目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:逸木裕
¥1,056 (2022/01/30 22:41時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 人間が創作することに意味はあるか?
- 「衝動」が生み出す創作物は、AIが生み出す創作物と何か違うのか?
- 「創作の悩み」を感じられる今は、むしろ幸せなのかもしれない
私は創作活動とは無縁ですが、創作に関わる人には私以上にガツンと響く作品だと思います
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まず基本的な知識を確認しておこう。
現在、「AIが創作したものに著作権が発生するか」が議論されている。創作物には著作権が発生するのではないか? と感じるだろう。しかし、著作権法では、このように定められている。
著作物=「思想又は感情」を表現したものであること
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ここで重要なのは、「思想または感情」という部分だ。AIに思想や感情はあるだろうか? 一般的には、無いと考えられているだろう。すると、AIが生み出したものは「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、必然的には著作物ではない、ということになるだろう。
しかし、創作されたものであるのは間違いないのだから、著作権が発生しないのはおかしいのではないか。このような議論がなされている。
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しかしそういった議論がある一方で、既にAIによる創作物は様々に存在している。程度はともかくとして、絵・音楽・小説をAIで生み出そうという試みは様々に行われており、過去の偉大な芸術家風の絵を描くAIや、それぞれのアーティストっぽい曲を生み出すAIなどが登場している。
本書では、「Jing」という自動作曲AIが世界中に広まっている世界が描かれている。我々が住む世界はまだそこまで到達していないが、そう遠くない未来だと感じられるだろう。
そうした世界において、「人間が創作すること」に意味があるのかどうかが本書では問われている。
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自動作曲AIが広まった世界で作曲するということ
まずは「Jing」についてざっと説明しよう。自分が気に入った曲をいくつか入力するだけで、それらの曲の構造を解析し、すぐさま複数曲作曲してくれる。そして、その中から気に入った曲を選ぶ、という操作を繰り返すことで、自分の好みの曲により近づけることができる。このようなアプリだ。
この「Jing」について登場人物の一人は、
普通の作曲家が普通に作れる曲は、もう「Jing」で再現することができる。
と考えている。
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ここから、人間の葛藤が始まるのだ。
あなたが作曲家だとして、「Jing」の存在する世界でどんな曲を作るだろうか? なかなか難しいだろう。先の人物も、まずそこで悩む。
となると、作曲家はふたつの選択肢しかない。「Jing」で再現できることを承知で普通の曲を作るか、それを徹底的に避けるかだ。だがそれをやると、前者は聴かれず、後者は多少聴かれるかもしれないが鍋を叩くような珍曲になってしまう。
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確かにその通りだろう。人間の作曲家に頼まなくても、“私にぴったりな曲”を誰でもいつでも簡単に手に入れることができる。そんな時代に、作曲家に一体何ができるだろうか? 「そんなのAIが作ってくれるよ」という評価に甘んじるか、「そんな曲作って意味あるの?」という評価を受け入れるか。ほとんどの人間が取れる選択肢はどちらかになってしまうだろう。
恐ろしい世界だ。
その限界を超えられるのは、名塚のような天才だけだ。まだ世界になく、それでいて普遍性も伴った楽曲。ごくごく限られた天才ならば、こんな環境でも作曲家でいられる。
「誰かに聴いてもらう」ことを前提に考える場合、驚異的な才能を持つ天才しか生き残れない。そんな世界になるだろう。
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そもそも「創作」とはどういう行為か?
しかし、果たしてそれが結論でいいのだろうか? というのも、「誰かに聴いてもらうこと」が「作曲の目的」なのか、という疑問が生まれうるからだ。
作曲家って、表現したいものがあるから表現するんですよね? それなのに「Jing」ができない曲をやろうとするなんて、本末転倒じゃないですか
この指摘には、ハッとさせられるだろう。確かに言われてみればその通りだ。
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私自身は、「創作」的なものとはあまり縁のない人生を送ってきたのではっきりとは分からないが、「創作」というのは、「日々生活していくための糧」「承認欲求」「衝動」のどれかであることがほとんどだろう。「日々生活していくための糧」と「承認欲求」の場合は、「誰かに聴いてもらうこと」を目的とするしかなく、だとすると「Jing」のある世界で成り立たせるのは難しい。
しかし、「衝動」による「創作」であるならば、「Jing」のあるなしなど関係ないのではないか?
