【虚像】映画『マリリン・モンロー 私の愛しかた』は、本名であるノーマ・ジーンの実像に焦点を当てる

目次

はじめに

この記事で取り上げる映画

この映画をガイドにしながら記事を書いていきます

この記事の3つの要点

  • たらい回しにされ、さらに性的虐待の経験もあるノーマ・ジーンの不遇すぎる幼少期の日々
  • 幼い頃から「映画スター」を目指すも、決して順風満帆ではなかった「大スターまでの道のり」
  • あらゆる困難や不遇をはねのけてきた「圧倒的な自己プロデュース力」

「マリリンがノーマ・ジーンを乗っ取った」と評されるほど「虚像」を貫き続けた生涯から見えてくる「実像」とは?

自己紹介記事

どんな人間がこの記事を書いているのかは、上の自己紹介記事をご覧ください

映画『マリリン・モンロー 私の愛しかた』は、「自己プロデュースした虚像」ではない、「ノーマ・ジーンという実像」を描き出すドキュメンタリー

なかなか興味深い映画だった。

私は以前、オードリー・ヘプバーンのドキュメンタリー映画を観たことがある。「親からの愛を求め続け、しかしそれは叶わず、それ故に劣等感を抱き続けた人生だった」というような内容だった。そして本作によると、マリリン・モンローもどうやら似たような境遇に置かれていたようだ。というか、生い立ちだけを比較すれば、オードリー・ヘプバーンよりも遥かに辛い人生だと言ってもいいかもしれない。

というわけで、この記事でもまずはその辺りの話から始めるのだが、その前に1つ、最も印象的だったフレーズを紹介したいと思う。マリリン・モンローの本名は「ノーマ・ジーン」なのだが、ある人物が「マリリンがノーマ・ジーンを乗っ取ったのだ」と口にする場面がある。マリリン・モンローはそう評されるぐらい、「大衆が抱く幻想を完璧に演じ続けた」のだそうだ。そんな振る舞いはもちろん彼女自身を苦しめもしたのだが、そんな風にしか生きられなかったこともまた確かだと思う。そしてまさにその理由が、彼女の生い立ちに関係しているのである。

ノーマ・ジーンの実に複雑な生い立ちについて

マリリン・モンローことノーマ・ジーンは、3歳まで育ての親を実の親だと思って過ごしていたそうだ。実母のグラディスは彼女を産んですぐに、娘をボレンダー家に預けた。そこには祖母のデラ(グラディスの母)が関係しているデラは孫の誕生を喜んだのだが、後に非摘出子だと知り、宗教的な理由から彼女を殺そうとしたのだという。そんなわけでノーマ・ジーンはボレンダー家に預けられることになり、そしてボレンダー家はデラを出入り禁止にした

ノーマ・ジーンはボレンダー家の子どもと双子のように育ったのだが、やがて自分が実子ではないと理解したのだろう、彼女は育ての親を「おじさん・おばさん」と呼ぶようになったそうだ。ある人物は「『ママ』と呼べなくて苦しかっただろう」と語っていた。

グラディスはフィルム会社でフィルムの裁断の仕事をしていた。そして、彼女の上司であり親友でもあったグレースが、ノーマ・ジーンを映画の世界に連れていくのである。しかしそこには問題もあったボレンダー家は教会に通っていたのだが、教会はこの頃、「映画を観たら堕落して地獄に堕ちる」と教えていたのだ。そのためノーマ・ジーンは、ボレンダー家では「映画を観てはいけない」と言われ、実母とグレースからは映画を勧められるという複雑な状況に置かれていたのである。

その後ノーマ・ジーンは、どうやらグラディスと一緒に暮らし始めたようだ。作中では、「1934年6月27日にルーズベルト大統領が署名した住宅法によってシングルマザーでも家を借りやすくなった」という説明があった。この時期のボレンダー家との関係はイマイチよく分からなかったが、恐らくノーマ・ジーンは、実母とボレンダー家の間を行ったり来たりするような生活だったんじゃないかと思う。そしてそれがようやく落ち着いたというわけだ。

グラディスは借金までして内装などを整え、娘との生活の基盤を作った。そしてその上で彼女は、借金を返すために出来ることは何でもすることにしたのだ。その1つが間借り人を住まわせることであり、イギリス人俳優であるマレイ・キネルに貸していた。グラディスは彼のことを信頼していたのだが、なんとこの男、ノーマ・ジーンに性的虐待を加えていたことが後に明らかになる。

しかし彼女が母親にそう訴えても、嘘をついていると思われて殴られたという。何よりも実母からの愛情に飢えていたノーマ・ジーンとしては、「母親に嫌われるぐらいならこの嫌な時間を我慢する方がいい」と考えるしかなかったのだろう。こうして彼女は、しばらく辛い性的虐待に耐えなければならなくなる

