目次
はじめに
著:イド・ケダー, 翻訳:入江 真佐子
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この記事で伝えたいこと
自閉症の”専門家”の思い込みを覆した一人の自閉症児の奮闘の日々
母親と共に厳しい闘いに挑んだ少年の姿に勇気をもらえます
この記事の3つの要点
- 自閉症が知的障害とは違うことを自ら証明した少年
- 「思い込み」を捨てない専門家との闘い
- 自分の存在が誰かを救うなら、人前に出る辛さも克服するという決意
本書執筆時点で15歳だったとは思えないほど勇敢で聡明な少年の姿に打たれます
この記事で取り上げる本
著:イド・ケダー, 翻訳:入江 真佐子
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少年が本書で伝えたいのは、「自閉症は、知的障害ではない」ということ
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著者のイド・ケダーは自閉症児です。そして本書は、そんな自閉症児自らが執筆した作品です。
というと、信じられない、と感じる方もいるかもしれません。「自閉症」って、「知的障害」なんじゃないの? もしかしたら、そんなイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。
彼は、そんなイメージを一変させました。それが、本書を執筆した最大の目的です。
この本のメッセージは、自閉症についての世の中の誤解を正し、理解を深めてもらうことでした。自閉症というのは運動能力の障害であって、知的障害ではないのです。
ぼくの身体と脳は正常につながっておらず、そのためにぼくの脳は身体にどう動けばいいかを伝えるのが苦手なのです。その結果、みなさんが非言語型の自閉症に見るようなものになってしまっています
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私は、自閉症だという人と直接に関わったことが、たぶんないと思います。だから、実際にどういう状態を示すのか、知っているわけではありません。ただ、ノンフィクションを読んだり、ドキュメンタリーを見ることで、なんとなくのイメージはあります。手足が不随意に動いて、口からは意味があるとは思えない音声を発し、落ち着きなく動き回っている、というようなイメージを、みなさんも持っていることでしょう。
そんな姿を見て、私たちは、「知能に問題がある」と感じてしまいます。自閉症患者との直接のコミュニケーションは基本的に非常に難しいものだったので、そんなイメージが先行していたのです。
我々一般人はともかく、専門家もそう考えていたわけだからね
結果的には短絡的な判断だったわけだけど、確かに、自閉症本人からの訴えがなかったら気づけなかっただろうなぁ
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しかし著者は、
知的障害のある自閉症者もいるのかもしれないけれど、みなさんが考えているほど多くはない。ぼくたちが知能テストで失敗してしまうのは「出力障害」のせいだ。内側で考えていることを正しく外に出せない。出口を見つけた自閉症者はごく少数だ
理解できないんじゃない。頭がそんなことを思ってもいないのに、身体が勝手に動いてしまうんだ
と書いています。まさに、それまでのイメージを覆したのです。
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日本でも、東田直樹の「自閉症の僕が跳びはねる理由」などの書籍によって、自閉症に対するイメージは変わりつつあるかもしれませんが、まだこの事実は多くの人には知られていないのではないかと思います。まずこの点を理解することが重要です。
著者は、今よりももっと自閉症に対する理解が劣っていた時代に、「自分には知性があるのだ」と主張するのですが、それは非常に苦難の道のりでした。
そして、そんな経験をしてきた著者だからこそ、本書できっぱりとこう宣言します。
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もしぼくが発言することが、彼(※他の自閉症児のこと)を解放するきっかけになるのなら、人前に出る怖さを克服するだけの価値はある
かつては絶望していたけれど、いまでは希望を持っている。
この希望をもっと多くの自閉症の人たちにも持たせてあげたい。そうするだけの価値はある。
そうでなかったら、これほど恥ずかしがり屋のぼくが、プライバシーがなくなることや、偏見を持った人たちから不当に判断されることがわかっていながらこの本を書いたりはしない
本書執筆時点で、著者は15歳でした。本書に書かれている内容は、その執筆以前に感じたり考えたりしていたことです。そう考えると、この少年の聡明さと勇気に打たれるのではないかと思います。
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辛い経験があったからこそ、他人を思いやれる人物になれてるんだよね
まあそうだとしても、辛い経験は無いに越したことはないと思ってるけど
本書は、そんな少年の闘いの記録です。
コミュニケーションを取れるようになる以前の絶望
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イドは7歳の時、ふとした拍子に「自分には知性がある」ということを母親に伝えることができました。そしてそこから彼と母親の闘いが始まるのですが、その話の前に、7歳以前のイドの実感に触れることにしましょう。
本書を読んでいてとても苦しくなったのは、次の文章です。
自分の頭がまともだということを知っているのは自分だけなのだ。
断言できるけれど、これは一種の地獄だ
