【最新】「コロンブス到達以前のアメリカ大陸」をリアルに描く歴史書。我々も米国人も大いに誤解している:『1491先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』

目次

はじめに

この記事で取り上げる本

著:チャールズ・C. マン, 原著:Mann,Charles C., 翻訳:由紀子, 布施
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • アメリカの授業では、コロンブスが到着してからの歴史しか習わない
  • 先住民を征服した過去を持つせいで、偏見の目で過去を捉えてしまう
  • 「人口」「起源」「生態系との関わり」の3つの観点から主に記述する

歴史に興味がない、というかむしろ嫌いな私でも一気読みさせられた、知的興奮に満ちた1冊

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

「コロンブスが到着した頃のアメリカ」については、アメリカ人でさえ正しく理解できているわけではない

著者は本書のテーマとどう出会い、どう掘り下げていったのか

本書のテーマは、この一文を抜き出すだけで理解できる

コロンブスが到着したころの新世界はどんなところだったのだろう?

著者がこの「問い」に出会ったのは、コロンブスによる大陸到着500周年にあたる1992年のことだったそうだ

著者はこの「問い」に触れ、学生時代の歴史の授業を思い返してみた。基本的に南北アメリカの歴史は、コロンブスがやってきてからのものしか語られない。そして、著者自身もそうだと言っているが、アメリカ人の多くは、「コロンブスが到着する以前のアメリカなんかには大した文明も存在せず、少数の人々が原始的な生活をしていただけだろう」と考えていた。

しかし著者は、そうではないことを知る。

そのときは知らなかったが、多くの研究者が生涯をかけてこれらの疑問に答えを出そうとしていたのだった。彼らが明らかにした当時の大陸のようすは、たいがいの欧米人が持っているイメージとはまったく異なっている。だがそれは、いまだに学会の外の人々にはほとんど知られていない。

「文明など存在しない原始的な生活」というよくあるイメージとはかけ離れた世界が既に明らかになっている。しかしそれらは研究の世界の外にはまったく知られていないと著者は気付いたのだ。

しかしその時点ではまだ、著者は本書の執筆など考えてもいなかった。それはある意味で当然だろう。というのも、著者は考古学者でも人類学者でも歴史学者でもなく、世界各国の一流誌に寄稿実績を持つサイエンスライターだからだ。歴史はまったくの門外漢であり、自分が手を出す領域ではないと考えていた。

しかし、やがて著者は、「コロンブス到着以前のアメリカの歴史」を著す決意をする。そのきっかけについてこんな風に書いている

これはすごい、とわたしは思った。だれかが書くべきだ。きっと魅力的な本になるぞ、と。
わたしはそうした本が出版されるのをずっと待っていた。だが待っているうちに息子が学齢に達して、わたしが子供の頃に習ったとおりのことを――もうかなり前から疑問視されていた内容を――また学校で習いはじめ、いてもたってもいられない気持ちになってきた。そこでついに、だれも書いていないようだから自分で書いてみようと思い立ったのだ。

このようにして、畑違いの歴史分野に足を踏み入れることになったのである。

確かに専門外ではあるのだが、著者はサイエンスライターとして様々な専門家に話を聞き、実際に現場を見てきた経験があり、それを今回の取材にも活かすことができた。また、歴史は科学とは大きく異なり、発表された学説が「個人攻撃」「派閥争い」に発展することが多い。それ故、まったく畑違いの人物だからこそ様々な学説にアプローチでき、さらにそれらを公平に扱うことも可能だったと言っていいと思う。

また詳しくは後述するが、私は「歴史」という学問に対していささか嫌悪感を持ってしまうきらいがある。しかし、著者が科学者のようなスタンスで著してくれたお陰で、普段なら感じてしまうことが多い嫌悪感を抱かずに済んだ。そういう意味でも、サイエンスライターによる歴史書という本書の造りは、とても好ましいものに感じられる。

いずれにせよ本書は、「コロンブス到着以前のアメリカの歴史」というテーマが非常に秀逸であり、基本的に歴史にはまったく興味が持てない私のような人間にも非常に面白く読めてしまう見事な作品だと感じた。

私が抱いてしまう「歴史」という学問への「嫌悪感」について

まず、私が何故「歴史」という学問を好きになれないのかについて触れておきたいと思う。その説明をした上で、「本書の何が面白く感じられたのか」について触れていくつもりだ。基本的には本書の内容とはまったく関係がないので、特に興味がないという方は飛ばしていただいて構わない。

