【異常】映画『能登デモクラシー』は、震災を契機にした地方政治(穴水町)の変革の兆しを映し出す(監督:五百旗頭幸男)

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

「能登デモクラシー」公式HP

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この記事の3つの要点

  • 平均年齢72.9歳という穴水町議会議員のあまりのお粗末さと、首長(町長)との「なあなあ」な関係性
  • 手書き新聞『紡ぐ』を発行する滝井元之による政治批判と、様々なボランティアに精を出す彼の人間的魅力
  • 震災前から密着していた穴水町の震災後の変化まで収めたことで、実に興味深い記録になっていると思う

あくまでも結果論ではあるが、震災を契機に町議会が大きく変わったことは確かであり、そんな変化が垣間見える作品で面白かった

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映画『能登デモクラシー』は石川県穴水町の政治に密着し、その醜さ・お粗末さと、震災をきっかけにもたらされた変革を描き出す

なかなか面白い作品だった。基本的には「人口減少がゴリゴリに進んでいる田舎町での政治」を扱ったドキュメンタリー映画なのだが、そこに様々な要素が付け加わることで魅力的な作品に仕上がっている。特に、本作『能登デモクラシー』においてメインの登場人物と言ってもいいだろう「手書き新聞の発行人・滝井元之」は非常に魅力的な人物で、彼の奥さんの佇まいも併せてとても素敵に感じられた。

さて、最初にどうでもいいことから触れることにしよう。私は本作の存在を、オススメとして表示されたネット記事を適当に見ていて知ったのだが、オススメに出てきたのは恐らく、その直前まで私が石川県を旅行していたからだと思う。旅行前に石川県についてとにかく調べまくったのだ。初めは能登の方まで行けたらいいなと思っていたのだが、さすがにかなりのアクセスの悪さで(さらに私は「一生車に乗らない」と決めている)、それで断念してしまった。ちなみに、その旅行記は以下の記事にまとめてあるので、興味がある方は読んでみてほしい。

震災前から穴水町に密着し、「地方政治のややこしさ」をカメラに収めていく

さて、能登というとやはり、残念なことではあるが「地震」のことがすぐに連想されるだろう。ただ本作の監督は、震災をきっかけに密着を始めたのではなく、震災前からカメラを回していた。のだが、監督の五百旗頭幸男がどうして穴水町に密着しようと決めたのかはよく分からない。先述した滝井氏の存在ありきだったのか、公式HPに書かれているように「能登で最も小さな自治体」という点に着目したのか、あるいは他の理由なのか。いずれにせよ、震災とは関係なくずっと前から穴水町を追っていたのである。

そしてだからこそ、結果的にではあるが「震災前後での変化」が映し出されることにもなり、この点も本作の興味深いポイントと言えるのではないかと思う。

それで、誤解を恐れずに言えば、「穴水町は震災のお陰で変わった」と言えるかもしれない。もちろん「お陰」なんて言い方は適切ではないと分かっている。能登地震では穴水町だけでも33人が亡くなり、1900棟もの建物が全半壊したのだ。どんな変化がもたらされようが「お陰」なんて言っていいはずがないだろう。ただ、外野の目からはそんな風に見えてしまったこともまた確かである。

さて、恐らく穴水町に限らず石川県全体の雰囲気なのだと思うが、「受け身で消極的」みたいな性格があるのだそうだ。穴水町においてそれを象徴するのが「ボラ待ちやぐら」である。海から突き出すようにして組まれた櫓であり、その名の通り、「ボラの大群がやってくるのを櫓の上でじっと待ち、網に掛かったら引き揚げる」という伝統漁法で使われるのだそうだ。そして『紡ぐ』という手書き新聞の中で滝井氏は、「この『ボラ待ちやぐら』に代表されるように、穴水町には『待ち』の文化がある。それは『時間がゆっくり流れている』とも捉えられるが、『流れに身を任せる消極的な生き方』とも言えるだろう」みたいに指摘していた。もちろん自戒を込めつつ書いたのだと思うが、滝井氏は「その点にこそ問題があるのに、目を瞑って何もしないのは正しいことなのか?」と読者に突きつけているのである。

そんな穴水町で五百旗頭幸男はまず、町議会議員選挙の取材を行う立候補者は13人。そしてその中に宮本浩司という、39年勤めた町役場を退職し、60歳にして初めて議員に立候補した人物がいる。彼は現町長の吉村光輝と前町長の石川宣雄の2人から応援を受けて出馬した

60歳で初の選挙というのはかなりの高齢にも思えるが、穴水町においてはそうでもない。滝井氏が新聞の中で、「穴水町の町議会議員の平均年齢は石川県で最も高い72.9歳で、石川県最高齢の議員もいる」と書いているくらいだ。「老人ばかりだからダメ」と一概には言えないかもしれないが、それにしても平均年齢73歳とはなかなかのものだと思う。そしてだからこそ、宮本浩司は全然「若手」なのである。

さらに本作では、この選挙におけるある「疑惑」が最後の最後で取り上げられるわけで、「なるほど、そんな展開になるのか」という感じだった。もの凄く偏見だが、「地方政治だなぁ」という感想である。