しかしその後、グラディスが仕事から早退した日に娘が裸でいる姿を初めて目にしたのだという(はっきりとした言及はなかったが、これは「グラディスがマレイによる性的虐待を初めて認識した」という意味だと思う)。事実を知った彼女は逆上し、ナイフを手にマレイに襲いかかったのだそうだ。しかしそんな振る舞いのせいで彼女は精神病院に送られ、拘束衣を着せられての入院となってしまった。こうしてノーマ・ジーンは、再びボレンダー家で暮らすことになったのである。

さて、あるきっかけから彼女の運命はまた大きく変わっていく。発端は実に些細な(しかしノーマ・ジーンにとっては大事な)ことだった。彼女は学校の演劇で大抜擢されたのだが、その練習などで学校にいる時間が長くなるからだろう、「帰りが遅くなる」という理由でボレンダー家の両親はその活動を認めなかったのだ。

それで彼女はグレースに相談を持ちかけることにした。どうしても演劇をやりたかったのだろう。するとなんとグレースは、彼氏(後の夫)と共にノーマ・ジーンをボレンダー家から引き剥がしたのである(恐らくだが、ノーマ・ジーンもそこまでは望んでいなかっただろう)。ボレンダー家は元々ノーマ・ジーンを養子にするつもりだったのだが、実母のグラディスが拒んだため、養子の話は立ち消えになっていた。そしてグレースは、その辺りの曖昧な状況につけこんで、最終的に「州で保護する」みたいな話に持ち込んだのである。

その後ノーマ・ジーンは、グレース夫妻に引き取られることになった。ただ、彼女はまたしてもグレースの夫から迫られるという不遇に遭い、一緒には暮らせなくなってしまう。そのためノーマ・ジーンは、グレースの伯母であるアナに引き取られることになった。最終的に彼女は、アナを深く信頼するようになったそうだ。

ノーマ・ジーンはこんな風にあちこちたらい回しにされ、しかも性的虐待まで受ける辛い少女時代を過ごした。本作の冒頭ではナレーションで、「ノーマ・ジーンは、自分を捨ててきた大人たちに勝利したかに思えた」みたいに語られるのだが、まさに「大人たちに捨てられてきた人生」だったと言っていいだろう。そして先のナレーションの続きである「それでも彼女は敗北だと感じていたのだが」の通り、彼女は「勝利」の実感とは程遠い人生を歩むことになる。幼少期の記憶が根深くこびりついていたのだろう、彼女は結局最後まで劣等感を振り払うことが出来なかったようなのだ。

ノーマ・ジーンがマリリン・モンローとして世界的に知られる存在になるまで

では彼女は、いかにして世界的に知られる存在になっていったのだろうか?

そもそも彼女は幼い頃から「映画スターになりたい」と語っていたそうだ。それはもちろん、グラディスとグレースによる教育の賜物だと言っていいだろう。そしてグレースもまた、ノーマ・ジーンが幼い頃から「彼女はスターになる」と口にしていたという。周囲の人間には、まるで「予言」のように感じられたそうだ。また本作では、ノーマ・ジーンが映画スターを目指した理由について、「そうすれば母親にもっと愛してもらえる」と考えていたのではないかと、当時の彼女の心境が推察されていた。

しかし彼女は、複雑な環境で育ったことも関係しているのだろう、周囲の大人から「早く結婚して落ち着くように」と望まれる。それで、近所に住んでいた21歳のジム・ドアティと結婚する運びになったのだそうだ。しかし彼は狩りと釣りが好きな「当時の典型的な男性」であり、そんなわけで妻への思いやりも欠けていた結婚生活が幸せだったのは最初だけだったようだ。

さて、そのような状況は第二次世界大戦によって大きく変化する夫は南太平洋へと派遣され、その間彼女は最も信頼するアナ伯母さんを頼って生活していた。そしてそんな中、彼女は軍需工場で働くことに決める。そこにはある思惑があった。その軍需工場を経営していたのはイギリス人俳優のレジナルド・デニーであり、そこで働くことでどうにか彼の目に留まり映画スターへの道が開けないだろうかと考えたのだ。

そして実際に、思っていたのとは違う形ではあったが、結果として彼女の目論見通りになった軍の写真家であるコノヴァーがノーマ・ジーンに目を留めたのだ。彼女はコノヴァーに「女優になりたい」という本当の夢を語った。すると彼はなんとノーマ・ジーンを数週間休ませ、カリフォルニアへの撮影旅行の手筈を整えたのである。

