はじめに
この記事で取り上げる映画
この映画をガイドにしながら記事を書いていくようだよ
この記事で伝えたいこと
「男女間でありがちなすれ違い」を丁寧に積み上げてリアルなズレを描き出す物語



しかもそれを「男女逆転」みたいな感じで描き出す展開もなんか凄く良かった
この記事の3つの要点
- 「相手のことを思っての行動」だったはずなのに、決定的な亀裂を生んでしまったサチのある決断
- どちらも大して悪くないとは思うが、全体的には「タモツがグッと堪えるべきだった」という印象が強い
- 時々挟み込まれる「険悪だったはずの2人が爆発させる幸せ感」のお陰で、全体として物語が成立しているように思う



岸井ゆきのと宮沢氷魚の演技も素晴らしく、ミニマムな物語ながら惹きつけられてしまった
自己紹介記事




どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください
記事中の引用は、映画館で取ったメモを参考にしているので、正確なものではありません
映画『佐藤さんと佐藤さん』は、お互いに想い合っているはずなのに絶妙にすれ違ってしまう「佐藤さんカップル」の悲哀を描き出す
ホント、メチャクチャ絶妙な作品でした。本作では、「どちらもそんなに悪くないはずなのに、ちょっとしたすれ違いで状況がとんでもなく悪化してしまう」という状況が実にリアルに描かれています。脚本も演技も素晴らしく、「好き同士が付き合い、結婚し、たぶん最後まで好き同士だったはずなのに、それでも一緒にいられなくなってしまう寂しさ」が濃厚でした。素敵な作品だったなと思います。
この2人はホントどうすれば良かったんだろうね



なるべくしてそうなっちゃったみたいなところがあるから辛いよなって思う


映画『佐藤さんと佐藤さん』の内容紹介
映画の冒頭は少しだけ「2人が37歳の場面」から始まるのだが、そこからすぐに大学時代まで遡る。そしてそれ以降は、2人の関係を時系列順に描いていく。サチとタモツは、どちらも大学のコヒ研(恐らくコーヒー研究会)に所属していたのだが、あまり関わったことがなかった。しかし、「自転車置場で自転車を取ろうとして盛大に倒してしまった」という出来事をきっかけに、2人は一気に仲を深めていくことになる。その後2人は一緒に住み始めた。


大学を卒業したサチはそのまま就職したのだが、タモツは学生時代からずっと司法試験の勉強をしていて定職には就いていない。しかしタモツは、かなり努力しているつもりなのだが、試験には一向に受からなかった。サチは友人との会話の中で、「独学で勉強しているからじゃない?」と、スクールなどで誰かと一緒に学ぶ方法もあると言われたのだが、タモツは残念ながら「みんなで勉強するタイプ」ではない。本人もきっと乗り気にならないだろうなとサチは考えた。
そこでサチは驚くべき決断をする。なんと、自分も一緒に勉強することに決めたのだ。もちろん、働きながらなので、受かるなんて思っていない。ただ、「タモツと並走できる存在」になろうとしただけだ。毎年落ちる度に苦しそうな姿を見せるタモツと一緒に、その苦労を分かち合いたかったのである。


しかししばらくして、なんとサチだけが司法試験に合格してしまった。サチは気まずい思いを抱きつつ、せっかく司法試験に受かったのだし弁護士にならない手はないと考える。こうして彼女は転職し、弁護士として忙しく働き始めた。
一方のタモツは、毎年受験してはいるものの、やはりどうしても受からない。今では、試験に受からない辛さだけではなく、いち早く弁護士になったサチが自分を置き去りにしてどんどんと遠くへ行ってしまう辛さも感じている。「家計を支えているサチ」と「卑屈な想いを抱え続けるタモツ」の間では、些細なことで諍いが生まれるようになってしまった。
そしてそんなある日、サチが妊娠していると分かり……。


どちらも別にそこまで悪いわけではないのに、ちょっとしたことの積み重ねで2人はどんどんすれ違ってしまう
物語的にはとてもミニマムで、非常に狭い世界を描く作品なのだけど、とても良かったなと思います。描かれている要素1つ1つが「うわぁ」と感じさせるようなもので、そしてそんな「うわぁ」がいっぱい積み上がることで「大きな何か」に見えているという構成・展開が絶妙でした。



私自身は経験していないけど「わかるぅ」ってなったもんなぁ
経験していなくても「経験していてもおかしくないこと」みたいに感じる人は結構いそうだよね


本作『佐藤さんと佐藤さん』は、まず何よりも展開が見事だったなと思います。なにせ、「タモツを応援したくて、働きながら司法試験の勉強を一緒にする」のなんか、悪い要素1つもないでしょう。にも拘らず、「タモツは落ちたのにサチだけ受かる」という結果になったことで、2人の歯車が一気に狂ってしまうのです。


