【衝撃】映画『アイム・スティル・ヒア』が描く、ブラジル軍事政権下での国家による殺人。酷すぎる

目次

はじめに

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この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • 普段なら触れないようにしている「物語後半の展開」についても、この記事では言及している
  • 幸せだった一家にある日突然不幸が忍び寄り、理解しがたい状況に置かれてしまう
  • 逮捕事実すら国が否定し続けたせいで、残された家族はとにかく苦労させられた

過去の過ちをちゃんと振り返ることで正しい未来が作れるのだし、目を背けてはいけないなと思う

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

映画『アイム・スティル・ヒア』は、軍事政権下における国家による大量殺人を暴く衝撃のフィクションだ。あまりにも酷い現実である

ちょっと信じがたい歴史が描かれる作品だった。軍事政権下での出来事だとはいえ、あまりにも酷すぎるだろう。

本作では「ブラジルでは有名だろう事件」が扱われているはずなので、ネタバレを気にせずに感想を書くことにする

私は普段、「自分なりのネタバレ基準」に従って、「あまり内容に触れすぎないように感想を書く」というスタンスを取っている。そしてそれは、実話を基にした作品でもあまり変わらない実話ベースの物語の場合、「本質的な意味では、何を書いてもネタバレにはならない」と言っていいと思う(実際に起こっていることなので)。とはいえやはり、「知らずに観た方が良い鑑賞になるよね」と感じることの方が多いし、だから、私が感想を書く際は内容にそこまで深入りしないように意識しているつもりだ。

しかし今回はいつもと違い、そのような制約は取り払って感想を書こうと思う。なので、内容についてあまり詳しく知りたくないという方は、これ以降の文章を読まない方がいいだろう。

で、どうしてそんな風に考えたのかというと、本作で扱われているのが「恐らくブラジルでは有名な事件」だからである。

例えばだが、「東日本大震災」を扱った物語を日本人(日本に住んでいる人)向けに制作するとしよう。この場合、「被害に遭った東北がどのような地域なのか」「日本に原子力発電所がどれぐらいあるのか」みたいな情報は、「日本人なら大体知っているだろう」ということで省略できると思う。そして、そのようなスタンスで作られた映画を外国の人が観たら、「前提・背景がちょっとよく分からない」みたいに感じるかもしれない

それと同じようなことが本作に対しても言えるように思う。

本作『アイム・スティル・ヒア』は、「ブラジルで起こった有名な事件を、ブラジル国民向けにフィクション化した作品」だと私には感じられた。というのも本作では、冒頭からしばらくの間「これから何が起こるのかさっぱり分からない」という展開が続くからだ。私は、観る前に事前の情報を極力得ないようにしているので、そもそも「ルーベンス・パイヴァが失踪する」という物語のベースとなる事実さえ鑑賞時点で知らなかった。そしてそういう人間の視点からすると、本作は中盤ぐらいまで「幸せそうな家族」が描かれるだけで、何が起こるのかまったく分からないのだ。

もちろん、私のように鑑賞しても全然面白く観られるだろうが、本作がもし「事件に対する知識をある程度持っている人向け」に作られているのだとすれば、内容についてそれなりに知った状態で観る方が、制作側の意図に沿った鑑賞と言えるのではないかとも思う。そんなわけでこの記事では、普段の私の基準では「ネタバレ」だと感じられる部分まで内容に触れることにする。

それでは前置きが長くなったが、本作の内容を紹介から始めようと思う。

映画『アイム・スティル・ヒア』の内容紹介

舞台となるのは1970年代のブラジルである。当時ブラジルは軍事政権下に置かれていた。そしてなんと、国内では大使の誘拐が横行していたという。「民族解放同盟」を名乗る集団が、大使の釈放と引き換えに政治犯の解放を要求する事件が頻発していたのである。

そんなご時世の中、車で映画を観に行ったパイヴァ家の子どもたちも、思いがけずその余波を食らってしまう。映画館からの帰り道、警察の検問に捕まってしまったのだ。警察内で誘拐犯の手配書が回っており、そのチェックをしているのだという。彼らは車から下ろされ、一人ひとり手配写真と照合させられた。そしてその間、実に乱暴な扱いを受け続けたのである。