私は小学生の頃には既に、歴史の授業に対して違和感を覚えていた。その最大の理由は、「これこれこうでした」と断言するような形で説明されることだ。私はそれに対して、「断言するほど確実なことなのか?」と常に疑問に感じていた

例えば、私が学生だった頃は、鎌倉幕府の成立年は1192年だった。「いい国作ろう鎌倉幕府」というのは恐らく、語呂合わせの暗記法として一番有名だろう。しかし現在多くの教科書では1185年に変わっているそうだ。どのような背景からそうなったのかは知らないが、私たちが覚えた1192年は一体なんだったんだ、と感じる。

あるいは、歴史の教科書から「聖徳太子」という表記が消えるらしい。この話はややこしいので詳しくは触れないが、要するに、「『聖徳太子』のものとされる功績を1人で行ったと考えるのは無理がある」ということのようだ。「聖徳太子」のモデルとされる「厩戸皇子」は実在の人物だが、「聖徳太子」と呼ばれるべき個人は実在しなかったのではないか、というのが現在の通説らしい。

このように、教科書の記述が変わることもある。であれば、「これこれこうだった”可能性がある”」という風に教えてほしかったと私は感じてしまう。

もちろん、科学だって教科書の記述は変わる。例えば、恐らく教科書には未だに「物質を構成する最も小さなものは原子」と載っているだろう。しかし既に、原子よりも小さな存在として「クォーク」が知られている。

しかし、歴史と科学では大きな違いがあると私は思う。それは、「明確な証拠の存在」だ。

科学では、「誰が実験を行っても同じ現象が再現される」と確認されて初めて、「これが現時点では最も正しい」と認められる。未発見の現象・効果が新たに見つかることで、それまでの理論が覆される可能性は常にあるが、科学の場合は、「その時点での正しさを確定させる証拠」が存在すると言っていいだろう。

しかし歴史の場合、それがどんな「証拠」であれ「確実」と呼べるものなど存在しないのではないか、というのが私の基本的な考えだ。科学の場合、「覆る可能性は常にあるが、その時点では絶対的な証拠が存在する」と言える。しかし歴史の場合、「絶対的と呼べる証拠」などほとんど存在し得ないと思っている。

もちろん、考古学の分野であれば、骨や土器などを科学的に分析することで、かなり客観性の高い証拠が得られると思う。しかし、書物や手紙など「人間が記したもの」を証拠にする場合、どうしても「曖昧さ」「不確実さ」が混じることになるはずだ。

例えばこんな風に考えてみよう。今から1000年後の未来に、2022年に使用されたスマートフォンが発見された。そしてその内部の情報を解析し、残された写真やSNSの記述、GPSで記録された経路などが判明したとする。では1000年後の歴史学者が、そのスマートフォンを元に「2022年はこのような時代だった」と判断するのは、歴史を正しく捉えていると言えるだろうか

2022年を生きた1人の人間のスマートフォンから得られる情報が、その時代を明確に反映していると考えるのは難しい。そして似たようなことを、私は歴史という学問に対して感じてしまうのだ。

歴史研究ではもう少しちゃんとした公的な文書を元に判断している、という反論もあると思う。しかし、仮にそれが公文書だとしても、都合よく改ざんされている可能性は常にある。我々だって、森友学園問題でその事実を改めて認識したはずだ。あるいは、改ざんされていないとしても、公文書が現実をきちんと反映しているかはまた別問題だ。「統計によれば、経済成長率が上がっている」などのニュースを耳にしても、それは私たち全体の実感とはかけ離れているかもしれない。

つまり、それが「人間による記録」である以上、「確実な証拠」にはなり得ない。そして歴史を教える際には、このことも一緒に伝えるべきだと私は思っているのだ。

しかし歴史の授業では、「このようなことがかつてあった」と、まるで断定するかのように教わる。そのことに、私は子どもの頃から苛立ちを覚えていた。大人になってからも、歴史の記述を読むと、なんだかイライラしてしまうことがある。

しかし本書は、サイエンスライターが書いていることもあり、断定するような押し付けを感じずに済んだ。様々な専門家の多様な意見が同時に提示された上で、門外漢である著者が最も可能性が高いと思うシナリオを物語的に提示する、というスタンスが明確なので、普段どうしても感じてしまう違和感を抱かずに読める。