その後彼女はフィルムを友人に託し(何故コノヴァーが現像しなかったのかはよく分からない)、自身の写真を販売することに決めた。写真が売れれば彼女にも報酬が入る契約になっていたのだが、まったく売れなかったそうだ。そこで、「ありきたりな写真だから売れなかった」と考えた友人がノーマ・ジーンに「セクシーなポーズで撮ろう」と提案する。当時はショーガールが人気を博しており、その流れに乗ろうというのだ。その提案を聞いた彼女は、完璧なポージングを目指して日夜熱心に研究するようになった。そしてその姿を見ていた友人が、ハリウッドのホテルの中にあるモデル事務所を紹介したのである。

この事務所に所属してから、彼女は金髪・直毛にさせられた(そう、あの金髪は地毛ではないのだそうだ)。そしてそのスタイルが「マリリン・モンロー」のイメージとして定着することになる。ここから「マリリン・モンロー」が始まったと言っていいだろう。

しかし、事務所に所属したからといってトントン拍子に上手くいったなんてことは全然ないスタジオと契約するも更新されなかったり、「頭の悪いブロンド美人」というステレオタイプの役しかもらえなかったりと、全然上手くいかなかったのだ。バグジーという、何人もの女優をデビューさせてきた有名なマフィアとも関わるようになったのだが、それでもパッとしない。ある映画では、バグジーが監督に「マリリンのシーンを増やせ」と強要していたのだが、その4ヶ月後に暗殺されてしまったため、結局彼女のシーンはほんの一瞬しか残らなかった、なんてこともあった。

もちろん、なかなか活躍できなかったのに彼女にも原因がある。そもそもセリフ覚えが悪かったみたいだし、さらに、当時は品位の低い振る舞いをしていたらしく、我々が知っている「マリリン・モンロー」とはまた違ったようなのだ。そこで、彼女と契約したコロンビアが、ナターシャという演技指導の女性を付けて徹底的に指導することにした。彼女はマリリン・モンローについて「牡蠣のようにシャイ」と表現しており、これもまた我々のイメージとは大分違う感じがするだろう。さらに、後にトレードマークとなる「息を漏らしながら話す」というスタイルも彼女が教えたのだそうだ。

ちなみにナターシャとは体の関係があったとされているという。1950年代には「同性愛は違法」という法律が存在していたそうで、そんなこともあってマリリン・モンローは「自分はレズビアンなんじゃないか」と悩んでいたようである。

それで、子役時代にマリリン・モンローと共演経験のある女優は、「マリリンはナターシャがいなければ何も出来なかった」と話していた。さらに彼女はもっと踏み込んで、「あれは洗脳みたいなものだったと思う」とまで言っていたのだ。当のナターシャも、「アップのシーンでは、カメラに映らないところでずっと手を握っていなくちゃいけないぐらいだった」と話していたほどである。また別の場面では、マリリン・モンロー主演の映画を撮った監督が、「カメラの前に立つと肌に発疹が出来るから、いつもメイクで隠していた。カメラの前では極度に緊張していたようだ」と話していたのも印象的だった。とにかく「演じること」は彼女にとってかなり大変だったようだ。

しかし、それとはまた違う証言もあった。「『アクション!』の声が掛かるとすっかり別人になる」みたいなことを複数の人が話していたのだ。この辺りの振る舞いはやはり「天性の才能」と言ってもいいんじゃないかと思う。

また演技の話で言うなら、ある人物が「コメディの上手さはさすがで、チャップリンやキートンと同じとまでは言わないが、かなり近いものを感じる」と話してもいた。マリリン・モンローはチャップリンの息子と交友関係があったとかで、それで父親であるチャップリンに直接「愛されるキャラクターの極意」を聞いたこともあるそうだ。とはいえ、彼女自身は「演技派女優」を目指していて、そのために努力を続けていたこともあり、「コメディへの出演」を控えていた時期もあったという(そもそも彼女は、当時としては珍しく個人事務所を設立しており、だから「自分の判断で出演作を選ぶ」みたいなことが出来ていたのだろう)。しかし現在では、「抜群のコメディセンスを持った女優」として再評価されていると紹介されていた。

さて、マリリン・モンローに対してはやはり「セックスアイコン」みたいなイメージは外せないと思うが、彼女自身も当然「性的魅力と外見だけで判断されている」と認識しており、相当忸怩たる想いを抱いていたようである。しかしその一方で、「そのお陰で世界的に知られる存在になれた」という事実もきちんと自覚していたようで、自分の気持ちとどう折り合いをつけるべきか悩ましかっただろうなと思う。

ただ、ある人物が「女性がまだまだ抑圧されていた時代に女性の『性』を解放した」みたいな言い方(実際の表現は全然違ったのだが、メモが追いつかなかったので、全体の主旨だけ抽出)で彼女のことを評価していた。マリリン・モンローは「役者」として評価されたかったわけだが、現代視点で捉えるなら「『セックスアイコン』として評価されたこと」もまた社会的に大きな意味を持つものだったと言えるだろう。だから、彼女がもう少し長生きしていれば、かつての自分のことをもう少し認めてあげられたんじゃないかという気もする。