しかもその「狂い方」から「男女逆だとしたら『あるある』すぎるよね」と感じさせられる点も絶妙だったなと思います。「男女のあるある」を「男女逆転させて描いている」みたいな部分も、本作の面白さの1つだなと感じました。
個人的に一番印象的だったのが次のシーンです。既に弁護士として忙しく働き始めているサチが帰宅した後、基本的に家でずっと勉強しているタモツに「ねぇ、トイレットペーパーなかったよ」と口にするところからこのやり取りは始まります。当然タモツは、こう言われて「責められた」と感じました。それで「俺に買って来いってこと?」と返してしまいます。
これ、男が女性に言うみたいな状況はメッチャよくあるって感じするよね



それを逆転させてるのが結構新鮮だった
サチはこれに「『トイレットペーパーがなかったね』って共感しただけじゃん」と返すのですが、タモツは次のように反論していました。


「なかったね」じゃなくて「なかったよ」って言った。「ね」だったらまだ「共感を示した」と解釈できるけど、「よ」はもう命令じゃん。
まあ、タモツの言っていることはその通りなのかもしれません。でもサチも、「だって、大体買ってくるの私じゃん」と返します。「今回だって買ってくるつもりだったけど、でももしかしたら明日タモツが駅前に行くかもしれないでしょ?」と。サチとしては、そういうニュアンスを汲んでほしかったのでしょう。その気持ちも分かるなと思います。ただタモツは、サチのそんな言い分に納得できずにいるというわけです。


ホント、絶妙だったよね



あらゆるカップル・夫婦の間でこういう類のやり取りが発生してるんだろうなぁ
ホントに、些細と言えば些細なやり取りで、そんなに事を荒立てるような状況ではないように思えます。ただ、タモツとしては恐らく、「せめて気分ぐらいは対等でいられないと、心が耐えられない」みたいな感じだったのでしょう。だから、「サチが上で、自分が下」だと思えるような言動には噛みついていくしかなかったのだと思います。


一方、サチはたぶん「ちょっとでもタモツと何か話がしたい」みたいな気分が強かったんじゃないかという気がしました。仕事の話をすれば「嫌味」か「自慢」に受け取られるかもしれないし、かといって、なかなか同じ時間を共有できなくなったタモツとの間にこれといった話題があるわけでもありません。だから、語尾はちょっと間違えてしまったかもしれないけど、サチの感覚としては、「トイレットペーパーないじゃん」ぐらいの話題からなんてことない雑談をしようよ、って感じだったような気がします。
でも、お互いの気持ちが上手く伝わらなくなって、こんなちょっとしたことで険悪な感じになってしまうのです。ホント、メチャクチャ残念だなと感じました。



タモツの気持ちもサチの気持ちも私が勝手に想像してるだけだから、まったく的外れかもしれないけど
いずれにしても、「どっちも大して悪くない」って感じだよね
「どちらかと言えば、タモツの方がグッと堪えるべきじゃないか」と感じるシーンが多かった
他にも、サチの「洗濯乾燥機もほしいよね。そしたらタモツが楽になるし」ってセリフも絶妙だったなと思います。この時は、タモツは短く「僕が?」と返すだけでそれ以上深くつっこんだりはしなかったのですが、タモツはもちろん、「洗濯は自分だけがやる仕事なの?」みたいに感じたのでしょう。これは確かにサチのミスという感じで、彼女は「そしたら2人が楽になるし」とか「タモツも楽になるし」みたいな言い方をすべきだったと思います。


サチはどうも「鈍感」なタイプのようで、かつての職場の同僚からもそう指摘されていました。本作では他にも、「もう少し言動に気をつけた方がいいよなぁ」と感じさせられる場面が結構あったなと思います。そういう「不用意さ」が2人の関係性を悪化させてしまったことは間違いないでしょう。


ただ先述した通り、「サチの振る舞い」というのは一般的には「男が女性にしがちな言動」だと思います。だから、男が本作を観て「サチはもう少し気を遣ったらいいのに」みたいに感じるのも間違っているでしょう。サチの言動への批判は、ブーメランのように自分に戻ってくると考えた方が安全だと思います。
男はホント、色んなことを無神経に口にするからね



私は出来るだけ気をつけてるつもりだけど、ダメな時もあるだろうなぁ


で、確かにサチは少し鈍感だったかもしれませんが、私は全体的には、「タモツがグッと堪えろよ」と感じてしまいました。なにせ、「卒業してからの2人の生活を支えているのはサチ」なのです。「ヒモ」と言うほどサチの稼ぎに依存していたわけではないでしょうが(タモツも塾講師として働いていたので)、それでも、お金の面だけではなく、サチの存在があってこそ「司法試験の勉強をし続ける」という環境が整っていたことは確かだと思います。
もちろん、メンタル的にタモツがキツかったことは理解できるし、「自分の辛さも分かってほしい」という気持ちを抱いてしまうのも仕方ないでしょう。ただそれでも、傍から見ている印象としては、「タモツにはとやかく言う権利はない気がするなぁ」という感じでした。まあとはいえ、自分がタモツと同じ立場にいたとして、同じような思考が出来るかはなんとも言えませんが。いやホント、タモツの立場も辛いよなぁ。


