目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:クマール,マンジット, 翻訳:薫, 青木
¥1,155 (2021/10/20 07:31時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 天才たちが嘆くほど、量子論は捉えにくく難しい
- 実は「アインシュタインの再評価」がなされている
- 量子論はどのように誕生し、アインシュタインはなぜ批判し続けたのか
量子論を先導するボーアと、不完全だと認めさせたいアインシュタインの攻防に興奮させられる
自己紹介記事
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「量子論」の歴史は本書『量子革命』ですべて知ることができる。天才たちの議論の応酬に大興奮
本書『量子革命』の構成
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本書は、物理学の「量子論」(「量子力学」とも表記する)という分野の誕生前夜から現在に至るまでの、その発展の歴史が描かれている作品だ。
科学に関する本には主に、「科学的な知識を紹介する本」と「科学の進展の歴史を伝える本」がある。そして作品によってどちらの比重がより大きいかは変わってくる。
本書は後者、つまり「科学の進展の歴史を伝える」という方に重点が置かれている。もちろんそれを描くためには、どの科学者がどんな主張をしたのかという科学的な説明にも触れる必要があるわけだが、本書で描こうとしているのは主に、「量子論はどのように発展したのか」という歴史の方である。
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あとですぐ触れるが、量子論というのは常識に反する主張を様々に受け入れなければならない幾多の天才科学者たちを悩ませた分野であり、そのため膨大な議論が繰り広げられた。中でも、「量子論の重鎮たちのリーダー的存在であるボーア」と「科学界にその名を轟かせる孤高の天才アインシュタイン」は、量子論の解釈を巡って最後の最後まで対立したことで知られている。
アインシュタインのものとして知られる名言は数多く存在するが、その中の1つに「神はサイコロを振らない」がある。実はこれは、「私は量子論など受け入れない」という決意表明なのだ。アインシュタインは死ぬまで量子論に反対し続けたが、それはつまり、アインシュタインが生きている間には、ボーアとアインシュタインのバトルに明確な決着がつかなかった、ということでもある。
しかし実は、ボーアもアインシュタインも亡くなった後、その論争に終止符が打たれることになった。そしてそこで明らかになった結論が、現在世界中で開発競争が繰り広げられている「量子コンピューター」に繋がっていくのである。
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この記事では、本書に書かれている流れすべてに触れるわけにはいかないが、「量子論」への関心を抱いてもらえるように解説していきたいと思う。
量子論はどれほど難しいのか
20世紀(1900年代)に、物理学は大きな躍進を遂げた。そして、その躍進を支えた2つの理論がある。
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1つは、アインシュタインが独力で作り上げた「相対性理論」だ。そしてもう1つが、この記事のメインテーマ「量子論」である。1800年代終わりの科学界には、「既に人類はあらゆる知識に到達した」という雰囲気が支配的だったようだが、1900年に入ってすぐ「相対性理論」が生まれ、「量子論」誕生のきっかけとなる考え方が提示された。人類は世界について全然分かっていなかったのだ。
そんな量子論だが、これは「相対性理論」とは違い、同時代を生きる数々の天才科学者たちの侃々諤々の議論によって少しずつ形作られたものだ。量子論に関わった物理学者の名前をズラリと並べてみれば、これでもかと言うほど有名な人物ばかりだと分かるだろう。そして、そんな天才たちが少しずつアイデアを出し合い、別の誰かの発想を批判し、新たな見方を提示することによって、それまでの常識を覆す理論が生み出されたのである。
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本書はそんな歴史を概観できる作品で、長い長い映画を観ているような印象を抱くのではないかと思う。
