目次
はじめに
この記事で取り上げる本
著:菅沼悠介
¥1,210 (2021/11/15 06:18時点 | Amazon調べ)
ポチップ
この本をガイドにしながら記事を書いていきます
この記事の3つの要点
- 「チバニアン」は「直近の地磁気逆転が記録されている」から重要
- かつて「磁石のN極」が「南」を指す時代が存在した
- 地球の過去の地磁気を研究していた著者が、巡り巡って「チバニアン」と関わることになる
日本の地名に由来する地質年代は史上初であり、世界的な快挙と言っていい
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2020年1月17日に「チバニアン」という名称がニュースで大々的に報じられた。それが何なのかよく分からないという人も、千葉県にある岩肌の映像と、そこに人々が集まる様子を覚えているのではないかと思う。なんだかよく分からないが、千葉県のあの岩壁に「チバニアン」という名前がついて有名になったらしい、というぐらいの認識の人も多いかもしれない。
本書は、そんな「チバニアン」が何なのかを説明する1冊であり、その説明の過程で「地磁気逆転」という想像を絶する現象を紹介することになる。
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さて、まず「チバニアン」に関する基本的な情報を整理しておこう。これは、約77万年前から約13万年前までの地質年代を示す正式名称だ。地質年代というのは、地球の歴史上における時代の区分のようなもので、「白亜紀」「ジュラ紀」「三畳紀」などは有名だろう。そして、それぞれの地質年代の特徴を最も示す地球上の場所を1つ選び「模式地」として認定するというルールがある。
そして、約77万年前から約13万年前までの地質年代の特徴を最も色濃く反映する地層として千葉県の岩壁が選ばれ、「千葉県」に由来する「チバニアン」という地層年代が誕生した、というわけだ。日本由来の地質年代の名称は初めてであり、また、地質年代の名前の多くが地中海沿岸地域に由来していることもあり(つまり「模式地」が地中海沿岸地域から選ばれているということ)、世界的に見ても快挙だと言っていい。
では「チバニアン」にはどんな特徴が記録されているのだろうか。それが、先ほど名前を出した「地磁気逆転」である。実は候補地としてイタリアの地層も挙がっていたのだが、それを押しのけて千葉の岩壁が選ばれたのは、「一番最近起こった地磁気逆転の証拠が刻まれている」という点が最も大きいのだ。
そのような繋がりから本書では、「地磁気逆転とは何か?」について詳しく書かれていく。
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「地磁気逆転」とはどんな現象か?
本書の著者は、最終的には「チバニアンの申請タスクチーム」に所属することになるが、元々は「古地磁気学」の専門家だった。地磁気逆転も扱う古地磁気学の研究を行う中で千葉の地層にたどり着き、それがきっかけでチバニアンとも関わることになるのである。
では「地磁気逆転」とは何だろうか?
まず「地磁気」の説明から始めよう。我々が現在の地球で方位磁石を使うと、「N極」が「北」を指す。当たり前だろう。これは、地球全体が大きな磁石のようなものだからだ。北極の近くに地球のS極があるからこそ、磁石のN極が北を向くというわけである。
このように、地球を「大きな磁石」と捉えた時、その磁場のことを「地磁気」と呼ぶ。
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これを理解すれば、「地磁気逆転」はその言葉通りの意味である。つまり「地球の磁気が逆転する」ということだ。もし今「地磁気逆転」が起これば、北極の近くがN極になるので、方位磁石を使った場合には「N極」が「南」を指すことになる。
この「地磁気逆転」は、地球上で何度も起こったことが分かっている。少なくとも過去250万年間に11回は発生しているという。そして、その直近の「地磁気逆転」の記録が「チバニアン」に残っている、というわけだ。
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と書かれている。だからこそ、「地磁気逆転」という現象が過去に地球に起こったという主張は、なかなか受け入れられなかった。本書では、その歴史を丁寧に掘り起こしていく。
