【鋭い】「俳優・堺雅人」のエピソードを綴るエッセイ。考える俳優の視点と言葉はとても面白い:『文・堺雅人』

目次

はじめに

著:堺 雅人
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この記事で伝えたいこと

「言葉」は感覚を正確には表現できないからこそ、「言葉との格闘」に挑む者の文章は面白い

犀川後藤

堺雅人はまさに「言葉と格闘する者」で、思考や認識の一端が垣間見れるのは興味深い

この記事の3つの要点

  • 私は、「言語化できる人」が好き
  • 「日常」と「非日常」を行き来するからこそ、「日常」の中の違和感に気づきやすいのかもしれない
  • 普段なかなか知る機会のない「俳優の感覚」に触れられるのも面白い
犀川後藤

俳優・堺雅人に興味があるかないかに関係なしに、面白く読めるエッセイだと思います

この記事で取り上げる本

著:堺 雅人
¥713 (2021/11/11 06:25時点 | Amazon調べ)
いか

この本をガイドに記事を書いていくようだよ

自己紹介記事

犀川後藤

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

俳優・堺雅人は、「言語化できる人」であり、『文・堺雅人』で彼が紡ぐ言葉は楽しい

「言語化できる人」のことが好き

じつをいえば「ホンモノではないかもしれない」という不安はいまでもすこしのこっている。そんなときには、まわりにいる本物の俳優さんや、本物の劇場や、たのしんでくれている本物のお客さんを見て安心するのだ。
「これだけホンモノにかこまれているのだから僕もホンモノなのだろう」と、あくまでも帰納法的に。

ドラマ『半沢直樹』で脚光を浴びることになった堺雅人は、内側にあるものを軽やかに(私にはそう見える)言語化できる、とても言葉に対する感覚が鋭い人だと本書を読んで感じました。

私はそういう人がとても好きです。人間に対する好みについて考える時、もちろん容姿など「目に見える部分」がまったく考慮されないわけではありませんが、私はどうしても「目に見えない部分」を捉えようとしてしまいます。頭の中や心の内側にどんなものを抱えているのか、そこに対する興味をかなり強く持っているのです。

そしてそういうものは、本人が表現する「言葉」を通じてしか表に出てきません。だから私は、誰かが発したり書いたりする言葉に意識が向いてしまうし、そこからその人の中身について思い巡らせることが多いです。

犀川後藤

今までの人生を振り返ってみても、関わりが継続してる人って大体、自分の感覚を上手く言葉に落とし込む人が多かったなぁって思う

いか

そうじゃない人には、最初の時点でなかなか興味を抱けないもんね

「言葉に対する感覚が鋭い人は、しんどい環境を経験している」という持論があります。外的な要因でも内的な要因でもいいのですが、辛い・逃げたい・大変・苦しいというような状況に置かれた時、人はその中で自分を保とうとして、言葉に頼ると考えているのです。

私も、子どもの頃は色んな理由でしんどさを感じていました。だから、本を読んだり、「自分はどうしてこういう風に感じるのだろう?」と頭の中で思い巡らせたりして時間を過ごすことが多かったと思います。

だから、「言葉に対する感覚が鋭いことそのもの」ももちろん興味を惹かれる事実なのですが、その奥に透けて見える、「この人はきっとしんどい経験を通ってきた人なんだろう」という部分もまた、私が他人に興味を抱くきっかけになる部分です。

そしてまさに、堺雅人もそういうタイプの人であるように感じられます。恐らく自分なりに「しんどい」と感じる経験を経て、頭の中をぐるぐるさせてここまでやってきた人なのでしょう。「考える回路」が元々頭の中に組み込まれているからこそ、日常のふとしたことにも引っかかって、なんでもないようなことに焦点を当てて、それに対して自分がどう感じたのかという感覚を表に出していけるのだと思います。

犀川後藤

俳優の仕事に関してだけじゃなくて、日常のあれこれについて自分の気持ちの本質的な部分を捉えようとする感じは素敵だと思う

いか

文章も凄く洗練されてる気がするし、良いエッセイだよね

この本の元になっているのは、テレビ雑誌での連載です。月1での執筆だったそうですが、書き上げるのに2週間とか3週間とか掛かってしまうといいます。原稿料はもらってるけれど割には合わない、と言いつつも楽しんで書いているようです。

たぶんそれは、普段の生活の中で「頭の中のぐるぐる」を表に出す機会がなかなかないからでしょう。特に「俳優」という職業の場合、基本的に「決められたセリフを喋る」ことが仕事になります。そういう中で余計に、「自分の考えを表に出す機会」みたいなものを求める気持ちが出てくるものかもしれません。

