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はじめに
この記事で取り上げる本
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この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 中高生に向けた、「脳や科学への関心を抱かせる」ための作品であり、非常に読みやすい
- 「目で見ているもの」は「脳で見ているもの」の3%程度でしかない
- 「人間に自由意志はあるのか?」を問う衝撃の実験
ともに10年以上前の作品で、内容が古くなっている箇所はあるかもしれないが、本書をきっかけに関心を抱いて、さらに深入りしていけばいい
自己紹介記事
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コメンテーターとしても活躍する著名な脳科学者・池谷裕二による「脳講義」が収録された『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』はとてつもなく面白い
本書『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』の構成について
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この記事では、『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』という、脳科学者・池谷裕二の著作2冊を取り上げる。それぞれ、本の成立過程が若干違うが、共に「中高生向けに行った講演を元にしている」という点は同じだ。
『進化しすぎた脳』は、著者がアメリカ留学中に中高生向けに行った講演がベースになっている。一方『単純な脳、複雑な「私」』は、高校生に向けた講演に加えて、その講演を聞きさらに関心を持った9名に対して行った講義を元にしている。そういうわけで、『進化しすぎた脳』より『単純な脳、複雑な「私」』の方が若干高度といえるかもしれない。
親本の発売は、『進化しすぎた脳』が2004年、『単純な脳、複雑な「私」』が2009年であり、書かれている情報は決して最新の研究が反映されたものではない。もしかしたら、これら2書目に記述されている内容で、新たな研究によって否定されたものもあるかもしれない。しかし、仮にそうだとしても本書はオススメだ。
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何故ならこの2冊は、「興味を抱かせる作品」だからだ。
著者は、自力ではなかなか理解が難しい科学の先端領域を分かりやすく噛み砕いて説明してくれる。そんな研究が行われていることさえ知らない人たちに向けて、新しい関心の扉を開こうとしているのだ。
本書は、講演をベースにしていることもあって話し言葉で綴られており、一般向けの科学書の中でもかなり読みやすいだろうと思う。内容そのものは高度で、ついていくのが難しい記述もあるかもしれないが、著者はできるだけ易しく説明しようとする。本書をきっかけに知らなかった世界への興味を抱けば、そこからさらに自分で関心を深めていけるというわけだ。
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しかし、最初のきっかけさえ掴めなければそれもなかなか難しい。
第一線の研究者が一般向けに本を書いたり講演したりすることを「アウトリーチ活動」と呼ぶ。そして著者はこの「アウトリーチ活動」を通じて、科学に関心を持ち、研究を志す次の世代を生み出そうとしているのだ。
しかしそんな「アウトリーチ活動」を批判する声もあるのだという。
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『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二/講談社)
研究者ならば科学の土俵で社会に貢献すべき。アウトリーチ活動は実のところ社会還元にはなっていない。餅は餅屋。一般書はプロのサイエンスライターに任せるべきだ
『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二/講談社)
科学者は誰もがなれるわけではない。選ばれしエリートである。だからこそ税金から多額の研究費が注ぎ込まれている。個人の趣味に時間を費やすのは無責任な造反である
『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二/講談社)