さて、天才が数多く関わった量子論だが、そんな天才たちの「嘆き」の言葉が、本書には多数収録されている。ちょっと多くなるが、量子論がどれほど彼らを苦しめたのか理解してもらうのに必要だと思うので挙げていこう。
アインシュタインは後年、次のように述べた。「この理論のことを考えていると、すばらしく頭の良い偏執症患者が、支離滅裂な考えを寄せ集めて作った妄想体型のように思われるのです」
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量子論にはじめて出会った時にショックを受けない者に、量子論を理解できたはずがない(ニールス・ボーア)
ヴェルナー・ハイゼンベルグが不確定性原理を発見する。その原理はあまりにも常識に反していたため、ドイツの生んだ神童ハイゼンベルグでさえも、はじめはどう解釈したものかわからず頭を抱えたほどだった
現在、物理学はまたしても滅茶苦茶だ。ともかくわたしには難し過ぎて、自分が映画の喜劇役者かなにかで、物理学のことなど聞いたこともないというのならよかったのにと思う(ヴォルフガング・パウリ)
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もしもこの忌まわしい量子飛躍が本当にこれからも居座るなら、わたしは量子論にかかわったことを後悔するだろう(エルヴィン・シュレディンガー)
エーレンフェストはそれに続けて、「目標に到達するためには、この道を取るしかないというなら、わたしは物理学をやめなければなりません」と述べた
アインシュタインは、黒体問題の解決案を提唱したプランクの論文が出るとすぐにそれを読み、のちにそのときの気持を次のように述べた。「まるで足もとの大地が下から引き抜かれてしまったかのように、確かな基礎はどこにも見えず、建設しようにも足場がなかった」
ノーベル賞を受賞したアメリカの物理学者、マレー・ゲルマンは、そんな状況を指して次のように述べた。量子力学は、「真に理解している者はひとりもいないにもかかわらず、使い方だけはわかっているという、謎めいて混乱した学問領域である」
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どうだろうか? 繰り返すが、ここで名前が挙がっている人物は皆、科学の歴史に名を残す天才中の天才たちだ。そんな科学者たちが量子論についてこれほど嘆いている。それほどまでに既存の常識と相容れない考え方を要求されたということだ。
さて、このような認識は、かなり後まで続くことになる。本書にはこんな文章がある。
著名なアメリカの物理学者で、ノーベル賞受賞者でもあるリチャード・ファインマンは、アインシュタインの死後十年を経た1965年に、次のように述べた。「量子力学を理解している者は、ひとりもいないと言ってよいと思う」。コペンハーゲン解釈が、量子論の正統解釈として、あたかもローマ教皇から発布される教皇令のごとき権威を打ち立てると、ほとんどの物理学者は、ファインマンの次の忠告に素直に従った。「『こんなことがあっていいのか?』と考え続けるのはやめなさい――やめられるのならば。その問いへの答えは、誰も知らないのだから」
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1965年の時点では、謎はまだまだ残ってはいたものの、量子論という分野の大きな枠組みはきちんと完成していたはずだ。アインシュタインやボーアら、まさに構築している最中の人たちが嘆くのとは状況が違い、ある程度輪郭が完成し、理論としての形が整っている段階でさえまだ、ファインマンのような捉え方が一般的だった、ということだ。
科学者というのは、「理論や実験を通じて、世界はどうなっているのかを探求する人々」である。そんな彼らが、「世界がどうなっているのか理解するのは諦めよう」と言っているのだから、あまりに異常だろう。
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この記事で紹介するのは、そんな白熱の議論と常識の転換によって生み出された量子論がどのように形作られていったのかという歴史である。
この記事は「アインシュタインの貢献」という観点で歴史を切り取る
本書は、量子論に関わる長い長い歴史の物語であり、そのすべてに触れることは困難だ(というか、すべて知りたければ是非本書を読んでほしい)。そこでこの記事では、「量子論の発展に、アインシュタインはいかに貢献することになったのか」という観点から書いていこうと思う。
これには明確な理由がある。