最高齢の議員の言動から理解できる、町議会のレベルの低さ

町議会議員選挙の話で興味深かったのが、浜崎という最高齢の議員の存在だ。前町長の石川宣雄が彼について言及する場面があるのだが、「議員を辞めてほしいんだけど、でも議会を抑えられる人は彼しかいないから、頼んで出てもらったんだ」みたいなことを話していた。さらに続けて、「現町長はちょっと若いのもあって、少しナメられてるみたいなところがある」とも言っていたのだ。この話だけからも、議会と町長の関係性が何となく理解できるだろう。

さらに本作では、「地元紙2社とケーブルテレビしか取材に来ない」という町議会の様子も映し出される。印象的だったのが、あらゆる議題に対して議員が「右へ倣え」とでも言うように全会一致で賛成していたことだ。あらかじめ裏で根回しをしているのか、あるいは「議題にはすべてYESの方針で行く」と決まっているのか、その辺りはよく分からないが、傍目にはとにかく「なあなあの関係」に見えるだろうなと思う。

この点に関して滝井氏は新聞の中で、「二元代表制を理解していない議員も恐らくいると思う」みたいに書いていた。「二元代表制」というのは、「首長」と「議会議員」を共に市民が直接選挙で選ぶ制度である。この仕組みは「首長と議会が緊張感のある関係性を保ちながら議論すべき」という理由から生まれたのだが、現実はそう上手くはいかない。穴水町(に限らないかもしれないが)では、首長(町長)と議会はまるで結託しているかのような関係にあるのだ。これではまともな政治など期待できないだろう。

この点に疑問を抱いたのだろう監督も、選挙運動中の浜崎議員に「是々非々はないんですか?」と質問していた。ちゃんとは理解できていないが、要するに「町長の主張にNOを突きつけることはないんですか?」みたいなことを聞いているのだと思う。これに対して浜崎議員は、何やらごにょごにょよく分からないことを口にしていたのだが、去り際に「まあ、是だわなぁ」と言っていた。何となくだが「言うまでもなく当然だろ」みたいな雰囲気を醸し出していた気がするし、やはり「なあなあ」と受け取られても仕方ない関係な気がする。

さて、浜崎議員については別の話でも取り上げられていた。彼はなんと、37年間の議員生活の中で、一般質問をしたのがたった9回しかないというのだ。さらに、ここ20年では1度もしていないという。監督はこの点に関しても本人に直接指摘するのだが、浜崎議員はまたもごにょごにょ言うだけだった。そして最終的に「ま、分かるでしょ」みたいなことを言って去っていったのだ。私には全然意味が分からなかったが、恐らく「(質問なんかしたところでどうせ意味ないって)分かるでしょ」みたいなことだったのかなと思う。

本作では、こんな風に穴水町のダメダメな町議会の様子が映し出されるのである。

手書き新聞『紡ぐ』を発行し続ける滝井元之

その一方で、本作ではある人物に密着もしていた手書き新聞を発行する滝井元行である。彼は37年間数学教師として勤めてから退職し、それからは様々なボランティア活動に従事して忙しくしている。そんなボランティアのメインとなるのが、地元テニススクールのコーチだろう。週5で教えているそうで、なんと驚くべきことに、石川県内にあるテニススクールの中で最も生徒数が多いという。さらに、小学生は16回、中学生は2回全国大会へと導いたことがあるとのことで、その実力は折り紙付きと言っていいだろう。

また、彼は「3世帯7人」しかいない限界集落・滝又地区に住んでおり、そこでの生活を維持するためのボランティア活動にも精を出している。例えば、滝又地区には上水道が引かれていないため川の水をタンクに貯めて使っているのだが、その貯水タンクの調整をしているのも彼なのだ。あるいは、集落に繋がる唯一の県道には常に土砂崩れの危険が存在するため、定期的に見回っては写真を撮り、行政に対応を依頼してもいる(なかなか動いてもらえないようだが)。実際、2024年1月に起こった震災の直前の12月に土砂崩れによって倒れた木が電柱をなぎ倒し、集落が停電してしまったという。

そしてそんな彼が2007年の能登半島地震を機に発行し始めたのが、手書き新聞『紡ぐ』である。月に1~2回発行しているそうで、創刊からの11年間で137号に達しているという。基本的には「穴水町の政治に厳しい目を向ける内容」であり、メディアが取り上げない穴水町の政治状況を唯一伝える媒体として存在感を発揮している。創刊当初の部数は180部ほどだったそうだが、現在では500部にまで増えているという。2025年1月時点での人口が6888人という穴水町では、14人に1人が彼の新聞を読んでいる計算になるだろう。

しかし、特に地方では顕著かもしれないが、日本の場合「ややこしくなるから政治の話はしない方がいい」みたいな風潮があったりする。政治を斬る新聞なんか発行していたら、何かしらの標的にされる可能性だってあるだろう。しかし幸いなことに、滝井氏は現時点では、自身や家族が何かしらの攻撃を受けるといった状況にはなっていないそうだ。それどころか、応援の手紙や寄付などが彼の元には届いており、それらの支援を元にして活動を続けているのだという。

