目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:レベッカ・ソルニット, 翻訳:高月園子
¥2,717 (2022/07/21 20:38時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- ドラマや映画などでよく描かれる「災害時の市民のパニック」は、実際には起こらない
- エリートは、「市民がパニックに陥るかもしれない」と考え、パニックに陥る
- 災害は、社会を大きく変革する変化ももたらし得る
「災害」に対するイメージが大きく変わるだろう1冊で、重要な示唆に満ちている
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本書は、「災害学」というあまり聞き慣れない学問についての本である。そんな本書の結論は、こんな一文で表現できるだろう。
数十年におよぶ念入りな調査から、大半の災害学者が、災害においては市民社会が勝利を収め、公的機関が過ちを犯すという世界観を描くに至った。
これは、ステレオタイプ的に描かれる状況と大きく異なるものだ。映画などでは、何か大きな出来事が起こると、市民がパニックに陥り、エリートがそれを収拾するという展開となる。しかし実際には、その逆だというのである。
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本書は、「災害時、人々はどう行動するか」について包括的に記された作品だ。著者が過去の様々な研究を渉猟したり、研究者にインタビューしたりした結果をまとめている。
本書は、研究者の手によるものという印象で、そんなにスラスラ読める作品ではない。私も、的確に内容を把握できたか自信のない箇所がある。そこでこの記事では、主に以下の3つについてだけ取り上げようと思う。
- 普通の人々はパニックに陥らない
- エリートこそパニックに陥る
- 災害は様々な「革命」をもたらす可能性を持つ
本書には「災害」を研究した様々な知見が含まれているので、気になる方は是非本書を読んでほしい。
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普通の人々はパニックに陥らない
地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。二次大戦の爆撃から、洪水、竜巻、地震、大嵐にいたるまで、惨事が起きたときの世界中の人々の行動についての何十年もの綿密な社会学的調査の結果が、これを裏付けている。
本書は、サンフランシスコやメキシコシティの大地震、ハリケーン・カトリーナやスリーマイル島の事故、そして9.11など様々な災害が取り上げられている。その際に、人々がどう行動したのかについての研究結果が元になっているというわけだ。本書は、日本語訳が2010年に発売され、その後「定本」として2020年に新たな版が発売されている。私が読んだのは2010年のものなので、当然、東日本大震災の話は含まれていない。2020年版に東日本大震災の研究結果が含まれているのか分からないが、いずれにせよ、いわゆる「大災害」と呼ばれるだろうものが取り上げられていると考えていいだろう。
そしてそれらの研究結果から、上述のような「普通の人々はパニックに陥らない」という結論が導かれているのである。
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本書に登場するクアランテリという災害学者は、
パニックの事例を多く発見できると信じて、それをテーマに修士論文を書き始めたが、しばらくすると「どうしよう。パニックについての論文を書きたいのに、一つも事例が見つからない」という羽目になった。
という経験があるそうだ。そして最終的に自身の研究結果をこのように締めくくっている。
切迫した恐ろしい状況に置かれた人々に関する研究結果を、クアランテリは災害学につきものの素っ気ない表現で、次のように記している。「残忍な争いがおきることはなく、社会秩序も崩壊しない。利己的な行動より、協力的なそれのほうが圧倒的に多い」
普通の人々はとても理性的に行動するというわけだ。
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さて、本書のタイトルに「ユートピア」という単語が入っていることに違和感を覚えた人もいるかもしれない。私も、「災害」と「ユートピア」という単語の”結びつかなさ”が、本書を手に取るきっかけだった。しかしそれについては、大災害を経験した者たちの様々な証言を読むと理解できるかもしれない。
サンフランシスコの全歴史の中で、あの恐怖の夜ほど人々が親切で礼儀正しかったことはない。
多くの人が亡くなり負傷した夜に、不謹慎かもしれないけれど、わたしの一生であれほど純粋で一点の曇りもない幸せを感じたことはありません。
ああいった共同体の感覚は、長い人生でもめったに経験できるものではなく、しかも、壮絶な恐怖と向き合った中でしか起きません。9.11直後の数日間には、公民権運動のときによく話していた”愛すべきコミュニティ”の存在を感じました。