「言葉」というのは、誰もが当たり前に使っている日常的な存在ですが、突き詰めて考えてみると、「自分の内側にある感覚や価値観を100%正確に表現できる言葉」なんて存在しないはずです。誰もがみな、「自分の感覚・価値観に一番近い言葉」をセレクトして使っているにすぎません。

だからこそ「言葉」は、使う人次第ということになります。不正確にしか表現できないツールであっても、それらを絶妙に組み合わせたり、あるいは敢えて使わなかったりすることで、自分の感覚にできるだけ近づけようとすることができるからです。

そして堺雅人は、そういう「言葉との格闘」みたいなものを楽しんでいる人だと感じます。だからこそ、読む人にとっても面白いと感じられるエッセイに仕上がっているのでしょう。

犀川後藤

「エッセイが面白い人」って凄いよなぁ

いか

「面白い文章を書ける人」でも、1冊丸々面白いみたいなことってなかなか難しいからね

自らを客観的に、俯瞰的に、そして低い視線から眺めている

堺雅人は、ともすればスルーしてしまいがちな日常の違和感をさらりと掬い上げます。それはもしかしたら、「日常」の世界と、俳優という「非日常」の世界を日々行ったり来たりしているからこその感覚かもしれません。「非日常」から「日常」へと戻ってくる時の違和感に日々接することで、「日常」の中の違和感に気づきやすくなることもあるでしょう。

ふつう旅にでるときは、宿を手配したり、ガイドブックをひろげたりしているうちに、ココロはすこし目的地に飛んでいたりするものだ。僕の場合、そうした作業はスタッフのかたがすませておいてくれるので、ココロの準備ができないままに出発をむかえることになる。到着してはじめて「みしらぬ土地」だという実感がわいてきてジタバタするのだ。
シャーレにいれられた虫が、環境の変化にビックリして、触覚であちこちコツコツたたいてまわるようなものである。あわてて情報をあつめようとするので、ふだん口にしないヤギのスープなんかを注文してしまう(うまかった)。

僕自身のことをいえば、十八で上京したときに自分の歴史がそこでプッツリ途切れてしまったような、そんな感覚をもっている。幼馴染やなまったコトバなど、それまでの自分にまとわりついていたものが綺麗さっぱりなくなってしまったかんじなのだ。当時の僕にはそのサッパリ感がここちよかったのだが、身ひとつで海外に移住したような、フワフワした感覚はいまでものこっている。
(中略)
僕のなかには東京コトバでうまくいいあらわせないなにかがあるのだが、僕のさびついた宮崎コトバではもうそれは表現できない

正直に言って、大した話を書いているわけではありません。ただ、敢えて拾い上げてみようとはしないが誰もがなんとなく「そうそう」と感じるかもしれない事柄について、自分なりの感覚を見事に捉えているという点が面白く感じられます。こういうことは、自分が今どういう立ち位置にいて、周囲の環境はどうなっていて、その上で自分が進むべき方向を見定めるというようなことを常に意識していないとなかなか思考に上ってこないでしょう。常に俯瞰で自分のことを捉えているのだろうなと感じます。

いか

こういうなんてことないことを丁寧に拾えるのっていいよね

犀川後藤

私は、日記を書こうと思っても、「書くことないなー」とか思っちゃうタイプだからなぁ

また、こんな文章もあります。

ところが、幕末や明治にあこがれることはあっても、イラクやアフガンに感情移入することはあまりない。すくなくとも僕はそうだ。きっと彼らのかかえる矛盾や混乱が、あまりにも生々しく感じられるからだろう。僕が“明治”にあこがれるとき、明治人のもつ生々しさを都合よくわすれてしまうものなのかもしれない

別に「幕末や明治が好き」というところで止まっていても何の問題もありません。ただ堺雅人は、「幕末や明治は好きだが、そういう時代の雰囲気は、現代のイラクやアフガンと同じなのではないか」と考え、さらに、「イラクやアフガンには憧れを抱かないのに、幕末や明治に憧れを抱くのは何故だろう?」と考えを進めるわけです。

こんな風に「自発的に落とし穴に落ちてみる」ようなスタンスで、堺雅人は日常のあちこちで立ち止まってみせます。こういう思考を巡らすことで言葉が鍛えられ、言葉が鍛えられることでさらに思考に拍車が掛かるというわけです。見方によっては「めんどくさい」と感じられるかもしれませんが、私はそういう無限ループを「楽しい」と感じるタイプですし、恐らく著者もそうでしょう。