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これらの批判に対して著者は、
なかには科学者視点に偏った意見もあるように感じられますが、しかし厳密な意味で、私にはこれに反論することができません
『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二/講談社)
と謙虚な姿勢を崩さないが、私はそうは思わない。科学への知識や関心が薄いために極端なデマが広まってしまいがちな世の中だからこそ、それが誰であれ「科学の知見を分かりやすく説明できる人」はその能力を遺憾なく発揮してほしいと思う。著者は、第一線の科学者でありながら「科学の知見を分かりやすく説明できる人」でもあるという非常に貴重な存在なので、これからも是非「アウトリーチ活動」に精を出してほしい。
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それでは以下、私が特に面白いと感じた事柄について羅列していくような形で、この2書目の内容に触れていこうと思う。
「脳の進化」は「身体」と関係がある
「脳」と「知能」の関係性は、なかなか簡単には捉えられない。例えば、「脳の複雑さ」だけで考えれば、「人間の脳」よりも「イルカの脳」の方が上だという。確かにイルカは知能が高いと言われるが、しかしそれは人間を凌駕するほどのものではない。「脳の複雑さ」だけでいえば人間を上回っているイルカは、何故人間よりも高い知能を持っていないのだろうか。
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その理由は「身体の違い」である。イルカは確かに複雑な脳を持っているが、それを最大限に活用するための「身体」がない。「身体」と連動することによって「知能」は強化されるわけで、決して「脳の複雑さ」だけで決まるのではないというわけである。
しかし、そんな人間にしても、脳の力を全然引き出せていないという。著者いわく、「人間の身体」という実に性能の悪い乗り物に、「人間の脳」という高度な器官が乗っている、という状態なのだそうだ。今の「人間の身体」のままであれば、これ以上脳の力を引き出すことは難しい。
例えば、人間の手足が100本あり、超音波を使え、空も飛べるような「身体」であるならば、その「身体」に引きずられるようにして脳の機能をさらに引き出せるだろう、と書かれている。脳というのは決して「身体」に対して高次の存在というわけではなく、お互いがお互いを支配し合う存在なのだ、という視点はなかなか興味深い。
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目と脳の関係も非常に面白い。
人間の目は本来、目の中心に近い部分しかカラーでは見えていないという。目の中の、色を認識する細胞の分布からそう判断できるらしい。目の中心から外れた部分で捉えた光は、本来白黒でしか捉えることが出来ていない。
しかし私たちが見ている視界は、すべてカラーで見えている。これは、「脳が勝手に色を付けているから」だ。目から入った情報を脳が認識し、白黒の部分の情報を補っているというのである。
また、本書で紹介されていた例ではないが、目に関してはこんな話を聞いたことがある。日常会話でも「それは盲点だった」などと使う「盲点」だが、これは実際に目の中に存在する。眼球の光を感じる部分に視神経がくっ付いているのだが、その視神経が接触している部分が「盲点」である。ここでは光を感知できないため、普通であれば、視界の一部に黒い点のような認識できない部分ができるはずなのだ。
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しかしそうはならない。それも、脳が勝手に情報を補っているからだ。
本書によれば、「我々が見ている映像」に関して、「目からの情報」というのは全体の3%程度しか関わっていないそうだ。目から入ってくるその不十分な情報を元に、残りの97%の情報を脳が補正し、「我々が見ている映像」が完成するというわけである。
イメージとしては、100ピースのジグソーパズルのうち、3ピースしか手元にないのに、全体像を理解できてしまう、みたいなことだろう。脳の機能の凄さを実感できる話だ。
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また本書では、「錯視」についても触れられていて、脳が物事をどう捉えているかが理解できる。
「脳」と「言葉」はどう関係しているか?
