目次
はじめに
この記事で取り上げる映画
「たゆたえども沈まず」HP
監督:遠藤隆
¥3,523 (2022/04/30 22:58時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この映画をガイドにしながら記事を書いていきます
今どこで観れるのか?
上映情報を御覧ください
この記事の3つの要点
- 極限状態に置かれた人間の感情・行動が「分かりやすい」はずがない
- 「震災が背景になれず、否応なしに前面に出てきてしまう映像」はとてつもない強さを持つ
- 「東日本大震災」は、今も現在進行形なのだ
安易に「復興」という言葉を使いたくはないが、「復興したかもしれない」と被災地の方が感じられる日が来てほしいと思う
自己紹介記事
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私の中で、「東日本大震災」という存在はとても大きい。
別に、東北出身というわけではない。震災後に縁あって、少しの間だけ東北地方に住んでいたが、震災以前の段階ではほぼ関わりはなかった。
だから、「身近な人が関わっている」という理由ではない。
私は、この記事を書いている時点で38歳。1983年生まれで、地下鉄サリン事件も9.11も、リアルタイムで知っている。静岡出身なので、上九一色村に拠点があったオウム真理教の事件は、距離的な近さもあって、非常に印象的だった。
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それでも、東日本大震災の方が私の中で占める割合は圧倒的に大きい。
もちろん、東日本大震災というのは、日本の事件・災害の歴史上においてもかなり悲惨で特筆すべき出来事だと言えるだろうし、多くの人にとって非常に印象に刻まれる災害だったと思う。ただなんというのか、自分の中に、「東日本大震災は、なんか”別格”なんだよなぁ」という説明不能な感覚があり、それが「東日本大震災」への思い入れを強く抱かせるのだろうと思う。
私は、震災から5年経った頃に東北へと移り住み、3年半ほどいた。私が住んでいた地域は、沿岸からは遠く、東日本大震災全体で見れば被害は少なかったと言っていい。しかし日常的に関わる人の中に、「家が流された」「親族を亡くした」という人は当然いて、「そんなのこの辺の人なら誰にだってある」というような雰囲気も感じた。
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余所者の私にはなかなか踏み込めない領域も多かったが、「震災後に自分が東北に住んだ」という経験も、その思い入れを強めているだろう。
だからこういう、東日本大震災を扱ったものにはすぐに反応してしまうのだ。
「分かりにくさ」を編集せずに切り取っていく
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この映画で最も良かったと感じた点は、「分かりやすい見せ方」を選ばなかったことだ。
一番印象的だった場面の説明をしよう。映画の冒頭、地震発生直後のテレビ岩手盛岡市局内の映像のはずである。あらゆるものが揺れ、誰もが混乱し、身を隠したり、指示を飛ばしたりと様々な行動を取るテレビ局員が映されている中、壁掛けのテレビが倒れてこないように必死で押さえているスーツ姿のおじさんが一瞬だけ笑ったのだ。
画面の端に一瞬映っただけだったので気づかない人もいるだろうが、目を凝らして見なければわからないようなものではないので気づく人も間違いなくいるだろう。
「理解不能なことが起こった時に、思わず笑ってしまう」という感覚は誰もが理解できるだろうと思う。しかし私たちは、「東日本大震災」が非常に甚大な被害をもたらした災害だということを知っている。そして、そういう災害の映像として、「笑っているおじさん」は不適当だろう。
だからこの場面はたぶん、テレビでは流れないと思う。テレビでは、「分かりやすさ」が優先されるからだ。
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私が東北にいた頃、ニュースではもちろん震災の特集を度々行っていた。その一つ一つを正確に覚えているわけではないが、覚えていないということは「よくある描かれ方」だったのだろう。「悲惨な光景を前に呆然とする人」「避難所で辛そうにしている人」「生活再建の見通しが立たずに途方に暮れている人」など、言い方は悪いが「容易にイメージしやすい人」を取り上げていたと思う。
それを悪いというつもりはない。テレビという、まさに”マス”向けのメディアにおいては、「分かりにくい取り上げ方」は求められないからだ。求められないものを流しても仕方ない。特に地元テレビ局であれば、被災者たちの間に様々な価値観・感覚があることを理解しているだろうし、そのどれかに肩入れすることも難しいだろう。そういう中で「震災に関して何か報じなければならない」という状況に立たされれば、「分かりやすさ」を優先するしかないことは当たり前だと思う。
そしてだからこそ、テレビ岩手はこの映画を作ったのだろう。自分たちが直視し、カメラにも収めた膨大な現実の内、ほんの一部しか世に出せていない。分かりやすさを優先するためにテレビでは流せなかった映像でも、映画でなら使える。そんな思いがあったに違いない。だからこそこの映画は、「分かりにくさ」がそこかしこに点在する作品に仕上がっているのだろうと感じた。
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そしてだからこそ、この映画で使われている映像には、「恐ろしいほどのリアリティ」があるのだと思う。
地震発生直後の釜石を撮った映像では、のんびりと避難する人々の様子が映し出されている。高台に避難はするが実にだるそうに階段を登るし、高台に着いてからも緊迫感なく呑気にお喋りをしている。
その後、彼らがいる高台の真下まで津波が襲い、釜石の街は飲み込まれていく。そうなってもなお、人々の反応は様々だ。泣き叫ぶ女性もいれば、街が飲み込まれていることなど理解していないかのように無表情に歩く少年もいた。