ちなみに、鑑賞時にはすっかり忘れていたこともあり、「マリリン・モンローってそんな死に方だったっけ?」と驚かされてしまった。確かに、その事実は何かで見知っていた気もするのだが、すっかり忘れていたのだ。さらに「36歳で亡くなった」というのはちゃんと認識すらしていなかったと思うので、その点にも驚かされてしまった。そんなに若くして亡くなったのか。ビックリである。

マリリン・モンローの絶妙な自己プロデュースと、彼女を支えた人々について

本作では、マリリン・モンローの「自己プロデュース」についても様々に言及されていた。一番印象的だったのは、「ゴージャスなガウンのことを『仕事着』と呼んでいた」という友人の証言である。プライベートでは派手な服を着ているのを見たことがなく、もっぱら好んでジーンズを履いていたそうだ。人前に出る時だけ、徹底して「みんながイメージする『マリリン・モンロー』」を貫き通したということなのだろう。

また、ある人物が彼女に「そんなに化粧を厚くしなくてもいいんじゃない?」と聞いた時の返答も印象的だった。彼女はこれに対して、「これは近くにいるメディア用じゃない。もっと遠くにいるファンのためのものよ」と返したのだという。本作には、「マリリン・モンローはファンのためにかなり尽くしていた」という言及もあった。

自己プロデュースの上手さについては他にも様々なエピソードがある。例えば、昔撮ったヌードのカレンダーが、ある時突然悪い形で話題になってしまったことがあった。その時は、友人の記者に頼んで「貧しかったからお金のためにやっただけ」という記事を書いてもらい、そのことでむしろ世論を味方につけることに成功したという。また、仕事がまったくない時期に、招待を受けたパーティーにどんな大女優よりも遅れてやってきて、まずは「忙しい」という印象を与えた。そして興行主から「次に出る作品は?」と聞かれた際には、スタジオの重役の名前を挙げて「彼らに聞いて」と口にしたのだそうだ。実際にはその時点で次回作の予定など何も決まっていなかったのだが、興行主から詰め寄られた重役は役を与えるしかなくなってしまったのだという。これも上手いやり方だなと思う。

このようにマリリン・モンローは、自身の見せ方を絶妙にコントロールすることによって、様々な困難や逆境を乗り越えていったのである。本作を観る限り、『ローマの休日』で一躍スターに上り詰めたオードリー・ヘプバーンとは違って、「これが出世作」みたいな作品はなさそうだ。様々な要素を積み重ねていきながら大スターの階段を上っていったのだろう。そしてその過程において自己プロデュース能力は不可欠だっただろうなと感じた。

また本作では、そんな彼女を支えた様々な人物についても描かれる。個人的に最も印象的だったのは、「ベガスの恋人」と紹介されていた人物だ。どこで知り合ったどんな人物なのかはよく分からなかったが、業界人とかではなく一般の人のようである。本作にも証言者として出演しており、当時のマリリン・モンローについて語っていた。

一番のハイライトは、「マリリン・モンローが女優を辞めると決断した時の話」だろう。彼女は、結婚するつもりで「ベガスの恋人」のところにやってきたのだという。しかし彼はその時まだ学生だったし、だから結婚したところで先があるとは思えなかった。さらに彼は、ノーマ・ジーンが子どもの頃から抱き続けてきた夢のことを痛いほど理解しており、そのため「こんなところで諦めないで夢を掴め」と励まし続けたのだそうだ。そのお陰で彼女は再び演技の世界へと戻る決意が出来、地道な努力を続けられたのだという。まさに「陰ながら『マリリン・モンロー誕生』に貢献した人物」だと言えるだろう。

また、野球選手のジョー・ディマジオとのエピソードも印象的だった。彼とは一時期結婚していたのだが、ジョーは暴力を振るったり、役者の仕事を辞めようとしない彼女を否定したりと、決して良いエピソードばかりではない。ただ、「マリリン・モンローの死後(この時点で2人は離婚していた)、遺体の引き取り手がいなかったため、葬儀の手配などはすべてジョー・ディマジオが行った」と説明があり、結果的には彼女に最も寄り添った人物だと言ってもいいんじゃないかとも感じた。

このような人たちに支えられながら大スター「マリリン・モンロー」は誕生し、誰もが知る存在になっていったのである。

最後に

個人的にはオードリー・ヘプバーンのドキュメンタリー映画の方が興味深かったのだが、本作も、その存在は誰もが知っている「マリリン・モンロー」の誰も知らない実像が描かれていて面白かった。マリリン・モンローもまた激動の人生を歩んだ人物であり、そんな彼女が、ある意味で「時代と寝た」ことによって世界的なアイコンになっていった過程は興味深く感じられるのではないかと思う。

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