脳の機能というよりは心理学的な話に近いが、人間は「思い出しやすいものを多いと感じる」らしい。
例えば、「パで始まる単語」と「パで終わる単語」はどちらが多そうかと聞かれたら、「パで始まる単語」の方が多い気がするだろう。それは、すぐにたくさん思い浮かぶからだ。実際にどちらが多いのか、それは分からないが、脳はこのように印象で判断している。
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また、「自分は自主的な人間だと思いますか?」と被験者に質問をする実験の話も出てくる。この実験では、先程の質問だけを提示されるグループと、「過去に自主的に行動した例を6個挙げてください」と聞かれた後で先程の質問を提示されるグループとに分けられている。すると、後者のグループの方が、自分を自主的だと判断する人が多かったという。これも、「自分が自主的だった過去」を直前に思い出したからこそ、脳がその印象に引きずられることで起こるのだ。
しかしこの実験にはまだ続きがある。まったく同じ実験を今度は、「12個挙げてください」と数だけを変えて行うと、今度は「12個挙げてください」と言われたグループで自主的だと判断する人が減るのだという。何故か。それは、「自分が自主的だった過去を12個も思いつけない」からだ。「12個思いつけないということは、自分はそんなに自主的ではないのかもしれない」と脳が判断してしまうのである。
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このような脳の仕組みを理解しておくと様々な場面で役立つのではないかと思うし、恐らくマジシャンはこのようなテクニックを駆使しているのだろうとも感じる。
また本書に載っている、「直感」と「ひらめき」に関する話も興味深い。脳科学が進化したことで、「直感」「ひらめき」が科学として扱えるようになり、面白い実験が色々と行われている。
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その中でも「ブーバキキ効果」と呼ばれるものが非常に面白い。詳しくは以下のリンク先を読んでほしいが、2つの図形が提示され、どちらが「ブーバ」でどちらが「キキ」かを答えるというものだ。
東洋学園大学 人間科学チャンネル
心理テスト “ブーバ・キキ効果” とは?
2つの図形、どちらが「ブーバ」でどちらが「キキ」?特に意味がない名前なのに、なぜかほとんどの人が同じ答えになるんです・・・。
これは、言語・性別・年齢などに関係なく、どんな人に行ってもほぼ同じ結果になることが知られている。「ブーバ」と「キキ」には、言語としての意味は特にないはずなのに、どの国でも同じ結果になるというのが非常に面白いと思う。
「無意識」は行動や感情をどう支配しているか
最も衝撃を受けたのが、「自由意志」に関するある実験だ。実験の種類は様々だが、ここでは「椅子に座って手を動かす」というものを紹介しよう。
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被験者の頭に脳波計をつけ椅子に座ってもらい、テーブルに腕を置く。そして、好きな時に手を動かしてください、と指示される。
この実験で収集できる情報は4つある。
- ①「手を動かそう」と考えた被験者の意思
- ②「手を動かすための準備を行う」という脳の活動
- ③「手を動かせと司令を出す」という脳の活動
- ④「手が動いた」という被験者の認識
ごくごく当たり前に考えれば、これら4つの事柄は、①~④の順番で起こるはずだろう。「手を動かそう」と意識し、それを受けて脳が準備し、実際に司令を出して、手が動く、と。
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しかし、実験を行ってみると違う結果が出たという。どのような順番だったのか書くと、
- ②「手を動かすための準備を行う」という脳の活動
- ①「手を動かそう」と考えた被験者の意思
- ④「手が動いた」という被験者の認識
- ③「手を動かせと司令を出す」という脳の活動
となる。
意味がわかるだろうか? つまり私たちが「手を動かす」という行為を行う際には、「手を動かそう」と意識する以前に脳がまず手を動かすための準備を行い、それから「手を動かそう」という意識が生まれる。そして「手が動いた」と認識した後で脳が「手を動かせ」と司令を出す、というわけである。
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そんなバカな、と思うだろう。しかし、実験の結果はこうなっているから受け入れるしかない。ここから、「人間に自由意志など存在するのか」という話が展開される。脳科学的には、「人間に自由意志など存在しない」と結論が出ているそうだ。
また、人間の好みにも、脳の無意識の働きがかなり影響を与えているという。
例えば本書には、「好きな人に振り向いてほしかったら、相手に何か手伝ってもらえ」と書かれている。脳というのは、行動と感情を一致させようという働きをするらしい。つまり、「誰かの手伝いをする」という行動によって、「好きでもない相手の手伝いをするはずがない」という思考が生まれ、それによって「私は相手のことが好きなんだ」という感情に繋がっていくのだそうだ。