そういう意味でも本書は、私と同じような「歴史が好きではなく馴染みもあまりない人」でも楽しめる作品だと言えると思う。

本書の3つのキーワードと、歴史を語る上で注意すべき「ホームバーグの誤り」について

わたしはまず、1492年当時の先住民人口の推計値が引き上げられたことを、また、その理由について書いた。それから、先住民が従来の説より古くからこの大陸に住んでいたと考えられるようになった理由、彼らが従来の説よりも複雑な社会を築き、高度なテクノロジーを持っていたと考えられる理由を書いた。この章では、ホームバーグの誤りのバリエーションをもう一つ、取りあげたい。それは、先住民が環境をコントロールしなかった、あるいはできなかったという思い込みである。

本書で著者はこのように書き、「人口」「起源」「生態系との関わり」という3つの切り口を提示する。話題は決してそれだけに留まらないが、主にこれら3つの観点から、アメリカ人が思い込んでいる「『コロンブス到着以前のアメリカ』のイメージ」を覆す主張を様々に紹介していく作品だ。しかしそれらに触れる前にまず、アメリカ人がどのようなイメージを抱いているのか抜き出しておこう。

アメリカの先住民は、一万三千年ほどまえにベーリング海峡に出来た無氷回廊を通ってアメリカ大陸にやってきた。それからは、複雑な文明を築くことなく、槍などの原始的な道具で狩りをし、そこまで大規模な社会は存在せず、つまり人口も多くなく、自然の景観を損なうことなく自然に手を加えることなく、コロンブスがやってくるまでずっと生きてきた。

具体的に考えたことはないとしても、私たちも基本的に同じようなイメージを持っていると言っていいと思う。そしてこのイメージが本書によってどんどん覆されていくのだ。

さて、前述した引用中に「ホームバーグの誤り」という言葉が出てくるが、これについても説明しておこう。この用語自体は、著者の造語であるようだ。

ホームバーグというのは人名で、1940年から42年にかけてボリビア・ベニ地方に住む先住民シリオノ族と共に生活しながら彼らを研究した博士課程の若者である。そして彼がしてしまった「勘違い」を「ホームバーグの誤り」と名付けているわけだ。

ホームバーグはシリオノ族について、「世界で最も文化的に遅れた人々」と紹介している。その生活は、私たちがなんとなくイメージする「山奥で暮らす原住民」のものと同じと言っていいだろう。服を着ることはなく、飢えと貧困にさらされており、家畜を飼う余裕もなく、楽器や宗教らしきものも有していない、そんな生活だ。そしてホームバーグは、「彼らは太古の昔からこのような生活を続けてきた」と結論した

しかしこれは「勘違い」であることが判明している。シリオノ族は、大昔からそのような貧しい生活をしていたわけではないのだ。ではなぜ彼らは、1940年の時点でそのような厳しい状況に置かれてしまっていたのか

それは、1920年代にシリオノ族が暮らす地域でインフルエンザが大流行したからだ。ホームバーグがやってくるまでに、それまでの人口の95%以上が喪われたと後の調査で判明したのである。またシリオノ族は、彼らの土地を狙う白人の牧場経営者とも争いを続けており、その闘いに疲弊してもいた。様々な理由で、満身創痍だったのだ。

著者は、ホームバーグが置かれた状況をこのように表現している

つまり、ナチの強制収容所から脱走してきた難民を見て、つねに裸足で腹を空かせている民族だと思いこんだようなものだった。

なるほどという感じではないだろうか。

では著者はなぜこの「ホームバーグの誤り」に言及しているのだろうか。それは、先コロンブス期におけるアメリカの歴史解釈においても、同じような「勘違い」が様々な場面で散見されるからだ。

私たちが、「コロンブス到着以前のアメリカ」を「大した文明を持たない世界」と捉えてしまうのは、コロンブスらヨーロッパの人々がアメリカ大陸にやってきた時にまさにそのような状態にあったからだ。しかし実は、ヨーロッパ人がやってくる以前に、疫病の蔓延によって人口が激減し、文明も崩壊してしまっていた。そして、その成れの果てだけを見ているからこそ、「アメリカ大陸には大した文明はなかった」と思い込んでしまっているのである。

つまり本書は、「ホームバーグの誤り」を乗り越えて歴史を捉える視点も与えてくれる作品だと言える。

興味深いのは、「アメリカには『ホームバーグの誤り』を推進させる力が存在する」という点だろう。つまり、「先コロンブス期のアメリカ大陸は大した文明を持たない世界だった」と考えたい人が多いようなのだ。

