目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:モイセズ ベラスケス=マノフ, 原著:Velasquez‐Manoff,Moises, 翻訳:洋子, 赤根
¥691 (2021/07/21 06:15時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 感染症を撲滅した先進国ほど、免疫関連疾患が増えていく
- 清潔な環境で暮らしているからこそ病気になるという「衛生仮説」
- 体内に細菌がいるのは、外的な変化にすぐに対応できるようにするためではないか
ただし、本書で書かれていることはあくまでも「仮説」だということに注意してください
自己紹介記事
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本書では、花粉症やアトピー性皮膚炎、多発性硬化症のような自己免疫疾患だけではなく、がんや自閉症、心臓疾患、肥満、うつ病など様々な病気を治せるかもしれない可能性について触れられている。素晴らしいじゃないか、と思うだろう。
しかし本書は、明確な結論を出している本ではない。「世界中にはこんな事例が存在する」と羅列した事例集と捉えるべき本だ。確かに、実験の裏付けがあるデータも存在する。しかし本書の著者も、「人間に対して効果があるという決定的な証拠はない」という立場を明確にしている。
この作品では、「寄生虫を体内に取り入れることで様々な疾患が解消される可能性がある」とし、実際にアンダーグラウンドの世界で行われている寄生虫の売買などにも触れている。しかし著者は決して、それを推奨しているわけではない。
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本職の科学者たちとしては、なかなか結果の見えない実験を続けるしかない。寄生虫治療が本当に効くかどうか知るためには、そうするしかない。行政当局としては、危険かもしれない未証明の薬の販売を禁止するしかない。そうしなければ、社会が混乱してしまう。そして、治療法の分からない病気に苦しむ人たちとしては、助けを求めるしかない。たとえそれが、問題のある業者から手に入れた寄生虫であっても。三者とも、まっとうに自分の利益を追究しているのだが、そうすることで否応なく軋轢が生まれてしまう
本書を読む限り、病気の種類にもよるが、自己免疫疾患は相当辛いようだ(私はどれも経験がないので実感はできない)。なんとかその苦痛から逃れたくて、可能性があることはなんでもやってみたいと感じる人も中にはいるだろう。だから、アンダーグラウンドな世界で寄生虫を買って体内に入れてみる。上手くいくこともある。でも、全然上手くいかないこともある。まだメカニズムはきちんと判明していない。
本書は、あくまでも可能性を示唆するものだ。書かれていることをそのまま実行すべきではない、という忠告を、先に書いておく。
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本書『寄生虫なき病』で解き明かそうとする疑問の数々
まず、本書の中でどのような問題提起がなされるのかについて触れておこう。
- なぜ自己免疫性疾患やアトピーなどの病気は、発展途上国ではほとんど見られず、先進国で急増しているのか?
- 抗生物質を使いはじめるようになってから免疫関連疾患が増大したのは何故か?
- 世界の人口の1/3の人間が未だに寄生虫に感染しているのに、症状が出ることはほとんどない。寄生虫は一体人間の体内で何をしているのか?
- これまでもアメリカ人はコーラや肉を摂取してきたのに、肥満が最近になって問題になってきたのは何故か?
- 花粉症にかかる人間はなぜ、先進国の富裕層の人間からだったのか?
- 人類がアフリカで誕生して以来、結核菌は常に人類と共に存在していたのに、何故19世紀に突如結核が大流行したのか?
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本書ではこれらすべてに対して、同じ原因によるものと考えている。それが、
人類が、寄生虫や腸内微生物を失ったこと
である。これを示す様々なデータが本書に載っている。一部を抜き出してみよう。
二十一世紀初頭の現在、このような数字は他の先進諸国にも当てはまる。しかし、免疫関連疾患はいつの時代にも流行していたわけではない。免疫関連疾患の症例は十九世紀末からわずかに見られるものの、アレルギー疾患や喘息の流行が始まったのは一九六〇年代のことである。その後、この流れは一九八〇年代に加速し、二〇〇〇年代前半までにピークに達して以来そのままの状態が続いている。先進国の喘息・アレルギー患者数は、(統計や国によってまちまちではあるが)この四十年間に二~三倍に増加している
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気がかりなのは、七十年前にカナーが初めて症例を報告して以来、自閉症の症例が急激に増加していることである。一九七〇年代には、自閉症と診断される子どもは一万人に三人だった。二〇〇〇年代初めまでに、その割合は百五十人に一人になった。そして二〇〇九年前半現在、その数字は再び改められ、八十八人に一人となった。
医者や科学者は、自己免疫疾患やアレルギーの有病率が、「異常事態」と呼べるほどに上昇している、と感じているそうだ。
そして、自己免疫疾患やアレルギーの患者の増加は、感染症の減少と関係していることが分かっている。つまり、感染症が減れば減るほど、自己免疫疾患・アレルギーが増える、ということだ。