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また、「ヘッドフォンの使用感を評価する」という実験例も紹介されている。集まった被験者にヘッドフォンの評価についてアンケートを書いてもらう。そして後日改めて同じ被験者に集まってもらい、今度は2本のペンの評価をしてもらうのだ。
実はこの2本のペンの内1本は、ヘッドフォンの使用感を評価するアンケートを書く際に使ったものであり、もう1本は被験者が初めて触るペンだ。そして全体の傾向として、ヘッドフォンの使用感についてポジティブな評価をした人は、その時に使っていたペンも好きになるという。
このように人間の行動や感情は、自分がまったく意識することができない「無意識」の領域で決まってしまうことも多いのである。
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人間の記憶の曖昧さ
人間の記憶もなかなか面白い。
例えば、「サングラスにマスクをし、帽子を被った芸能人」であっても、街で見かければ分かる人にはすぐ分かる。しかし考えてみればこれは不思議なことだ。私たちは、その芸能人が「サングラス・マスク・帽子」をしている姿を一度も見たことがなくても、そうと気づけるのだから。どうしてそんなことが可能なのだろうか。
これは「汎化」と呼ばれる、脳が物事を抽象的に捉える性質を持つがゆえに起こる。人物を写真のように完璧に記憶してしまうと、変装時の姿は見抜けない。芸能人の変装を見抜けないぐらいどうってことはないが、物事を正確に覚えてしまうことで生活に支障が出るケースは様々に存在するだろう。だからこそ人間の記憶は曖昧になっているというわけだ。
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また、「変化盲」と呼ばれる、記憶の別の側面についても触れられている。こんな実験だ。
実験者(実はマジシャンだがそのことは被験者には伏せられている)が2枚の異性の写真を被験者に見せる。その2枚からどちらが好みかを選んでもらった後、実験者は伏せた状態で被験者が選んだ写真を渡す。しかし実際は、実験者(マジシャン)が写真をすり替えており、被験者の手元には、被験者が選ばなかった、好みではない方の女性の写真が渡る、という仕掛けだ。
この実験で、「写真がすり替えられたこと」に気づく人は少ないらしい。自分が「好みの異性」として選んだのと別の写真を手にしているのに違和感を覚えないのだ。また、「どうしてその人が好みなんですか?」と聞くと、例えば「金髪だから」などと答えるのだが、当初被験者が選んだ女性は金髪ではなかったりするのだという。
人間の記憶がいかに曖昧で適当なのかを実感させられる実験だ。
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非常に興味深い話が満載で、話し言葉で書かれていることもあって読みやすいだろう。日常生活に活かせそうな話題も随所に登場するので、雑学を仕入れようぐらいの気持ちで読んでみるのもいいと思う。
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広大な本の世界を狩人のように渉猟し、お気に入りの本を異常なまでに偏愛する者たちを描き出す映画『ブックセラーズ』。実在の稀少本コレクターたちが、本への愛を語り、新たな価値を見出し、次世代を教育し、インターネットの脅威にどう立ち向かっているのかを知る
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タコなどの頭足類は、無脊椎動物で唯一「脳」を進化させた。まったく違う進化を辿りながら「タコに心を感じる」という著者は、「タコは地球外生命体に最も近い存在」と書く。『タコの心身問題』から、腕にも脳があるタコの進化の歴史と、「意識のあり方」を知る。
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「優しいかどうか」が重要な要素として語られる場面が多いと感じるが、私は「優しさ」そのものにはさしたる意味はないと考えている。映画『心の傷を癒すということ 劇場版』から、「献身」と「優しさ」の違いと、誰かに寄り添うために必要な「弱さ」を理解する
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【驚嘆】人類はいかにして言語を獲得したか?この未解明の謎に真正面から挑む異色小説:『Ank: a mirror…
小説家の想像力は無限だ。まさか、「人類はいかに言語を獲得したか?」という仮説を小説で読めるとは。『Ank: a mirroring ape』をベースに、コミュニケーションに拠らない言語獲得の過程と、「ヒト」が「ホモ・サピエンス」しか存在しない理由を知る
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