目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:ジェニファー・ダウドナ, 著:サミュエル・スターンバーグ, 著:須田 桃子・解説, 翻訳:櫻井 祐子
¥1,000 (2022/01/29 21:45時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「CRISPR-Cas9」の登場で、数年掛かっていた作業が高校生でも数日で行えるようになった
- 「CRISPR-Cas9」は世の中を大きく変えうるので、我々一般人も無関心ではいられない
- 「細胞内のRNA」という地味な研究をしていた著者は、なぜ革命的な手法の開発者となったのか?
自ら生み出すことになった技術への責任を果たす姿と、成果を出すための心構えが素敵です
自己紹介記事
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「CRISPR-Cas9」という革命的な技術は、いかにして生み出されたのか?開発者本人が著す『CRISPR(クリスパー)』からその歴史を知る
「CRISPR-Cas9」という遺伝子編集技術は、我々の生活とどう関係してくるのか?
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本書は、ノーベル化学賞を受賞した著者による、「CRISPR-Cas9」という遺伝子編集技術の開発物語である。
しかし、ただそれだけの内容なら、「自分には関係ない」と思われてしまうだろう。そこで本題に入る前にまず、この「CRISPR-Cas9」という技術が、一体どのように我々の生活と関係するのかについて書こう。
「CRISPR-Cas9」は、「遺伝子編集」という行為を恐ろしく簡易にした革命的な手法だ。その簡便さについて本書にはこんな文章がある。
このようなCRISPRの特性のおかげで、今日では基礎的な科学の知識しかもたない科学者の卵でさえ、ほんの数年前には考えられなかった離れ業ができる。「先進的な生物学研究所で数年かかったことが、今では高校生が数日間でできる」とは、この若い分野で古い格言のようになった言葉だ
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こう聞くだけで、なかなか衝撃的な技術だということが理解できるだろうと思う。
そしてこの技術は、我々に「大いなる危険」と「大いなる恩恵」をもたらす。
まずは危険について書いていこう。
アメリカの諜報コミュニティは毎年、「世界の脅威に関する評価報告書(WTA)」を上院軍事委員会に提出している。そしてその報告書の中で、「CRISPR-Cas9」を含む「遺伝子編集技術」を、
国家ぐるみで開発され、アメリカに大きな脅威を与える恐れのある「第六の大量破壊兵器」
と評価している。他に挙げられているのは、「ロシアの巡航ミサイル」「シリアとイラクの科学兵器」などであり、それらと同列に記述されるほどの「脅威」と考えられているというわけだ。
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確かにその懸念はもっともだと言える。高校生でも簡単に遺伝子編集が出来てしまう「CRISPR-Cas9」を使えば、生物化学兵器など簡単に作り出せてしまうからだ(作り出した生物化学兵器の管理の問題などもあるので、現実的には簡単ではないと思うが、理論的には誰でも作れてしまうという意味)。
このような懸念があるからこそ、著者は「CRISPR-Cas9」を“生み出してしまった”者の責務として、「遺伝子編集技術が危険なものだと一般社会に誤解されぬよう、そして、実際に危険な使われ方がなされないよう」に、科学者としての領分を越えてシンポジウムなどを開いている。
本書はそのような、「使命」の物語でもある。
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では一方の恩恵の話をしよう。
「遺伝子」に関しては、研究が進んでいる分野も多々ある。例えば「単一遺伝子疾患」と呼ばれる病気もその1つだ。7000以上知られているこれらの病気は、たった一つの遺伝子の異常によって引き起こされることが分かっている。
これらは、「CRISPR-Cas9」で該当する遺伝子を書き換えてしまえば治すことができる。それまでの遺伝子編集技術では不可能だった、「1つの遺伝子を正確に操作すること」が「CRISPR-Cas9」では容易に行えるので、このような治療法の実現が期待されるようになったのだ。