さて、本作には滝井氏の妻(順子さん)も登場するのだが、そのキャラクターが実に魅力的でとても素敵だった。とにかく旦那さんのことが大好きなようで、いつも忙しくボランティアに飛び回って家にいないことを淋しく思っているようだ。しかし同時に、「あと10年は添い遂げたいけど、贅沢かな? 恩返ししなくっちゃ」「私が入院すると足手まといになることは分かってる」と、夫の精力的な活動を応援したい気持ちを持っていることも伝わってくる。とても可愛らしい人だったし、素敵な夫婦関係だなと感じられた。

町主導の建設計画の背後にある疑惑と、震災後の町の変化

さて本作前半では、もう1つ焦点が当てられていたことがある。「現町長・吉村光輝が社会福祉法人『牧羊福祉会』の理事長も務めている」という事実についてだ。ただ恐らく、それ自体は何の問題もないのだと思う。しかし穴水町では、「『牧羊福祉会』が所有する3施設を統合し、穴水町の事業として多世代交流センターを作る」という計画が進んでおり、本作ではこの点に疑念を向けているのである。

現在国は「コンパクトな町作りを行う地方自治体」に補助金を出しており、穴水町の多世代交流センターも、国と費用を折半する形で建設計画が進んでいるという。しかし、その事業主体は吉村光輝が理事長を務める「牧羊福祉会」であり、そんな計画を町長の権限で進めているのである。つまり、「そんな公私混同のような計画を認めていいのか?」と懐疑的な目で見られているというわけだ。

そして実は、さらに奇妙な話がある。その多世代交流センターの建設予定地の多くはなんと、前町長・石川宣雄が所有する土地だというのだ。「たまたまそうなっただけ」なのかもしれないが、さすがにその説明は苦しいだろう。監督も吉村光輝に、「『前町長が所有する土地に現町長が理事長を務める社会福祉法人が町のお金で建物を建てる』なんて話、他の自治体では議会で通らないでしょう」みたいに詰め寄っていたので、やはりあり得ないことなのだと思う。まあ、ごく一般的な感覚で言えば、「普通じゃない」と感じるだろう。

滝井氏は作中で「穴水町の最大のタブーは何か?」と問われ、「現町長に対する批判だ」と答えていた。何がどう「タブー」なのかはよく分からなかったが、いずれにせよ、「現町長がやろうとしていることを誰も何も指摘しない」という風潮が存在することは確かなのだろう。なんとも「きな臭い」感じがするなと思う。

本作ではこのように、「政治」と呼んでいいのかも怪しいような「なあなあの関係」を切り取っており、そしてまさにそんな取材の最中、正月の大地震がやってきたのである。もちろん本作では、震災以降の人々や町の変化も追いかけていく

滝井氏は、自身も被害者であるにも拘らず、震災2日目からボランティアとしての活動を始める。ボランティアに専念するため『紡ぐ』の発行は一時中断し、家屋から壊れたものを外に運び出したり、仮設住宅を回って安否確認するなど、やはり精力的に動き回っていた。

そしてそんな滝井氏の存在を知ったのだろう、恐らくこれまでそんなことしていなかっただろう議員(名前は覚えていない)も独自に仮設住宅に足を運び始める。本作の監督である五百旗頭幸男は石川テレビの社員でもあり、この頃、それまでに撮りためた取材映像をまとめた番組を放送した。そしてそのこともあり、滝井氏は地元でそれまで以上に知られる存在になっていたのだ。さらに、そんな注目の人物が「穴水町の政治」に厳しい目を向けていたことも関係しているのだろう、町議会も変わり始める。例えば、石川テレビでの放映以前は予算委員会の審議は議長権限で秘密会に設定されており、取材は許されていなかったのだが(監督が理由を聞いても答えは返ってこなかった)、番組放送後から全面公開されるようになったのだ。

さらに穴水町は、「復興計画策定のため、希望する市民を募り今後のグランドデザインのためのミーティングを行う」という方針を発表した。そして実際に33人の市民が選ばれ(その中には滝井氏も含まれていた)、行政の人間と共に様々な議論を行うのだ。市民の意見がどの程度反映されるかは未知数だが、震災前とは大きく変わっていることだけは間違いないと言えるだろう。

震災に限らず、人命を奪うような災害は当然起こらないに越したことはない。しかし同時に、そういうある種の「外圧」に頼らなければ変わらないものも存在する。そして本作では結果的に、震災を前後にしたその変化が分かりやすく記録されており、この点はかなり興味深いのではないかと思う。「地方政治」というテーマはかなり地味ではあるが、色んな要素が積み重なることで面白い作品に仕上がっていると感じられた。

最後に

本作『能登デモクラシー』は、まず何よりも滝井元之の存在感が素晴らしく、まさに「穴水町の良心」と呼ぶに相応しい人物ではないかと思う。彼のような人がいるからこそ成り立っている状況や救われている人は間違いなく存在するはずだ。そして本作では、それらが「町議会の『醜さ』」と対比される形で浮き彫りにされており、実に興味深かった

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