだったのだ。有名な「足利事件」である。「足利事件」発生後も、著者が想定する連続殺人事件は続いているので、普通に考えれば「5件が連続殺人事件である」という仮説は成り立たない。
しかし清水潔は、「足利事件が冤罪だったら……?」と考える。そして実際に「足利事件」の冤罪を証明してみせ、さらに独自の取材により、連続殺人事件の真犯人にも辿り着いた。しかし、国家・司法の様々な思惑から、未だにその人物の逮捕には至っていない。そんな、一介の記者が行ったとは思えない壮絶すぎる事件取材を著した作品だ。
確実な「事実」を少しずつ丁寧に積み上げていくことで、国家権力の誤り・嘘を暴き出し、日本の司法では実例がない「無期懲役刑からの無罪判決」を勝ち取った過程は、不謹慎かもしれないが「物語」を読んでいるようなスリリングさがあった。「事実」が持つ凄まじい力を実感させられた作品である。
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一方私は、本書『罪の声』から「物語」が持つ力を思い知らされた。「事実」には出来ない、「物語」にしか成し得ないことがあると実感させられたのだ。
それが「余白を補完すること」である。
「事実」は凄まじい力を持つものの、「事実」だけを並べて全体像が把握できるケースなどほとんどないだろう。今私が「事実」と呼んでいるのは、「客観的な証拠によってその正しさが示されていること」ぐらいの意味であり、「映像・音声の記録がある」「複数人の証言に矛盾が生じない」といった状況をイメージしている。そして、そのようにして「正しさ」を示すことができる「事実」というのは決して多くはない。大体の場合、「90%ぐらいの確率で○○のようなことが起こったと言っていいが、100%の確証はない」みたいな感じになってしまうだろう。だから、「事実」だけを並べた場合は「余白」だらけになってしまうというわけだ。
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週刊誌やワイドショーなどではその「余白」を、憶測やコメンテーターの感想などで埋めていく。あるいは、卒業文集などを引っ張り出してきて推察したりする。そのようなことが行われるのはやはり、読者や視聴者の中に「余白を補完してほしい」という期待があるからだろう。「分からない」ままでは気持ち悪いから、「なんとなくでもいいから分かった気になりたい」と多くの人が考えるのだろうし、そんな需要を察知して週刊誌やワイドショーも構成されているのだと思う。
しかし、やはり憶測やコメンテーターの感想では、「余白の補完」を十分には行えない。読者も視聴者も、そして恐らく作り手さえもそう感じているだろう。全員がそのことをどこかで理解しながら、それでも「まったく分からない気持ち悪さよりマシ」みたいに考えて現状を許容しているのではないかと思う。
さてそのように考えれば、『罪の声』はまさに、人々が無意識の内に求めている「余白の補完」を見事に実現した、非常に稀有な作品だと言えるだろう。
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本書には、新聞記者だった著者が独自に調べた「グリコ・森永事件」に関する様々な「事実」がふんだんに盛り込まれている。本当に、「今ノンフィクションを読んでいるんだっけ?」と錯覚させられるほど、本書には膨大な「事実」が組み込まれているのだ。しかし、先程書いた通り、「事実」だけを並べてもどうしても「余白」が生まれてしまう。ノンフィクションの場合は、その「余白」は「分からないもの」として放置するしかない。「事実ではないもの」をノンフィクションの中に組み込むことは出来ないからだ。しかし「物語」であればそれが出来る。そして『罪の声』は、その「余白の補完」を凄まじいレベルで実現している作品なのだ。
事件全体を100ピースのジグソーパズルに喩えた場合、捜査などで明らかになる「事実」は、多くても80ピース分ぐらいだろう。残り20ピースぐらいは「余白」として残ってしまう。そして『罪の声』の凄まじいところは、その残りの20ピースに相当する「物語の断片」を見事生み出し、「事実」と絶妙に組み合わせて100ピースの事件全体を再構築してしまうことにある。決してノンフィクションではないが、さりとて単なるフィクションでもないという特異的な作品であり、とても異質なものに感じられた。
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「未解決事件の加害者家族」を描くという物語の特異さ