ただし本書執筆時点では、緊急避難的に使われたケースを除き、実際に人間に使われたことはないようである。臨床試験をクリアするのはまだ先だと著者は考えているようだが、病気の根本的な治療法を提示することは間違いないだろう。
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また単一遺伝子疾患ではないが、遺伝子が関係する領域が分かっているものもある。「DEC2遺伝子」は睡眠時間の短さと、「ABCC11遺伝子」は腋臭と、「APOE遺伝子」はアルツハイマー病と、「IFIH1遺伝子」と「SLC30A8遺伝子」は糖尿病と関係していることが判明している。単一遺伝子疾患のように遺伝子の書き換えだけで劇的な変化がもたらされるのかは分からないが、「CRISPR-Cas9」を使った研究が進めば、さらに深い知見が得られることになるだろう。
また、もう少し間接的な形ではあるが、人間に多大な恩恵をもたらす可能性もある。がん治療のための研究だ。
がん研究に限らないが、科学研究においてはラットやマウスが使われる。これまでは、「研究に必要な変異」を起こさせるために、何世代も繰り返し交配を行い、実験に使えるモデルラットを作り上げていた。しかし「CRISPR-Cas9」を使うことでその期間を圧倒的に短縮することができるというのだ。
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このようにこの技術は、我々の生活を大きく変える可能性を秘めた凄まじい発明なのである。
とはいえ著者は、「遺伝子編集技術を生み出そう」と考えて研究を行っていたわけではない。結果として「CRISPR-Cas9」という革命的な手法を完成させてしまったにすぎないのだ。そんな著者は、「CRISPR-Cas9」についての複雑な葛藤を、本書の随所で明かしている。その一つを抜き出して、「CRISPR-Cas9」の発見物語に話を移していこうと思う。
遺伝子編集が世界に圧倒的にポジティブな影響を多くもたらすことは否定しようがない。人間の遺伝的性質の解明が進み、持続可能性の高い食料生産や、深刻な遺伝性疾患の治癒が実現するだろう。それでも私はCRISPRの使われ方に危惧を抱くようになっていった。私たちの発見によって、遺伝子編集は簡単になりすぎたのだろうか?
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「CRISPR-Cas9」の凄まじさ
「CRISPR-Cas9」の登場以前にも、「ZFN」や「TALEN」と呼ばれる遺伝子編集技術は存在していた。それらと比べて「CRISPR-Cas9」の何が凄いかと言えば、「低コスト」と「使いやすさ」だ。高校生でも可能なほど扱いやすいだけではなく、費用もグッと抑えることができるのである。素晴らしい。
その凄さは、「CRISPR-Cas9」が発表された直後からいかんなく発揮された。「CRISPR-Cas9」は著者らが2012年に共同開発したものだが、早くも2013年には中国の研究チームが、28億個存在するマウスの塩基配列の内たった1つだけを書き換える遺伝子治療を成功させたと発表したのだ。
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「ZFN」や「TALEN」でも、“理論上”は同じ操作ができる。しかし技術的な困難度は圧倒的に異なり、現実的には不可能だと考えられていた。しかし「CRISPR-Cas9」ならそれをあっさり成し遂げられるのだ。
著者はこんな風に書いている。
ゲノム(※全遺伝子を含むDNAの総称)を、まるでワープロで文章を編集するように、簡単に書き換えられるのだ
「CRISPR-Cas9」の登場によって、生物学研究はこれまでとはまったく違う領域に踏み込んだと言っていいだろう。
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「CRISPR-Cas9」以前の遺伝子編集技術開発の流れ
それではまず、「CRISPR-Cas9」以前の状況がどうだったのか見ていこう。
