目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:デイヴィッド ミーアマン スコット;ブライアン ハリガン, 翻訳:渡辺 由佳里, 監修:糸井 重里
¥1,014 (2022/06/30 20:33時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「ライブの録音OK」「チケット販売は自分たちで」など、あり得ない手法で音楽業界に革命をもたらしたバンド
- グレイトフル・デッドの手法の根底には、「ファンをいかに楽しませるか」というシンプルな考えしかない
- 「お金は後からついてくる」と信じて、まずコミュニティを作ろう
マーケティングの本だが、核心はマーケティングではないという1冊
自己紹介記事
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私は本書を読むまで、「グレイトフル・デッド」というロックバンドの存在を知らなかった。ビートルズやローリング・ストーンズと”同級生”だそうだが、日本ではあまり知られていないらしい。
しかし彼らは、「音楽業界に革新をもたらした」と言われているそうだ。現在でも、年間5000万ドルを稼ぐほどの特異なビジネスモデルを確立している。本書は、そんな彼らのやり方を「マーケティング」的な視点で捉え直し、その手法をビジネスに活かそうという観点で書かれている。
さて、ざっくりと彼らがどんなやり方をしてきたのか列記してみるが、正直それらを読んでも彼らの凄さは分からないかもしれない。何故なら、現代では「当たり前」と言ってもいいようなものばかりだからだ。しかし彼らはこのような手法を、50年近く前から続けている。もちろん当時は同じことをやっているアーティストなどいなかった。現在の視点から見ると、彼らがいかに時代を先取りしていたかがよく理解できるだろう。
彼らはこんなことをしていたのだ。
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- ライブの録音はOK
- チケット販売はバンド自身で管理
- インターネットが存在しなかった時代から、膨大な顧客名簿を管理
- ライブの度に異なる演出
- ライブは年100回
- CDの売上ではなく、ライブで収益を上げるモデルを確立
いかがだろうか? 現代のアーティストなら「当たり前」のものも多いはずだ。一方で、「ライブの録音OK」「自らチケット販売」など、現代でもグレイトフル・デッド独自の手法と言っていいものもあるだろう。
グレイトフル・デッドは、ライブを数多く行うことで熱狂的なファンを獲得してきた。本書の著者2人も熱狂的なファンであり、ファン繋がりで出会ったことが、本書の刊行に繋がったのだという。
糸井重里が唸った、「大衆操作的ではないマーケティング」の妙
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本書が邦訳された背景には、コピーライターで「ほぼ日刊イトイ新聞」主催の糸井重里が関係している。彼は、アメリカで本書が刊行される以前からその内容について話を聞いており、注目していたのだという。
糸井重里が本書のまえがきも担当しているのだが、そこにはこんな風に書かれている。
マーケティングが、いやな言葉に聞こえるのには、理由があります。
それは、ある種のマーケティングが「大衆操作的」なものだと考えられているからです。
「これをこうして、あれをああすれば、みんながこうなるだろう?」という考え方が、大衆操作的でないとは思えません。
でも、「大衆操作的」ではないマーケティングもあるんです。
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確かに私も、「マーケティング」という言葉があまり好きにはなれないし、その理由は糸井重里が指摘している通りだと感じる。もっと露悪的に書けば、「『決して良くはないもの』でも宣伝の力で売ってしまう」みたいなイメージになるだろうか。
しかしグレイトフル・デッドのやり方は、そんな印象を抱かせない。それは究極的に言えば、「グレイトフル・デッドが『良い体験』を与えたいと考えているから」だと思う。そのための手段として、彼らなりに様々なことを考え、実践してきた。それが結果として、「音楽業界を革新した」という評価に繋がったわけだ。
彼らのやり方は、50年前にはあまりに異端だっただろう。しかし、インターネットが世界を繋ぎ、コミュニケーションのあり方が変わり、モノよりも体験が重視されるようになった現代の視点から見れば、彼らのやり方は非常に合理的なものに感じられるはずだ。
本書は19の章から成っている。どこから読んでもいい。どの章も構成は同じで、まず「具体的にグレイトフル・デッドが何をしたのか」が語られる。そしてその後でそれを一般化して、様々な状況に当てはめられるようなアドバイスとして提示するという流れだ。19の章すべてに章題がつけられているのだが、いくつかリストアップしておこう。
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- ありのままの自分でいよう
- 新しいカテゴリーを作ってしまおう
- 変わり者でいいじゃないか
- 最前列の席はファンにあげよう
- 中間業者を排除しよう
- コンテンツを無料で提供しよう
- 自分が本当に好きなことをやろう
どうだろう、気になるものはあっただろうか?