先ほどアインシュタインが量子論に対して反対したことを示す「神はサイコロを振らない」という言葉を紹介した。そして、具体的にはこれから触れるが、アインシュタインの反対にも関わず、量子論は世界を説明する法則として認められたわけであり、それはつまり「アインシュタインの敗北」を意味するだろう。
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実際に、本書の訳者である青木薫は、解説でこんな風に書いている。
さて、アインシュタインが最後まで量子力学を受け入れなかったことについては、ながらく次のような理解が広くゆきわたっていた。「かつては革命的な考えを次々と打ち出したアインシュタインも、年老いてひびの入った骨董品のようになり、新しい量子力学の考え方についてこられなくなった」と。わたしが大学に入った1970年代半ばにも、そんなアインシュタイン像が、いわば歴史の常識のようになっていた
アインシュタインは、「若い頃は煌めくような業績を連発したが、晩年はこれといった成果も出せず、さらに量子論のような新しい考えを受け入れられない古臭い人間だった」と思われていた、ということだ。しかしこの見方は徐々に変わっているのだという。同じく青木薫がこんな風に書いている。
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今日では、コペンハーゲン解釈とはいったい何だったのか(コペンハーゲン解釈に関する解釈問題があると言われたりするほど、この解釈にはあいまいなところがあるのだ)、そしてアインシュタイン=ボーア論争とは何だったのかが、改めて問い直され、それにともなってアインシュタインの名誉回復が進んでいるのである
そして、青木薫が「名誉回復」と指摘しているのが、「アインシュタインの批判が量子論を発展させたのではないか」という捉え方なのだ。
本書の記述は決してその観点に留まるものではないが、この記事では「アインシュタインの貢献」という点を重視して書いていこうと思う。
量子論誕生前夜
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アインシュタインの「相対性理論」は、突然生まれたものだ。どういうことかと言えば、「具体的な問題を解決するために生み出されたのではなく、純粋な思考のみから考え出された」ということである。アインシュタインが「相対性理論」を生み出した当時、相対性理論のような理論が望まれていたわけではなかった。科学者に立ちふさがる謎が存在し、その解決のために「相対性理論」が登場したというわけではないのだ。
一方の「量子論」は違う。ある具体的な問題を解決するために考え出された「量子」という発想がその根底に存在する。
「量子」というのは「不連続量」という意味だ。この説明のために、水道を思い浮かべてほしい。
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このように、「1つ、2つ……」と数えられるもの(状態)を「量子」と呼ぶ。
そしてこの「不連続量」「連続量」は、物理学の世界における「波」「粒子」と対応していると考えればいい。海で発生する「波」も「1つ、2つ……」とは数えられないだろう。一方、原子などを「粒子」と呼ぶが、これらは「1つ、2つ……」と数えられる。そして「量子論」というのは、「今まで波だと考えていたものを、粒子としても捉えなければならなくなった」という発想の転換を強いられるという点で、科学者を大いに悩ませることになったのだ。
「波」と「粒子」については以下の記事により詳しくまとめているので参照してほしい。
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さて、「量子論」の誕生のきっかけとなった具体的な問題というのが「黒体放射」と呼ばれるものである。これについて具体的に説明はしないが、それまでの「波として捉える」という考え方ではどうにもうまく理解ができなかった。
そこでプランクという科学者が、本人さえ「破れかぶれ」と呼んだアイデアによってこれを解決する。それが、「波だと考えられていたものを粒子として捉えてみる」という発想だ。このように「量子」という概念を導入することで「黒体放射」の問題はあっさり解決する。
しかしこれによって、「波でもあり、粒子でもあるなどということがあり得るだろうか?」という新たな問題が生まれることにもなってしまった。アインシュタインも、先の引用の通り、「足もとの大地が下から引き抜かれてしまったかのよう」に感じたほど衝撃的な考え方だったのだ。
