目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:佐々 涼子
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ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「紙」は工業製品ではなく、職人技の集積
- 日本製紙石巻工場の「8マシン」が日本の出版を支えている
- 早くて数年掛かると言われた復旧をたった半年で成し遂げた者たち
自らも被災者であった技術者たちの信じられないほどの奮闘に、心を動かされる
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「本」を読んでいるのに、私たちは「紙」のことを知らないのだと、『紙つなげ』は教えてくれた
「紙」は工業製品ではない
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本書は、東日本大震災の甚大な被害から立ち直った製紙工場の話だ。
しかしいきなりその話に触れる前に、まずは「紙」について理解しておこう。
私たちは、「紙って工場で作ってるんでしょ?」という程度にしか考えていないだろう。私も、工場の機械に材料をセットしボタンを押せば、すべて機械が上手いことやってくれ紙が完成する、そんなイメージでいた。確かに紙は、昔は手作りだったわけで、それはある種の職人技だっただろう。しかし工場で作られることで、それは工業製品になったのだ、と思っていた。
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しかし本書を読んで、まずこの認識が間違っていることを知った。
製紙会社には、紙の作り方を記した門外不出の「レシピ」と言われるものがある。表面の仕上げに使う薬品など、それぞれの紙の仕上げ方は、長年の研究の上に積み上げたものである。それらもまた、知的財産としてそれぞれの工場内で伝えられている。しかし、「レシピ」だけでは完璧に仕上げることができない。最後の微妙な塩加減が料理人の腕にかかっているように、技術者たちの微調整が完璧な紙を作り上げているのである
私が生まれ育った町は製紙工場がたくさんあり、その大きさはなんとなく知っている。あんな大きな工場で作っているものが、実は技術者の微妙なさじ加減によって調整されているとは、正直驚きだった。
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だからこそ技術者は、自分が作った紙が分かるという。日本製紙石巻工場には、「8マシン」と呼ばれる抄紙機があり、そのリーダーである佐藤憲昭は、
「うちのはクセがあるからね。本屋に並んでいても見りゃわかりますよ」と言葉に紙への愛情をのぞかせる
と語っている。一般的な工業製品ではこうはいかないだろう。本書には、「佐藤が遠くへ出張すると、そんな日に限って故障する」というエピソードも載っている。工場内では、「姫がご機嫌を損ねる」と呼んでいるそうだ。眉唾っぽい話ではあるが、こんな話が当たり前のこととして語られるほど、「紙」というのは職人の想いがこもった製品だ、ということだろう。
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出版の「紙」はどこで作られているか?
さて、先程紹介した「8マシン」(8号抄紙機、8号などとも呼ばれる)は、1970年に稼働した古い機械だ。そしてこの「8マシン」こそ、単行本・文庫・コミック用の紙を作り続けてきた機械なのだ。非常に高度な専門性を持つ機械であるが故に、「8マシン」で作る紙は、他の工場では作れないものが多かったという。
また本書には、
現に、日本の出版用紙の約四割を日本製紙が供給してきたのだ
とも書かれている。「8マシン」でしか作れない紙がたくさんあり、それを保有する日本製紙が出版用の紙の4割を供給してきたということは、大雑把に考えて、「8マシン」が日本の出版用の紙の4割を作っている、というような認識でも、あながち間違ってはいないかもしれない。
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そう、出版を支える紙は、「8マシン」がある石巻工場で作られているのだ。そしてここが、東日本大震災で甚大な被害を受けた。
著者は震災直後、懇意にしている編集者からこんな話を聞くことになる。
「今、大変ですよ。社内で紙がないって大騒ぎしてます。石巻に大きな製紙工場があってね。そこが壊滅状態らしいの。うちの雑誌もページを減らさないといけないかも。佐々さんは東北で紙が作られてるって知ってましたか?」
私は首を振った。ライターの私も、ベテラン編集者の彼女も、出版物を印刷するための紙が、どこで作られているのかまったく知らなかったのだ
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本を作る編集者や、本を書く著者でさえ、出版用の紙がどこで作られているのか知らなかったのだ。まあ確かに、それもそうだと思う。何か特別なきっかけでもなければ、「この紙はどこで作られているんだろう?」などと考えることはなかなかないだろう。