というわけで、そんな「些細な描写を重ねることで関係性が悪化していく様を映し出す」という展開がとても丁寧で、まずはこの点が素晴らしかったなと思います。
「一緒に生活する」とか「結婚する」ってやっぱり、「好き」だけじゃどうにもならないよね



そういうところも、「同棲」とか「結婚」に惹かれない理由だったりするんだよなぁ
映画『佐藤さんと佐藤さん』のその他感想
さて、本作の構成上の凄さとしては、「幸せだった時期のことをほぼ描いていない」という点が挙げられるでしょう。2人の関係性に致命的なヒビが入ったきっかけとしてはサチが司法試験に合格したことがやはり大きいのですが、その展開は物語のかなり冒頭でやってきます。私の体感では、映画が始まって15~20分ぐらいでした。つまり、「ややこしいことを考えずに2人がラブラブでいられた」のも、私の主観では15~20分ぐらいしかなかったというわけです。


物語のセオリー的にはたぶん、「最初にもっと『幸せな雰囲気』を見せ、そこから悪化していく様を描き出すことで『落差』を感じさせる」みたいな構成が普通なんじゃないかと思いますが、本作はそうなってはいません。この点も結構凄いなと感じました。
しかも本作の冒頭は、「結婚について歪んだ理屈を語るヤバい男の独白」みたいなところから始まるしね



後で理解できるけど、最初は「なんだあいつ?」ぐらいにしか思えないよなぁ


それで、どうしてそんな構成で成り立っているのか考えてみると、恐らく、「関係性が微妙になって以降も時々、『えっ、そんなタイミングで?』という状況で『幸せな雰囲気』が瞬間的に描かれる」からだと思います。「喧嘩後のベッドの上で鼻水を拭き合う」とか、「消火剤まみれになったタモツに片方だけサンダルをあげる」といった場面で、「普段の険悪な雰囲気を忘れたかのように、ちょっとだけ『幸せ』が爆発する」みたいな感じになるのです。


そしてそういうシーンが時々挿入されることで、「そうか、実際に描かれてはいないけど、この2人の間にはたくさんの『幸せな時間』が存在していたんだろうな」と想像できるように思います。このように、「実際には描かれていない時間を観客が想像できるような描写」がところどころに配されているお陰で、全体として物語がきちんと成立している感じがしました。
しかも、「険悪だったのにいきなり幸せな感じになる」みたいな切り替えが全然違和感ないんだよね



その辺りはホント、岸井ゆきのと宮沢氷魚の絶妙な雰囲気によるところが大きいだろうなぁ
また、個人的に「なるほどなぁ」と感じたのが、「佐藤」という苗字に関するある描写です。『佐藤さんと佐藤さん』というタイトルを初めて目にした時は、「『結婚しても苗字は変わらないね』ぐらいの設定なんだろうな」と思っていたのですが、ある場面でその印象が変わりました。サチが元同僚から「サチはずっと佐藤さんのままでいられてるもんね」と言われる場面があり、なるほどなぁ、と感じたのです。この点に関してはこれ以上触れませんが、女性なら特に「分かるー」ってなる場面じゃないかと思います。


さらに、私には結婚の経験はありませんが、結婚しているとかしていたという人が観たら「自分も今まさにそういう状況にいる」みたいに感じたりするかもしれません。「離婚こそしないけど、どちらか(あるいはお互い)がサチ・タモツのような感覚を抱いていて、夫婦の関係としてはもう破綻している」みたいな状況は結構あるような気がしました。冒頭でも書いたけど、好き同士から始まってるはずなのにこんな風になってしまうのは本当に不幸だし、嫌すぎるなと感じます。


サチが仕事で担当している「熟年離婚」の描写も、「『結婚生活を維持すること』が幸せなの?」って問いを突きつけてる感じするしね



お互いがあまり無理なく、それなりに穏やかでいられるのが理想な気がするけど、そういうのは無理なんかなぁ
そして本作では、そんな2人の関係性を岸井ゆきのと宮沢氷魚が見事に演じていて、とても素敵だなと思いました。私は、岸井ゆきののことは割と昔から好きなんですが、ここ最近は、作品で目にする度に「良い雰囲気を醸し出すよなぁ」と感じています。宮沢氷魚もホント、「絶妙に嫌な感じ」が溢れ出ていて素晴らしかったです。




最後に
エンドロールで「天野千尋」と表記された時、「映画『ミセス・ノイズィ』の監督だっけ?」と感じたのだけど、調べたらやっぱりそうでした。いつも書いていることですが、人の名前を全然覚えられない人間なのに、変なところで記憶力が良かったりするんだよなぁ。


『ミセス・ノイズィ』もメチャクチャ面白かったし、本作『佐藤さんと佐藤さん』でも脚本にも関わっているらしいので、「物語を作り、それを映像的に見せる」のが上手い人なんだろうなと感じました。
そんなわけで、とにかく絶妙で素晴らしい作品だったなと思います。
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