ノンフィクションには不可能な点として、もう1点、「未解決事件の加害者家族を描いている」という要素を挙げられるだろう。ノンフィクションであれフィクションであれ、被害者、加害者、被害者家族、加害者家族について描くことは可能だ。しかしノンフィクションには、「未解決事件の加害者家族」を描くことは出来ない。事件自体が未解決ならば当然、犯人も特定されていないわけで、であればその家族についても描きようがないからだ。この点もまた、フィクションだからこその要素と言っていいだろう。
文庫はまた違うかもしれないが、私が読んだ本書の単行本には、帯に「家族に時効はない」「未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する」と書かれていた。この物語ではとにかく、徹底して「家族」が描かれるというわけだ。
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また、単行本の巻末には、著者のこんな文章が載っている。
本作品はフィクションですが、モデルにした「グリコ・森永事件」の発生日時・場所・犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の事件報道について、極力史実通りに再現しました。この戦後最大の未解決事件は「子どもを巻き込んだ事件なんだ」という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかったからです。
当たり前だが、この物語はフィクションであり、描かれる「声を使われた子どもたちの人生」は想像のものでしかない。しかし『罪の声』は、「事実」を巧みに織り交ぜながらフィクションを描くことで、読者に「声を使われた本当の子どもたちは、今どんな風に生きているのだろうか」と意識を向けさせる力を持っていると思う。
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私は以前、『人殺しの息子と呼ばれて』というノンフィクションを読んだことがある。あまりに衝撃的な殺人事件として知られる「北九州連続監禁殺人事件」の主犯の息子がかつて、自身の思いをテレビ番組で語ったことがあるのだが、その内容やインタビューに至った経緯、そしてテレビ出演後の変化などについて触れている作品だ。
彼は「加害者家族」としてメディアの取材に応じたわけだが、その人生はあまりにも壮絶であり、目や耳を塞ぎたくなってしまうだろうと思う。「事実」には確かに圧倒的な力があるとはいえ、その力が強すぎることで人々を遠ざけてしまうこともあるというわけだ。その点「物語」であれば、そういう心配もほぼ解消されるだろう。
そういう意味でも『罪の声』は重要な作品だと言っていいと思う。「加害者家族に思いを馳せる」という、なかなか出来ない経験に触れられるからだ。単なる「物語」を超えた、非常に野心的で意義深い1冊だと感じた。
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塩田武士『罪の声』の内容紹介
京都市北部の住宅街で「テーラー曽根」を構える曽根俊也はある日、母からの頼まれ物を探していた。そしてその最中、見覚えのない物を発見する。透明なプラスチックケースに入ったカセットテープと黒革のノートだ。
カセットテープには、聞き違えることなどあり得ない、幼い頃の俊也自身の声が録音されていた。そしてノートを開いてみると、解読できない英文の合間に「ギンガ」「萬堂」の文字。
まさか。すぐさまネットで検索した俊也は、衝撃の事実を知ることになる。複数の製菓・食品メーカーを脅迫した、戦後最大の未解決事件と呼ばれている「ギン萬事件」。その事件で脅迫に使われた音声テープが、今自分の目の前にあるのだ。
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俊也の頭は混乱する。スーツの仕立て一筋だったはずの父と「ギン萬事件」は、どうしても結びつかない。だったら誰か他の親族の仕業だというのか……。俊也は、父の幼馴染である堀田に連絡を取った。今の状況を相談できる唯一の相手だ。堀田には、曽根家と「ギン萬事件」との関わりを出来る範囲で調べてもらうことにする。
一方、大日新聞の文化部記者である阿久津英士は、上司の指示を受けて社会部の鳥居を尋ねた。鳥居は、「サツ回り」と聞いて社内で真っ先に頭に浮かぶ人物であり、やり手だが強引なことでも知られている。文化部のようなのんびりした雰囲気で仕事をしたいと思っている阿久津としては、なるべくなら会いたくないタイプの人間だ。
阿久津はそんな鳥居から、とんでもない指令を受ける。大日新聞は年末に昭和・平成の未解決事件特集を組むことが決まっており、大阪本社はギン萬事件を取り上げるという。そして阿久津は、「英検準1級だから」という雑すぎる理由で、ロンドンへの派遣が命じられたのである。