プランクが「黒体放射」の問題を解決するために「量子」という考えを導入したことが量子論の誕生のきっかけであり、プランクは「量子論の父」と呼ばれている。
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今度はアインシュタインが「量子」という考え方を導入する
さて、アインシュタインは生涯「量子論」を批判し続けたし、プランクの「量子」という考え方にも衝撃を受けたわけだが、その後アインシュタイン自身が、「量子」という考え方を使い、別の難問を解き明かすことになる。
それが、アインシュタインのノーベル賞受賞理由にもなっている「光電効果」の説明だ。アインシュタインは実は、有名な「相対性理論」でノーベル賞を受賞しているわけではないのである。
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「光電効果」という名前で知られる現象が、理論家にとっては大きな謎だった。この現象についても詳しくは説明しないが、先ほどの「黒体放射」と同様、それまで常識だった「光は波である」という考え方ではまったく説明が不可能なのだ。
そこでアインシュタインは、「光を粒子(量子)と捉えれば、光電効果は問題なく説明できる」という考え方を提示した。しかし、この「光量子仮説」を提唱した当時、「光量子」(「光子」とも呼ばれる)の実在を信じていたのはアインシュタインただ一人であり、数多くの科学者が「光量子」に批判的だった。
何故なら科学の世界には、「光は波である」という実験結果が山のように存在するからだ(「波」と「粒子」の問題については、先にも紹介した以下の記事を)。
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確かにアインシュタインが言うように、光が量子だと仮定するなら光電効果は説明可能かもしれない。しかし、これまでの実験などから光は波に決まっているのだから、アインシュタインが言うような「光量子」など存在するはずがない。ほとんどの科学者がこのように考えていたのだ。
アインシュタインの光量子仮説を実証する光電効果の実験を行いノーベル賞を受賞したミリカンという科学者も、自分で行った実験にも関わらず、その実験結果を信じられなかった、と語っているほどである。それぐらい、光を粒子と捉えることに対する抵抗感が当時の科学者の間で強かったということだ。
「光量子仮説」でアインシュタインはノーベル賞を受賞したのだが、この時点でもまだ「光量子」の実在を信じる科学者はほとんどいなかった。そんな状況を踏まえノーベル賞委員会は「光電効果を説明する数式を発見したこと」に対してアインシュタインにノーベル賞を与えたのである。
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つまりノーベル賞委員会は、「光量子」に関する評価を避けた、というわけだ。光量子はまだまだ科学者の間で議論が続いている。そんな状況でノーベル賞委員会が光量子の実在にお墨付きを与えるようなリスクを負うわけにはいかない(ノーベル賞を授与した後、それが誤りであると判明したら致命的だ)。そこで、光量子には触れず、「数式を発見した」という理由での受賞となったのである。
「光量子仮説」は、「波だと考えられていたものを粒子(量子)と捉える」という量子論的な考え方であるにも関わらず、量子論の研究を先導したボーアは、生涯「光量子」の存在を信じなかったという。「光量子」の実在については、「コンプトン効果」と呼ばれる現象が観測されたことで反論の余地なく証明されたのだが、「コンプトン効果」が発見されてからもボーアは「光量子」の実在を認めなかったというから、相当頑なだったと言っていいだろう。
このように、「量子」という考え方は、様々な形で議論を引き起こすことになったのである。
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さて、自らも「量子」という考え方を導入したアインシュタインだったが、その後、量子論を猛烈に反対する立場に回ることになる。しかし、アインシュタインが何故そう考えたのかを説明するためには、いくつか事前準備が必要となる。まずは、アインシュタインが忌み嫌った「コペンハーゲン解釈」がいかに生まれたのか、その流れを見ていこう。
量子論の方程式の解をどう捉えればいいのか分からない
プランクのアイデアによって生まれた量子論だが、理論が進展していくためには、その世界を記述する方程式が必要だ。そして、量子論の世界を記述する方程式は2つ存在する。