「自分の思考」を研究対象として、様々な角度から精査していくようなスタンスが、とても興味深いと感じます。

「俳優」として考えていることも面白い

堺雅人の本業はやはり俳優であり、自身が「俳優」として存在する場面でどのように物事を考えているのかにも多く触れられています。

「あの演技よかったよ」といわれておこる役者はあまりいないだろうが、
「え、あの作品にでていたの?」
とビックリされるのも僕は嬉しい。(中略)
以前、六歳の女の子から、
「さかいさんは演技がうまいですね」というお手紙をいただいたことがある。ほめられたのはうれしかったが、演技だということが完全にばれているわけで、なんだか複雑だった

正直にいうけれど、役のきもちなんてやってみないとわからない。もっと正直にいえば、わからないままやっていることも僕にはある。そのヒトがどんなヒトなのか、そう簡単にわかるわけがないのだ(と僕はおもう)。

堺雅人は「演じる」ということについて、恐らくずっと何かモヤモヤしたものを抱きながら俳優を続けてきたのでしょう。というかそれは、「俳優」という仕事をするすべての人に共通する感覚なのかもしれませんが、そういう感覚をきちんと言語化していくのです。

犀川後藤

6歳の女の子の手紙の話は、なんか考えさせられるよね

いか

存在感を出しながら存在感を消さないといけない職業って、大変だよなぁ

また、「演じる」以外の感覚についても触れられます。

ある程度キャリアを重ねていけば、別に言わなくてもまわりが俳優だと認めてくれるけれど、ただの大学生が俳優として見てもらうには、「僕は俳優です!」という幻想を、お客さんにも自分にも押し付ける必要があった。

もしかすると、俳優としてすごす時間のなかで一番しあわせなのは、出演がきまってから台本がとどくまでの、すこし「てもちぶさた」な時間かもしれない、などとおもうことがある

どんな仕事であれ、その仕事特有の感覚みたいなものはあるものでしょうが、我々にとってなかなか身近にはなりえない「俳優」という仕事について、その感覚の一端を垣間見せてくれるのは面白いです。確かに、「僕は俳優です」という幻想を与える必要があるだろうし、俳優というのは「てもちぶたさ」の連続だろうなぁなど、「俳優」という仕事に関わらない人間にもなんとなく想像できる感覚を的確に掴んでいると感じます。

「ひらがな」が多いのは何故だろう?

他にも素敵な文章はたくさんあります。

「そこにいて、なにもしない」
は、
「なにかする」
とおなじぐらい大切なことだ

春のやすみは、夏や冬のようにおなさけでもらっているような(あつくて大変だろうからやすんでおけ、といわれているみたいな)長期休暇とちがって、正真正銘のおやすみ、といったかんじがする。
なにしろむこうの準備がそろうのを待っているのだ。安心してノンビリできる

タイトルに「品格」の文字がはいった本を読んでいても、そこで語られているのは品のほんの一部分だ、というおもいはきえない。なんというか、すでに滅びた国の法律書でもよんでいるような、とりとめのない気分になってしまうのである。

犀川後藤

「すでに滅びた国の法律書」とかいいよね

いか

「正真正銘のおやすみ」も素敵だよ

文脈を無視して一部だけ抜き出しているので状況が伝わらないものもありますが、文章単体で捉えても「なんか良い」と感じてもらえるでしょう。「上手いことを言ってやろう」みたいな野心をとりたてて感じることもなく、堺雅人の内側からするっと抜け落ちたもので文章が構成されているような、そんな不思議な感覚にもなります。

そして、そういう印象を抱いた方も多いかと思いますが、堺雅人の文章は「ひらがな」が多いとも感じました。ここにどんな意図があるのか、それは本人にしか分かりませんが、私は勝手にこんな想像をしてみます。

冒頭で、「言葉は感覚・価値観を正確に表現できない」と書きました。それでも、自分の感覚・価値観に近づけようと「言葉との格闘」を繰り広げる堺雅人は、最終的に「漢字にしないことで、はっきりとした意味を定着させない」ことを選んでいるのではないでしょうか。

漢字で表記すると、もう決まったものである、確定したものであるというような、非常にはっきりした印象を与えるのではないかと思います。それを敢えてひらがなにすることで、「ここで選んだ言葉は未分化であり、意味に広がりがある」ということを示そうとしているのではないか、という想像です。「自分の言いたいことは、やはり言葉では正確に表現できなかったけれど、唯一の抵抗として漢字にはせずにひらがなで書く」という選択をしたのではないか、と勝手な想像をしてみました。

著:堺 雅人
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最後に

一般的にエッセイというのは、「その人物のことをあらかじめ知っている人」向けだろうし、もっと言えば「ファン向け」なのだと思います。ただ堺雅人のエッセイは、「ファン向け」に留まらず、「苦心しながら言葉を探し求めた記録」としてもなかなかおもしろく読めるでしょう。

「堺雅人」という人物にさほど関心がない人にも面白く読んでもらえると思うので、機会があったら手に取ってみてください。

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