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話はこうだ。世界的ビールメーカー「ハイネケン」の社長が誘拐された後、その事件について聞き込みをしていた「ロンドン在住の東洋人の男」がいた、という情報がある。ギンガ社長の誘拐は、ハイネケン事件の僅か4ヶ月後だ。手口などを模倣している部分があることから、その東洋人がギン萬事件に何らかの形で関わっているはずだと鳥居は考えている。そこで、ハイネケン事件を担当したロンドンのリスクマネジメント会社所属だった元交渉人に取材した後、その東洋人を探し出せというのだ。
無理に決まっている。一介の文化部記者がこなせる取材ではない。しかし鳥居が聞く耳を持つはずもなかった。阿久津は、まともなネタを引っ張って来られる当てもないまま、ロンドンでの取材を始めることになってしまう。
そんなこともあり、阿久津はその後、専従としてギン萬事件の取材に関わることになった。まったくのゼロから様々な資料を読み漁り、日々突きつけられる鳥居の嫌味をなんとか躱しながら、出来る範囲で取材を続けていく。あらゆる方向から取材に当たった阿久津は、ついに突破口を開く大ネタを掴むことになるのだが……。
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塩田武士『罪の声』の感想
もの凄く面白い作品だった。先程も少し触れた通り、私は読みながら「この物語は事実ではないのだ」と何度か我に返る瞬間があったぐらいだ。それぐらいリアルな描写だと感じさせられたし、決してハラハラドキドキさせるような展開ではないにも拘らず一気読みさせられてしまった。
「加害者家族」をどのように描き出すか
全体としてはまず、「家族の物語」として描かれるという点がとても良かった。曽根俊也は当然、曽根家の名誉に関わる問題として捉えている。一方で阿久津英士は、それまで意識を向けることがなかった加害者家族、特に、声を使われた3人の子どもたちに意識が向かっていく。この両者の立場からの描き方が絶妙だった。
俊也にとっては、あまりに寝耳に水の話である。記憶に残っていないとはいえ、明らかに自分の声が、あの戦後最大の未解決事件で使われいるのだ。もしこの事実が世間に知られてしまえば、父から受け継いだ勝手の良い店も、娘の詩織も、どうなってしまうか分からない。今まで考えもしなかった「加害者家族」という立場に、唐突に追いやられてしまうかもしれないのだ。
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しかし、一方で俊也は、「もし親族の誰かがあの事件に関わっているのなら、真実を知りたい」という気持ちも抑えることが出来ないでいる。それは単なる好奇心などではなく、「加害者家族としての責務」だと捉えているのだ。自分がやったことではない。しかし、もし親族が関わっているのであれば、自分にも何らかの責任はついて回るだろう。俊也自身は、そのように考えている。そして、その責務こそが彼を突き動かすのである。
知られたくはないが、自分は知りたい。しかし、知ろうとしてしまえば、そのせいで多くの人に知られてしまうかもしれない。そういう葛藤を抱えながら、俊也は「責務」についても忘れることなく、自分なりに前に進んでいこうとする。
「もし自分が俊也と同じ立場に立たされたらどうするだろう」と考えてしまった。とてもじゃないが、「責務」などとは考えられないだろう。もちろん、「俊也が積極的に動かなければ展開が進まない」という物語上の要請はあるだろうが、だとしても、読者の立場からは、「俊也が作者に動かされている」みたいな感じはまったくしない。曽根俊也という人物がとてもリアルな存在感を放っていることが、『罪の声』という小説をまず成り立たせている重要な要素であると感じた。
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一方の阿久津は、今までその存在について考えたこともなかった「加害者家族」に意識を向けることになる。卑劣な犯人は、子どもの声を使って脅迫を行った。じゃあ、当の子どもたちは自分の声が事件に使われたことを知っているのだろうか? 知っているとすれば、今何を思いながら生きているのか? そもそも、子どもたちはまだ生きているのだろうか? 取材を始めた当初はまったく乗り気ではなかった阿久津だが、加害者家族の存在を意識したことによって、彼らのために全力を尽くそうと考えるようになるのである。
冒頭でも触れたが、彼ら子どもたちは通常の加害者家族ではない。「未解決事件の加害者家族」なのである。解決済みの事件であれば、心無い批判の言葉だけでなく、差し伸べられる支援もあるだろう。しかし未解決事件の場合は、「加害者家族」であるということさえ認識されていないのだ。そのことは決して悪いことではないが、しかし、自身が「加害者家族」なのかもしれないと気づいてしまった場合でも、支援の手が届くことはない。そんな存在に気付かされた阿久津は、彼らのために何が出来るのかを考えるようになっていく。
