目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:大川慎太郎
¥704 (2021/07/02 06:22時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「ミスをする」「恐怖を感じる」から、人間同士の対局は面白い
- 答えだけ理解しても、プロセスが分からなければ学べない
- 将棋AIが、長い歴史を持つ将棋界の常識を変えていく
将棋連盟に所属しながら、個人事業主でもある棋士たちの忌憚のない意見は非常に面白いです
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『不屈の棋士』が描き出す「AIは将棋をいかに変えたのか」
本書は、「将棋とAI」をテーマに現役棋士に行ったインタビューをまとめた作品だ。羽生善治・渡辺明などのトッププレイヤーもいれば、AIに負けた棋士、コンピュータ将棋への造詣が深い者など、様々な立場の棋士が、それぞれの観点から「将棋とAI」について語っていく。
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本書は2016年発売であり、インタビューが行われたのはそれより前だ。そしてその時点で、将棋AIの強さはプロ棋士並か超えている、というのが、現役棋士たちの感触のようである。
ソフトと戦っても勝てない、と予想しています(勝又清和)
仲のいい棋士には、解説が終わった後に、「あれは人間が勝てるレベルじゃないよ」という話をしました(西尾明)
登場する11人の棋士全員が同じ見解ではないにせよ、様々な意味で無視できない存在になっている、という雰囲気は、インタビューの端々から感じ取れる。
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しかし、本書を読んでの感想は、「『将棋AIがプロ棋士より強いかどうか』は本質的な問題ではない」ということだ。
この点について、喩えで明快に指摘している者がいる。
たとえば詰将棋に関しては昔からコンピュータの方が解答が速いって知ってるけど、コンピュータの計算競争なんて誰も見ないでしょう。それと同じ。人間が暗算の競争をやるから見るんですよ。どっちが先にミスるんだ、っていう(渡辺明)
車がいくら早くても、人間が100メートル走で10秒を切ったらすごいでしょう。それと同じように、「人間の頭脳でここまで指せるんだ」と見守っていただきたいです(勝又清和)
これは、将棋は好きだけれどそこまで詳しくない私にとって、なるほどと感じさせる指摘だった。
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私には、プロ棋士というのは「凄すぎる存在」でしかない。だから、そんな人たちが「ミスをする」という発想が少し抜けていた。いや、もちろん、人間だからミスをすることは知っている。将棋の本を様々に読んだことで、「二歩」や「待った」など、普通の精神状態ならありえないようなミスをして負けてしまった棋士の話も知っている。
しかしそれでも、棋士自らが「ミスするかどうがポイントだ」と発言するのを聞かなければ、「AIはミスをしないからつまらない」という視点を忘れてしまうのだ、と感じた。
人間の勝負とはまったく別物ですから。トップ棋士同士とはいえ、やはり人間の将棋はミスありきなんです(渡辺明)
人間にしか指せない将棋とかそういうことではなく、人同士がやるからゲームとして楽しめるんです(渡辺明)
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また、「ミスするかどうか」と同じ土俵の問題だろうが、「怖さ」に関するこんな指摘もあった。
人の頭なら相当わからない難解で長手数の詰みでも、ソフトはわかっている。この変化は詰むか詰まないかがわからないから踏み込めない、という話がソフトにはないわけでしょう。つまり人間が持つ「怖さ」という感覚が存在しない。それはちょっと違いますよね。強いんだろうけど、別物というか(渡辺明)
将棋というのは人間同士の勝負で、お互いに答えを知らない中でやるものじゃないですか。怖さはあるけど、それに打ち勝つことも大事なわけです。ファンにもそこを楽しんでもらっている部分があると思う。(山崎隆之)
後者の山崎隆之の発言などはまさに、「見る側」の視点に立ったものだと言える。確かに、そこに「怖さ」を感じている者同士が向き合うからこそ鑑賞に耐えうる勝負になる。一方が「恐怖」を感じていないとすれば、もはやそれは「勝負」とさえ言えない、ということになるのかもしれない。
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目に見えるものであれば、私たちは捉え間違わないと思う。例えば、100m走を一方は人間の足で走り、もう一方がバイクに乗って闘ったら、それはおかしいと分かる。剣道において、一方が竹刀でもう一方が真剣だったら、やはりこれもおかしいだろう。見て分かるものについては、私たちはフェアかどうか判断できる。
しかし、「思考」というのは目に見えない。そこに大きな違いがあっても、私たちはその差を「見ること」では判断できない。だからこそ、「人間」と「将棋AI」が同じ土俵で闘うことに、フェアの欠如を感じられないのだろう。
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本書を読んで、まずこの点、つまり「『将棋AIがプロ棋士より強いかどうか』は本質的な問題ではない」ということを、きちんと理解できたと思う。
ソフト研究の先駆者・千田翔太