その理由について、本書に登場するある先住民がこんな風に語っている

考古学の主たる使命は、白人の罪悪感をやわらげることだという。

この視点は、非常に面白いと感じた。

アメリカという国家は基本的に、コロンブスに始まった「ヨーロッパ人による征服」によって出来上がった国である。だからこそ、その「征服以前の世界」が大したものではない方が、征服した側の罪悪感が薄まる、というわけだ。「アメリカ建国の祖たちは間違ったことをしたわけではないのだ」と考えたい気持ちが、「先コロンブス期のアメリカはどのような世界だったのか?」という問いを歪め、結果として「誤った歴史」が広まってしまった、と著者は指摘している。

なるほどこれは、日本人が日本の歴史を学ぶ際には持つことがない視点だと思うし、「歴史認識」の難しさみたいなものを改めて感じさせられるエピソードだと感じた。

先コロンブス期の「人口」について

人口に関しては、「ホームバーグの誤り」の説明の中で触れた通り、コロンブス到着に直前に疫病が蔓延するまでは、アメリカ大陸の人口はかなりのものだったようだ。本書の中からそれが分かる文章をいくつか抜き出してみよう。

やがてドビンズは、1491年当時のアメリカ大陸の人口は9000万人から1億1200万人であったとする見解を発表した。べつの言い方をすれば、コロンブスが大西洋をわたったとき、アメリカ大陸には、ヨーロッパ全土を合わせたよりも多くの人々が暮らしていたというのである。

彼らは、コロンブス到着当時のメキシコには、中央高地だけでも2520万人の先住民が暮らしていたという結論を出したのだ。ちなみに、この時代のスペイン、ポルトガルは、両国の人口を合わせても1000万人に満たなかった。当時のメキシコ中央部は地球上でもっとも人口の多い地域であったとし、人口密度も中国やインドの二倍だったと推定した。

彼は紀元1000年にはこの都市(※ティワナク)が11万5000人もの人口を擁し、周辺地域にも25万人が暮らしていたと書いている。フランスのパリでさえ、人口が25万人に達したのは500年もあとのことだった。

研究者によって出てくる数値に多少の違いはあるようだが、どのデータからも言えることは、「先コロンブス期のアメリカ大陸には、地球上のどの地域よりも多くの人が住んでいた」ということだ。この点だけは間違いないと言えるだろう。

にもかかわらず、ヨーロッパ人にあっけなく侵略されてしまった。そして先述した通り、それは伝染病のせいなのだ。

国連の1999年の推計では、16世紀はじめごろの地球人口は約5億人とされている。もしドビンズの推計が正しいとすれば、伝染病によって、17世紀の前半までに8000万人から1億人の先住民が命を奪われたことになる。地球上に住む人の5人にひとりが伝染病で亡くなったということだ。

伝染病は決してアメリカ大陸だけを襲ったわけではないが、もし伝染病がなければヨーロッパ人の侵略を許すこともなかっただろう。アメリカ大陸では、伝染病の蔓延により、人口が90%以上減ったと推計されているそうだ。

当時のヨーロッパ人も、

伝染病という神のご加護のお陰で、この土地を自由に平和に所有できる

というような記述をしているらしい。準備不足で少人数だったヨーロッパ人がアメリカ大陸を侵略できたのは、まさに伝染病のお陰なのである

私たちはなんとなく、「勇猛果敢なヨーロッパ人が、非力で教養のない先住民を簡単に制圧した」と考えがちだが、最新の研究結果からはまったく違う姿が浮かんでいるというわけだ。アメリカ人としては認めたくない事実かもしれないし、そう考えると、これらの歴史が「アメリカの歴史」として広まることがない背景も理解できるように思う

アメリカ先住民の「起源」と、文明の発展について

コロンブスが「新大陸」にやってきて以来、アメリカ先住民の「起源」はずっと謎のままだったそうだ。

先述した通り、元々は「1万3000年前にベーリング海峡の無氷回廊を通ってアメリカ大陸にやってきた」というのが通説だった。「無氷回廊」とは、氷に覆われた「氷床」と呼ばれる場所の一部にあったとされる、氷で覆われていない場所のことだ。アメリカ大陸へヒトが移動するための唯一の経路だと長年考えられていたものである。

しかし研究者が様々な証拠を突き合わせた結果、現在では、

彼らはほぼ間違いなく、無氷回廊が開けた時期より以前にそこに到達していたはずだった。

と考えられるようになっているという。「無氷回廊」が開けたのは今から1万4000年~1万5000年前とされているのだが、

アメリカ先住民が二万年前、三万年前から大陸に住んでいたかもしれない。

という説も存在するそうだ。結局現在も、アメリカ先住民がどこから大陸にやってきたのか、その移動経路は明らかになっていない。しかし少なくとも、それまで通説とされていた考えを否定する証拠がかなり積み上がっている、という状況ではあるようだ。