『罪の声』は、「戦後最大の未解決事件を、単に題材として扱ってみました」みたいな作品ではまったくない。「事実」の中に「リアルな虚構」を組み込むことで、そこに「家族の物語」を現出させる作品なのである。小説だからこそ可能な描き方によって、小説にしかできない形で家族を切り取ってみせるのだ。その点が、まず何よりも素晴らしいと感じさせられた。
阿久津の取材のリアリティが物語を成立させている
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『罪の声』は「家族の物語」であり、読者としてはまずその点に意識が向くだろうが、それに加えて、阿久津による取材の描写が見事である点もまた、この作品を成立させる重要な要素になっていると思う。
というのも、普通に考えて、大昔の未解決事件について一介の記者が何か調べたところで、大した事実が明らかになるはずがないからだ。
作中では「ギン萬事件」と名前を変えているが、その元になっている「グリコ・森永事件」は未解決である。同じぐらい有名だろう「三億円事件」と共に、戦後最大の話題をかっさらった大事件であり、世間の注目ももの凄く高かった。だからこそ、警察が膨大な人員を投入し、あらゆる角度から捜査を続けたわけだが、それにも拘わらず、今もなお未解決のまま進展していない事件なのだ。
それを一介の記者が、しかも元々文化部に所属していた阿久津がひっくり返すなどという展開は、よほどのリアリティを以って描写しなければまず成立しないだろう。ヌルい描き方をすれば、「それぐらいのことは、警察の捜査で判明するでしょう」と興醒めされてしまうはずだ。
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しかし本書では、その辺りのリアリティが絶妙に確保されている。さすが元新聞記者だと感じた。
阿久津の取材は、ほんの些細な情報、時の流れが生み出した変化、僅かな矛盾から導き出される仮説などが発端になっている。そしてそれらが、「確かにこれは、警察の捜査ではたどり着けなかったかもしれない」と思わせるライン上の描写になっているのだ。これがとても上手い。もちろん、幸運によって進展することもあるが、そればかりではつまらない。「警察の捜査では明らかにならなかった理由」がきちんと伝わるような形で取材が進んでいく展開はとても見事だし、阿久津のこの取材が、現実と混同するような錯覚を与える要素にもなっているのだと思う。
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また『罪の声』では、「著者なりの仮説」が多数含まれている。それらが「リアリティのある犯人像」を描き出すことに繋がっているわけで、この点もまた見事だと言っていいだろう。
「グリコ・森永事件」には、捜査の過程で明らかになった「不可解な点」が数多く知られている。であれば当然、物語の中で「グリコ・森永事件」を描く場合、それら「不可解な点」にも納得行く説明を与えなければ説得力が出ないだろう。そして著者は、犯人グループについての造形を詳細に行うことで、理解し難いそれら「不可解な点」に無理のない説明を与えることに成功していると思う。犯行動機、メンバーの性格や行動原理、当初の計画と不測の事態に対応するために変更された行動など、様々な状況を描き出すことで、「不可解な点」を説明し尽くしていくのだ。この点も、作品のリアリティを担保する要素になっていると言えるだろう。
あらゆる要素が見事に構成された、とても素晴らしい作品だと思う。
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著:塩田武士
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大きな注目を集めた事件だからこそ、「グリコ・森永事件」については様々な「事実」が広く知られている。そして著者はその中に、様々な「虚構」をぶち込んでいく。上手くやらなければ単なるフィクションにしかならなかっただろうが、『罪の声』の場合は、「『事実』の中に『虚構』を組み込むことによって、より一層のリアリティを獲得する」という、非常に稀有な作品に仕上がったと言える。そして、そのリアリティに支えられた世界の中で、ノンフィクションでは絶対に扱えない「未解決事件の加害者家族」を描き出すのだ。
想像を遥かに超える、なかなかに凄まじい作品だった。
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