元々は、遺伝子”編集”を行える技術などなく、「ウイルスに特定の遺伝子を運んでもらう」というやり方しかできなかった。遺伝子治療の現場でも使われていた手法だが、遺伝子の運び屋(ベクター)であるウイルスの大量投与による死亡事例が起こるなど安全性に懸念があった。またそもそも、「遺伝子が欠落している箇所を補う」という使い方に限定されるなど、難点も多かった。
その後、ウイルスベクターに運ばせるのではなく、細胞に直接DNAを注入するやり方がとられるようになる。そうすると何故か細胞が勝手にDNAを取り込んでくれるのだが、そのメカニズムについてはよく分かっていなかった。
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しかし徐々にそのプロセスが理解されるようになっていく。これは、「細胞にDNAを注入することで、細胞はそれを自らの染色体の一部だと思い込み、ゲノム内の相同な遺伝子と結合する」というメカニズムであり、「相同組み換え」と呼ばれている。
ここから、遺伝子”編集”という発想が生まれることになるのだ。
この「相同組み換え」をさらに研究することによって、科学者は「二本鎖切断」というモデルを思いついた。
DNAは、切り離された末端部で「結合」が特に発生しやすい。ということは、ある箇所が切断された状態で、元々そこにあったのと性質が似ているDNAが近くにあれば取り込まれるのではないだろうか。つまり、「自然にDNAが損傷した」と細胞に思い込ませることで、望んだDNAを細胞内部に結合させる、というのが「二本鎖切断モデル」である。
このモデルに基づいて行われた実験は成功し、「二本鎖切断モデル」の正しさが示された。
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ここまでくれば、「遺伝子編集」のために必要な要素はあと1つだけだ。それは、「研究者が望んだ箇所で正確に細胞を切断する方法」である。この技術さえ完成させれば、自由に遺伝子を編集できるというわけだ。そして「切断の方法」の異なる「ZFN」や「TALEN」などの遺伝子編集技術が誕生することになった。
さて、ここまでの流れに、著者らは一切関係していない。先程も少し触れたが、そもそも彼女たちは、「遺伝子編集技術を開発するための研究」をしていたわけではない。「まったく別の研究をしていたら、思いがけず『正確な場所で遺伝子を切断する方法』を発見してしまった」のである。そして、彼女たちが発見したその「切断の方法」を組み込んだ遺伝子編集技術こそが「CRISPR-Cas9」というわけである。
こういうことが起こるから、科学というのは面白い。彼女は、自身の研究者人生をこんな風に語っている。
バークレーで眠りに落ち、目覚めたら火星にいた、というほどの大激変である
「CRISPR-Cas9」は生物学の研究を一変させるほどの衝撃をもたらしたわけだが、彼女が元々研究していたのは、「細胞内のRNA」というかなり地味なテーマである。世間から突然注目されることになり、戸惑っている様が伝わる言葉と言えよう。
著者が「クリスパー」と出会ったきっかけ
さてここで、ややこしくなる前に用語の整理をしておこう。
この記事では、遺伝子編集技術の名前を「CRISPR-Cas9」と表記している。読み方は「クリスパーキャスナイン」である。一方、ここから「クリスパー」というカタカナ表記も登場する。これは、「細菌(バクテリア)が持つDNAのある領域」に付けられた名前だ(この「クリスパー」、最初に発見したのは日本の石野良純博士らだと本書の解説で触れられている)。そしてこの「クリスパー」の研究が「CRISPR-Cas9」に繋がっていくわけである。
著者はジリアンという女性科学者から「クリスパー」という名前を聞く。ジリアンが今まさに研究している対象だというのだが、著者は「クリスパー」なるものを聞いたことがなかった。
「クリスパー」というのは、短い回文のような繰り返し構造を持つ奇妙なDNA領域のことである。著者が「クリスパー」について聞いた当初は、「クリスパー」について分かっていることはほとんどなかったのだが、自身の研究領域と関係するかもしれないという先行研究があり、関心を抱く。
「クリスパー」はすべての原核生物に最も広く見られ、当時はまだ仮説に過ぎなかったが、ウイルスと戦うために進化した免疫機構かもしれないと示唆する研究があった。そしてその免疫機構が、RNAと関係するかもしれない可能性があると知り、彼女はすぐにジリアンとの共同研究を決断する。