まずコミュニティを作ろう、お金は後からついてくる
オンラインサロンなど、個人がコミュニティを容易に作れる時代には、「何を当たり前のことを言っているんだ」と思われるかもしれないが、グレイトフル・デッドが様々に行ってきた手法の本質は、結局のところ「まずコミュニティを作ろう、お金は後からついてくる」という一文で表現できるように思う。
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「ライブを通じてファンを増やす」というのは、現代では当たり前の視点だが、グレイトフル・デッドがバンド活動を始めた当時はそうではなかった。当時「ライブ」は「CDを売るための手段」と捉えられていたほどだ。アーティストやレコード会社が注力していたのは、「いかにCDを売るか」であり、あらゆる事柄がこの点を中心にして成り立っていたのである。
しかしグレイトフル・デッドは、「いかにファンになってもらい、どうやって楽しんでもらうか」に全振りした。だから、特別感を与えられるようにと決まりきったライブ演出はせず、インターネットがない時代からファンと熱心に交流を続けた。彼らが意識的に「コミュニティ」を作ろうとしていたのかはともかくとして、「CDを売ることよりも、ファンをひたすらに大事にする」というスタンスによって、今でも年5000万ドルも収益を上げられるシステムを構築してしまったのである。なかなか凄まじいと言っていいだろう。
彼らのやり方で最も興味深いのが、「ライブの録音を許可したこと」だと思う。なんと、「録音専用スペース」を設けるほど、積極的に推奨していたという。普通に考えると、そんなことをしたらCDの売上が下がってしまうのではないかと思うだろう。グレイトフル・デッドがCDの売上を重視してはいなかったのだとしても、そもそもライブの録音を許可して何かメリットなどあったのだろうか?
本書を読むと、なるほど実に見事な仕組みだと唸らされた。
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まず、彼らは自分たちでもライブを録音している。当然、そちらの方が高品質だ。だから、「自分で録音した音源」に満足できないファンが、高品質版のテープを買っていくのだという。
これだけなら大したことないように思えるが、より重要なのは、「ファン同士で貸し借りが行われる」という点だ。グレイトフル・デッドのライブは、毎回演出が異なる。年100回もライブを行っていれば、当然、ファンはすべてのライブに足を運ぶことができない。だから、自分が行けなかったライブの音源を持っているファンからテープを借りて聞くことが当たり前になっている。そしてそういう人もまた、高品質版のテープを買ってくれるというわけだ。
さらに、ライブ音源が世に出回ることで、グレイトフル・デッドのことを知らない人も彼らの音楽を聞く可能性が出てくる。そういう中から新たにファンが生まれれば、ライブに足を運んでくれるようになるというわけだ。
この話を読んで、内田樹という作家のことを思い出した。内田樹は何かの本の中で、「自著の文章がどんな形で引用されようが構わないし、なんなら『これは自分が書いた文章だ』と偽ってどこかに載せてもいい」と書いていたのだ。極端だと感じたが、その後の説明を読んで納得した。内田樹のようなスタンスを明確にしておくと、例えば「試験問題」に使いやすくなる。試験問題は、「作家に事前に許可を取る」ことが出来ないので、「自由に使って構わない」とあらかじめ表明している作家の作品の方が使いやすいと感じるのは当然だ。そんな風に試験問題に採用される機会が増えると、試験問題として内田樹の文章に触れた何人かが、図書館で借りたり書店で買ったりして内田樹の本を読む可能性が生まれる。そうやって読者が増えていく、というのだ。
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どちらの話も理にかなったもので、シンプルながら納得させられてしまった。
とにかく彼らの行動は、「いかにファンを大事にするか」という精神に溢れている。チケット販売を自分たちで管理するのは、「忠実なファンに良い席を確保してあげたい」と考えているからだ。そんな判断できるほど、グレイトフル・デッドは普段から手紙でファンと交流を図ってきたのである。さらに彼らのライブにはなんと、聴覚障害者が多く集まるという。グレイトフル・デッドも、彼らを「デフヘッズ」と呼んで歓迎し、耳が聴こえなくてもライブを楽しんでもらえるようにと工夫をしている。