そんなきな臭い世の中が舞台なのだ。

とはいえ、パイヴァ家の面々は明るく楽しく過ごしていた。元国会議員で土木技術者として働く父親のルーベンスは、大型のトンネル設計を新たに依頼され、忙しい日々が始まりそうな予感である。母親のエウニセは、5人の子どもたちの世話に追われつつ夫を支えていた(しかし、料理など家事の一部はお手伝いさんに任せている)。1男4女の5人きょうだいは、それぞれ家族や友達と日々楽しく過ごしている平和な一家なのだ。

なのだが、夫婦は決して安穏としているわけではない長女のヴェロニカをイギリスに留学させようとしているのだ。ルーベンスには、共に書店や出版社の経営に関わっている親友夫妻がいるのだが、彼らがイギリスに移るというので、娘を一時的に面倒見てもらおうと考えているのである。親友夫妻は、あまりにも危険になってしまったブラジルを見限ってイギリス行きを決断しており、ルーベンスにも「危険だからお前も来い」と声を掛けていた。しかし彼は少し楽観的に考えているようで、「大丈夫。書店も出版社もしばらくしたら再開できるさ」と言っていたぐらいである。

さて、彼らは実は「非公式的な手紙の郵送」にも携わっていた(正確には理解できなかったが、恐らく「逮捕等の恐れがあるためブラジルから外国へと逃れた者から(への)手紙」なのだと思う)。親友夫妻は、もしもその事実が発覚したらより危険になると考えて脱出を決めたのだが、ルーベンスは、一旦娘だけイギリスへ行かせて様子を見ようと考えているというわけだ。

彼がそんな風に考えていたのは、日常の中で危険を感じるような徴候を感じることがなかったからかもしれない。ビーチ沿いの道路を時々軍事車両が走り抜けたり、テレビでは不穏な事件が日々報じられたりしていたが、身近に迫っているような感覚はなかったのだろう。

しかし、そんな穏やかな日常はある日唐突に破られてしまう武装した見知らぬ男たちがやってきて、ルーベンスをどこかへ連れ去ってしまったのだ。リーダー格らしい、シュナイデルと名乗った男はエウニセに、「形式的な質問ですので、すぐにお帰りいただけますよ」と口にするのだが、結局夫は夜になっても戻らなかった。家にはシュナイデルを含めた3人の男が残り、家族を監視しているそんな不穏な環境で、残された家族は朝を迎えることになった。

そしてなんと、しばらくしてエウニセと(たぶん)次女のエリアナまでもがどこかへと連れ去られてしまう。車に乗せられた2人は、途中で真っ黒な頭巾を被らされ、どこだか分からない場所で下ろされ、尋問を受けた。何が起こっているのかさっぱり分からない。さらにエウニセは、なんとそのまま10日間以上も拘束され続けてしまい……。

25年後に「夫の死亡証明書」を受け取った妻エウニセが見せた安堵の表情

本作のラストでは、「軍事政権下での国家による犯罪の被害数」が字幕で表示された拷問等で2万人が殺されたと推定されており、その内の数百人の遺体が今も見つからないままなのだそうだ。ルーベンスの遺体も、未だに発見されていないという。

そう、ルーベンス・パイヴァは自宅で拘束された後、連れ去られた先で軍により殺されてしまったのだ。そして、そんな「軍事政権下時代の国家によるあまりにも酷い犯罪」を、残された家族視点で描き出すのが本作『アイム・スティル・ヒア』である。本作は長男(ただし、生まれた順番的には4番目か5番目)のマルセロが執筆した回顧録を原作にしているようだ。

個人的に最も印象深かったのは、事件から25年経った1996年の描写である。エウニセは大学に入り直し、48歳にして法学位を取得した。そんな彼女がどこかで講義を行っている時に「緊急の電話です」と知らされ、電話を切ったエウニセは、マルセロと四女のバビウと共に役所らしき建物へと向かう

そして彼女はそこで、夫の死亡証明書を受け取ったのだ。その瞬間、彼女は少しホッとしたような笑顔を見せていた

みたいなことだけ書くと、ちょっと意味が伝わらないかもしれない。「夫の死亡証明書を受け取ってホッとしているなんて理解できない」みたいに感じる人がいてもおかしくないだろう。もちろん、そこにはちゃんとした理由がある。