偉大な研究には偶然や面白い話がつきものだが、この時にもこんな出来事があったという。当時著者は自身の研究室を率いており、仕事に忙殺されていた。ジリアンと共同研究するにしても、人手が足りない。そんな時、研究室の博士研究員に採用面接にやってきた人物がいる。面接で「何を研究したいか」と聞くと、その人物から「クリスパーって知ってますか?」と質問が返ってきたのだ。
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ちょうど人手不足のタイミングに合わせるように、著者でさえ初めて聞いたようなマイナーな分野に関心を持っている人物がひょっこりとやってきた。まさに鴨が葱を背負って来るようなものだろう。もちろん、即採用である。このブレイクという博士研究員を中心に、クリスパーの研究が進んでいく。
次第に分かってきたことは、クリスパーが「分子の予防接種手帳のような役割」を果たしているということだ。細菌はクリスパーに、自分が過去にどんなウイルス(バクテリオファージ)に感染したのかを記憶しておく。そして再び何かに感染した場合、過去に感染したことがあるバクテリオファージかどうかを照合し、その情報を元に免疫機構を働かせる。このような仕組みだと分かってきた。
このようにして著者は、「クリスパー」という研究対象と出会い、遺伝子編集技術のことなど一切考えることなく、非常にマイナーな研究に精を出していたのである。
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「クリスパー」の近くには必ず「cas遺伝子」が存在する
さらに研究を続けることで、「クリスパー」の近くに必ず特定の遺伝子があると分かり、「cas遺伝子」と呼ばれるようになった。cas遺伝子を構成するcasタンパク質の中には、多種多様なcas酵素が存在する。それらにも研究の手を広げていくのだが、当初調べていたのは、cas酵素の中でもⅠ型システムと呼ばれるものだった。Ⅱ型システムという別のcas酵素の存在も把握していたが、そちらは後回しになっていたのだ。
さて、ここで著者は再び運命の出会いを果たす。エマニュエルという女性科学者である。なんとエマニュエルは、著者が研究対象にしていなかったⅡ型システムを研究しているというのだ。さらにその中でも、csn1遺伝子(後に「cas9遺伝子」と呼ばれるようになる)がウイルスを切断する仕組みを研究中だという。
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エマニュエルの話に興味を抱いた著者は、彼女と共同研究を行うことに決める(著者とエマニュエルが、後にノーベル化学賞を共同受賞する)。そしてその研究によって、cas9酵素がある特定の配列でDNAを切断することが判明したのだ。
さて、ここまでくればもう一歩だ。あと1つ疑問を解消すれば「CRISPR-Cas9」の誕生だ。
その疑問とは、「cas9はどんなDNA配列でも切断できるようにプログラムすることが可能だろうか?」である。そして研究の結果、cas9は指定した正確な位置でDNAを切断することが分かった。こうして「CRISPR-Cas9」という、究極の遺伝子編集技術が誕生することになったのだ。
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「CRISPR-Cas9」を生み出してしまった責任を全うする
このように、期せずして革新的な手法を生み出してしまった著者だが、彼女は、自らが生み出した技術の危険性も認識していた。
彼女はもちろん、技術そのものが危険だとも考えていた。前述したように、アメリカの諜報機関も懸念を示しているし、独裁国家が「CRISPR-Cas9」を使って生物兵器を生み出す可能性だってある。
しかし、「技術の悪用」と同じくらい著者が恐れたのが、「科学者ではない者からのいわれなき誤解」である。
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本書の中で著者は、「GMO(遺伝子組み換え)食品」について触れている。著者は「GMO食品」を安全だと考えているのだが、
根拠の薄い声高な非難や、世間の厳しい目、執拗な抗議にさらされて
常に一定の批判が存在する現状を嘆いている。
ちょっと本書の内容からズレるが、「GMO食品」についての私の意見も書いておく。私は、「GMO食品」を開発・販売するモンサント社に関するドキュメンタリー映画を見たことがある。それを観て、「ラウンドアップ耐性作物」には問題アリと感じたが、「GMO食品」には問題ないと考えていた。