将棋界の話題を席巻している藤井聡太は、昔から将棋ソフトとの対局をしていたそうだ。超高スペックのパソコンを自作し、将棋ソフトの計算力を最大限に引き上げるなんてこともしているようで、まさにAI将棋の申し子といった存在である。
しかし本書に登場する棋士の中でも、将棋ソフトを練習に取り入れるかどうかに議論がある。
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若手棋士の千田翔太は、本書出版時点で将棋ソフトを最も採り入れていると言われている棋士だ。彼は、
公式戦で勝つよりも、純粋に棋力をつけることを第一としようと。(千田翔太)
とさえ発言しており、そのためのツールとして積極的にソフト研究を採り入れている。しかし、本書の著者は、
現状、千田のソフトに対する姿勢が周囲に理解されているとはいい難い。先駆者の宿命ではあるのだが、苛立ちを感じることもあるだろう。
と書いている。少なくとも、2016年以前の時点では、千田のスタンスは異端として扱われていたようだ。
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古くから将棋の勉強といえば、「棋譜並べ、詰将棋、実戦」だ。藤井聡太も、将棋ソフトを採り入れているとはいえ、詰将棋もめっぽう強い。先人が積み上げてきたやり方を知り、詰将棋で正確な詰めを学び、実践を繰り返す。幾多の棋士がこうして上達してきた。
しかし千田は、
その従来のやり方だと、個人の資質に大きく左右される。うまくいく人は才能がある人(千田翔太)
と指摘している。なるほど、この観点も確かに一理あると感じる。どんな学び方にせよ、向き不向きはある。イチローや羽生結弦の練習のやり方を真似しても、そのやり方が合わない人は出てくるだろうし、だとすれば逆効果でしかない。
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「棋譜並べ」も「詰将棋」も一人で行うものであり、誰かの打ち手に反応するものではない。「実戦」は相手の打ち手に反応するものだが、生身の人間が得意ではないという人もいるだろう。
そういう意味で、将棋ソフトは、個々の適正や性格にあまり拠らずに「相手の打ち手に反応すること」に向き合えると言えるかもしれない。将棋ソフトをこのような観点で捉えれば、それまでのやり方ではプロ棋士にはなれなかった者が台頭するような未来も想像できるだろう。
「答え」よりも「プロセス」の方が大事
将棋ソフトを練習に取り入れるかどうかについては、別の問題点を挙げる棋士もいる。それが、「プロセスが分からない」という指摘だ。
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学ぶことは結局、プロセスが見えないとわからないのです。問題があって、過程があって、答えがある。ただ答えだけ出されても、過程が見えないと本質的な部分はわからない。だからソフトがドンドン強くなって、すごい答えを出す。でもプロセスがわからないと学びようがないという気がするのです(羽生善治)
私は学生時代、よく人に勉強を教えていた。進学校に通っており、私より頭の良い人は当然いたのだが、そういう人間は他人に教える際、途中のプロセスをすっ飛ばす。本当は、「AがBになって、CとDを加えることでEになるから、それをFしてGと組み合わせればHという答えになる」と説明しなければならないのに、「AだからEじゃん、そしたらGと合わせてHになるよ」みたいな説明をしたりする。そして、これでは伝わらない。
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将棋ソフトはもっと酷い。「この盤面の時、次の最適な打ち手は?」という問いに対して答えを出してくれるが、なぜその答えになるのかは一切説明されないのだ。将棋ソフトでは、「評価値」と呼ばれる数字があり、それがプラスなのかマイナスなのか、あるいはどの程度プラス・マイナスなのかによって打ち手の良し悪しを判断するのだが、その判断基準は分からないのである。
だから、こんなことが起こりうる。
ソフトの示した手がプラス評価だとしますよね。「じゃあ優勢なのかな」と思って実戦で採用する。その局面が仮にプラス300点だとして、その後の手順が自分が経験したことのないギリギリの攻め筋なんです。だからその後の指し方がわからないというか、間違えてしまう。コンピュータ的にはいけるのかもしれないけど、針の穴を通すような際どい攻めは自分の技術では導き出せない。だからソフトの評価値を重要視するあまり、自分のスタイルを見失っている部分はあるかもしれません(村山慈明)
これは、ある目的地に向かおうとしている時、「こっちの方が近道だよ」と言われた路地を曲がったら、細かい分岐や抜け道・裏道のオンパレードで、結局正しい道を選べずに目的地にたどり着けないようなものだ。なんとなくイメージできるだろうか。
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ソフトは、どんなギリギリの手でもミスなく打つことができる。しかし人間はそうではない。だから、ソフトが「正解」と示した手を単純にそのまま受け取っても、途中のプロセスが分からずに自滅してしまうのだ。
この指摘は、将棋の世界に留まるものではない、と感じた。これからAIが様々な形で社会に実装されていくだろうが、我々は、AIが示した「正解」に従うだけでは正しい選択を行えないかもしれない。このことは、AIが組み込まれる状況においては常に頭に入れておかなければならないことだろうと感じた。
だからこそ、本書に登場する棋士は、
実力がつかないうちにソフト研究を取り入れるのは本当に怖いと思います(村山慈明)
と注意を促している。
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将棋AIが変えた価値観