しかし、そうもいかない。
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客が何を聴きたいのか、俺にはもうよく判らないんだ。(中略)俺は俺のいいと思うものを作れればいいと思っていた。だが、成功している名塚を近くで見ていると、よく判らなくなった。違うものを作ったほうがいいのか? 今度はこっちか? やっぱりこうか? そんなことをやっているうちに、自分の音楽が聴こえなくなってきた。無理やり作り続けているうちに、自分は何がいいと思っているのかすら、よく判らなくなった。そうこうしてるうちに、人工知能が曲を作るようになった。もうわけが判らねえよ。いまの世界は、作曲家にとってつらすぎる。こんな世界を相手に何を出していけばいいのか、俺にはもう判らないんだ
こう発言する人物は、「衝動」のみから創作を行うのではなく、「誰かに聴いてもらうこと」も目的にしているのだが、現実的にはそういうことの方が多いだろう。また、「俺は俺のいいと思うものを作れればいいと思っていた」と言っている通り、この人物はかなり「衝動」寄りに創作を行う人物である。
しかし、どれだけ「衝動」から音楽を作ろうとも、まったく聴いてもらえない状況は辛い。「Jing」のある世界でも多少は聴いてもらうためにはどうすべきか(彼の場合は、名塚という天才がいる世界でどう聴いてもらうべきか、という問題の方が大きかったが)、悩みながら作曲をしている内に、自分がどんな音楽を良いと思っていたのかさえ分からなくなってしまう。
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これは作曲に限らず、人間の創作全般に対して突きつけられた、非常に難しい問題ではないかと思う。
音楽にしても絵画にしても、基本的には「必要」からではなく「衝動」によって生み出されてきたはずだ。無ければ無いで問題ないが、表現したいという強い「衝動」こそが作品を生み出し、結果として、人間の心や生活を豊かにしてきたのだと思う。
しかしAIが創作を行うことで、「衝動」とは無縁の芸術作品が生まれることになる。これまでは、創作者の「衝動」を感じ取ることで作品に価値を感じていたはずだが、結局のところ「『衝動』を感じ取る」というのは脳の刺激でしかないので、同等の刺激を再現できれば代替可能だ。そして「Jing」は、「『衝動』は無いが『衝動』がある場合と同等の脳への刺激を再現する作品」が生み出される環境が整いつつあることを予見するものだろう。
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そんな世界で、「人間の創作」は生き残れるのだろうか?
「創作の悩み」以前の悩み
先述したが、私は創作に関係したことはほとんどない。だから具体的には分からないが、創作に携わる人はそれぞれに、「創作する上での悩み」を抱えているはずだ。
ゼロから新しいものを生み出していく過程には、僕には想像もできないような苦しみが山ほど存在しているだろう。世に評価されるかどうかはともかくとして、そんな厳しい世界に身を投じ、全力で闘うすべての人に対して尊敬の念を抱くし、昨日よりほんの僅かでも世界を豊かにしてくれたら嬉しいと思う。
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しかし本書を読むと、これからの世の中では、「『創作の悩み』以前の悩み」に直面せざるを得ないのだと感じさせられる。
つまりそれは、「創作という世界に足を踏み入れるべきか否か」という悩みである。
「Jing」が広まった世界では、「Jing」のことをまったく意識せずに作曲を行うことは不可能だ。今も多くの人が、「自分の才能は通用するだろうか?」という葛藤を抱えながら創作の世界に足を踏み入れるだろうが、しかしその時にライバル視しているのは人間である。
しかし、この小説の世界では、「Jing」がライバルだ。それは、一人につき一人のパーソナル作曲家が存在しているような世の中である。そんな世界で、「自分が作曲することに意味などあるのか?」と考えてしまうのは当然だと思う。
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自分が作る程度の曲は人工知能で簡単に作ることができるいま、自分が曲を作る意味が、あるのだろうか。作る前からそんなことを考えて、作りはじめるところまでも行かない