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「地磁気逆転」は科学の世界でなかなか認められなかった
本書では、「地磁気逆転が認められるまでの歴史」を、なんと「磁石の発見」から始める。地磁気逆転に直接関わらない面白いエピソードも様々に描かれるのだが、その辺りの話は是非本書で読んでほしい。それから「ダイナモ理論」と呼ばれる、地球内部で何が起こっているのかを記述する理論体系が生み出される過程が描かれる。しかし、ダイナモ理論だけでは地磁気逆転には辿り着けない。
一方、それとはまた別に、「古地磁気」と呼ばれる研究対象についても触れられる。先ほど「地磁気」について説明したが、地層や岩盤に刻まれている「過去の地球の磁場の状態」を「古地磁気」と呼ぶ。
松山基範は、この古地磁気の先駆者として知られる人物だ。先ほどから「チバニアンには一番最近の地磁気逆転の記録が残っている」と書いてきたが、その「一番最近の地磁気逆転」につけられた名前が「松山―ブルン境界」であり、松山基範の名前が使われている。
松山は、様々な溶岩の残留磁化を測定する研究を行っていた。そして、「その溶岩が存在した年代」と「その溶岩の残留磁化」を比較することで、「過去に何度も地磁気逆転が起こっている」という事実に気づく。しかしこの考え方は、当時なかなか受け入れられなかった。地球の地磁気が逆転するなど、あり得ない現象だと思われていたのだ。しかし、科学者で文筆家としても知られている寺田寅彦がその研究に関心を持つ。そして寺田寅彦に勧められて論文を投稿することになったというわけだ。
この松山の論文は、「地球の地磁気の極性が時代ごとに変化していること」を最初に報告した論文として、今では科学史上のマイルストーンとして評価されている。しかしやはり、松山の研究に注目が集まるのには時間が掛かったそうである。
さて、「松山―ブルン境界」のブルンの方も紹介しよう。こちらも人名である。松山は「過去に”何度も”地磁気逆転が起こったこと」を最初に示した人物だが、このブルンこそが、「地磁気逆転という現象がかつて地球で起こったことがある」と最初に提唱した人物なのである。
彼らが主張した「地磁気逆転」という現象がなかなか受け入れられなかった背景には、磁気や磁性に関する詳しい知見が欠けていたからという理由もあるのだが、やはり、あまりにも斬新な主張だったことが大きいだろう。確かに、普通の磁石のS極とN極が勝手に入れ替わることなどない。地球が「大きな磁石」だとしたら、そんな現象がどうして起こるのか、認めがたいと感じるのは当然だろうと思う。
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「地磁気逆転」が認められた2つのきっかけ
地磁気逆転が受け入れられるようになったのには、2つの理由がある。それには「大陸移動説」と「海底の地磁気」が関係している。
「大陸移動説」の話からしていこう。
ウェゲナーが主張した「大陸移動説」についてはご存知の方も多いだろう。かつては大陸が現在とは違う配置にあり、それが長い時間を掛けて移動したことで現在のようになった、というものだ。ウェゲナーのこの主張はあまりにも大胆で、その斬新さ故になかなか認められなかった。
一方、ケンブリッジ大学のある研究者が、約7億年前まで遡ることができるスコットランドの砂地で地層の残留磁化の測定を行った。すると、年代を遡るにつれて、その残留磁化が示す「北」は、現在の北極から遠ざかっていくというデータが得られた。つまり、「地磁気の北極(地磁気極)」が少しずつ移動しているようなデータだったということだ。
この現象に「極移動曲線」と名前を付けて発表したところ、科学の世界を超えて一般社会にも大反響を巻き起こすことになった。一般の人たちはそのまま「北極が移動している」と受け取り、その不思議さに驚いたのだ。
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しかし、この「極移動曲線」に関する科学者の受け止め方は違った。元々存在していた「地心軸双極子仮説」という考え方を踏まえた場合、移動しているのは地磁気極ではなく大陸の方だいうことになる。つまり、地層が地磁気を記録した後で、その地層を含む大陸が元の場所から移動したと考えるべきだ、ということだ。
この「極移動曲線」の研究から大陸移動説は受け入れられるようになり、さらに地磁気逆転という現象の存在も認められていく。