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これは、想像してみるだけで恐ろしい状況でしょう。彼は頭の中で真っ当な思考をすることができていました。しかしそれを外側に正しく伝える方法がありません。だから周囲の人間からは「知的障害者」だという風に見られてしまいます。彼が、
なんの希望もなかったから、ぼくの内側はゾンビみたいだった
と書いているのも当然でしょう。
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だからこそイドの挑戦と発信が、もの凄く大きな意味を持つことになるよね
この状況を彼は、井戸の底に閉じ込められているようなものだと説明しています。実際に井戸の底に閉じ込められた場合、それは身体全体が拘束されるわけですが、自閉症の場合は頭だけが井戸の中にあるようなものだというのです。頭の中にどれだけのものがあっても、それは井戸から出ることはありません。その状態は、まさしく地獄だったでしょう。
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そんな日々を、彼はどんな風に過ごしていたのでしょうか。
小さなこどもが気づいているなんて、信じてもらえないかもしれない。
だけど、ぼくはすごくものごとを観察しているので、だれよりもいろんなことに気づいている。しゃべれないから、いろんなことを注意して見ないといけないのだ。そうじゃないと気が狂ってしまうから
本書を読めば分かりますが、イドは非常に高い知性を持っていると感じます。それは、観察力や言語化力などに支えられていると思うのですが、まさにそれは、人一倍観察して気づいて考えているからでしょう。「そうじゃないと気が狂ってしまうから」という言葉の切実さには、彼が経験した辛さが凝縮されていると言えます。本当に彼は、狂わないために、頭の中を正常に保つために、考え続けるしかなかったのです。
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そして、ちょっとした偶然から、外部に思考を届けるための「声」を獲得することができるようになり、イドの世界は変わっていくことになります。しかしそこにも、決して簡単に乗り越えられたわけではない幾多の困難が待ち受けていました。
やっぱり先駆者っていうのは、苦労せざるを得ないんだろうなぁ
無理解や偏見に塗れた専門家との闘い
イドが最初に獲得した「声」は、母親に頼らなければならないものでした。つまり、「イドのアクションを母親が読み解き、それを外部に発信する」という方法だったのです。
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そして残念ながら、このような手法だったがために、「イドが知性を持っている」という事実には疑いの目が向けられることになります。母親が嘘をついているのではないか、と考えられたのです。母親がイドの意思を伝えているのではなく、イドの意思など存在せず母親がそれをあるように見せているだけなのだ、と。
この親子は、この「偏見」と闘い続けることになります。
まあでも、「簡単には受け入れられない」という態度は、科学的だとも思うけど
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それまで、イドのような自閉症児はいませんでした。いたとしても、きちんと科学的な検証が行われなかったり、伝達者(イドの場合は母親)が信じ抜けずに途中で諦めたりしてしまったのだろうと思います。しかしイドとその母親は、専門家の無理解や自閉症に関わる人々からの偏見と闘い続けました。そして長い長い闘いの末、「イドには知性がある」ということが、そしてそれによって「自閉症は知的障害ではない」ことが、世に知られるようになったのです。
イドは本書で、自分が関わってきた専門家に対してこんな風に書いています。
こういう人たちは、「知恵おくれの自閉症者」がじつはなんの問題もなくものを考えていることが明らかになるのが怖いのだろう。そうなると、彼らは自閉症の見方を変えなくちゃならなくなるから。
ぼくはこれまでずっと専門家を怖がってきた。でも、彼らもぼくの存在を怖がっている――このことに気づいて思わず笑ってしまった
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この指摘は非常に面白いし、自閉症に限らずありとあらゆる「専門家」と呼ばれる人が教訓とすべきものだと感じます。
イドは専門家から、「重度の自閉症であり、明らかに知的障害がある」と診断されていました。それは、専門家からすれば常識的な診断でしょう。しかし、その常識を覆す事例が目の前に現れました。その時、「専門家」として正しく振る舞えるかどうかは、非常に重要だと感じます。
イドは、科学者である父親から、こんな話を聞いたことがあるそうです。
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お父さんからこんな冗談を聞いた。物理学の学生の話だ。この学生は自分の研究について話していたときに、こういったそうだ。
「仮説に合わないデータは捨てました」
もしデータが仮説に合わなかったら、データに合うよう仮説を修正すべきで、データが存在しなかったようなふりをしてはいけない
私も科学が好きな人間なので、この父親の主張は非常によく理解できます。
以前何かの本で、こんな記述を読んだことがあります。ガリレオは、「地球は太陽の周りを回っている」と主張して批判されましたが、当時、木星の周りを回る衛星が発見されていました。当時の天文学者は、「すべての星は地球の周りを回っている」と主張していたのですから、「木星の周りを回る衛星」の存在は、明らかにその仮説に合いません。
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しかし天文学者の一人は、「木星の衛生は肉眼では見えず、それ故、地球にはなんの影響も及ぼさない。だから無視しても構わないのだ」と主張し、「木星の周りを回る衛星」というデータを無視して、「すべての星は地球の周りを回っている」という仮説を優先した、という話です。