1つは、ハイゼンベルクという科学者が発見した。これは「行列」という、当時としてはあまり知られていなかった数学分野の知見が駆使された方程式で、その難解さに物理学者は困惑した。頑張れば方程式を解くことはできるが、あまりにも難しすぎて使い勝手が悪かったのだ。
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一方、シュレディンガーという科学者が、後に「波動方程式」と呼ばれる方程式を生み出した。こちらの方程式は非常に扱いやすく、量子論の方程式としてはこの「シュレディンガーの波動方程式」が人気を博すことになる。
方程式は2つ存在するが、どちらを解いても最終的には同じ答えにたどり着く。だったら計算が簡単な方に人気が集まるのは当然だ。
しかし波動方程式には1つだけ問題があった。それは、「波動方程式の解が何を示しているのか分からない」ということだ。「波動関数の解」は「波動関数」と呼ばれるが、これが現実の何と対応するのか分からなかったのである。「現実との対応」など考えず、単に計算を行うだけであれば波動方程式は非常に有用なのだが、「波動関数」が何を意味するのかは長らく謎だった。
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その説明を与えたのが、ボルンという科学者である。彼は「波動関数は存在確率だ」という解釈を提示したのだ。
「波動方程式」というのは要するに、「原子がどのような運動をするのかを記述する式」である。これまでの科学の常識では、「運動の方程式を解けば、運動の状態が確定する」はずだ。つまり、与えられた条件における位置・速度・加速度などが、方程式を解けば確実に分かる、という意味である。
しかしボルンは、波動方程式を解いても確率しか分からない、と説明した。波動方程式を解いて分かるのは、「ある時刻・ある場所に原子が存在する確率だ」というわけである。
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この主張は、それまでの科学の常識に真っ向から歯向かう異端の考えだと言っていいだろう。
シュレディンガーは、ボルンの確率解釈に納得しなかったという。そして、「確率解釈には納得できない」という立場を示すために、後に非常に有名となる「シュレディンガーの猫」を生み出した(本書によると、この有名な猫の原型となるアイデアを考えたのは実はアインシュタインなのだそうだ)。
しかしこの「量子論の方程式を解いても確率しか分からない」という「確率解釈」は、量子論の主流派の間で受け入れられていくことになる。
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これもまた意味不明な主張だろう。どうしてこのようなアイデアが生まれたのか見ていこう。
先ほど「行列」を使った方程式を作った人物として紹介したハイゼンベルクは、「不確定性原理」なるものを発表している。これは、量子論の世界を支配する大原則として知られるものだ。
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これは、私たちの日常生活と比較して考えてみると非常に奇妙なことになる。
例えば、「車が駐車場に停めてある」という状態は、物理的に厳密に表現すると、「車という物体が、速度ゼロで駐車場という位置に存在している」ということになる。これはつまり、位置と速度を同時に測定している、ということになるわけだ。このように私たちが生きている世界では、位置と速度が同時に測定できることなど当たり前だ。
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しかし量子の世界ではそうはいかない。位置を100%正確に測定しようとすれば速度は曖昧にしか測定できないし、逆もまた同じだ。量子の世界はこのような「不確定性原理」に支配されているというのが、量子論の主流派の考えなのである。
そして彼らは、さらにその発想を突き詰め、こう考えるようになる。
彼にとって、電子の位置や運動量を測定するための実験が行われなければ、はっきりした位置や、はっきりした運動量を持つ電子は、そもそも存在しないのだ。電子の位置を測定するという行為が、位置をもつ電子を生み出し、電子の運動量を測定するという行為が、運動量をもつ電子を生み出す。はっきりした「位置」や「運動量」をもつ電子という概念は、測定が行われるまでは意味をもたない、と彼は述べた
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どういうことか理解できるだろうか?