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より力強く、こんな風に断言する者もいる。
テロリストたちは、わたしたちを恐怖に陥れることに失敗した。わたしたちは冷静だった。もし、わたしたちを殺したいなら、放っておいてくれ。わたしたちは自分のことは自分でやれる。もし、わたしたちをより強くしたいなら、攻撃すればいい。わたしたちは団結する。これはアメリカ合衆国に対するテロの究極の失敗例だ。最初の航空機が乗っ取られた瞬間から、民主主義が勝利した。
東日本大震災の発生時、「日本ではこのような状況において、暴動も略奪も起こらない」と、海外メディアから称賛が集まった記憶がある。「日本人らしい、特異な行動だ」と。しかし本書を読むと、それが日本人に限った特殊さというわけではないと実感できる。大災害に直面すると、むしろ「人々は普段より良い行動を取る」とさえ言えるのだ。
何故そうなるのか。本書に書かれている結論を、ざっくりまとめると、「自身の存在意義が確認できるから」となるだろう。
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絶望的な状況の中にポジティブな感情が生じるのは、人々が本心では社会的なつながりや意義深い仕事を望んでいて、機を得て行動し、大きなやりがいを得るからだ。
彼らの多くが利他主義的な行動を自己犠牲とは見ていない。むしろ、ギブとテイクが同時に起きる相互的な関係だと見ている。他の人々を助けると、彼らはその人たちとの間に連帯感を得る。人に何かを与えたり、人を助けたりすることは、彼らに、彼ら自身より大きい何かの一部であるという感覚を与える。他人を助けると、自分は必要とされている価値のある人間で、この世での時間を有効に使っていると感じさせる。他人を助けることは、生きる目的を与えてくれる。
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コロナ禍を経てよく耳にするようになった言葉に「ブルシット・ジョブ」がある。ざっくり訳すと「どうでもいい仕事」となるそうだ。「コロナ禍でリモートワークが定着したことにより、自分のしている仕事が、本質的にはまったく意味のない『どうでもいい仕事』であると気付かされる人が増えている」という文脈で使われることが多い。それでいて、そういう「ブルシット・ジョブ」こそ給与が高いため、辞めたり転職したりするわけにもいかない。だから「やりがい」という点で仕事に対するモチベーションに問題が生じているのだそうだ。
やはり人間は本質的に、「誰かに認められたい」「助けになると思われたい」と感じているということだろう。大多数の人が「金さえ稼げれば仕事はなんでもいい」と感じているのであれば、「ブルシット・ジョブ」などという言葉は生まれなかったはずだからだ。
そしてそう考えると、大災害に見舞われた時というのは確かに、「誰かに認められたい」「助けになると思われたい」という欲求を満たす機会でもあるとも言えるだろう。であれば、「普通の人々はパニックに陥らない」というのも当然だと思う。
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エリートこそパニックに陥る
災害学の学者たちは、現在、権力者たちのこの恐怖に駆られた過反応を”エリートパニック”と呼んでいる。
一方、様々な研究によって明らかになったのは、有事の際にはエリートこそパニックに陥るということだ。そして、非常に興味深いことに、エリートのパニックは、「市民がパニックに陥る」という思考によって引き起こされるというのである。
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「普通の人々」がパニックになるなんて、とんでもない。見たところ、パニックになるのはエリートの方よって。エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です。ただ、彼らがパニックになることは、わたしたちがパニックになるより、ただ単にもっと重大です。なぜなら、彼らには権力があり、より大きな影響を与えられる地位にあるからです。
スリーマイル島原子力発電所事故の際には、上層部が重大な情報を握っていたにも拘わらず、「市民がパニックに陥るから」という理由でそれが公表されなかったという。まったく同じことが福島第一原発事故でも起こっていた。当時日本には、「SPEEDI」という、放射性物質が空気中をどのように拡散するかを予測するシステムが存在しており、まさに震災当時もその予測が行われていたのである。しかしその予測データも、「市民がパニックに陥るから」という理由で公表されなかった。そのせいで、逃げ遅れて被爆してしまった人もいれば、放射性物質が拡散する方へ逃げてしまった人もいる。
このように、「市民がパニックに陥る」と考えることで明かされるべき情報が公表されない状況は、エリートによるパニックと呼んでいいだろう。本書には、
事実、通常時にうまく機能していればいるほど、災害時には、臨機応変に対処できなかったり、まとまらなかったりと、うまくいかなくなる可能性が高い。