映画の中でかなりメインの扱いがされる宝来館という旅館がある。その旅館の裏手はすぐ山になっており、従業員や宿泊客はその裏山を登って避難する。避難を終えた人物がカメラを下に向けると、逃げ遅れた人たちのすぐ後ろに津波が迫っている。裏山から多くの人が「早く!早く!」と声を掛け、ようやく津波の存在を認識する。
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しかしそれでも、慌てる素振りはない。一瞬しか映っていなかったが、津波を認識しながらも走り出そうとしなかった人たちには驚かされた。
もちろん、恐怖で足がすくんだのかもしれないし、足の悪い人と一緒に逃げていたのかもしれない。映像からはその辺りのことは分からなかったが、ともかく「どうして?」と感じるような行動に見えたことは確かだ。
映画や小説とも、テレビで報じられるものとも違う、その時その場にいた人間にしか分からない感覚・行動というのがあるだろう。本人でさえその状況を説明できないかもしれない。
そういう「分かりにくさ」がこの映画には溢れている。これはなかなか、メディアを通じてでは体感しえないことだろう。
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「実際の映像」が持つ強さ
ざっくりとこの映画の構成を説明するとすれば、前半は震災当時からその後におけるテレビ岩手の「現場の取材映像」が様々に編集されている。そして後半は、「震災後を生きる人々に取材・密着した映像」がメインになるという構成だ。
後半の展開が悪いと言いたいわけではないが、やはり私は、「現実をそのまま切り取る映像」の強さに惹かれてしまう。
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宮古市の国道の交差点のど真ん中にある民家。津波で流されたのだ。あまりの違和感に慄く。
釜石で焚き火にあたる人々。震災時5℃を切る真冬並みの寒さだった。そんな日に、野外で過ごさなければならない。
大槌町で5日間に渡って続いた火事。漏電などによって発生した。
ある避難所では、残った米をかき集めて、風呂場の水でご飯を炊いていた。
57名もの方が亡くなった老人ホームもある。逃げ出せなかったのだ。
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海に近い地域では、住民が瓦礫を片付けている最中にも頻繁に津波警報が鳴る。その度に人々は海から離れようと必死に走る。結局、大きな津波は来ないのだが、逃げずにはいられない。
こういう、「震災が背景ではなく、否応なしに前面に出てしまう映像」の強さには、やはり打ちのめされる。「これが現実に起こったことなのか」という感覚と、「これさえ全体のほんの一部でしかないのだ」という絶望が、交互に押し寄せてくるような感じだ。
そして、過去に起こった出来事を映像でただ観ているだけの私がこれほど打ちのめされる現実の中で、笑顔を見せる人たちもいる。その強さにも驚かされる。もちろん、笑わないとやってられない、というような感覚もあるだろう。やせ我慢かもしれない。しかし、壮絶な現実を背に笑顔を見せる人の姿は、絶望の中に僅かながら光を感じさせてくれるだろうとも思った。
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「東日本大震災」という現実は、まだまだ続いている
映画の後半は、三陸鉄道の復旧が縦軸として描かれる。そしてその合間合間に、様々な立場の被災者の苦悩や葛藤が挟み込まれていく。
夫の死亡届を出せずにいる女性、震災前日に双子を妊娠していることが分かった夫婦、かつてと同じ場所に再び家を建てるか悩む老夫婦。悩みや立ち向かっている現実は様々だが、「東日本大震災」という大きな単位で見ようとすると見失ってしまうだろう細部を丁寧に描き出していく。
「震災さえ起こらなければ考える必要のなかったこと」に直面させられる人々の姿は、未来の私たちのものである可能性も十分にあると言えるだろう。
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また、「復興」の現実も描かれる。「復興」という言葉を使うのはあまり好きではないのでカッコに入れたが、この映画では、津波によって流されてしまった街を高台に移し(あるいは、元の場所を土砂で嵩上げするなどし)、再生を図ろうとする様子が映し出される。
しかし現実は厳しい。
大槌町の人口は、震災時から30%も減少した。陸前高田は、1650億円を掛けて土地区画を行ったが、その半分はまだ利用が決まっていない。生まれ育った街に戻りたいという人もいるが、悩んでいる人もいる。まだまだ現在進行系の問題なのである。
「復興」などと、外野がとやかく言うことではないだろう。ただ私は、決して元通りになることはないと理解した上で、その地に住む人々が「復興したと言っていいかもしれない」と感じられる日が来るといいと思っている。
まだまだ時間は掛かるだろうが、「悲惨な現実」が少しでも「悲惨だった過去」に変わってほしいと思う。
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最後に触れておきたいことを挙げるとすれば、カメラマンの根性だ。それは、「笑ったおじさん」が出てくるテレビ岩手盛岡市局内の映像で感じた。
まさに地震発生直後から回したのだろうと思われるカメラは、揺れる局内を動き回り、その時点で起こっていることを的確に収めようとする。まるでカメラマンだけ別世界にいるかのような、カメラマンの周囲だけは実は揺れていないのではないかと思わせるカメラワークぶりで、さすがだと感じさせられた。
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改めて、映像の強さとカメラマンの根性を実感させられた。
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インドの高級ホテルで実際に起こったテロ事件を元にした映画『ホテル・ムンバイ』。恐ろしいほどの臨場感で、当時の恐怖を観客に体感させる映画であり、だからこそ余計に、「逃げる選択」もできたホテルスタッフたちが自らの意思で残り、宿泊を助けた事実に感銘を受ける
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