ちなみに、この研究を行った大学院生のアービングは博士号を取得できなかったという。研究があまりにも先駆的すぎて、誰も評価できなかったからだ。これもまた、凄まじい話である。
もう一方の「海底の地磁気」に話を移そう。
当時、海底に関して「海洋底拡大」と「地磁気異常」という謎が知られていた。「海洋底拡大」というのはその名の通り、海洋底が拡大する現象だ。それまで平坦だと思われていた海底に山脈のような凸凹があり、さらに中央海嶺と呼ばれる大山脈には、両側から引っ張られたことで引き裂かれたように見える溝が確認されたのだが、誰もそのメカニズムを説明できないでいた。
また、海底の地磁気を測定すると、僅かなズレが規則的な縞模様状に記録されるのだが(これを「地磁気異常」と呼ぶ)、こちらも縞模様状に記録されるような仕組みを誰も想像できなかった。
そしてこれらの難問を解決したのが、バインとマシューという2人の科学者が発表した「テープレコーダーモデル」と呼ばれる理論だ。これによって、「海洋底拡大」と「地磁気異常」が非常にシンプルに説明され、さらに「地磁気逆転」が起こったことも示唆されることになった。この「テープレコーダーモデル」の登場で、地磁気逆転の存在はほぼ認められたと言っていい。
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ちなみに、バインとマシューよりも早く、同じアイデアを『ネイチャー』誌に投稿していたモーリーという人物がいるのだが、先駆的すぎて評価できなかったのだろう、掲載を拒否されてしまう。現在ではモーリーの論文も評価され、「バイン―マシューズ―モーリー仮説」と呼ばれているそうだ。
その後、「カリウム―アルゴン法」という、溶岩の年代をかなり正確に測定する手法が開発されたことで、「地磁気逆転という現象が起こったかどうか」という論争には終止符が打たれた。そしてそれ以降は、「過去のどの時期に地磁気逆転が起こったか」という年代測定の競争が始まることになる。
「地磁気逆転がいつ起こったか?」を知るための決定的な研究を著者が行った
こうしてようやく存在が認められた「地磁気逆転」だが、この研究を進めるにあたって解決しなければならない問題があった。それは、「海底堆積物をどの深さで測定すれば地磁気情報を正確に知ることが出来るか?」というものだ。
海底堆積物にも地磁気の情報が記録されるわけだが、それがどの深さに記録されるかが分からなければ正確な研究を行えない。「表面」を測定すればいいのか、あるいは「深さ15cm」「深さ1m」を測定すればいいのか。それをどうやって見定めればいいのか誰も知らなかったのだ。
この問題を解決したのがなんと本書の著者である。そしてそのために利用したのが「宇宙線生成核種」だ。
「宇宙線生成核種」というのは、銀河宇宙線が地球の大気とぶつかることで生み出される様々な粒子のことを指す。宇宙線生成核種は地球に到達する銀河宇宙線の量によって変化するが、その銀河宇宙線の量は太陽磁場や地磁気などによって変動する。つまり、「宇宙線生成核種」の生成量と「地球の地磁気」には関連があるということだ。
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「宇宙線生成核種」の中でも、著者の研究にとって重要だったのはベリリウム10だ。半減期が約140万年と長いため、長期間に関わる測定によく利用されるという。
そして、「海底堆積物の地磁気」と「宇宙線生成核種の測定による地磁気」の比較によって難問が解決する。著者は、この2つを比較することで「長期間における太陽活動の復元」というテーマで研究を行っていたのだが、その過程でズレに気づくことができた。つまり、「海底堆積物が示す地磁気逆転時期」と「ベリリウム10が示す地磁気逆転時期」が一致しなかったのだ。
このズレは要するに、「適切な深度で測定を行わなかったこと」によって起こっている。そして、この2つの指標が一致するように海底堆積物の測定深度を様々に変化させることで、「海底堆積物に地磁気が記録される深度は15cmである」と導き出すことができたのだ。
そして著者は、この事実に気づいたことで、「チバニアン」に接近していくことになる。
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「地磁気逆転」から「チバニアン」へ
著者は、海底堆積物の正確な「獲得深度」を導き出したことで、「松山―ブルン境界」の正確な年代測定を行うことが可能だということに気づく。「松山―ブルン境界」は、地質年代における重要な「目盛り」としても扱われており、その年代を正確に測定することは非常に重要なことなのだ。