とも書かれており、平時の組織運営の様子からでは有事の際の状況を予測できないとも指摘されている。
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あるいは、「市民がパニックに陥るから」という理由で警察官や兵士が派遣されることも多い。彼らは、「略奪を行っている者がいたから問答無用で撃ってよい」と指示される。そしてそのせいで、実際には「物資の調達」「瓦礫の除去」「埋もれている人の救助」などに従事している人たちが、「盗みを働いている」と判断され撃たれるという事案が起こってしまう。さらに悪いことに、その後で当の警察官や兵士たちが「略奪者」に変貌することも頻繁に起こるのだそうだ。
日本ではなかなか想像しにくい状況ではあるが、治安の良くない国の場合には警察が腐敗していることも多く、そのようなことが起こり得るのだろう。
警察官の娘が友人に宛てた手紙には「おびただしい数の悪者が町に解き放たれています。兵士たちはほんの少しでも命令に従わない人たちを片端から撃っているのです。説明を聞こうともせず、説明することもなく」とある。
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しかし、何故このようなことが起こってしまうのだろうか? その理由については、こう書かれている。
わたし自身の印象では、エリートパニックはすべての人間を自分自身と同じであると見る権力者たちのパニックである。権力者は、彼らの最大の恐怖である暴徒たちと同じくらい、残酷にも利己的にもなれるのだ。
なるほどと感じる指摘ではないだろうか。エリートは、「自分だったら、今の状況下でここまで残酷になれる」と考え、さらに、「世の中のすべての人が自分と同じような判断をするに違いない」と思考する。それゆえに「エリートによる暴走」が起こるというのだ。エリートには是非、「市民はエリートのようには考えない」と理解してほしいものである。
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災害は社会に変化の機会を与え、進行中の変化を加速させ、もしくは、何であれ、変化を妨げていたものを壊すというのだ。
この点は、コロナ禍を生きる私たちには、ある意味で非常に理解しやすい指摘ではないだろうか。コロナ禍において、日本で変化が加速したものは恐らく様々に存在するはずだが、ざっと「現金以外の決済」「リモートワーク」などが挙げられる。「LINE」が東日本大震災を機に誕生したという話も有名だろう。LINEに「既読」という仕組みが備わっているのは、仮に連絡が取れない状況に置かれても、メッセージが「既読」になっていれば生存が確認できる、という意図だったと何かで聞いた記憶がある。また、災害とは少し違うかもしれないが、リーマンショックは「Uber」や「Airbnb」などのサービスが生まれるきっかけにもなった。
現代の西欧世界の災害も現行の権力を脅かし、しばしば変化を生じさせる。そういった点で、災害は革命によく似ている。ある意味、災害は社会や政府の中に存在していた対立や軋轢や悪癖を表面化させたり、重大局面に持ち込んだりする。
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また東日本大震災は、電力エネルギー政策にも大きな変化を与えた。確かドイツは、福島第一原発事故を受けて、いち早く脱原発に踏み切ったはずだ。近年日本では「電力不足」に陥ることがあり、節電が呼びかけられているが、これも、稼働していない原子力発電所の存在が理由の1つに挙げられる。日本政府は恐らく、原子力発電所を稼働させたいはずだが、とはいえ、世界の潮流に沿って、自然エネルギーにも力を入れなければならない。これも災害による変化と言っていいだろう。
災害や危機は意志を強固にする。また、時に災害はすでに悪い状況をそれ以上耐えられない点まで悪化させることで、限界点に到達させる。それを以前には不明瞭だった不公平や社会問題を際立たせるといった方法で成し遂げる場合もあれば、人々に互いの存在を通じて市民社会や集団の力を発見させることで成し遂げる場合もある。だが、公式はない。
他にも災害は、「厳しい階級格差を一時的にせよ公平にする」「圧政・悪政に苦しむ国民が災害をきっかけに変革のために立ち上がる」「震災時にとった行動によって、その後の人生の自信を得る」など、大小様々な変化をもたらす可能性を持つ。「だから災害は良いものだ」などという結論が導かれるわけではもちろんないのだが、社会の大きな変化は実は災害がきっかけだったという事実は確かに存在する。そうやって災害と付き合いながら人類は進化してきたというわけだ。
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ドラマや映画で描かれるような「分かりやすいパニック」は、実際にはほとんど起こらない。そして災害時に最も問題になるのが、エリートの暴走である。このような理解は非常に重要だと感じた。他にも様々な知見が紹介される作品なので、是非本書を読んでみてほしい。
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