東日本大震災がもたらした出版の危機を、「8マシン」のリーダーである佐藤憲昭はこう断言している。
8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です
東日本大震災で壊滅的な被害を被った日本製紙石巻工場は、自らも厳しい状況に置かれた被災者でありながら、「日本の出版」という大きなものを背負って事態に当たっていたのである。
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楽観的に見積もっても、復旧には数年かかるだろう……
被災した工場を見た技術者たちの絶望の声が、本書には多く収録されている。
あれを見て、工場が復興できると思った人は誰もいない
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果たしてこんな工場が生き返ると、誰が思うだろう。池内はこの時、工場の閉鎖を覚悟した。
<これなら、最初から新しく工場を作ったほうが早いんじゃないのか?>
そして、仮に復旧できたとして、早くても数年はかかるだろう。誰もがそう考えた。
しかし、工場長である倉田は、誰もが驚く、信じがたい決断を下す。
ところが次の瞬間、倉田は表情を変えることもなく、課長たちが耳を疑うようなことを言い始めた。
「そこで期限を切る。半年。期限は半年だ」
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東京ドーム23個分という広大な敷地に家屋や車の残骸が大量に流入し、奇跡的に火災こそ起こらなかったものの、何から手をつけたらいいか分からないような状況を目の当たりにして、倉田は「半年」という期限を切ったのだ。
もちろん、誰もが不可能だと思った。できるはずがない、と。しかし、工場長が倉田だったことは僥倖だった。
倉田は大卒のキャリア組で、通常であれば三交代の現場を経験することはない。しかし彼は、体力がありそうだという理由で現場に回されたことがあり、また工場の立て直しの経験もある。だから自身の現場経験から倉田は、どこまでなら可能で、どこからが限界なのか、肌感覚で理解できたのだ。
そんな倉田だからこそ即断できた「半年」だった。
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いったん現場が「やり遂げる」と腹をくくって覚悟を決めれば、どんなに困難であろうと、絶対に乗り越えて仕事を仕上げてくることを知っていた。彼らはいつも想定外の出来事に対応している。マニュアルでは解決できないトラブルへの耐性が備わっていた。そして何より、倉田はどん底に落ちた時の人間の底力を知っている
「8マシンから復旧させる」という決断に込められた想い
さらに倉田は、「8マシン」から手をつけることに決める。「半年」というのは、「半年後に8マシンを稼働させる」という意味なのだ。
そこには、こんな想いがあった。
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日本製紙のDNAは出版用紙にあります。我々には、出版社とともに戦前からやって来たという自負がある。出版社と我々には固い絆がある。ここで立ち上げる順番は、どうしても出版社を中心としたものでなければならなかったのです
極限の状況に置かれながらも、彼らは、日本製紙という会社の、そして自分たちが作ってきた紙のルーツに思いを馳せる。彼らは、なんとしてでも「8マシン」から復旧させる必要があったのだ。
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大きな傷を負った日本製紙は、なおも出版を支えようとした。この決断は、人々の家の本棚に、何年も何十年も所蔵される紙を作っているという誇りから来るものだ。
そして彼らは、彼ら自身でさえ「不可能」だと感じた異次元のスピード復旧を成し遂げた。それはまさに、奇跡と言っていいものだ。
被災者として、生活の現実にも直面しなければならない中、彼ら技術者がいかにこの奇跡を成し遂げたのか。それはぜひ本書を読んでほしい。人間の様々な想いが絡まり合って太くなったからこそ起こった、普通では考えられない復旧物語は、同じ場面で自分なら何ができるだろうと考えさせられてしまうだろう。
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著:佐々 涼子
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日本製紙の東日本大震災による被害は全体で1,000億円となった。その大半が、石巻工場の再建費用だったという。私企業では、東京電力に次ぐ巨費での立て直しである。
私たちは、当たり前のように紙を使う。何か特別な用途の紙ならともかく、普段接している紙の背景など、考えることもないだろう。しかし、特に出版に使われている紙には、日本製紙石巻工場の技術者たちの魂がこもっていることが、本書を読めば分かる。
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