この問いに対する明確な答えが、この小説の中で提示されるわけではない。しかし、この記事では詳しく触れないが、本書で描かれる「伴奏者」という存在が、ある意味では答えとなり得るのではないかとも思う。本書なりの回答と言っていい「伴奏者」とはどんな存在なのか、是非本書を読んでみてほしい。
逸木裕『電気じかけのクジラは歌う』の内容紹介
舞台は、AIが社会にかなり実装されつつある近未来社会。都心限定だが自動運転車が走り、無人のコンビニもたくさんできている。そんな社会には、「Jing」という自動作曲アプリが存在し、そのため、作曲家という職業はほぼ駆逐された。
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岡部数人は、学生時代から作曲にのめり込んでいた。そして、天才として脚光を浴びている名塚楽と「心を彩るもの」という変わったバンドを組んでいたこともある。しかし今は「検査員」という仕事についている。「Jing」と関わる仕事だ。
これまでにも自動作曲AIは存在したが、「どのような曲を人間が『良い』と感じるのか」というデータを入力するのが難しかった。そこで、「Jing」を開発したクレイドル社は、「検査員」に音楽を聞かせる、という工程を組み込むことにし、トップランナーとなった。「検査員」が曲を聞いた際の脳波を「Jing」に取り込むことで、どのような音楽に対してどういう反応になるのかというデータを収集しているのだ。これが、「Jing」の自動作曲の根幹を支えている。
岡部はある日、衝撃的なニュースを耳にする。盟友である名塚が命を絶ったというのだ。「心を彩るもの」の解散後はほとんど関わりがなかったが、すぐさま彼の家へと向かった。するとそこには、名塚が最後に作曲しただろう曲が残されており、また後日名塚から、自らの指をかたどったオブジェが送られてもくる。様々な状況を踏まえた上で、名塚らしくない何かを感じた岡部は、彼の周辺を調べることにした。
かつての名塚の秘書・渡辺絵美子、名塚の従妹のピアニスト・綾瀬梨紗、『心を彩るもの』の元メンバー益子孝明、『Jing』の開発者・霜野鯨……。岡部は、それまで関わりのなかった者、関わりが薄くなっていた者たちと接するようになっていく。そういう中で、名塚が遺した曲の続きが突如発表されたり、決別状態だった益子と再会したりと、岡部の身辺は慌ただしくなっていく。
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「Jing」が席巻する世の中にあっても、別格の存在として認められていた名塚の喪失は、一体なにを意味するのか?
「Jing」とは一体何であり、それは「音楽」の息の根を止めるものなのか?
人間とAIの「創作」をめぐる、我々がもうすぐ直面することになるだろう現実を描き出す作品。
逸木裕『電気じかけのクジラは歌う』の感想
衝撃的な面白さを放つ作品だった。何度も書くが、私は創作とは無縁の人間だ。そんな人間でさえ、脳が痺れるような衝撃を受けた。創作に携わる人間には、余計に響く作品ではないかと思う。
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現在は、テクノロジーやAIのお陰で、人間の欠点を補いながら創作ができる時代だ。例えば現代においては、楽譜が読めず、楽器も弾けない人間さえ作曲ができるアプリが存在する。それまでなら、前提となる知識や技能が必要とされていた創作が、テクノロジーの進化によって、純粋な「衝動」さえあれば創作に関われる時代になっている。
それは、テクノロジーが人類にもたらした良い変化だと言えるだろう。
しかし本書を読むと、その状況は長くは続かないかもしれないとも感じる。AI自身が創作を行うようになった時、我々は「人間の創作者」をどう扱うだろうか? そういう時代になってみなければ分からないが、本書はその未来を少しだけ垣間見せてくれる作品だと言えるだろう。
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さて我々は、どんな未来と直面することになるのだろうか?
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才能・センスがない【本・映画の感想】 | ルシルナ
子どもの頃は、自分が何かの才能やセンスに恵まれていることを期待していましたが、残念ながら天才ではありませんでした。昔はやはり、凄い人に嫉妬したり、誰かと比べて苦…
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