さて、この「アメリカ先住民の起源」だが、これが問題として持ち上がった理由が興味深い。なんとそこには「創世記」が関係しているのである。

有名な話だろうが、元々コロンブスは「インド」にたどり着いたと考えていた。だから、アメリカ先住民は「インディアン」と呼ばれているのだ。しかしコロンブスの後継者によって、コロンブスがたどり着いたのは、「インド」どころか「アジアの一部」ですらないことが明らかになる。そしてこれによって、キリスト教の世界に大問題が引き起こされたのだ。

その問題とは、以下のようなものである。

創世記には、ありとあらゆる人間と動物はノアの洪水で死んでしまい、方舟に乗ってトルコ東部にあったと思われるアララト山の頂に降り立ったものだけが生き残ったと書いてある。ではなぜ、人間や動物があの広大な太平洋を渡ることができたのだろうか。インディオ/インディアンの存在は、聖書とキリスト教を否定するのだろうか。

キリスト教の世界では、ノアの洪水の後、地球上すべての生物は、今の地名で言うと「トルコ」にいたと考えられている。しかし、アメリカ大陸に人間が住んでいるということは、「ユーラシア大陸から海を越えてアメリカ大陸まで渡った」ということになるはずだ。しかし、コロンブスらはアメリカ大陸への渡航を相当な苦労を経て成し遂げた。ノアの洪水を生き延びて「トルコ」にいたはずの人間は、アメリカ大陸まで渡ることなど可能だっただろうか? もしそれが不可能だったなら、創世記の記述を疑わざるを得なくなってしまう。

このような観点から「アメリカ先住民の起源」が問題視されるようになった、というわけだ。考古学的な見地から生まれた問いではなく、キリスト教を揺るがす問題として認識されていた、という点が非常に興味深いと感じた。

さて、そんな起源不明のアメリカ先住民だが、現在までの研究によれば、世界有数の文明を持っていたとも考えられているようだ。歴史の授業では、インダス文明、メソポタミア文明などが「栄えた文明」だったと教わるが、古代からアメリカ大陸で文明が盛んだったと教わることなどない。

それには理由がある。考古学の常識では、「農耕に適した場所でしか文明は発展できない」と考えられており、アメリカ大陸がそれに当てはまるとは認識されていなかったのだ。

しかし例えば、痩せた土地で地震が起きやすかったペルー中部のノルテ・チコという地域では、紀元前3500年前に文明が興ったと考えられている。他にも様々に研究がなされており、アメリカ大陸にはそれまで知られていなかった様々な文明が存在したという証拠が見つかっているそうだ。

彼らの推測通り、アスペロ遺跡が現在考えられているよりもずっと古いとなれば、世界最古の都市――人類の文明発祥地――を名乗る資格を獲得できる可能性もある。

もしいまマクニールが「世界史」を執筆するとしたら、新たに二つの地域を書き加えることになるだろう。二つのうち、より広く知られているのは、紀元前にオルメカなどの文明がいくつも栄えたメソアメリカ。もう一つは、メソアメリカよりもずっと古い文明の発祥地でありながら、二十一世紀になったようやく光があたったペルーの海岸地方だ。

研究が進めば、教科書の記述が書き換わるかもしれない

さらに本書には、アメリカの文明が生み出したかもしれない様々な「発明」についても触れている。

考古学上の記録から判断すると、驚くほど短期間で文字がつくられ、発展したことになる。シュメールでは6000年かかったが、メソアメリカでは1000年もかからなかったのだ。しかもその短いあいだに、メソアメリカ社会全体で十種類以上の文字体系が生まれているのである。

(ゼロは)ヨーロッパには十二世紀になってから、今日使われているアラビア数字ととともに伝わった。しかしアメリカ大陸で最古のゼロの記録は、357年ごろのものと思われるマヤ遺跡から見つかっている。これは恐らくサンスクリットよりも古い。

オルメカ人やマヤ人など、メソアメリカに文明を興した人々は、世界的に見ても数学と天文学のパイオニアだったのだが、なぜか車輪を実用的な道具として使わなかったのだ。驚いたことに、彼らは車輪を発明しながら、子供のおもちゃにしか使わなかった。

「ホームバーグの誤り」の方を信じておきたい人からすれば「不都合な真実」でしかないかもしれないが、アメリカ大陸でも高度な文明が発展していたのだという事実はとても興味深い。