本書を読むと、「ここまでやれば、そりゃあファンはつくし、結果としてお金もついてくるだろう」と感じるだろう。やっていることは異端的でも、その核にあるものはシンプルであり、真似しようと思えば誰でも真似できると言えると思う。しかし、それを突き詰め、やり続けることこそが難しい。時代の流れに逆らって、当時の常識とまったく違うやり方を発想したことに対してももちろん凄さを感じるが、やはり私は、彼らが未だにそれをやり続けているという点に驚かされてしまう。
「どうしたらファンが喜んでくれるか」と考えるのは簡単だが、実践は難しい。グレイトフル・デッドの実例を知ることは、その難しさを改めて実感させてくれると同時に、実践し続けた先にある世界も垣間見せてくれると言っていいだろう。
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著:デイヴィッド ミーアマン スコット;ブライアン ハリガン, 翻訳:渡辺 由佳里, 監修:糸井 重里
¥1,014 (2022/06/30 20:36時点 | Amazon調べ)
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どんなものでもやはり、「シンプル」こそ最強だ。本書は「ファンを大事にする」というシンプル過ぎるスタンスを貫いたロックバンドの話であり、マーケティングの話であると同時にマーケティングの話ではないと言っていいだろう。
一昔前と比べれば、一般人でさえも「ファンを獲得する」という視点を無視できない現代において、分かっているが実践の難しい事柄について改めて実感させてくれる良書である。
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「俺が死ぬまで公開するな」という条件で撮影が許可された映画『バケモン』。コロナ禍で映画館が苦境に立たされなければ、公開はずっと先だっただろう。テレビで見るのとは違う「芸人・笑福亭鶴瓶」の凄みを、古典落語の名作と名高い「らくだ」の変遷と共に切り取る
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「障害者だから◯◯だ」という決まりきった捉え方をどうしてもしてしまいがちですが、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の主人公・鹿野靖明の生き様を知れば、少しは考え方が変わるかもしれません。筋ジストロフィーのまま病院・家族から離れて“自活”する決断をした驚異の人生
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「ホームレスは怠けている」という見方は誤りだと思うし、「働かないことが悪」だとも私には思えない。振付師・アオキ裕キ主催のホームレスのダンスチームを追う映画『ダンシングホームレス』から、社会のレールを外れても許容される社会の在り方を希求する
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どんな病気も治す「奇跡の水」の存在を私は信じないが、しかし何故「信じない」と言えるのか?「奇跡の水を信じる人」を軽々に非難すべきではないと私は考えているが、それは何故か?映画『星の子』から、「何かを信じること」の難しさについて知る
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「ヤクザ」を排除するだけでは「アンダーグラウンドの世界」は無くならないし、恐らく状況はより悪化しただけのはずだ。映画『ヤクザと家族』から、「悪は徹底的に叩きのめす」「悪じゃなければ何をしてもいい」という社会の風潮について考える。
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2008年に開設された新たな刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」で行われる「TC」というプログラム。「罰則」ではなく「対話」によって「加害者であることを受け入れる」過程を、刑務所内にカメラを入れて撮影した『プリズン・サークル』で知る。
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子どもの頃は、自分が何かの才能やセンスに恵まれていることを期待していましたが、残念ながら天才ではありませんでした。昔はやはり、凄い人に嫉妬したり、誰かと比べて苦…
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