当時の科学が、いかに「科学的」でなかったかを示す良いエピソードだね
イドに知性があることを認めなかった専門家の態度も、同じようなものでしょう。仮説に合わないデータを捨てる、という態度は、科学的ではありません。しかし、専門家としての地位や立場を得てしまうと、それまで蓄積してきた常識や経験を捨てることは怖くなるでしょうし、自分が馴染んできた考え方に固執したくもなってしまうだろうと思います。
イド自身も、こんな厳しい意見を書いています。
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どうしてある種の人たちは、特別教育に携わる道を選ぶのか、よくわからない。
人によっては、純粋に人助けのためなのだろう。
でも、特別教育の専門家にいやな思いをしたのは、ぼくだけではないはずだ。一部の人にとっては、こういう仕事はほとんど「権力の誇示」でもある。「必要だから」と正当化して抗議できない弱者を支配しつづけるのだ
なかなか激しい主張ですが、イドにはそう言う権利があるでしょう。長い間、「弱者」として支配され続けてきたでしょうから。より印象的な、こんな文章もあります。
そのことを気にするのはやめた。
それはぼくの問題ではなく、彼の問題だと気づいたから。
その人は自閉症について学ぶ機会があったのに、無知でいることを選んだのだ
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「無知でいることを選んだのだ」って表現、好きなんだよなぁ
しかしイドは決して、厳しい意見を突きつけるだけではありません。
「自分が専門家を導いてあげる」という凄まじい発想
ぼくの努力はまだ終わっていないけれど、いまならぼくの手助けをしてくれるような専門家の先生たちを導くことができる
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ある意味で自分を「苦しめて」きた専門家という存在を、自分なら新しい知見に導いてあげられるんだ、と彼は書いています。繰り返しますが、執筆当時彼は15歳です。こういう記述を読む度に、これほどまでに成熟せざるを得なかった彼の厳しい経験に思いを馳せてしまいます。
自閉症は、感染症や外科・内科系の病気と比べれば歴史は浅いだろうと思いますが、それでもそれなりに長く研究されているはずです。その中で様々な知見が蓄積され、正しいとされる仮説が様々に積み上げられたことでしょう。
しかしその歴史の中では、自閉症患者自身の声は反映されてこなかったわけです。イドの存在は、自閉症研究の歴史において、まったく違う扉が開かれたことを意味するものだと思います。
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そして彼は、その役割を明確に自覚しているのです。
専門家のかかげる目標はときに低く、最低限のゴールしか設定しない場合があります。その結果、実現できることもわずかになることがあります。
ぼくはこのパターンを打ち破りたいのです。
この考えは凄い、と感じました。「専門家が目標を低く設定しているから、実現できることも小さくなるのだ」と少年が主張することは、なかなか痛快です。そう主張できるだけの経験を重ねているからこその説得力なのですが、期せずして先駆者となってしまった少年の、強くならざるを得なかった背景についても考えさせられるでしょう。
私なら、自分自身のことでいっぱいいっぱいで終わっちゃうだろうと思う
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他にも、イドのたくましさを感じさせる文章は多くあります。例えば、特別教育ではなく普通学校に通っていたイドは、自分を受け入れてくれた学校に対してこんな風に書いています。
学校側は、ふつうの生活を送ろうと努力している障害児をサポートすることに、誇りを持ってくれてもいいのに。
なのに、彼らは障害のある子を「頭痛の種」とみなし、ぴかぴかのキャンパスから出て行ってくれればいいのに、と願うのだ。
気の毒な人たちだ。子どもたちに手を差し伸べる能力にみずから限界を設けているのだから
この考えも、凄くいいなと思います。特に日本では、「他人の手をわずらわせることに対する遠慮」みたいなものが結構あって、「してもらう側」が申し訳無さを感じてしまう傾向があるように思いますが、イドのように、「自分を助けることに誇りを持ってくれたらいいのに」というように考えられたら、支える側・支えられる側双方が良い気分で関われるのではないか、なんてことを感じさせられました。
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著:イド・ケダー, 翻訳:入江 真佐子
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最後に
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イドは、自閉症という自身の障害をこんな風に捉えています。
認めたくはないけれど、自閉症はぼくにいいことももたらしてくれた。
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小さな奇跡が積み重なって大きな贈りものになる。
与えられた贈りものを自覚しながら暮らすことが、悲しみに抗う武器となるのだ。
しょっちゅう悲しんでばかりいる人は、与えられた幸運にフォーカスしてみてほしい
自分の置かれた状況をどう捉えるかで人生は大きく変わるし、プラスの部分に目を向けなければいつまで経っても不幸のままだということでしょう。彼が自閉症かどうかに関係なく、このような考え方を「少年」に教わることができる、という意味でも、本書は実に示唆に富む作品だと感じます。
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