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清潔な環境を整えたことにより免疫関連疾患が増えたとする「衛生仮説」
人類は、ほんの少し前まで、酷く不衛生な環境で生活をしていた。本書には、19世紀のロンドンについて、「常に、自らの排泄物に浸かっていた」という表現が載っている。下水道などがまともに整備されていなかった頃は、大都市でも道端に汚物が積み上がっているのが当たり前だったというから、なかなか想像を絶する環境だ。
人類が公衆衛生に目覚めたきっかけがある。それが、1817年から世界中で大流行となったコレラだ。徐々に感染症の原因が明らかになっていくことで公衆衛生の重要さを理解し、人類は「寄生虫」の撲滅に努めるようになる。そうして、世界的に衛生的な環境が整えられるようになったのだ。
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しかし、寄生虫の撲滅に伴って、少しずつ免疫疾患が増え始める。本書を読んで初めて知ったことだが、「花粉症」は当初「先進国病」と呼ばれていたという。なぜか先進国の富裕層ばかりが発症するからだ。
そして徐々に、人体が寄生虫を失ったせいで、免疫に異常が起こっているのではないか、と理解されるようになっていく。このことは、先住民族の研究からも示唆される。
文明社会との接触がないアマゾン先住民にアレルギー疾患や他の現代病が見られないことは、他の研究者らによる調査からも明らかになっている。アマゾン先住民にはこうした病気に対する免疫が遺伝的に備わっているのだろうか。その可能性は否定できないが、おそらくそうではないだろう。これと同様の現象は、ヨーロッパやアフリカやアジアでも繰り返し観察されてきた。それは、不潔な環境で生活している人たちのほうがアレルギー疾患や自己免疫性疾患のリスクが低いという現象である。
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人類は、長きに渡る感染症との闘いに終止符を打とうと、公衆衛生に力を入れ、寄生虫の撲滅を目指している。今まだあるのか知らないが、私が子どもの頃は学校で「ぎょう虫検査」というのが行われていた。腸内に寄生虫がいないか確かめる検査だったと思う。恐らく先進国はどこでもそうだっただろうが、公衆衛生を高めることはある種の国家プロジェクト的なものだったはずだ。
そしてそれによって我々は、
人体からある種の微生物と寄生虫がいなくなるという、おそらくは人類進化史上初の出来事が起きたのである。人体がそれまでと同じやり方で機能することが不可能になってしまったのだ。
という状態に直面することとなった。
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なぜ寄生虫がいなくなると免疫に異常が発生すると考えられているのか。本書では非常にシンプルに説明される。
つまり、我々の免疫系は、まさに寄生生物という問題を処理するために発達したのである。寄生生物こそが、人類が発達した環境のおもな特徴だったのである
この説明は、非常に納得感があるだろう。例えば、これを「城」でたとえてみよう。
日本の各地にある「城」は、戦国時代の戦闘の際に有利に働くように計算されて設計が行われているだろう。しかしそれは、弓矢や刀での戦闘を想定したものだ。既に現代の戦闘は、銃やミサイルへと変化している。「城」は弓矢や刀での戦闘という問題を処理するために発達したが、そのような先頭スタイルはもう無くなってしまったので、「城」は現在、本来の機能を果たすことができない。
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人間の免疫系も同じということだ。人体の免疫は、長らく不衛生な環境で生きてきた人間を寄生虫から守るために発達を遂げた。しかし、免疫が対処すべき「寄生虫という問題」が存在しなくなってしまった。そのせいで、
つまり、外部からの刺激によって免疫系は寛容を学習するということである。外部からの刺激がないと、免疫系は異常を起こしてしまう
という状態になってしまい、そのせいで免疫疾患が増えているのではないか、と指摘されているのだ。
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なるほど、という感じではないだろうか。
人間の免疫系が、寄生虫という刺激を失い、お粗末な教育しか受けずにいることは、寿命にも影響すると考えられているという。
かつて、生まれてきた子どもの死亡率は高かった。それは、寄生虫や微生物への感染によるものが大きかったという。しかし一方で、そのような感染を乗り越えた子どもは長生きする傾向にあったそうだ。寄生虫や微生物という刺激によって免疫系が鍛えられたいうことだ。
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しかし現代は真逆だ。子どもの死亡率は劇的に低くなっている。しかしそれは、寄生虫や感染症からの刺激を失っているためだ。そして、刺激にさらされないことで貧弱なままの免疫系しか持てない代償として、人類は免疫疾患によって長生きできなくなる、と考えられているということだ。
私の親ぐらいの世代は、今と比べれば衛生環境の悪い生活をしていたかもしれない。と考えると、我々ぐらいの世代から、寿命が短くなるのかもしれないと考えることもできる。これは、実際に我々がもっと年を取らなければ検証できない仮説ではあるが、ここまでの説明を読む限りでは、それなりに納得感があるのではないかと思う。
腸内細菌の役割とは?