量子の世界では、「位置」と「速度」は同時には測定できない。つまり、「はっきりした位置を持ち、かつ、はっきりした速度を持つ原子」の存在を、我々人間は観測によって捉えることができない、ということだ。
となれば、「そんなものは存在しない」と考えてもいいだろう、と彼らは主張しているのである。
例えば私たちは、昼間に月が見えなくても「月は存在する」と思うし、何か計算など駆使すれば、直接的に見ることができなくても、月は今この位置にこれぐらいの速度の状態にある、ということが分かるだろう。観測するかどうかに関係なく「月は存在する」というのが当たり前の考え方だ。
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しかし量子論の主流派は、量子の世界ではそう考えることを諦めよう、と主張した。つまり、人間が観測しなければ原子がどうなっているか分からないし、観測することによって初めて「そこにある」と言える、ということだ。観測以前の「実在」について考えても仕方がないから、そこには触れないでおこう、という立場なのである。
さてこのように、「確率解釈」と「観測以前の実在を諦める」という考え方が、量子論の主流派の主張の根幹にあると言っていい。この考え方には、「コペンハーゲン解釈」と名前がついている。ボーアの研究所がコペンハーゲンにあったことから付けられた名前であり、ボーアが量子論の主流派を率いていたこともあり、「コペンハーゲン解釈」こそが量子論の正しい認識であると考えられていたわけだ。
そしてアインシュタインは、この「コペンハーゲン解釈」に猛然と立ち向かったのである。
アインシュタインの批判
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アインシュタインは、「確率解釈」も「観測以前の実在を諦めること」もどちらも忌み嫌った。アインシュタインが「確率解釈」を批判した言葉として有名なのが、何度か触れた「神はサイコロを振らない」である。「確率しか分からないようなものを科学と呼んでいいのか。世界は確率ではない形で捉えられるはずだ」というアインシュタインの主張を端的に表わしている。
しかし、量子論の世界に「確率」という考え方を持ち込んだのは実はアインシュタインだった。先ほど「光電効果」の話に触れたが(「光量子仮説」で解決した)、アインシュタインは「光電効果」を説明するために、「光量子が放出される向きや時刻は運任せである」という確率的な考えを盛り込まざるを得なかったのだ。
しかしアインシュタインは、こうも考えていた。今はまだ、我々が世界を捉える能力が不十分なだけであり、理論には改善の余地がある。正しい理論を作り出せば、「確率」などという忌まわしいものは取り除けるはずだ、と。
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だからこそ同じく、「確率」という考えが組み込まれた「コペンハーゲン解釈」にも異議を唱えたのだ。
また、「観測以前の実在を諦めること」への批判として有名なのが、「月」を使ったこの名言だ。
アインシュタインの物理学の核心にあったのは、観測されるかどうかによらず、「そこ」にある実在へのゆるぎない信念だった。「月は、きみが見上げたときだけ存在するとでも言うのかね?」と、彼はその考えの愚かしさを印象づけようとしてアブラハム・パイスに言った。
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要するに、「見ている時にしかそこに存在していると言えない理論なんて、正しくないだろう」と批判しているのだ。アインシュタインは記憶に残る名フレーズを連発するコピーライターさながらで、問題点を端的に表現する力がずば抜けていると言える。
アインシュタインは、「実在に対する理解」を諦めたくなかった。「コペンハーゲン解釈」では、「観測以前の実在については分からないから諦めよう」とされているが、それは量子論への理解が不十分なだけではないか、とアインシュタインは考えていたのだ。「光電効果」に関する「確率」の問題がいずれ解消されるはずだと思っていたように、量子論の知見が深まれば、「観測以前の実在」についても正しい理解が得られるようになるに違いない、と考えていたのである。
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つまりアインシュタインは量子論を、「正しいが完全ではない」と捉えていたということだ。量子論は現象を正しく捉えるし、方程式を解くことで正確な予測も可能である。しかし、「確率」などという忌まわしいものが含まれているし、「実在」に関する記述も不十分だ。だから、量子論をさらにブラッシュアップさせることで、世界をより正しく理解するための理論が得られるはずである。
アインシュタインの批判の骨子はここにあったと言っていいだろう。
さて、「コペンハーゲン解釈」の説明とアインシュタインの批判を理解した上で、どちらの意見の方が真っ当だと感じるだろうか? 私はどう考えても、アインシュタインの言っていることの方がまともだと感じる。「位置が確率でしか分からない」とか「観測するまで実在について語るのは諦める」など、「ムチャクチャなこと言ってるなぁ」と思えてしまう。