著者の戦略はこうだ。まず、「火山灰を含む海底堆積物」を見つけ出す。そして、「海底堆積物の年代測定」と「海底堆積物中の火山灰の年代測定」を別々に行う。前者は著者が見出した「獲得深度」の知見から正確に行うことができるし、後者も「放射年代測定」によって正確に知ることができる。
そしてその両方の年代測定の結果を合わせることで、「松山-ブルン境界」のより正確な年代を測定できるというわけだ。
さて、説明は簡単だが実行は難しい。というのも、これを行うためには「火山灰を含む海底堆積物」を見つける必要があるが、通常海底堆積物に火山灰は含まれないからだ。元々陸地だったところが海になるとか、海に近い火山で噴火が起こるなど、特異な立地でしか実現しない。
さらに「火山灰を含む海底堆積物」のある地層に「松山―ブルン境界」が記録されていなければならないのだ。これだけの条件を持つ地層を見つけ出すことは非常に難しいだろう。
著者は様々な研究者に話を聞く中で、房総にそんな地層があるという情報を耳にする。
それが、後に「チバニアン」と命名されることになる「千葉セクション」という地層だったのだ。古地磁気学の研究をしていた著者は、それまで「地層年代」に関する知識などなかったのだが、著者が目をつけた地層が、地層年代を規定する「模式地」の有力候補として名前が挙がっているという事実を知ることになる。
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1990年頃から始まったというその動きは、しかししばらくしてストップしてしまう。というのも、「千葉セクション」に関する論文が学術論文に発表されないため、候補として他に挙がっている地層と比較検討ができないというのだ。
そんな状況だとは知らずに「千葉セクション」に飛び込んできたのが著者だった。そして、自身の研究に必要だからという理由で独立に「千葉セクション」に関する研究発表を行っていた著者は、当然タスクチームに組み込まれることになる。
さて、「千葉セクション」のライバルとなる地層は他に2つ存在していたのだが、「模式地」として完全な条件を備えていたのは「千葉セクション」だけだった。つまり学術的には何の問題もなかったわけだが、審査の過程で様々なトラブルに見舞われる。
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そこには、「ジオパーク認定推進を謳っていた団体」(以下「団体」)と本書では表記される団体が絡んでいる。元々は共に申請を目指していたのだが、途中で分裂、そして「団体」はなぜか申請の妨害をするようになったのだという。「団体」の妨害工作によって、致命的とも言える問題を抱えてしまうこともあったが、「千葉セクション」を管轄する市原市が、台風による甚大な被害に見舞われている中で半日のみ市議会を開き、とある条例を可決するというアクロバティックな手法で回避できた、などということもあった。
そのようなドタバタを乗り越えながら、「チバニアン」が誕生するに至ったのだ。
著:菅沼悠介
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最後に
本書で扱われる「地磁気逆転」について詳しく見てきたが、ここまで読んでくれた方の中には、「そもそも地磁気なんて私たちの生活に関係ないだろう」と考える人もいるのではないかと思う。
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しかし、決してそんなことはない。地磁気というのは地球を守るバリアのようなもので、太陽風や銀河宇宙線など、宇宙からやってくる様々な「危険なもの」をブロックしてくれている。地球を周回する人工衛星は、地磁気が薄いところを飛ぶこともあるが、そういう場所では頻繁に故障するという。地磁気がなければ、我々の生活にも大きな影響が及ぶのだろう。
そしてそんな地磁気は、過去200年ほど低下し続けているという。このままのペースで低下し続ければ、1000~2000年後には地球の地磁気がゼロになる可能性もあるそうだ。
その時に何が起こるかは分からない。しかし、人類が無傷でいられるということはないだろう。
「チバニアン」をきっかけに、なかなか触れる機会のない「地磁気」について学んでみてはいかがだろうか。
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