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この記事で取り上げる本
著:ポール・ホフマン, 翻訳:平石律子
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この記事の3つの要点
- 生涯で1500本もの論文を発表し、83歳で亡くなる直前まで1日19時間も数学について考え続けた天才
- 定住地を持たず、世界中の数学者の家を渡り歩いて共同研究しまくった異端さ
- 数学以外の能力・興味が皆無なせいで周囲に迷惑を掛けまくったが、それでも愛され続けた
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私は数学や科学が好きで、そういう類の本を結構読んでいる。しかし本書を読むまで、エルデシュという数学者の名前を聞いたことがなかった。こんな凄まじい数学者が存在していたのかと驚かされてしまうほどの“奇人”である。
エルデシュの数学者としての凄さ
まずは、エルデシュが数学者としてどのぐらい凄い人物なのかについて触れていこう。
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彼は、生涯で約1500本の論文を執筆した。共著者は500人以上にもなり、発表された論文はどれも見事なものだという。しかも発表数で言えば、古今東西ありとあらゆる数学者の中で、あの天才ガウスに次いで多いそうだ。
また彼は、83歳で生涯を閉じるその直前まで、ずっと数学の研究に没頭していた。数学者は若い内に才能が枯渇すると言われており、その証拠に、「数学界のノーベル賞」と呼ばれる「フィールズ賞」には、「受賞時点での年齢が40歳以下」という制約があるほどだ。しかしエルデシュは、晩年でさえ1日に19時間も数学について考えていたという。まさに、起きている間はずっと数学漬けだったということだろう。凄まじい人生である。
そんな功績の中でも最も素晴らしいと感じたのは、彼が若手数学者を多数育て上げたということだ。
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他の学問分野と比較して、数学は特に研究が孤独になりがちだと思う。他の数学者と議論したり共同研究したりする機会もあるとは思うが、基本的には、「数学者自身の頭の中で思考を展開する」という作業がメインになるはずだ。そしてそれはどうしても孤独なものにならざるを得ない。
ピークを過ぎた者が教授や教育者として後進を育てるみたいなことはもちろんあるだろう。しかし、本来的には孤独なはずの研究に没頭しながら、同時に若手も育てていく数学者など、なかなかいないのではないかと思う。
そんな芸当ができたのも、エルデシュの超一級の洞察力あってのことだそうだ。彼には「目の前にいる数学者にどんな問題が適しているのか」を瞬時に見抜く才能があったのだという。だからエルデシュは、様々な数学者と関わる中で、相手が今取り組むべき問題を的確に提示し、相手のレベルを引き上げることに貢献し続けたそうだ。
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凄いのは、彼が得意とする分野でなくても同じようなことをやり続けてきたという点だろう。エルデシュが詳しく知らない分野の問題であっても核心を衝くような示唆を与え、時にはまったく知らなかった分野の証明を初見でやってのけるなんてこともあったという。このエピソードを一般的な例に置き換えてみると、「ルールや操作方法を初めて知ったゲームの対戦で、かなりの上級者に勝利する」みたいな感じだろう。それぐらい、「数学」におけるあらゆる領域に対してその驚異的な洞察力が活かされたのだそうだ。
本書では、エルデシュに出会ったことで救われたという数学者の話も紹介される。「孤高」という印象が強い数学の世界において、ここまで後進の育成に力を注いだという点でも、なかなか類を見ない数学者であると感じさせられた。
奇人・エルデシュの圧倒的凄まじさ
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さてここまでは、数学者としてのエルデシュの凄さについて書いてきた。ここからは、彼の人間としてのあまりの異端さについて触れていこうと思う。
本書のタイトル『放浪の天才数学者エルデシュ』の通り、彼は生涯「放浪」を続けた。なんと、定住地を持たなかったそうだ。彼は世界中を飛び回っては、数学者の家に泊めてもらっていた。そして、相手の数学者やその家族の日常などお構いなしに数学の話をし続けたという。そして頃合いを見計らってその家を去り、また別の数学者の家へと向かうのである。
もちろん、そうやって関わりを持つようになった数学者と共同研究をし、共著論文を発表することもあった。500人以上と共著論文を書いたという実績は、このように実現されたのである。