しかし、当然だが、良い面の指摘もなされている。
コンピュータのおかげでセオリーや常識にとらわれない指し手が増えてきました。プロ棋士もまだまだ将棋のことをわかっていなかったんだな、ということがわかってきました。こんなことはやっちゃいけない、というタブーもなくなってきた。この先、古い価値観はどんどん廃れていくでしょう。いまの将棋に合った新しい価値観も生まれるんだからそれでいいと思います(勝又清和)
このような発言をする棋士は多く、
だからソフトの登場によって、過去の定跡が覆る可能性があるんです(村山慈明)
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20年間主流だった矢倉の4六銀戦法も指されなくなったように、常識となっていたことがソフトに覆されるようなことも出てきた(行方尚史)
と、人間が長い間積み上げてきた知見を、将棋AIがいかに崩し始めているのかが理解できる。そしてこの状況は、勝ち負け
以前に、将棋が好きで突き詰めたいと考えている者にとっては、喜ばしい状況だろう。400年以上の歴史があり、様々なことが研究されている将棋において、誰も検討したことがなかった発見が次々に生まれる状況は、確かに楽しいかもしれない。
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また、こんな面白い変化を指摘する棋士もいる。
だから全体的に終盤に時間を残そうとしている人が増えていますね。あとはみんなよく粘るようになりました。相手が間違えることが前提であれば、それは頑張りますよね。これは間違いなくソフトの効果で、将棋の進歩に役立っていると言えるでしょう(糸谷哲郎)
補足すると、こういうことだ。将棋の世界ではAIによって、今まで「正しい」とされてきたことがどんどん覆るし、そう指されたら打つ手がないと思われていた状況にも可能性があることが分かってきた。つまりそれは、「より良い手を相手が指せていない」という状況が思った以上に存在するということだ。
今までだったら諦めていた状況でも、諦めなくて済むかもしれないと思えるようになれば、できるだけ粘ろうという意識も芽生えてくるだろう。そういう変化が将棋界では起きているということだ。将棋AIによる思わぬ変化、と言ったところだろうか。
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著:大川慎太郎
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本書は、AIに対する考え方を表明している点も面白いのだが、それ以上に、棋士自身が将棋界を積極的に批判するような発言をしているという点も興味深い。例えば、
開発者は純粋にソフトを強くしたいと思っている方々ですし、技術に対する意欲が強い。棋士以上にまじめだと思いますよ。そもそも棋士がどれぐらいまじめに将棋をやっているのか、私には疑問です。たとえば一部のベテラン棋士には、「真剣に取り組んでいるのかな」と思うような人がいますからね。それと比べると、開発者の方がよっぽど熱意があると思います(千田翔太)
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と、若手棋士が言っていたりする。このような発言の自由さについて著者は、
将棋界は「強制」が少ない世界なのだ。だから自由な発想で物事を考え、それぞれが好き勝手に意見を述べることができる。これは将棋界の豊潤さの証明であり、財産だろう
と書いている。将棋連盟に所属していても、棋士というのは個人事業主のようなものであり、集団としての立場と距離を取ることができる。このような世界だからこそ、AIが自然と組み込まれていったのかもしれないし、また、そういう状況に対して平然と批判ができるのだと思う。
そんな激変する環境の中で、日々厳しい戦いを繰り広げている棋士たちの様々な思考を知ることができる、実に面白い一冊だ。
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ピアノのコンクールを舞台に描く『蜜蜂と遠雷』は、「天才とは何か?」と問いかける。既存の「枠組み」をいとも簡単に越えていく者こそが「天才」だと私は思うが、「枠組み」を安易に設定することの是非についても刃を突きつける作品だ。小説と映画の感想を一緒に書く
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芸術を「感性の赴くまま見る」のは、日本特有だそうだ。欧米では美術は「勉強するもの」と認識されており、本書ではアートを理解しようとするスタンスがビジネスにも役立つと示唆される。美術館館長を務める著者の『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』から基礎の基礎を学ぶ
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広大な本の世界を狩人のように渉猟し、お気に入りの本を異常なまでに偏愛する者たちを描き出す映画『ブックセラーズ』。実在の稀少本コレクターたちが、本への愛を語り、新たな価値を見出し、次世代を教育し、インターネットの脅威にどう立ち向かっているのかを知る
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知識や教養は、社会や学問について知ることだけではありません。文化的なものもリベラルアーツです。私自身は、創作的なことをしたり、勝負事に関わることはありませんが、…
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