しかし、別のドキュメンタリー映画を観て、「GMO食品」を生み出す過程で「抗生物質耐性遺伝子」が使われているということを知り、少し考えを改めた。本書の著者のようには、「GMO食品は安全」と言い切れない、というのが私の今の立場だ。
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さて話を戻そう。「GMO食品」に限らず、コロナウイルスのワクチンに関するデマを信じる者がいるなど、科学者ではない者からの「科学技術への不信」によって、問題のない技術の研究が難しくなったり、科学技術の進展が止まってしまう可能性は常に存在する。
さて、組み換えDNA技術が誕生した頃(「CRISPR-Cas9」が生まれるずっと前)、そんな危惧を抱いた科学者が自ら立ち上がり「アロシマⅠ」という会議を開いた。そしてそこで、
規制当局や政府の制裁措置がないなか、科学者が特定の種類の実験を自粛
するという決定をしたのだ。きちんと技術に対する啓蒙活動を行いながら、一般社会と協調して研究を進めていく姿勢を科学者がきちんと打ち出すようになっていったのである。
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著者はこの「アロシマⅠ」という会議を参考に、「CRISPR-Cas9」に関しても同様の会議やシンポジウムを開き、啓蒙活動に努めている。著者は、
実験室で作業をしたり新しい実験を進めたりする方がずっと好きだった
と書いているのだが、自分が生み出した技術によって世界が悪夢を見ることになるのも寝覚めが悪い。重い腰を上げざるを得ないと決断したのだ。
著者が「CRISPR-Cas9」の安易な使用に懸念を示すのには、こんな理由もある。それは、「変化が不可逆だ」ということだ。
「CRISPR-Cas9」による遺伝子改変は、生物の体内で日常的に行われている遺伝子のランダムな変化となんら変わりはない。つまり、「CRISPR-Cas9」によって行われた遺伝子改変は、世代を超えて受け継がれるということだ。この点が、これまでの遺伝子編集技術とまったく違うのである。
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「CRISPR-Cas9」を使えば、生まれる前の赤ちゃんに遺伝子操作を行うことも可能だろう。しかしその改変は、自分の子どもだけではなく、その後も受け継がれてしまうのである。また著者は、「お金がある人ほど遺伝子操作ができる世の中になれば、社会経済的階層だけではなく、遺伝的階層という新たなヒエラルキーが生まれる可能性もある」とも危惧している。
あまりにも簡易な技術が生み出されたからこそ、我々は一層慎重にならなければならないのだ。
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最後に
さて最後に、著者の研究に対するスタンスについて触れて終わりにしよう。
読者のみなさんにこの本から学んでほしいことを一つだけ挙げるとすれば、それは私たち人間が目的を定めない(オープンエンドな)科学的研究を通して、身の回りの世界を探究し続けなくてはならないということだ
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この記事でも何度も触れたが、著者は「遺伝子編集技術を開発するための研究」を行っていたのではない。遺伝子編集とは程遠い研究から、期せずして生み出されたのが「CRISPR-Cas9」なのだ。
恐らく、「究極の遺伝子編集技術を生み出す」という目的の研究からでは、「CRISPR-Cas9」は生まれなかっただろう。つまり、「それがなんの役に立つのか分からない研究も、もの凄い役に立つ可能性を常に秘めている」と言える。
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CRISPRの物語は、画期的発見が思いもよらない場所から生まれることを、そして自然を理解したいという強い思いに導かれるまま歩むことの大切さを教えてくれる
彼女が語る研究者としての心得は、研究者ではない者が何かに向かって前進していく時にも意識されるべきものだと思う。
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