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当初、免疫疾患に関しては、「なんらかの原因となる物質が存在し、それが体内に入りこむことで異常が発生する」と考えられていた。しかし今では、「体内に存在すべき寄生虫や微生物が取り除かれたことで免疫疾患が引き起こされている」という理解に変わっているという。
そしてこのような理解がなされることによって、腸内細菌の役割に関して新たな見方が出てくることにもなった。
腸内細菌叢にはかなりの可塑性がある。食生活や微生物への暴露、個人の体質や年齢によって、腸内細菌叢は変化する。この可塑性こそ、「そもそもいったいなぜ腸内細菌叢が存在するのか」という問いに対する答えの一つかもしれない。微生物の生態系は、固定的なヒトのゲノムよりも素早く進化・変化することができる。この可変性のおかげで、我々は、自分のゲノムだけに依存するよりも柔軟性(たとえば、より広い範囲のものを食べて消化することができるようになるための)を獲得することができる
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この主張を、もう少し噛み砕いてみよう。
生物は常に、環境の変化にさらされる。そしてそれによって例えば、今まで簡単に手に入っていた食物が食べられなくなり、今までほとんど食べることのなかった食物を口にしなければならなくなるかもしれない。
今まで食べたことのない食物を体内で処理するために、遺伝子の変化が必要な場合もあるだろう。人間の機能は遺伝子で決まっているのだから、環境の変化に対しても遺伝子レベルでの改変が必要になることもあるはずだ。しかし、遺伝子が変わるのには長い時間がかかる。それを悠長に待っていたら、生物は死に絶えてしまうかもしれない。
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だからこそ、外部の変化に瞬時に対応できるように、可変性のある腸内細菌が存在するのではないか、ということだ。腸内の細菌は様々な要因で簡単に変異する。そしてそれは、外的要因の変化にも対応しやすいことを意味している。
免疫系は確かに、寄生生物と闘うために進化したのかもしれない。しかし別の可能性として、寄生生物や微生物を上手く働かせて、人体をより素早く外的な変化に対応できるように進化したのかもしれないのだ。
この観点は非常に興味深いし、「なぜ腸内細菌が存在するのか」という謎を的確に解消しているとも感じる。
そしてだからこそ、我々は、「腸内細菌の多様性」を意識しなければならない。
この多様性は、様々な形で獲得することが可能だ。本書に挙げられている例では、
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子育てにおいては、2番目、3番目の子どもの方が病気にかかりにくいらしいが、これについても、家族が増えることでより微生物との接点が増え、腸内細菌の多様性が確保できるから、という側面があるようだ。
本書の中で、著者が「現時点で確実にお勧めできる唯一のこと」と書いている文章も引用しよう。
現時点で確実にお勧めできる唯一のことは、食生活の改善である。(有用細菌の餌となる)果実や野菜、抗炎症作用のあるオメガ3脂肪酸の摂取を増やし、ジャンクフードや加工食品の摂取を避けるべきである。このような食生活は、害にならない(特に妊娠中は、これは大事なことである)ことは確実だし、多分有益だろう。
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ただし、それに続けてこうも書いている。
しかし、誤解してはいけない。すでに喘息を発症している人が地中海式ダイエットを実行しても、おそらくそれだけで喘息が治ることはないだろう
これは、免疫には様々な機能があるが、病気を治すことより、病気を予防・排除する機能の方がより強いということだろう。だからこそ、病気になるよりも前に、腸内細菌の多様性を確保する必要があるということだ。
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¥2,199 (2022/02/03 23:02時点 | Amazon調べ)
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考えてみれば、過去数万年に渡って、人類は「寄生虫」や「感染症」と向き合ってきたのだ。しかし、短期間で一気に環境が変わってしまった。免疫系が混乱するのも当然だろう。
本書には、日本や韓国へのこんな注意も記されている。
注目すべきは、日本や韓国で寄生虫駆除がおこなわれるようになったのはアメリカよりも数十年遅いということである(日本では第二次世界大戦後、韓国では朝鮮戦争後)。
本書は主に、欧米諸国のデータや実例が紹介されているのだが、それらが数十年遅れで日本でも起こるかもしれない、ということなのだ。アメリカ人の肥満体型を、笑っていられない日がそう遠くないうちにくるのかもしれない。
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サイエンスライターである著者は、「コロンブス到着以前のアメリカはどんな世界だったか?」という問いに触れ、その答えが書かれた本がいつまで経っても出版されないので自分で執筆した。『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』には、アメリカ人も知らない歴史が満載だ
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つい数十年前まで、飛行機は「死の乗り物」だったが、天才気象学者・藤田哲也のお陰で世界の空は安全になった。今では、自動車よりも飛行機の方が死亡事故の少ない乗り物なのだ。『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』から、その激動の研究人生を知る
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一躍その名が知れ渡ることになった「チバニアン」だが、なぜ話題になり、どう重要なのかを知っている人は多くないだろう。「チバニアン」の申請に深く関わった著者の『地磁気逆転と「チバニアン」』から、地球で起こった過去の不可思議な現象の正体を理解する
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