先コロンブス期の「生態系との関わり」について

アマゾンの森林を見ると、「人の手が加わっていない、太古の昔からそのまま残っている自然だ」と感じるだろう

メガーズという考古学者も、同じように考えた。彼は、

環境としての熱帯雨林は、焼き畑耕作に代表されるレベルまでしか文化の発達を許さない。

という説を唱え、環境団体などに支持された。そしてこの説を元に、「アマゾンの森林は、人間の干渉を受けたことがない土地だ」と考えられるようになり、「人の手が加わっていないありのままの自然をそのまま残そう」という機運が高まっていく

また1930年代には、「マヤ文明が崩壊したのは、環境容量の限界を超えたからだ」という仮説も出てきた。これは要するに、「人類よりも環境の方が強く、人類は環境の制約の中でしか生活できない」ということだ。

このような考え方を背景にしながら、「人跡未踏の自然を守る」という大義名分が広まっていった

しかし近年、このような見方が疑問視され始めている。というのも、先住民たちが実は自然環境に積極的に関与しており、努力して改良を加えた結果として現在のような姿になっている、という考えが出てきたからだ。

近年、アマゾン先住民が環境に大きな影響を及ぼしたと考える研究者が増えてきた。人類学者のあいだでは、広大なアマゾンの森林もまた、カホキアやマヤ中部地域と同様、文化の所産――つまり人工物――だという意見が出てきているのだ。

ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の人類学者、ピーター・スタールも、「環境保護論者は人跡未踏の原始の世界と思いたがっているが、多くの研究者は、じつは何千年もの昔から人の手によって管理されてきたと考えている」と報告している。エリクソンは「つくられた環境」という表現は、「すべてとは言わないまでも、新熱帯区(北回帰線の北米、中南米、西インド諸島をふくむ生物地理区)の景観のほとんどにあてはまる」とする見解を述べている。

現代では、海を埋め立てて土地にしたり、森林を切り開いてゴルフ場にするなど、「自然環境に大きく手を加えること」が可能だが、しかしそれらは、かなり大規模な工事を要するものだと認識されているだろう。だからこそ、重機などなかった先住民には、自然環境に手を加えられたはずがない、という発想も当然だと思う

しかし、現在私たちが「手を加えられていない」と考えている様々な自然が、実は先住民の手によって改良された、いわば「人工物」なのではないかというのだ。しかもそれは、非常に高度に行われたと考えられている。

現代の観点から見れば、こうした移行を成功させたことはみごととしか言いようがない。徹底的に、しかも広範囲にわたっておこなわれたので、コロンブス以後、ここを訪れたヨーロッパ人は、果樹の数が多いことと、開けた広大な土地が多いことに驚いた。だが自分たちと同じ人間がそれをつくったのだとは夢にも思わなかった。バートラムも自分が目にした景観が人工のものであることを見抜けなかったが、それは一つに、森の外科手術がまったく痕跡を残さずにおこなわれてからである。

つまり、「人の手で行ったとは思えない規模のことを、人の手が行ったとまったく悟らせない形で実現した」というわけだ。当時のヨーロッパ人が「自分たちと同じ人間がやったと思わなかった」のは当然だろうし、我々もまたそんな風には考えられないだろう。

またアマゾンの森林地帯には、テラ・プレータという名前で知られる非常に肥沃な大地が存在するのだが、この土地は研究者をもの凄く驚かせたという。何故なら、

教科書どおりに考えれば、そんなところに、そんな土壌があるはずがない。

からだ。常識では考えられない土地だという。

もしこの土壌の秘密を解明できれば、アフリカの農業を危機に追い込んでいる劣悪な土地を改良することができるかもしれない。

とも考えられているのである。現代の知見でもその手法が解明できていない土地改良を、先住民がやってのけたというわけだ。

これもまた、イメージで歴史を捉えることの危険性を伝えてくれる話だろう。

著:チャールズ・C. マン, 原著:Mann,Charles C., 翻訳:由紀子, 布施
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最後に

本書は、日本語版の発売が2007年であり、既に15年ほど経過している。本書出版後、アメリカの歴史教科書が変わったのか、あるいはそのままなのか分からないが、15年も経っていれば何か進展はありそうだと思う。

700ページを超える非常に分厚い本だが、歴史に興味のない私でも一気読みさせられてしまう作品だった。まさに「アメリカ人も知らない歴史」であり、教科書では知ることが出来ない知見が満載の1冊だ。

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