また、エルデシュには共著論文が多いことから、親しみを込めて「エルデシュ数」なる概念が生み出されてもいる。具体的な理屈を書くとちょっとややこしいので省略するが、ざっくり書くと、「『エルデシュと共著論文を書いたことがあるか否か』でエルデシュとの『近さ』を測る指数」というイメージだ。「エルデシュと共著論文を書いたことがある者(=A)」、「エルデシュとは共著論文を書いたことはないが、Aとは共著論文を書いたことがある者(=B)」「エルデシュとは共著論文を書いたことはないが、Bとは共著論文を書いたことがある者(=C)」……などにそれぞれ別の数字を振り分けることで、「エルデシュ数の小さい者の方が、エルデシュとの距離が近い」と判定可能な仕組みなのである。
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「エルデシュ数」のような発想が生まれるのも、エルデシュが異常に共著論文を多く発表しているからだ。そしてそれはまさに、彼の「放浪」という生き方が生み出したものだと言っていい。
エルデシュは、汚いカバン1つしか所有物を持たなかった。現代ならまだ理解できるだろう。あらゆるものをスマホで完結させることで、「アドレスホッパー」など、全国各地を転々とする生き方が可能な世の中になっているからだ。エルデシュはまさに、スマホがない時代に「アドレスホッパー」の先駆けを行っていたと言っていいだろう。
彼の日常は大変だ。汚い身なりで歩くため浮浪者に間違われることなどしょっちゅうで、極度の方向音痴のせいで一本道でも迷子になるほどだった。また、数学以外のありとあらゆることに興味がなかったため、エルデシュと共に生活したことがある人物は全員、何らかの形で迷惑を被っていると言っていいほどである。
しかしそれでもエルデシュは愛され続けた。その数学的才能に心酔したという人もいるのだろうが、ある種の「純粋さ」みたいなものに惹かれたというのが大きいのだろうと思う。
エルデシュは、とにかくあらゆるものに対して執着しなかった。お金が手に入れば、自分の生活に最低限必要な分だけを残して、あとは誰かにあげてしまった。寄付することもあれば、未亡人や浮浪者にあげることもあったという。
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当然、世界中の大学から雇用の話が舞い込むが、それもすべて断った。一度など、普通にはあり得ない破格の条件で終身雇用が提示されたこともある。しかし彼は、縛られることを嫌って受けなかった。
正直、こういう人物が社会で真っ当に生きていくことはなかなか難しいだろう。エルデシュの場合、数学的才能が突出していたからこそ上手くいっただけだ。ただ、彼のような「純粋さ」を徹底的に貫くことができる生き方にはやはり憧れる気持ちもある。エルデシュと関わっていた人たちも、きっと似たようなことを感じていたのではないかと思う。そんな「普通には成り立ち得ない『異端さ』を成立させてしまっている」という部分に対する尊敬の念も、エルデシュが受け入れられた要因なんだろうという気がした。
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最後に
私はこれまでも、様々な数学者に関する自伝・伝記を読んできた。今まで得た情報からだと、やはり数学者にはそもそも奇人変人が多いという印象になる。勝手なイメージだが、「数学」という学問では、「現実」から遊離した思考をせざるを得ないという点こそが、奇人変人を引き寄せる、あるいは奇人変人を生み出しているのではないかと思う。数学が現実社会で応用される機会は当然あるが、数学者は応用されることを意識して数学を研究しているわけではない。現実との接点など一切意識しないまま、自身が突き詰めるべきと感じた、「数学という世界の中だけで成立し得る問い」についてひたすら考え続けているのだ。それはある意味で、「世に発表したり、売ったりすることを一切考えずに、小説・映画・芸術作品などの創作を行っている」みたいなものだろう。やはりそこには、ある種の「狂気」が宿るに違いない。
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本書は、「エルデシュという数学者」についての本であり、数学的な記述はほとんどないと言っていい。数学に対して苦手意識を持つ人でも面白く読める1冊だと思う。「こんな数学者がいた」という事実だけを楽しむこともできるし、本書を読んだことをきっかけに「数学の世界に足を踏み入れてもいい」と感じる人もいるかもしれない。
やはり「数学者」は面白いと感じられた1冊だった。
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