なんと政府は、「ルーベンスを逮捕した」という事実さえずっと否定し続けていたのだ。

「夫の死」を証明できないことがもたらす様々な問題と、過去を振り返るべき理由

ルーベンスは自宅で拘束され、恐らくそのまま尋問場所まで直行だったはずなので、政府が「逮捕した事実」を否定すれば、それをひっくり返すのは相当難しいだろう。政府は恐らく、「『逮捕した事実』さえ認めなければ、『ルーベンスの消息』に関する説明責任から逃れられる」みたいに考えていたのではないかと思う。「そもそも逮捕なんてしていないんだから、消息だって知りません。勝手に失踪しただけでしょう」みたいに言い張れるというわけだ。本作ではその辺りの詳細が描かれているわけではないが、恐らく政府は「のれんに腕押し」みたいな対応をしたんじゃないかと思う。

エウニセからすれば、「夫が逮捕されたこと」は明らかな事実である。なにせ、目の前で起こったことなのだから疑いようがない。しかし、そのことを客観的に証明するのは容易ではなかったのだ。実は、子どもたちが通う学校のマルタという教師が「拘束されていた時、ルーベンスの声を聞いた」と話していたのだが、エウニセが「そのことを証言して」と頼んでも彼女は応じなかったい。まあ、それも仕方ないだろう。そんな証言をすれば、どんな厄介事が降り掛かってくるか分からないからだ。

そのためエウニセは、「夫が軍に逮捕され、その後消息を絶った」という、彼女にとっては明白すぎる事実さえ証明できないまま、夫不在の日々を過ごさなければならなくなったのである。

さて、その状況は彼女に重く伸し掛かった。例えば、生活のために夫の口座からお金を引き出す必要があるのだが、知った顔の銀行員に頼んでも「ルーベンスのサインが要る」という話になってしまう。まあ、手続き上は確かにその通りだ。ルーベンスの死が公式には認められていない以上、夫の口座からお金を下ろすにはサインが必要になるだろう。しかしこの状況は、パイヴァ家にとっては由々しき事態である。結局、お手伝いさんに給料が払えなくなり、辞めてもらうしかなくなってしまった。

こういう生活上の問題もあるし、また「国に『夫を殺した』と認めさせたい」と考えてもいたはずで、エウニセはきっと国に対してずっと「死亡証明書の発行」を打診し続けていたのではないかと思う。そして恐らく、軍事政権ではなくなってから(いつそうなったのかは知らないが)ようやく発行されたのだろう。それで25年も掛かってしまったはずだし、エウニセがホッとしていたのも納得できるんじゃないかと思う。

さてその後、彼女はマスコミの取材を受けていた。そしてその中である記者が、「政府には『過去の事件を振り返る』よりも優先すべき事柄がたくさんあると思いませんか?」と質問する。この質問にどんな意図があったのか、私にはちょっとよく分からなかったが、個人的には「アホみたいな質問だな」と感じた。まあ、「過去よりも未来を見据えた行動の方が優先順位が高いんじゃないか?」みたいなことを聞きたかったのだろう、たぶん。

それでエウニセは、これに対してきっぱりと「そうは思いません」と返していた。「過去の過ちを検証しなければ、また同じことを繰り返す可能性があるからです」というわけだ。本当にその通りだなと思う。この主張は、どんな国にも、またどんな組織にだって当てはまるだろう。二度と同じことを起こさないためには、まずは過去を徹底的に検証する他ない

「酷い時代だったってだけの話だ」なんて捉え方で終わらせてはいけないのである。

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最後に

正直なところ、映画としてメチャクチャ面白いわけではなかったが、やはり実話の引力はとても強いし、「こんなことが現実に起こっていたのか」という衝撃もかなり強烈だったなと思う。また、「幸せな家族の日常」が一瞬で変質して不穏さが忍び寄る中、それでも「家族の絆」を強く持ち続けた一家の結束にも、その中心で踏ん張り続けたエウニセの強さにも惹きつけられる作品だった。

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