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しかし当時の科学者の捉え方は違った。アインシュタインの批判を大して重要なものと捉えていなかったのだ。
ここにはいくつか理由がある。
例えば、量子論を主導していたのがボーアだったので、そのボーアの考え方が色濃く反映されるのは仕方ないと言える。ボーアはアインシュタインと違って多くの弟子を育てたことで知られており、その弟子たちが様々な発見をし、ボーアの考えを広め、量子論を作り上げていったのだから、ボーアの影響力が大きくなるのは当然だ。
また、「科学者にはやることが山ほどあった」という理由もある。量子論は当時まだ生まれたばかりの理論だ。研究すべきことは無限に存在する。そんな時に、「観測する以前の実在がどうのこうの」なんていう哲学的な話に興味を持つ余裕などなかった、というわけだ。ボーアの考えだろうがアインシュタインの考えだろうが、計算結果には影響しない。だったらそんなのどっちでもいいよ、というのが、特に若手の科学者たちの本音だったのである。
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そして、ボーアもそのことを正しく理解しており、量子論の先導者として次のような立場を取った。
ニールス・ボーアが一世代の物理学者をまるごと洗脳して、問題はすでに解決したかのように思い込ませた
つまり、「若手は量子論の研究に勤しめ。アインシュタインの相手は俺がするし、アインシュタインが言っていることなんて全部俺が粉砕してやるから」という立場を取ることで、量子論研究の歩みを前進させようとした、というわけだ。
このような背景があり、アインシュタインの批判はあまりまともに受け取ってもらえなかったのである。しかしアインシュタインは、「コペンハーゲン解釈」への攻撃の手を緩めることはなかった。そして、アインシュタインが量子論に対して批判し続けたお陰で、大きな発見に繋がっていくことになる。
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当初アインシュタインの標的は「ハイゼンベルクの不確定性原理」だった。「共役変数の関係にある2つの物理量を同時に測ることはできない」という主張だ。アインシュタインは、この「ハイゼンベルクの不確定性原理」に穴があるのではないかと考え、「不可能とされる測定が行える思考実験」を次々に生み出してはボーアに投げつけたのである。
しかしボーアは、アインシュタインが生み出す思考実験のすべてに反論することができた。アインシュタインの思考実験には、どこかしらに穴があり、どうしても「不確定性原理」を突き崩すことができなかったのだ。
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そこで途中からアインシュタインは戦略を変える。「不確定性原理」を攻撃するのを止め、「コペンハーゲン解釈は不完全だ」と示そうとした。
アインシュタインの戦略をざっと説明するとこうなる。「コペンハーゲン解釈」の主張を突き詰めると「ある現象A」が起こると想定される。しかし、アインシュタインが生み出した「相対性理論」を踏まえて考えると、「ある現象A」は実際には起こるはずがない。「コペンハーゲン解釈」を信じることで、実際に起こるはずがない「ある現象A」を許容してしまうことになる。だからそんな解釈は認められない。
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これが、アインシュタインの主張の要点である。アインシュタインがボーアに突きつけた思考実験は「EPRパラドックス」という名前で有名だ。
さて、唐突だが、「EPRパラドックス」の説明も含め、以降の流れについては以下の記事にまとめてあるので、是非そちらを読んでほしい。アインシュタインの「EPRパラドックス」がどのような問題を提示し、ボーアがそれにどう対峙し、両者が共に亡くなった後でどのような展開を見せて決着がついたのかという流れについて触れてある。
読めば、「EPRパラドックスでのアインシュタインの敗北が、量子論を発展させた」という流れが理解できることだろう。
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著:クマール,マンジット, 翻訳:薫, 青木
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本書には、1997年7月にケンブリッジ大学で開かれた量子物理学の会議で行われた意見調査の結果が載っている。
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つまり現代の科学者たちは、「コペンハーゲン解釈ではない別の解釈が成り立つはずだ」と考えているということだろう。
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現役の研究者であるリサ・ランドールが、自身の仮説を一般向けに分かりやすく説明する『ワープする宇宙』。一般相対性理論・量子力学の知識を深く記述しつつ「重力が超弱い理由」を説明する、ひも理論から導かれる「ワープする余剰次元」について解説する
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